2004年11月7日15時31分20秒に価値があればの話し(中杉通り)
●2004年11月08日
地表に平等に降り注ぐ秋の太陽光の中で何層もの落葉を踏みしめながら歩き続けると中杉通りの樹木の下に車高を落とした緑のセダンが空想の青い鳥を何羽もそのルーフに従え静かに控え座しているのが見えて来る。八百屋で買ったバナナを1本もいで口に放り込む。バナナの身は決まったようにいつも口の中で3つに分かれ将来の選択肢を暗示するように食道の中へとすぐに噛み砕かれて消えて行く。
ティーンエイジャーが寄り集まる街の中に数時間だけ体をさらした日曜日、期待と現実に交互に襲われた気分になるのは何故だろう。今日の壮年Aにとって、期待は青い鳥によって絶望の谷から捕食され、現実はバナナによって血となり肉となる。想像の中の象徴は形を伴ったイメージとして壮年Aの脳裏に必ずいつも出現するのだ。こんな瞬間を伴って路上に止める自分の車のドアを開ける。室内には夕陽が明暗程よく差し込んでいた。こんな行為が好きだ。こんな時の訪れがたまらなく好きです。
中3受験生の娘のV模擬テストが荻窪近くの某女子高であり、それが終わると石神井公園近くの庁舎で私立高校の合同説明会があるという。点から点への移動に壮年Aは昼から娘の足として動いている。ステアリングを路肩ギリギリにつけてエンジンを切らずに娘からの連絡をひたすら待つ。娘と娘のクラスメイトを模擬テスト会場から次の説明会の会場まで瞬時に移動させなくてはならない重要なドライバー役だ。リヒテンシュタインへ向かうシトロエン程ヤバくはないにしてもこの仕事(ヤマ)は時間との戦いである事は間違いが無い。何としてもヤツらよりこのブツを早く届けなければ大変な事になるのだ。(ヤツらって誰?)
ギアをドライブに入れたままブレーキを足で押し付けて待つ事3分。室内ミラーの片隅に正門から飛び出して来る娘とクラスメイトの二人の姿が写る。息を切らして後部座席に頭から飛び込んで来る彼女達を確認しながらアクセル全開。ミシュランの超グリップタイヤ・パイロットスポーツはホイルスピンをかましながら荻窪の住宅街に白煙を吐く。アスファルト上に黒い痕跡をくっきりと残して壮年AのBMWは日曜日の青梅街道へとオーバー気味に切り込んで行った。
阿佐ヶ谷へと続くスプーンカーブ。最初のコーナーへの進入速度が速すぎる。遅れ気味になった膨らんだラインを絶妙のアクセルワークで難なくこなし新青梅街道へとステアリングを鋭角に向ける。心地よい横Gが車内をリズミカルに襲い微妙なアンダーステアを抑えながら確実なトルクを11月の乾いた路面に叩き続ける。
遠くにセブンイレブンの赤緑サインを見つけた瞬間、黄金の右足はありったけの全制動をかけた。ABSの正確な作動と共に挙動なく静止。後部座席の彼女達へのおにぎりとお茶の補給の為、一度だけ許された予定内のピットインだ。本レース上へとピットを後にしてから15分ジャスト、目的の会場の正門前、予定5分前にピタリと横付けされたセダンの中から娘とそのクラスメイトは目にもとまらぬスピードで飛び出して行った。ミッション完了の瞬間である。
額の汗筋を意識しつつ軽い達成感の中、責任からの解放とともに緊張の糸はたち切れて、タラタラと大好きな中杉通りを流す。コインパーキングに300円をねじ込んでブラブラと蕎麦屋、床屋、八百屋の順番で歩く。青い鳥を片隅で期待しながら街を流した年代はすでに大昔の事。壮年Aにとっては消え行く時代を彼女達の会話にそれとなく見いだす。
     
広けりゃいいというものでもないし(LA・ワシントンSt)
●2004年11月12日
狭い早稲田通りを健康自転車オタクなんぞを追い越しながら東に向かって、まずは環状七号線を立警官なるべくひかないように左折。西武新宿線の野方駅の下で全開かっ飛ばしてから、新青梅街道を左折。ズズズいっと中杉通りを越して環状八号線の長いトンネルの上をまたまた左折。西武新宿線を再度北から南にまたいで早稲田通りを左折。左折左折の繰り返しでグルグルと同じサーキットを周り続ける。こんな都内は杉並区・中野区のほんの一部分を3周もしているとだいたいCD1枚分の時間を消費する。
環七や環八の上ではATをスポーツモードに入れて回転を上げてフル系で走しり、一般道では主にハンドリングの回転抵抗を全身の感受性を研ぎすまして楽しむ。これ男子車バカの常識。妻や娘に言わせると「そのどこが楽しいの?」という事になるが、これだけで事実、結構な極楽至福なんだから、もしかしたら壮年Aは案外幸せな人なのかもしれない。
これと同じ事を、ロサンゼルスでやるともっと面白い。英語なんて下手でも何の問題もない。言葉が通じない恥、なんて元々生きている事自体あかっ恥なんだから全然気にしない。何かあったって英語を解さぬマヌケ男を演じればだいたいの事は丸く収まる。
まずは空港でレンターカーを調達。車なんてカローラかセントラの安いのでいいのだ。だいたいがダウンタウンなんて地域はあえて避けて、マリナ・デル・レイ辺りの安いモーテルかベスト・ウエスタン同等クラスの三流ホテルに宿をひっそりと取る。シャワーなんぞを早めに済まし、大きなダブルベットの上に4ドル程で手に入れた安地図広げて、ウップ、なんて一言吐いて。キーを片手にチャラチャラさせながらハーイなんて明るく駐車場に降りればいいだけの話だ。
既に数万マイルも走り込んでヘタヘタショックのカローラのノーズをワシントンStの北東に向け、まずはリンカーンBlvdを右折。道は広いし右折だしで、ここでいつものBMWとミュシュランのつもりでステアリングを鋭角に切るとえらい事になる。なんてたって異国の地、なんたってせいぜい4分山タイヤのカローラだ。そこは慎重に慎重に。
リンカーンを空港手前のマンチェスターAveで今度は左折。1マイルも走ってセプルベダBlvdを左折。405号線の下をくぐり抜けてモールを右手に見ながら残骸のような90号線の下も道なりに北へ。最初のワシントンにぶつかったらまたまた左折。405の下を再度くぐり抜けしばらくしてリンカーンを左折。都内のコースと同じように左折左折のサーキットを繰り返すとここでも3周でだいたいCD1枚分の時間の消費だ。(きっと右折右折の方がやりやすいけど、どうも大和体が右周りに慣れてない)
実は内緒だがこれと同じ事を、広島でも岡山でも釧路でも青森でも仙台でもやってみた事がある、というよりも、あっちこっちで今も年に数回の割でやっている。もちろん壮年Aだけの誰にも話さない話せない、少年の頃から続いている一人だけの極上の楽しみだ。あれは確か高校生の頃、3本立の今は無き荻窪映画館。S・マックィーン主演・ブリッドのマスタングを見た帰り道から始まってしまった。しかも当時は自転車で。しかもそのころから壮年Aは密かにこの行為自体に名称を付けているらしい。その名は「グルグル」。
グルグルの前夜、壮年Aは自分の中のもう一人の別の壮年Bに優しく話しかける。明日あたりグルグルしな〜い? 壮年Bは陽気で単純だから直ぐに誘いにのって来る。淡い前意識の中で壮年Aと壮年Bは簡単に二重人格の仲良し二人組と化し、小学生の悪ガキのようにはしゃぎながら地図とにらめっこ。ここで右折してさ〜あ、ここは道が太いから全開OKね、この先のカーブは信号で止まるとつまんないから手前で加速ね、なんてやってるとほらほらすぐに夜が明けちゃうよ。
仕事から家族から人生から自分自身から、はたまた自由からの解放。なんてちゃかして秘密裡で軽く始めたつもりがついつい習性になってしもうた。気がついたら30年以上もの時間が経過し、ついにアレレの50を過ぎてまで、こんな事を飽きもせずにやっているのだから壮年Aのこれからの短いだろう将来もきっと原則的にはバラ色の日々、かな。
     
こんなに建てちゃって大丈夫なの?(隅田川・佃大橋)
●2004年11月16日
この世の中は本当に生きる価値があるのだろうか。または、生きるという事自体に価値はあるのだろうか。または私・僕・俺・あなた自身には、はたして価値があるのだろうか。地球には、宇宙には、この部屋には。
一卵性双生児で、同じものを食べて、同じ箱の中で飼育されたとして、15年が経ちました。それでも二人の持つ価値観は微妙に違うらしいから、一億人がいたら一億の価値観・多様化があってもおかしくないらしい。だとしたら、価値に関する質問や疑問が沢山フツフツと湧いてきても、他人に聞いた所で何の意味もない事になるでしょ。隣の賢者がどんなに「それには価値がある」と宣言したとしても壮年Aの価値観は壮年Aが判断して決定するしかないのだし。今現在、価値観を共有出来そうな配偶者や友人や従業員や、自動車評論家やバソコンメーカーや、音楽や絵や映画やら、身近なものを集めに集めて暮らしていたとしても、もちろん今まで絶対的な価値の決定を下した自信なんて一度たりともあるわけで無し。
生まれて育って、勉強して就職して、結婚して喧嘩して働いて、食べて寝てSEXして、子供作って乳母車引いて、飲んで騒いで旅行して、新聞読んでテレビ見てパソコン叩いて。こんな日記書いて運転している壮年Aの顔が夜のフロントガラスに写る頃、家族揃って和気あいあいのジョナサンの駐車場がエスティマやステップワゴンの実用的スライドドアで一杯になる頃、高田馬場のJR山の手線と西武新宿線の二階の乗換え改札の前のスタバの店内に別れを惜しむ若い男女の緑のロゴ入り再生紙ナプキンが無駄に溢れだす頃、全国ネットワークTVの電磁波がバラエティー番組や健康番組を高視聴率を伴って拡散し山越え谷越えしてる頃、あなたは何処で誰と何をやっているのでしょうか?
もしも、もしもよ、価値の無い所で価値のない時間を送っているような感覚に10分間以上も苛まれてるような事があったとしたら、悪い事は言わないから、何もなかったように、何もかも忘れたように、スーッとその場を立ち去ってみたらいかがでしょうか。「To the NEXT」なんて呟きながら。
こんな事書いて、別に誰かのせいにしてる訳じゃないのよ、愚痴ってる訳でも後悔してる訳でもない。人間50歳過ぎると自分の顔に責任を持ちなさい、なんて戒めも世間にはちゃんとあるでしょ。もちろんそんな事は承知しています。ただね、こうやって50を過ぎてまでね、夜な夜な東京の道を飽きもせず走り倒して、自己愛に根ざしたようなアホな日記書いて、更年期で抗鬱剤やら女性ホルモン剤やらを常用しつつも元気を保つ妻と接し、90歳の今をエンジョイしてる老人ホームの母と話したりするとね、何やら訳の分からぬ人生の情緒に迷い込んだりしてしまうのです。
こんな今でも未熟な壮年Aが本日感じた価値のある事一つ、話していいかしら。関越自動車道の本線に合流する時、ハンドルをたった5度だけ右に切った瞬間、即応するノーズの回転とそれに後続する左への追撃の横G。これに絶対的な価値を感じました。数時間を後にして文章にするとかなり違うニュアンスになるかもしれないけれど、まずは、地球という天体の立派な引力地場の上で慣性が司る宇宙的運動を明確な意志と小規模な腕力によって支配する想像値の喜び。次に、高速道路という秩序と規定の固まりのような社会性極まる流れの中にスムーズに余裕をも持って分け入る事の出来る大いなる非反逆児的性質を垣間見てしまうちょっぴり悲しいサイドの喜び。
この種の驚喜を味わう為の壮年Aのチンケな感受性には最低時速80kmと5度以上のステアリング回転が必要だけど、それでも価値ある事に滅多に遭遇し得ないこの世において、喜びをも経由する貴重な価値ある行為として、車バカの宿命として、なんだか壮年Aにとっては是が非でもどこかに残しておきたかった大事な出来事だったよう。良かったネ。
     
ここが中心かどうかは別として(東京湾・川崎上空)
●2004年11月21日
人生つかの間の慌ただしい休日に、群馬辺りの小雨の山道を一人飛ばす夕刻あたり、にわかに霧が出てきて視界が悪くなります。ふと気がつくと20メートル程先の道路上に突然の後光が射し込む。何んだ何んだと一人騒いでいると、キリストらしき孤高な人影が天からスーッと降りて来て、「今直ぐ全てを破棄し放棄し、そして汝の心を無限に解放せよ」なんて言ってくれたなら、全てがリセット、全てが洗い流されてまっさらな清い更地に、浄化され気化し溶解するよう振り出しに戻れるのに。なんて奇跡を期待しながら雨の環七を北に向かって走っている状態はなんか変か?
一瞬の強き雨にワイパーも煽られ前方の視界が途絶えた瞬間、黒木瞳の大看板の横に何か光る不可思議な物体だか現象だかを見てしまった壮年Aは、後続車に気を使いながらできるだけ安全に車を環七の路肩に止めた。その正体を確かめるように首をひねって右後方を探すも上空には何も認められない。空からは大粒の雨がサンルーフをたたき大型トラックが水しぶきを上げて環七を北にカッ飛んでいくだけだ。
東京という大都市を円弧に回る基幹道路の上、しかも天候は雨。天空からの有り難いお告げを期待するグッド・タイミングでもグッド・シチュエイションでも何でもない。それでもビルとビルの谷間に彷徨う灰色の空をネス湖の水面を見つめるようにじっと熟視する壮年Aを乗せた車は今、天空の神にどのように俯瞰され見聞されているのだろうか、なんて自己中心的に想像するのはやっぱなんか変か?
とりとめもなく、真白に回帰するような感覚で妄想する自由を主張しつつハンドルを握る壮年Aの向かう先はとにかく環七を北に。円弧する環七がいつまでも北に向かっているはずもなく、だんだんと東へ、そして東京湾へと下降する現実に背を向けてでもとにかく気持ちは北へ。
最近のハイオクの高騰は多くの外車ドライバーを少しは消極的にしているか、していないか、なんて溜め池の地下のスターバックスの網椅子にもたれ掛かった昼休みのパワーランチを終えたネクタイみたいな話題は別にどうでもよくて、JOMOに入るやいなや「ハイオク満タン」と最小限のフレーズ一言、うなだれ気味に斜め20度下方に呼吸困難風に吐く。灰皿掃除を指一本で制してカード決済伝票にアルファベットでサインして「どちらの方向に?」なんて若いお兄さんの元気な声に答えてまたしても一言、「North!」なんてね。おまえハリウッドかどっかの昔のロードムビーの見すぎじゃねえの。
     
ありがたい所(埼玉県・日高市)
●2004年11月26日
胴体が赤い軽飛行機が低空飛行をしているのが雲の端に見えました。なんとなく動きが異常に見えました。鳥に比べかなり不自由に感じました。暮れかけた夕空の中に一番星がチラチラ輝いていて、11月にしては珍しい初秋のような風が寝不足のザラザラな頬を撫でています。突然の星と風のコンビネーションで壮年Aの精神は昨夜よりは少し豊かになったようでした。
目の前にゆるいカーブを持つ見慣れた公道あり。スピン気味に二人乗りの黒いチェイサーが必要以上の爆音と共に通過して行く。とうに忘れてしまった若い感情らしき物が遠くから流れて来ては未来へ消えて行くよう。でもそれが何だかよく判明しないうちに次の新しい音波が来る。目前を通過する憧れのハリウッドスターをじっと待つ心境でこの公道を見つめていると運転席の前に大きな造花飾りの付いたダンプカーが走り去った。
この世は想像力次第で自由自在なんだよ、とその昔、ここで確か娘に教えたような教えなかったような。夢を見る事は自由だし、夢の数だって自由。ともっと昔、ここで確か母に教えられたような教えられなかったような。
自宅近くの小さな公園、これからゆっくりと夜が降りる頃、時間を忘れた初老の男がフリースに両腕を入れてボーと佇んでいる。どこの公園にもあるセイコーの時計台が背後に立ち、17時と18時の間を短い針が感情の介在無しに進んでいる気配がする。桜の葉が紅葉の世界で舞い落ち、地面に重なり合う音があちこちで聞こえる気がする。飽きっぽくて夢が続かず、せっかく積み重ねたレンガを直ぐに壊してしまいたくなる人、この指と〜まれ。ハッとしたように初老の男が振り向く。なんとなく壮年Aに似ている顔色。
公園の出口近くの小さな交差点には信号機が一灯。公園の斜め前にはかなり前から住民の支持を失い経営を諦めかけたレンタルレコード屋。その開かずの濃紺の自動ドアに信号の三色の光束が数時間前から繰り返し写り込んでいる。左のヘッドランプを切らした深緑のBMWが右のヘッドランプだけを頼りにソロソロと公園の横道に駐車した。車内からギックリ腰の後遺症を気遣いながら出て来た壮年Aはレンタルレコード屋に立ち寄る為に横断歩道のボタンを押した。黄色から赤に変わった信号ランプの前に停止する車は一台も無し。レンタルレコード屋の自動ドアが何年ぶりかのように開いて中年の女性客が壮年Aに続いて店内に入って行く。
女性客によってJ・ニコルソンの「恋愛適齢期」とM・ムーアの「華氏911」がレンタルされたようでした。壮年Aは手ぶらで店外に出ました。レンタルレコード屋に入った時の寸前の記憶すらない事に改めて気づきました。飛行機のエンジン音が消えた空に、昨夜他界した母を無意識に偲んでいました。一言でまとめると、「何も出来ずにすみませんでした。本当に有り難うございました。」
     
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