路上フェチの方針 [3]
●2004年10月22日 
もう5年くらい前だろうか、やはりここ新宿の歌舞伎町に打ち合わせに来た事がある。仕事の内容は軽いアニメのアダルトサイトの構築。その頃はまだ今みたいに無修正のドギツイものは皆無で、みんなソフトな可愛いものばかりだった記憶がある。
西武新宿駅に近いとある雑居ビルの1室を尋ねるとそこはかなり広いスペース。20人位が壁に向かってキーボードをカチャカチャやっている。何故か全員黒スーツ。何故か全員ものすごく若い。部屋の隅には3m程の大きな木のテーブルがあり、その真ん中に何やら四角い黒いものが一つポツンと置いてあった。
社長と名乗る人も若かった。30歳前後だろうか、痩せて長身、この人も黒のスーツだ。髪はグリスでベットリとオールバック。おもむろにテーブルに近づき、真ん中に置いてある厚さ3cmはあるワニ皮の財布から数10万をスッと抜き取り壮年Aに渡す。仕事の支払いは銀行振込だと思っていたAは、領収書がないので次回の時にでも、と受け取りを一時拒む。そしたらその社長、領収書はいりませんので、と一言。えっ、領収書いらないの? この金額で。
話す事もないので、その後暫くは車談義。前回会った時にシボレーのアストロに乗っておられる話しは聞いていたのでアメ車の燃費なんぞの話題を当りさわり無くかます。相当のアメ車好きで、奥さんも運転が趣味で、まだ小さい息子さんと親子3人で週末にはいつも郊外へドライブだそうだ。な〜んだ、仕事の割には平凡で幸福な生活なんじゃないの、なんて思った記憶がある。しかし、壮年Aの狼狽はその3分後に起こる。
壮年Aが帰り際、ドアを開けて振り向き、本日はどうも有り・・・と言いかけた瞬間、その部屋にいた、今までパソコンの前に座ってカチャカチャやっていた約20人全員の黒スーツが起立、お疲れ様でした、と壮年Aに向かって一斉に頭を直角に降ろした。Aは狼狽、一瞬声が出ない。一人だけ作業に追われモタモタしている社員がいたようだ。その時、アストロの社長の声が側で低く太く響く。「そこ、立・て・や」。事務所への帰途、確か壮年Aは普通に徒歩で10分のJR新宿駅まで、何故か1時間以上かかってしまった記憶がある。何処で何をしていたのか今だに思い出せない。
5年前の出来事をチラチラ頭に浮かべながら、今回も何となくやな予感の新宿は歌舞伎町。今日もここで新規のクライアントと打ち合わせだ。今回の待ち合わせ場所は会社ではなくイタトマ。またしても西武新宿駅だ。いやでも5年前を思い出すシチュエーション。
(次回の日記へと続く)
     
いつまでも走ってられないし
●2004年10月28日 
(前回の日記の続き)
先方は二人来た。一人は前に一度会った事のある人。この人は半年前に比べるとちょっと印象が違う。白のシャツに黒のスーツ。何で歌舞伎町の男はみんな黒いスーツなわけ? ここの地域だけの何かの制服? こんな疑問が壮年Aの脳髄に湧くも口には出さない、というか出せない。それに反してもう一人はTシャツとGパンでラフな人、でも寡黙でほとんど座っているだけ。この人何でいるのここに? しかも膝の上に置くバックは明らかに女性用の小さな黒いプラダ。そんなに大事なのそのバック? 名刺を渡すも彼らからもらう名刺はないらしい。なんかやっぱ変な雰囲気。
どうやら今回の仕事の内容はゲームサイトの管理らしい。何だ今回はマトモじゃん。小さな安堵が壮年Aの心中を癒すのを感じる。企画書をもらい丁寧に拝見する。暫くすると、Gパンの方のドコモがテーブルの上で震えるのに気づく。その方が初めてドコモにしゃべる。そしたら急に隣のテーブルの下でプラダのバックを開けて、中からわし掴みにした現金を数え始めた。おいおいおい、勘弁してよ、なんなのよ。ページをめくる企画書の内容が頭から抜け始める。
2分後にイタトマの大きなガラス窓の前に白い日産シーマがゆっくりと止まった。運転席から一人の若い男が降りて来て足早にイタトマの自動ドアを開ける。この方も黒いスーツ。しかもこの方、完璧な危ないスキンヘッド。片手に最新のドコモをぶら下げ、もう片方の手にはこれまたブランド物のバック。なんとなく関西風のイントネーションで「どんも、どんも、どんも」なんて言いながら近づいて来て、隣の席にドカンと腰を降ろす。何も注文しない。ウエイトレスも注文など一切聞きに来ない。壮年Aに向かってチラッと目線を一度だけ投げた。
現金の受け渡しはたった30秒で終わった。むき出しの現金は無言のうちにGパンの左手からスキンヘッドの右手に渡り、慣れた手つきで数えられた後にスキンヘッドのバックの中に消えて行く。スキンヘッドは「それじゃ」の一言で何も無かったように表の日産シーマの運転席に戻る。ゆっくりと発進する日産シーマのリアが異常に沈んでいた。それは明らかに後部トランクの中に質量の大きい何がか積まれている事を意味している。あれだけ下がるって何だ? 人間1人や2人くらいの体重じゃ絶対にあれだけサスは下がらない。
それから約5分。またしてもGパンのドコモがテーブルの上で震え、現金が数えられ、今度は紺のメルセデスが表に止まる。前と同じように壮年Aには全く関係のない金が手渡され、メルセデスは新宿ガード方面に走り去って行く。こんな決められた行為がなんと4回も続いた。その間も目的の打ち合わせはこちらのテーブル上で淡々と行われている。
イタトマの店内に昔のオフコースがBGMで流れ出している。「冬と夏の間に春を置きました。だから春は少しだけ中途半端なんです」妙に異次元の歌詞がこの現実の上に重なって聞こえる。生々しい金のやり取りの中でオフコースは別世界の楽園のように響いている。今度はエルグランドが店の前に止まった。どうしてなんだろうか。何故彼らは壮年Aとの打ち合わせ中にわざわざ金の受け渡しをするのだろうか。もしかしてこの場が何かに利用されているのだろうか。
隣のテーブルで行われている行為にはあえて触れずに仕事の打ち合わせは終了。JR新宿駅への帰途、青梅街道の新宿ガードの下でさっきの日産シーマが2台のパトカーに止められているのが見える。新宿の夜の雑踏の中で空っぽの頭の中にイタトマのBGMが蘇る。「夏と冬の間に秋を置きました。だから秋は少しだけ中途半端なんです」何だか急に、生き長らえて仕事をしている事が妙に寂しくなる。早く帰宅して車の中にでも引きこもって静かにじっとしていたい。
     
路上フェチの記憶 [5]
●2004年11月01日 
キース・ジャレットって、みんなが知ってるJAZZピアニスト。壮年Aが毎回の首都高徘徊でお世話になる音もこの人のものが結構多し。好きか嫌いかと言われたら、嫌いなんだけど好き。まあ最初に聞いてから早や30年間も新リリース毎に聞き続けていて、今だに好きか嫌いか分からないのもちょっと変かも。
この人、ライナーノーツを自筆するのが結構好きみたいで、この人が文章を書いたりインタビューされると、ちょっと放つ言葉が孤高すぎて神の匂いがそこはかとなく漂う。だからあんまり好きじゃない。でも音は飽きないんだよな〜。特にヨーロッパ各地で収録されたソロピアノの多くには絶品が多く、今まで何100回となく繰り返し聞き込んでしまった。クラッシック調からPOP調に移り行く過程で作られる音の連鎖は素人が聞いてもかなり素人ぽくって特にお気に入り。(あれはやっぱJAZZじゃない)
あのECM特有の澄み切ったピアノ音がスピーカーからドンと出ると緊張下の狭い車内に全く異なる弛緩な空気が流れるから不思議だ。雨の夜など、ECMの一連のすばらしいジャケット群のデザインをじ〜っと見つめているだけでも幸せになれるし。(しかしLPジャケットからCDへと移り行く過程でヨーロッパのグラフィックのデザイナー達が表現の面積を失い、やはり口惜しい想いをしたのかもしれないと思うとちょっと嬉しい)
いきなり、場面は代官山。代官山といえば東横線で渋谷から一つ目。もう昔からのアーバンな街なんでしょ? 若い頃はお洒落なカウンターで初期のナイキな短足ブラブラさせながら透明グラスなんぞを夜な夜な傾けに繰り出したお恥ずかしい記憶が微かにある。キリキリに冷やしたウオトカなんか西洋人のように前に置いて、オデコでラッキーストライクやラーク吸って。でも今の壮年Aなんかが知ったかぶりで迷い込んだらなかなか出て来れないようで、ここ数年は足を踏み入れていない完全に忘却の街だ。
夜の7時過ぎ。小雨の中、ひっそりとした代官山の駅を降りる。その人(以下Bさん)はお金持ち。それもかなりの財産持ち。成り上がりではなく、一族ずっと昔からのお金持ち系だ。代官山駅の側に見上げるような某マンションがあって、その前の通りに止めてある車の中で今夜待っているから来てね、というお話しだった。渋谷の喫茶店かなんかで待っててくれれば相当ラクなのに、なんでまたわざわざ代官山の路上なの? とも思う。でもまあこういう非合理的設定が彼女の好みなのは昔から知っているし、まあいいか、てな事でノコノコと駅周辺に出て高層マンションを探す。300円の透明ビニール傘で雨の夜空を一度だけ見上げたらもうそこにあった。
マンションのエントランスに続くコンクリートの上で周囲を見渡すと、数10メートル先にLAマフィアのような胴長の黒いリムジンが歩道の濡れた植物の後ろで静かに佇んでいる。近づいて行くにつれ、カクカクした昔のキャデラック特有のデザインが妙に気になってくる。運転手は左ハンドル車を路肩にギリギリに付けているが、そのアメリカの今だ物量的な車幅は華奢な日本の細道の半分をゆうに占領し、明らかなパワーとウエイトで代官山の一部分を数時間前から駆逐し続けているように見えた。
(次回の日記へと続く)
     
路上フェチの記憶 [6]
●2004年11月05日 
(前回の日記の続き)
排気量はたぶん5000cc以上だと思う。エンジンは静かに休んでいる。でも、いざ動き出すと水力発電のような大タービンがエンジンルームの中で重量感溢れる回転を脈打つような気がする。さらに近づくとその剛体の後部の窓ガラスがガガガという音と共に降りた。「お久しぶりね」。低い女性の声が微かな車内の照明の中から聞こえる。ショートカットのシルエットだけが見えて、まるでエバンスのワルツ・フォー・デビーのジャケットのような錯覚。といっても充分に年上のご年配の女性だからな〜。
運転席で下を向いている若い奥様専用のショーファーがもしかして降りて来て、壮年Aの為に傘を広げてドアを開けてくれるのかと念のため数秒間だけ意味もない時間を置いてみたが何の動きもなかったので自分でドアをこじ開けて勝手にリムジン内へと侵入。1年ぶりのBさんは容貌変わらず。座席に浅く細い腰を置き、前の広いスペースに足をのばし気味に組んでおられる。足の先には小さなテレビと何だか分からぬスイッチパネルがあり、その横のボックスにはワイングラスが4つだけ上下逆にささっていた。車内には明らかに芳香剤からの人工的な微妙な甘味な空気が漂う。自然界では絶対に嗅げない匂いのような気がした。
広い車内のあちこちに備え付けられたスピーカーからはキース・ジャレットが適度な音量で流れていた。おそらく20年以上前のオーストリアのBregenzのソロだ。1曲終わって観客の拍手が代官山の濡れた歩道に被さって聞こえる。Bさんは手を延ばして細い中指を使ってCDのスイッチを切った。無音の真空の四角い空間がポンといきなり出現したようだった。その空間の中に壮年Aは浮いているように腰掛けている。しかもアメリカン・ラグジュアリーってか、動くビロード系応接間だ。これでユニットバスが付いていれば下手な四畳半モルタルアパートよりもまともな暮らしが出来そうである。
このキャデラック・リムジンはトランプが乗っているようなダックスフンドの胴体を持つリンカーン車までの車長はない。しかし狭い日本に置かれたらこれだって立派なリムジン。Bさんはこの車内でどれだけの時間を過ごしているのだろうか。慣れた身のこなしでファイルから書類を出してAに渡す。1年に1回、毎年この季節になると渡されるこの仕事。もう何年続いている事だろうと想う。Bさんと壮年Aのどちらがより生き長らえるか分からないが、どちらかがこの世にいなくなるまでこの小さな非合理的セレモニーは毎年続けられるのかと思うと何故か可笑しくてたまらなくなる。
「何笑ってんのよ」と聞かれ「べ、別に」と吃るAにとってBさんは大昔仕事で大変お世話になった人だ。壮年Aが20代に勤めた会社のお得意様であったBさんはその頃から既にお金持ちの箱入りお嬢様で、身の回りの世話をする人もいた位だ。まだ若くいい加減な壮年Aの仕事にはとても厳しく接した反面、始末書もののミスをかばってくれもした記憶もある。
どうお世話になっているか、どう頭が上がらない人なのかを伝えるモノサシとして金額の数字を上げるのも何かと思うが、Bさんには生涯を通じて今まで、通算たぶん100万円以上の飲食はゆうに奢って頂いたと思う。もちろん飲み食いだけでなく、その度に面白いお話し、ためになるお話しも一緒に。手帳に付けたりして計算している訳ではないが、まあその位の金額以上にはなっていると実感する。親を除いて、恋人や親戚や友人にもこれだけの金額を壮年Aに浪費した人は未だかつていない。でもまあ原則的にお金持ちだからね。
世間話しが始まる頃に、Bさんの白く長い中指がCD装置に再度出され、キースが再び車内に流れ始めた。前の席で運転手の右手の太い中指もステアリングの上で微動している。30分位お話ししてから小雨上がる車外に出た。降りたガラス窓の中にお礼の言葉を放つと、巨大なエンジンルームからの始動音が歩道に響き路肩の植木も少し揺れたように感じた。思ったよりもエンジン音は大きく車内のキースのピアノは耳を澄ましても全く聞こえない状態になる。軽く会釈をする中をキャデラック・リムジンはテールランプの残光を置いてゴトゴトと装甲車のように坂の下に消えて行った。決して身軽な移動とは言えない。「座して半畳、寝て一畳」なんて言葉をふと代官山の夜空に呟いてから駅にトボトボと向かう。300円の透明ビニール傘を車内に忘れた事に気づく。
     
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