まずは脱、費用対効果的生活としての排気力(関越・三芳SA)
●2005年02月07日
拝啓ね先生。今、私は、いい感じで走っています。どんなふうにいい感じかといいますと、語彙の乏しい私にとって、この快感を文章にするのはちょっと難しい作業。ほらこんなふうに手を暖かい春の空にかざして背伸びしているような新鮮な爽快感かしら。まあまあの加速には慣れていた私でしたが、今回の改造、いや、チューニングによって手に入った低・中回転域におけるトルクの増加はそれはもう痺れる一歩手前まで私を恍惚にしてくれるようで、何度、不自然すぎるほどアクセルを鋭角にONにしてしまったことか。でもでも、これって日常生活と同じで、この感覚に慣れてしまった暁には、限りない欲望がまたしても生まれるんだろうな〜。もっともっとのパワー。欲望を捨て去らなければ幸せはやって来ないとしたら、これを最後にしなければ、とかなんとかブツブツモゴモゴ呟きながら走っております今日この頃の敬具。
壮年Aは彼の車に一体何を施したのか。なんのことはない、みんなよくやるマフラー交換と点火系の強化だ。かの横浜Studieにて、Arqrayのスポーツマフラー(定番オール・ステンレスの2本出し)と、これまた定番、SUNのHotWireを装着。ついでにイリジウムプラグに交換。まさかと思う程に、低中回転域におけるトルク増は快感を通り越してもう驚喜に近かった。帰途の第三京浜では満足しきれず、ついついいつもの関越に繰り出し夜中まで走り続ける。
Arqrayの音は極めて静か。こもりもなく、アイドル時に少しマフラー交換した事が分かる程度。ちょっと音的にはもの足りないけど、車検OKだし満足の域。しかし聞いていたけど、点火系のチューニングの定番中の定番、HotWireの威力には驚く。踏むのがもう快楽であやうく行きそうになってしまう。でもプラグの寿命は短くなるとの事。そりゃそうかもね、あれだけの火花散らす訳だし、何事にもリスクはちゃんとあるのね。織田信長のような太く短いプラグ人生。壮年Aの消耗品と化してくれるプラグには敬意をはらっての走行は壮年Aのこれからの責務。
とかなんとか言っちゃって、驚喜のごとく舞い上がった風に記しているけれど、一歩下がってちょっと俯瞰気分に浸ってみると、そんなにね〜、別に〜、日常がぶっ飛ぶ程に楽しいわけでもなかったりする所が悲しい現実だったりして。でもでもその片隅で、次回の悪あがきはやっぱりハンドリングかな〜、なんて限りない物欲に近い妄想がフツフツと湧く現実もあり。
確かに加速もいいけど、低速でのステアリングの即応性の向上は是非とも次に手にしてみたい一品。だって6直発のハンドリング、4発に比べて明らかにトロいんだもの。今更だけど、飽食の中東ハイオクまき散らす後ろめたさの欠片を背負って、環境問題だって横目でそれとなく感じて、それでも好きなんだからしょうがないでしょ、先生。
     
車乗りの雑談後の深夜のテーブル(芝浦PAの食堂)
●2005年02月12日
壮年Aの仕事のお得意様の社長さん、車のメカにはあんまし興味ない方なんだけど、インスパイヤーっていう言葉の雰囲気にほだされ続け、ここ数年間ずっと、ホンダ・インスパイヤーに乗り続けておられる。なんせインスパイヤーだもんね、なんかいいのよね、この語感。いつもこんな感じ。壮年Aにとってもまあまあ好きな語感だけど、それほどまでに情熱を刺激される程でもないかな、インスパイヤーは。決して車自体は嫌いじゃないけど。
でも、最近なんだか、壮年A的には、スタビライザーなんて言葉が気になってしょうがない。スタビライザーな夜とか、スタビライズ的思考とか、なんか良くない?(語尾を上げて若い人風に言ってみたくなるし) Stabilizerって、安定させる、っつう意味なんでしょ。若い頃あこがれの精神安定剤で、Tranquilizerってのがあるけど、なんかライザー繋がりが似ていて、こっちも好きだし。
そんなこんなで、トランキライザー的効果を狙って、ARC製のスタビライザーに交換しまった壮年A。もちろん前だけじゃなくて後にもきちんと。車雑誌の広告なんかに、中空スタビライザーって載っているので、どういう意味か分からなくて、なんか車下の空中に飛び出るのかな〜なんて想像して、危ないから普通のスタビでいいんだけどな〜、なんて思っていて、恥かきました。最初からパイプ構造といってくれりゃ済むのに、日本語で中空なんて書くからややこしくなる。
BMWの場合は、ノーマルからちゃんと太いやつが付いているので、ARC製にしてもそうそう変わるもんじゃんなし、ハンドリングが少しでもキビキビすればいいかな〜、位にしか期待しておりませんでした。ところがところが、その実感たるや驚く程で、まったくロールがなくなってしまった。環八から第三京浜に入るいつもの玉川のグルグルRで、何だコリャの世界で思わず爆笑み。今までおっとと風に踏ん張って回っていた場所が、おいおいおいの肩すかし状態。完璧にスタビライズしてしまった車が別物の機械のように自慢げに動いている感じ。あれれで調子にのってタワーバーまで入れてしまって浮かれ三昧。
ただリスクとして考えていいのか、地面の凹凸がシビアにステアリングに反応するようになった感ありで、良く考えるとよりレーシーな気分だし、悪く考えるとラグジュアリー感が飛んでしまった気分。それじゃ今度はこの気分をどう決着させようか、一人酒のツマミにはもってこいの話題をまたまた増やしてしまった様子。
この所、ちょっとチューニングというか、モディファイに出費が続く壮年A。一つやると直ぐに次ぎの一つが欲しくなる歯止めがきかない小学生のように見える。もう歳だし、あと何年運転を楽しめるか微妙な逆算のお歳頃。だもんで刹那の買物のようにも写る。近所の路上でよく出る定番の、でも奥さん、それって女遊びに走るよりは健全よ、おたくの旦那様、的な勝手な解釈はあるにしても、大人の時間と大人の楽しみ方を知らない非知的動物のようにステアリングを握りしめて夜な夜な爆走するBMWのフロントガラスの中にはあまり良質な人匂が漂うような予感はしない。こんなところに今更ながら自己の品質を感じてほんの少し凹。
     
路上フェチの記憶 [7] (CA・サンタバーバラ)
●2005年02月20日
20km/h位の低速で、前方に何か目標を見つける。目標は何でもいい。傾いた電柱でも、バス停で待つ美女でも、塀に書かれたPOPアートでもいい。ただし動かないもの。それに向かって直進します。そしてステアリングをスーと左に切り始める。その切り始めた時間をゼロとする。そして実際に車のノーズが目標から左に外れ始める時間をTとする。T引くゼロ、イコールTが最近とみに、我慢出来ない位に長すぎるように思えてならない。
タイヤの摩耗が原因なのか、どこか壊れたのか、周囲の時間空間に異変があったのか、それとも壮年Aの貧弱な精神がますます歳と共に短気になってしまったのか。実際にはその間、0.5秒〜1秒位だと思うのだが、ステアリングを切ってから実際に車頭が旋回するのに2日間位かかるような気がしてならないのだ。
このような、このうえなく感覚的で主観的な悩みを一人でひっそりと抱えて生きて、しかもこの現象の多角的な分析と洞察をもって一人酒の肴にする壮年Aのオタク系素質はいったい彼の未来の何かの土壌になり得るのか否かはまったく定かではないが、積極的に車と関わり深く見つめる事によって、娯楽をも超越したエロスや睡眠の極楽にも近い感情の分泌を得られる事は、実にホッピーじゃなくてハッピー。分かりやすく意訳すると、ただの車バカだけど。
大久保辺りの暗がりマンションの一室で犬のような格好をして性感マッサージ嬢の綿棒を直腸で受けながらも、フォアグラのようになった肝臓に最後のメスを入れるべく麻酔医の「それでは始めます」の声を耳にしながらも、この期に及んでまで、うーんステアリングの即応性はいかに、なんて発想しそうでちょっと人間としても男性としても父としても、あなたはやっぱり失格、なんて天の声が聞こえてきそうだ。
西友の特売で買った靴下に穴があいて親指が可愛く露出して、渋谷の高級居酒屋の女性客に一笑されようがされまいが、東西線で前の女性に席を譲られ、丁寧に断ったら、「おまえじゃないんだよ」って後ろに立っていたおばあちゃんに小声で呟かれようが、こんな事は全く気になりません。問題は一つ、最近とみに悪くなった愛車のハンドリングの改善。
正直、壮年Aは、こんな人になりたいのだと思う。
     
路上フェチの記憶 [8] (東京・杉並)
●2005年02月27日
別にこれといって予定がある訳でもない週末をなぜか楽しみにしながら平日を一応忙しそうに流し、その週末の土曜日のラクチンな夜、ロイヤルホストの窓際の禁煙席になんか陣取って、数種類あるスープの写真を食い入るように見つめ、あげくの果ては、うーん、なんて唸りながら、やっとの事で、ブロッコリーの薄緑色のスープに決断。
このような決断がはたしてアジアの先進国内における食の幸福なのか、だいたい食に幸福なんてあるのかどうか。そんな事より、こんな決断をする為に壮年Aは生まれて来た訳ではないし、じゃあ、いったいあなたは何をしにこの世に生を宿したのか。
ブロッコリーのスープの後に、ホワイトソースをかけたオムレツを湾曲な夜景を写す小ぶりのステンレスのスプーンでゆっくり口に運び、途中で何気なくスプーンを放り出して、テーブルの下で組んでる足もついでに放り出して、窓の外の一点を30秒程見つめ、おもむろに前の席の豊かそうなキッドレスの30代の痩せたタートルネックの夫婦を一瞥して、再度オムレツのスプーンに手を延ばす。これを3クール繰り返すと、ちょうどオムレツの皿が空になった。
そういや、最近一番楽しい時は何をしている時ですか? って数人に聞かれたな、去年は。だいたいが、車を運転している時、と答えているが、バスに乗っても楽しいし、飛行機はもっと楽しい。ついでに、明日は今日よりもっと楽しい、なんて未来に希望を生むような発言は未来に効果的がどうか、でも希望の正体は実は未来とは全く無関係のような気がしてならないし。
人間の持つ三大欲が順に正確に満たされた時、もうその人は平和な非生産な、何よりもとってもいい人になってしまいそうで、何日も何年も一人でじっとしていられそうな心の安定をもって週末を迎えられる人になる。でも、食や睡はすんなり許されても、性に限っては誰も簡単には放任してくれないから、その満足感の偏りによっては結構悲惨な週末になるのかもしれない。欲を満たすのが本来の人の正道なのに、自分ではそんな事に気づかず昼間のストレスのせいにしてアクセルをいくら煽っても、根源を完璧に絶つ事なんて出来ない人間像が次第に明らかになりつつある気がして、ギクリ。
ロイヤルホストから出て、久々に環七から方南町通りに入り、少し走って路肩に止める。上下2車線・2車線、計4車線の真っすぐな通りに車のライトが一つも光っていない。誘導灯さえあれば小型の飛行機さえ着陸できそうな夜の方南町通りの角にポツンと一人の女性が立っていた。居酒屋の玄関で脱ごうものならヘナヘナと見苦しい物体に変化するブーツという名の靴の一種から2本の細い足が生えているように見える。タバコを吸い込む度にメラメラと強く光る一点の火玉がスリープするMACのダイオードのように強弱を繰り返していたと思ったら、ジワジワとこちらに寄ってきた。
ウインドーを降ろしたら、おじさんお金持ってる? って言うから、持ってたらどうなの? って言い返そうと思ったけど急に嫌になって、何も発しないで車を出した壮年A。室内ミラーにはブーツ女の中指が下から天を指したような、アメリカンバーチャルな夜な映像がシャープに写っていました。
     
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