路上フェチと交差点評論家の一致 [1]
●2004年09月04日 
昼はビルの谷間で仕事して、夜はズルズルと首都高近辺を徘徊。その合間に、食事して、寝て、競馬して、酒飲んで、合掌して(これは嘘)、こんな日記書いて・・・。いいじゃないのよ、好きでやってるんだから。誰にこんな壮年Aの日常を責める権利があるって言うのよ? 先日、酔っぱらってソファーでぐうたらしてたら、娘が耳元で囁いた。「もっと上を目指さなくていいのか? おい」。思わずの一言「すいません」を放ち、トロトロとシャワーを浴びに立つ。股間の粗末なモノを洗いながら思う。「でも、中学生に言われたくなかったな〜」
確かに、その日はちょっと飲み過ぎたかも。ほろ酔い残る風呂上がり、タランティーノのキルビルの1なんぞを鑑賞してたら、栗山千明が「フェラーリってイタリアのゴミでしょ」だって。そうだそうだ、同感だ。BMWだってメルセデスだってアウディだって、みんなドイツのゴミじゃん。そういや壮年A自身だってゴミ、いやいやもしかしたらゴミ以下、ゴミに寄生するバクテリアじゃん。バクテリアがゴミに乗って夜な夜な、アジアの吹きだまりのような東京を徘徊してるだけじゃん。それってビミョ〜。でももしかして、ある意味、かっこよくない。語尾を若い人のように上げて軽く呟いてみるも、しっくりこない。
でもさ、上とは何だ? 向上とは何でしょうか? 単純に収入増でいいの? それとも他人への慈愛の量か? 枯渇なき好奇心や情熱の事か? もしかして血の滲むような一生懸命をして、酒場の床に這いつくばった数や、朝陽のリングに再起して立ち上がった回数の事か? 娘の中学校の生活指導の先生つかまえて聞いてみようかしら。それはね、あなた自身が感じ決める事よ、なんて言われてもな〜。車でいくら走ってみても分からないものは分からない。だったら近くの公園でブランコにでも揺られながらひっそりと考えてみましょうか。見上げた星空の彼方から、生きることを生きよ、なんて難しい事、かまち君に言われそう。
もうこうなったら、壮年よ車を捨てて再度街に出るか。それとも帝王ビル・ゲイツのように山にこもるか、ソロー先生の「森の生活」持って、どっかの湖畔探してエバンス聞きながら自己との対話しちゃおうかしら。Conversation with my body じゃなくて、Conversation with my heart ってやつですよ。空なる己を知るんですよ。知って正す。こんなあんなをいい加減にまとめてビールと混ぜて娘に話したら、今度は一言「知れば」、との事。
今晩はひどい雨。しかもミサイル着弾のような地響く雷。明日晴れたら久々にリキ入れて飛ばしたい、とまったく懲りないA。
     
路上フェチの記憶 [1]
●2004年09月11日 
壮年Aの寝室の窓から畑をはさんで正面高台に見える屋敷がある。手入れの行き届いた松や桜の植木に囲まれ、300坪の敷地の中に建坪100坪で建つ鉄筋コンクリ造の家。2年前に改築され、全壁タイル張り。土曜夜の広大なバルコニーからは時々招待客のハイソでセレブな笑い声が聞こえたりする。ちなみに一家は街の建設会社を経営している。
将来の後継者であろう30代の息子の一人が1年程前赤いBMW318を新車で購入した。後部座席にはチャイルドシートも正しく設置。駐車場のスペースは敷地300坪に比例して広く、乗用車3台はらくに入るスペースがあり、特注で作らせたと思われる鉄格子のシャッターで道路から完璧に遮断され守られている。赤いBMWはいつもそのあり余る左右のスペースの真ん中に無造作に止められている。もちろん駐車場は屋根付きだ。
その駐車場に時代と共に置かれて来ためくるめく車達を横目で見ながら壮年Aは育ち、学び、働きそしてまた働き、あげくの果てに今は壮年ですが。その間数10年。この間に壮年Aは自宅を1回だけ、銀行に頭下げて必死こえて建て直し、彼らは普通に2回、銀行を呼びつけおどして建て直し、車を買え変えた回数はたぶん壮年Aの方が2倍は多い。しかし回数は2倍でも金額にしたら彼らの方がたぶん3倍。
今現在も、本当にありがたい事に、その屋敷の巨大な居間の天井の直径2mはあろうシャンデリアの光で本が読める程に明るい我が寝室ではあるし、大昔、バンコック郊外で何時間も練習したM16と照準スコープが今ここにあれば、格好の的になりそうな壷や装飾品がご丁寧に熱海の射撃場の景品のように棚に一列に並んでいるのが肉眼でもよ〜く見てとれるし。まあまあ、今さらの資本主義のカラクリや、貧富の情や、妬み・恨みという話題も無いわけないが、まあまあそんな事は欲無き立派な大人だし、この際まあどこかに置いといて。置けたらだけど。
じゃあ何なんだ、というとですね、奇麗で上品なんですよ、その若奥様が。住宅街に突然開業した歯医者さんの奥様って感じでしょうか、赤いBMWに騒ぐガキを大切に乗せて何回もチャイルドシートのベルトに手を触れて、重いシャッターをリモコンで軽く開けてから駐車場を出る際にステアリングを切る前の教習所のように左右を確認する仕草や、駐車場にステアリングを切ったまま前輪をむき出しにエンジンを止めて買い物袋を片手にドアをそっと押して開けて片足から降り立つ様が。(だいたいの人は片足から降りるけど)
壮年Aの妻が言うには、あれは金持ちの家庭に育った女ではない、貧困の環境で育った苦労を知っている女だ、との事で、何でそんな事がおまえにわかるのよ、と聞くと、私もそうだから分かる、って。ホントかよ、とか思うけど、なる程なんとなくそう言われると、その屋敷の人々が皆持つ高貴な俯瞰目線はないし、祖父の他界を夫の陰で楽しみに待つ隠れた欲望に起因する礼儀作法もない。(そんなん分かる訳ないけど)
その若奥様が、坂を赤いBMWで降りてこられて、我が狭い駐車場にギリギリに入る我が緑のBMWの前でほんの少しブレーキをかけられ、道子様や雅子様のように大衆に近づくように、我が家の前の電柱にあるゴミ集積所のカラスよけの青の網からはみ出したどこかのゴミ袋を時間をかけて元の位置に戻された後、我がBMWのホイールエンブレムを見て、あらかわいいデザイン、と助手席の夫に共感を求めるも、その夫はCDをプレイヤーに入れるのに忙しく車内から一瞥したのみ。
こんなコミュニケーションとは言えない小さな時間の断片を階段の横からストーカーのように身を縮めて目撃していたAは、「でしょでしょ、かわいいでしょ、そのホイールエンブレム。レーシング・ダイナミクスっつうメーカーなんすよ。イタリアのBMW専門のチューナーなんすよ。ちなみにまだローン残ってるんすけどね。」と心の中で音を立てずになぞってから何食わぬ顔で彼らの前を年齢相応な素振りで歩き去った。らしい。
     
路上フェチの記憶 [2]
●2004年09月15日 
宇宙という概念はまぎれもない真実だ。たぶん。僕らはこの恐ろしく巨大な袋のような概念の中に浮かび存在し、地球上で生まれた瞬間から宇宙の時間を消費し始める。足の裏で感じる事が出来る地球の大きさは個人の想像力次第だし、選択の意志なく与えられ勝手に始まってしまう時間の単位も個々の創造次第だ。
巨大な地球の運動は大宇宙の規則にきちんと制御され導かれていそうだから、その上に蠢く僕たち人間の質量もきっと地球自身の質量に包容され大宇宙の運動方程式に組み込まれて大切な公理の一部になっているのかもしれない。時間という不可思議な概念も、きっと大きな時間の中に小さな時間があって、その中にもっともっと小さい時間があるような構造で宇宙と僕たち個人を包むように刻んでいるような気がする。
宇宙という想像を絶する大きなビニール袋のようなものの中に地球が浮いて、その地表での一組の人と人の巡り会い。いってみれば世の中の人間の歴史は、このような無限・永遠の巡り会いのくり返しで進行しているのだと思う。地球上のあらゆる緯度と経度で、毎日、毎時間、毎分に人は出会い、分かれ、すれ違う。でも誰がいったい、その順番や組み合わせを考え決定しているんだろうか。神や宗教がいう必然や、宇宙や時間の支配者が関与しない、100パーセントピュアな偶然という時間のいたずらは本当にあるんだろうか。
芝のパーキングエリアの端から垣間みるレインボーブリッジを行き来する車のライトが東京の明るすぎる夜空にかろうじて浮かぶ数個の星を補填するようにチラチラ輝いて見えるとってもロマンティックで壮大な宇宙を感じさせる深夜のウォーターフロント。 30m先に駐車した黒色のBMW乗りがツカツカと缶コーヒー片手に明らかに壮年Aを目指して近寄って来る。心の警報発令、Someone is approaching! Someone is approaching!
「どうも〜、これ328っすよね、何年型ですか?」こんな状況の時、過激な友人Bだったらたぶんこう答える。「うるせんだよ、リアのエンブレムに328って書いてあんだろうが、それ読んで言ってんだろうが、オ」。友人Cだとこうかな。「そうですね、おっしゃる通りの328です。申し訳ないんですが、今ちょっと人と話す気分ではないので。」
壮年Aは一瞬迷う。選択肢1:「あなたは神を信じますか ?」訳の分からぬ事を言って遠ざける。選択肢2: 手話の真似事をして障害者を装い会話の成立を妨げる。選択肢3: 「What do you want?」日本語を解さぬ怪しい東洋人の顔ではぐらかす。でも直ぐに反省。こんな事をして何になる。何よりも相手に失礼だ。彼とは30分程話して別れた。世田谷に住んで子供は2人。 3度目の転勤だと言っていたので大きな会社勤務らしい。それはそうと、彼と壮年Aの今晩の出会いは姿無き時間の支配者の関与によるものだったのか。それとも末端宇宙の隅の隅、意味無き微小質量の移動だけ?
深夜の首都高速、帰りのレーダー探知機は警告を何回も繰り返す、「GPS電波を捕捉できません、GPS電波を捕捉できません」。分かったっうねん。今死んでもゼンゼン構わないよ。でも1000年後、10000年後の地球を見てみたいよ。
     
路上フェチの記憶 [3]
●2004年09月18日 
音楽が先かipodが先かなんて事はどうでもいいけれど。壮年Aが仕切っているチンケな事務所に勤める若者は全員がipod愛狂家だ。仕事中はもとより食事に出る時も、便所に立つ時も、あの白いipodを内臓疾患者の生命維持装置のように大事そうに抱えたままである。あの白い線が両耳ではなく、鼻の穴やパンツの中にでも入っていたらちょっとした病院の風景のようだ。リンゲルの液体袋を吊るす滑車の付いた金属の器具にipodぶら下げて近くの国立病院あたりの病室や待合室を徘徊してもちょっとした絵になりそうだし。A自身も買おうか買うまいか迷いながら既に1年以上も経ってしまって、ソフマップに行っても今だにあと一歩の勇気が出ない。
先日ある若者愛用のipodのキラキラ光る裏面をまさぐっていたらそこに「Bounty Hunter」と彫られていた。ipodを買うと裏面に好きな文字を彫ってくれるサービスをAppleがやっている。どういう意味なの? と聞くと、賞金稼ぎ、だそうだ。意味わかんねェ〜、ipodの裏に賞金稼ぎ。何故ゆえに? と聞くも、なんとなく、という事らしい。とにかくも彼は、誰がなんと言おうと「賞金稼ぎ」という言葉が理屈なしに好きなのだ。よくある卑猥な言葉じゃなくてよかったけれど。
そういやあれは数日前の事、地下鉄が駅に停車したと同時にどこかの女子高校生がバックから愛用の携帯を取り出した。こんなの最近じゃ別に当たり前の光景なんですが、その携帯のジャラジャラしたストラップの中に何やらどでかい魚のような物体が一匹、竿で釣られたようにブラブラしている。な、何だあれは。よ〜く目を凝らして見ると、その物体、確かに魚。タイ焼き、なのである。あのアンコの入ったタイ焼きを忠実に真似て作られた原寸大の面白グッズ? こんなんが数本のストラップと一緒に携帯にぶら下がっていて、耳脇で携帯を持つ手からはみ出でてプラプラ彼女の会話に合わせ地下鉄の空気に揺れている。意味わかんねェ〜。
壮年Aのおじさんはちょっと訳ありで、携帯を小型化、軽量化する事に命をかけているメーカーの設計者達を知っている。彼らの1g、1cm3はそれこそ生き残りをかけた壮絶な戦いのはずである。今、目の前にしている女子高校生が愛用する携帯は新しい機種でおそらくその重量は100g前後じゃないかしら。それなのにそれなのに、それに付いているストラップの総重量は、その中核をなすタイ焼きを含むとどう見ても、300gはありそうだ。計400gを彼女は楽しそうに苦なく扱っているのだ。
前々から感じていたのだけれど、車が好きで、車に長く乗っていると知らず知らずの内に社会に飼い馴らされてくるような気がする。追い越し禁止区域で追い越しをしてはならないし、何よりも危険。信号が赤に変われば緊急自動車以外は何がなんでも止まらなくてはならないし、右折車線に入って左に曲がったら反逆者で人に迷惑がかかる。法治国家とは、社会のルールを守る事で多数の人が幸せになって平和な社会が築かれる国の事でしょ。
ただ、ちょっと寂しくなる時がある、それは「賞金稼ぎ」や「タイ焼き」に遭遇した時などに強く感じる。ルール国家の中で何10年も過ごしてしまうと、意味わかんねェ〜事が意味わからず増えている。知識の量や他人への感情の出し具合は確かにお勉強して来たと思うんだけど、感覚というか価値観というか、もしかして自分だけちょっと好きかも、とか、効率的じゃないけどこっちの方がいいや、みたいな超主観的で、強情独裁の極め事を躊躇なく速攻で選択する総合力を失って来たように感じるのだ。
ただ、これって今そこにある肢を衝動的に選択して進むカッコいい生き方への共感とはちょっと違う。他人との差別化を押し入れの暗闇の中で密かに広げて一定時間ニタニタしてから、何食わぬ顔付きで家族の集うリビングに出て来て、「おやじ、どお、最近?」なんて平気で放つ相当ひねた高校生(壮年Aの10代?)に近いような気がするからあまり一般的には魅力など無いものなのかもしれないけれど。
そういう意味でもう一つ。さっき環八ですれ違った大型トラックの運転席の天井(外の)には象牙が飾られていた。今やちょっと強面のお兄さんが出入りする事務所の壁や、村の長老でもある有力者の応接間くらいにしか存在しないあの象牙だ。幅2m位あった立派なやつ。あれってよく知らないけど高価で動物保護法とか関係あるんでしょ。これも一つの意味わかんねェ〜価値観の相違で街道走りの醍醐味の一つ。
そういやそういやもう一つ。従兄弟の従兄弟で遠い親戚のヤツ。消防車の払い下げ(そんなもんあるんだ)買って来て、シャコタンにしたとか伯父さんの葬式で自慢してたけど。あいつどうしたかな。消防車でドリフトとかやったら面白そう。その前に消防車ってFRか?
     
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