段差に蹴つまずき、この看板に頭をぶつけそうになった(東京・中野)
●2004年12月23日
空が青いと気持ちも晴々するのが、まあ人間の大多数派で、空なんて曇っている方が精神の案配も良い、なんてのはたぶん少数派だろうな。普段は少数派だった壮年Aがめずらしく今日は多数派に変身か? なんて今日の青い空を見上げ、ボーとしてバスに乗っていたら、前方約50m先のコーナーから勢いよく濃い緑のBMWが飛び出して来た。バスの運転手はちょっと焦って大きな黒いハンドル(あれ結構好き)を左に切り、20人位の乗客はいきなりの慣性に少しよろめく。ドライバーはページュのキャップを斜めにかぶった若い男。朝から危ない運転しやがって、しかもBMWだし。後方に消え去るBMWのリアを追いながら壮年Aはバスの小さな座席の中で小さなため息を吐いてみせる。
う〜ん? でもな〜んか変。早朝に固まった梗塞ぎみの壮年Aの脳髄が徐々に動き出す。あれ俺んじゃん。俺のBMWじゃん。そう、あれはまさしく壮年Aが所有する車。ホイールも色も、あの車体の落ち具合も、そして何を隠そうあの4桁のナンバーも。
自分の車が走っている姿を客観的に観察したのはもしかしてこれが初めてかもしれない。他界した魂が浮遊して病室の天井近くから、ベットにまだ体温を残して横たわる自分の愛しい肉体を俯瞰しているような気分。オイオイ涙しながら、ババ死んじゃヤダ(なんてまず言わないと思うが)、なんて台詞をかましている妻子の姿をコリン・ウィルソン的超常現象のように静視している感じだ。
そうそう、愛車を車検に出していた事をすっかり忘れていた壮年Aの引きつった表情がだんだんと緩んで来た頃、バスはいつものように中央線の阿佐ヶ谷駅の狭いターミナルに到着する。車検をお願いした近所の懇意にしている整備会社の従業員が、たぶん陸運局かどこかに検査に向かう途中だったのだろうと正規な推測が頭に落ち着く。しかしあの場所、あの時間にしてはちょいと派手なコーナリングだった。気持ちは充分に分かるが一応客の車だしなあ。
次の日に、車検が終了したとの報告があった。請求金額を用意して整備会社のカウンターに立つと、整備担当というページュのキャップ男が社長の横にいた。オイルとオイルフィルター、エアクリーナーを交換して、スプレー缶1本を使って、4つのブレーキディスクを徹底的に洗浄しました、と責任感をストレートに披露するごとくしゃべる。横の社長は、我が社の自慢の社員という顔色を浮かべている。お疲れ様でした、とねぎらいの大人言葉を発し領収書を笑みでもらうと、来年のカレンダー2冊とポールペンセット、洗濯洗剤を3箱もくれた。くれすぎだ、なんか怪しい。
緑色の洗剤アタック3箱を見て嬉しそうにしている妻を遠目に見つつ、整備簿を確認すると各項目には書き慣れたようなチェック印(レ)が連鎖している。ページュのキャップをかぶった頼もしい整備工が言った「他は特に修理の必要な箇所はありませんでした」がどうも耳に残る。整備に出してから、なんか始動直後にかぶり気味になったような気がする。でもまあ、よくある町の修理工場だし、こんなもんかとエンジンをかける。母を突然失ってからの約1ヶ月が、エンジンに火が入る瞬間の時間と同じ位に短かったように思えた。
     
立ちはだかる壁のように(東京・上野)
●2004年12月26日
ケンタッキー・フライドチキン4ピースと、ケーキ屋「季の葩」のモンブラン3つ、フジ屋のペコちゃん長靴1本、生ハム200g、カマンベールチーズ1箱、それに野菜少々と、ブドウ入りライ麦パンと安ワイン1本。我が家のクリスマスに必要な食料は今年もたったこれだけだった。これだけの食卓で、BSの井上陽水の番組を見ながら、メリークリスマスの祝杯も無く淡々と聖夜が進行し、いつものようなたわいもない日常会話。誰も何も欲しがらないし、あげたがらない。
未だにクリスマスと正確に英語スペルで綴れない受験生の娘と、ほつれたTシャツと穴の空いたGパンを何年も身につけ、30年前に買ったアルミボールで料理する更年期の妻。何やら騒がしい窓の闇外を見ると、2家隣の40歳前後の夫婦が新築した2バイ4の側面にはクリスマスツリーとクマらしき動物を形どった見事な電飾ネオンが辺り20メートルの住宅街を真昼のように曝け出している。
こんな状況をもってしても、幸せなんだか不幸せなんだかよく分からない鈍感な壮年Aは、来年は愛車BMWにどんなチューニングを施そうかしら、なんて妄想に取り憑かれつつ、娘の塾での様子を中心とした家族の会話に参加しつつ、健康にほどよい程度の安ワインをゆっくりと体内に流し込んでいる。
BMWオーナーの駆け込み寺として横浜に君臨するチューニング・ショップ「Studie」。昨夜からメールでブッシュ類の交換の相談にのってもらっていて、ハンドリングの向上とは何か、即応性・回頭性にどんな意義があるのかないのか、なんて車好きオヤジの悩める問題がワインでふやけた壮年Aの頭の5割を占めているクリスマス時の状態。
楽しくなければ人生とは言えないのか、イバラの道を歩まなくても人生と言えるのか、なんて事ばかり考えていると「結論出ないうちに、あっと言う間に歳とってしまいますぜ、旦那」と誰かがそっと耳打ちだけはしてくれる。だもんで来年は、楽しまなければならない楽しみを着々と見つけなければならない自分が見える、なんてやっぱ何〜んかや〜だ。
いろんなタイプの車好きがいるんでしょうけど、年がら年中、部品をバラして組み立てて楽しむタイプではない。どちらかというと走って走って走り倒す快感の方が強い。だから来年は、深夜の首都高一人バトル修行の復活を老体一歩手前に鞭入れてでも敢行しよう。そうやって少しづつ自分だけの幸せの真実の箱を解いて行こう、なんてフライドチキンにかぶりつきながら考える自分もちょっとばかり気に入らないけど、まあいいや、という気分が一番近かった。
     
交線をじっと見つめていたら20分過ぎてたし(東京・練馬)
●2005年01月20日
今夜も首都高徘徊の儀を滞り無く済まし、いつもの小さなMy寝室にて先程までの動の余韻に浸り静する壮年Aがパソコンの前にいたりなんかするわけ。ほんのつかの間の1時間半という動の内に、4号線と5号線、C1を2周して、C2を駆け、湾岸B上に出没する事3回。しかもいつもの芝浦PAで缶コーヒーも定番ですすっちゃったし。
ああ、今夜も数限りないNシステムの下をくぐり抜けて、もしかしたら警視庁のスパコンには既にバレバレの首都高遊戯車かもしれないけど。でも、まあいいっか、リア羽つけて、マフラー音ドボトボさせてる訳じゃなし、なんせ壮年だからおとなしいもんです。
ちょっと年上の、仕事バリバリ熱心のいつも尊敬するお人が昼にチラッと本心を覗かせた言葉が妙にステアリングを回す今夜の頭の片隅に残っていた。「正月気分がまだ残っているのか、今週の月曜日は会社に来るのが嫌でいやで・・・」。ちょっと我が耳を疑ってしまった彼の発言。仕事が生き甲斐、仕事が趣味、なんて人ですから彼は一見。信じられない、そんな訳ありえない、彼に限って。しかも 50歳を数年過ぎたお歳の管理職。若い部下の前では決して言えない、家庭の中でも大学生の息子の前では吐けない台詞なんでしょうけれど。
そういや、近所でBMWのチューナー会社をやってるあの社長の一言も妙にこびり付いている。「趣味と実益が叶ったいいお仕事ですね」なんて壮年Aの言葉に苦笑い。「仕事としちゃうとね〜、もう15年よ。最近タイヤ交換したらそれだけでくたびれちゃって」。同じグチでも年輩のオヤジが言うと妙に実感こもった説得力っつうのがどこかにあった。
いつもより低速で走るとそんなこんなをチラチラ脳髄の裏にフラッシュさせる余裕が生まれてしまう。だから何かを忘れたい時はスピードに頼るのが一番なんだけど、今夜は珍しく忘れたい事がほとんど見あたらない健全なステアリングさばき。だもんでタラタラ左車線をタクシー風に流していると、レインボーブリッジの眼下の海面のように出ては消える昼間の様相が飲み屋のカウンターの2杯目くらいの重みで両腕にのしかかってくるようだ。もっと飛ばすか止まるかしないと、すぐに中途半端な速度に生成される思念のような流体がフロントガラスの前を邪魔して有用性の全くない記憶までを不必要に多くピックアップしてきてしまう。
といって、向上とは何か今だもって不明な恐れ多い向上を目的にもともと走っている訳ではないと思うから、私のチンケな頭の中に、何が出ようと、何が消えようと、不快でさえなければ私は一向に構わないいんですけど。なんて狭い車内で自問自答する我の為にも、もう少しスピードを上げた方がいいみたい。と今夜も右足に力を込めてしまった。
     
ちょっとだけ広い場所好きフェチの記憶・その1(広島県・宮島)
●2005年01月24日
娘から「どうせ広島に行くんだったら、宮島でお守りでも買って来てよ」との一言。かなりマヌケな親かもしれない。高校受験の娘の甘い神頼みについつい乗ってしまう。日本三景の一つ、なんと今や世界遺産認定までも登り詰めた広島は厳島神社に向かう。
早朝の羽田空港目指していつもの首都高を飛ばすも午前6時の湾岸Bが意外に込んでいる。というか、有明ジャンクション付近でまさかの事故渋滞。まだ夜明けなのに湾岸の車列がまったく動かないまま時間だけが刻々と過ぎる。だんだん焦ってきて、有明出口で降りて、青海の埠頭付近で右も左も分からなくなりつつ、海底トンネル2つを時速160kmで駆け抜けてなんとかセーフ。
新しいP3パーキングに入れて、これまた新築第2ターミナルのANAでひとっ飛び。人里離れた山奥の何でこんなところの広島空港でレンタカーして、借り受けた車種は白いトヨタVITZ。山陰自動車を非力の小排気量と極細タイヤで飛ばして飛ばして、午前11時にはきちんと宮島の大地の上に2本の足で立つ壮年A。娘と娘の親友2人分、計3個の学業成就のお守りを購入。ビデオ三昧の観光客に逆流して直ぐに国道2号線を取って返して広島市内に昼過ぎに突入。なんとか、本来の目的、市内への出張仕事にも間に合う事が出来た。
仕事の方は適当にかますと、後はもちろん遊び時間だ。遅い飛行機をちゃんと予約しておいたから瀬戸内海の海岸線ドライブにはまだまだ余裕の時間が持てる。市内を東に突っ切って、とりあえずズズズいっと31号線で呉市を目指す。行く手10Km以上は右手に瀬戸内海が広がり、天気はずっとベリー・ファインだ。
人間こんな所で海を見ながら暮らしていると随分と健全な人格になるんじゃないか、という生活環境重視な意見と、都会だろうが海や山だろうが、人間どこで暮らそうがそうそう持って生まれた人格からは逃げられない、というDNA重視な意見が活発に絡み合う討論会。こんなんが地元の青年会主催で、さっきチラッと見えた天応小学校って書いてあった体育館の中で行われている白昼夢あり。
呉市内でなんと、軽自動車が交差点で横転仰向けになる単独事故を目の前にする。赤信号ギリギリでコーナに突入したミニカが横断歩道の白線帯にグリップをなくしてそのまま横転。最後はゴロンと亀のように仰向けになってしまった。運転手は青年。何事もなかったようにドアが開いて、出て来たらいきなり携帯で誰かと話し出す。近くの交番から警官がやって来て安否を問うても携帯が彼の手から離れない。最後には警官に強制的に携帯を奪われていた呉の青年。ちなみに携帯は新しいAUでした。
駅前の商店街を大きく2周して探検するも何も発見出来なかった竹原市から432号線を北上して広島空港にVITZを返す。道中のコンビニ駐車場で、エンジンが横向きに鎮座するFFな姿を久々にじっくり拝見した。普段縦置きの直六ばかりを見ているせいか、なんか改めてすごい発想に思える。最初に横に置いた人ってVWの人かどうか知らないけれど、軽く置いてみたのかしらね、それとも何年も悩んで悩んである朝ふとヒラメいたのかしら。
夜の東京湾に不時着して、いつもの癖でC1を2周して精神を整えてから父と夫の顔で帰る。
     
ちょっとだけ広い場所好きフェチの記憶・その2(北海道・厚岸)
●2005年01月29日
「私はいったい誰でしょう」って私の中の一人が呟いたら、私の中の他のみんなも一斉に同じように呟いた。その声からすると、いったいぜんたい何人が私の中にいるのやら、想像を絶するようなおびただしい数の声の収束のような気がする。でももしかしてこの人達に支えられて本当の私があるのだとすれば、清く正しい多数決の論理を持ち出して、この人達の半分以上が「私はいったい誰でしょう」って発すれば、その代表である私自身もこの人達からするところの外界に対して、「私はいったい誰でしょう」って発するべきなのかしら、これが自然なのかしら、というような気がしたもんだから。
だから「私はいったい誰でしょう」って、壮年Aは言ったのに。でも言う相手がちょっとまずかったかな〜。第三京浜の上り車線。とある陸橋らしきものの上でハザード出して寝てただけなんだけど。疲れてたから。いつのまにかパトカーの赤ランプがチカチカして後ろに迫って来ていたらしい。警官Bは左の窓ガラスをコンコンと叩いたらしい。叩きながら大きな声で叫んだらしい。でも爆睡で全く気がつかない壮年A。しょうがないので警官Bは、そおっと壮年Aの寄りかかる左のドアをオープン。それに起因して重い壮年Aの頭部はゆっくりと車外に落ちて行く。その落ちかけた頭部までも警官Bは柔らかい手のひらでキャッチ。
この時点で壮年Aの精神は深く清い睡眠から目覚めたらしい。そこに「ここで何やってるんですか、あなた誰ですか。免許証お願いします。」とのご質問の連鎖。そこで壮年Aは「私はいったい誰でしょう」と口走った状況。ここで警官Bの精神状態が少し悪化したらしい事は明白。柔らかい手のひらに支えられていた壮年Aの頭部は、甘いキッスも人工呼吸も無いまま、つっけんどうに垂直の元の位置に戻されてしまったから。きっと女性だったら違うんでしょうね、扱いが。
何と答えていいのか分からない時、全く白紙の状態ではなく、答えの選択肢はあるのだけれど何を選択していいのか判断に時間を要する時、こんな時には心の中の多数決に素直にゆだねる姿勢が一番大事なように思えます、という一例を上げたような気がする。睡眠と覚醒の境界線にいる時、壮年Aの裏脳は、静止している液晶画面の裏のCPUにように活発に働き徒労のスイッチングをしているのだと思う。いくつかの声がいくつかの意見を伝え、常に決定者としての特権をもつ私がそれを分析して決定する。決定の仕様には多数決の論理が一番あと腐れなくていいように思える。でも正直に言うとこれは一般論だ。警官Bの手のひらで覚醒した壮年Aの心の中のおびただしい数の声の束は、実を言うと違う発言を欲していたし。
常に壮年Aの決断力には全くもって公正・平等がないのかもしれない。これは仕事でも家庭でも遊びの時間にも言える事で、一見のフェアな僕を臭わせつつ、実は不可視な特権を駆使した個人技なのだ。でも、だいたいの人間がそうじゃないの? なんて指摘通りの世の中で、きっとこれもイエスキリスト様への愚かなり人間の懺悔の許容範囲なんだろうけれど、でも今回の警官Bに対しての壮年Aの態度はどうしても好きになれない事をここにあえて反省として追記しておきたい。ちょいと意味不明の日記風に。
     
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