宮島賢也先生のうつ病克服の教え

母の教えは宮島賢也先生に通じていた

うつから救ってくれたのは
たった一口のお粥と宮島賢也先生

私は大学生のときにうつ病を発症しました。地元を離れ、新しい環境で生活することになったまでは良かったのですが、大学で心を開ける友人ができなかったことで一人暮らしへの不安を募らせ、次第に不安定なうつの精神状態に陥ってしまうようになったのです。

私なりに考え、現状を打破するために勉強をがんばってみたり、積極的に人と関わろうと努力したのですが、自分でも空回りしているのが分かりました。その頃はもちろん、うつ患者を診察されておられる精神科医である宮島賢也先生のことも知りませんでした。

必死になってがんばるほど、周囲の人が自分を白い目で見ているような気になりました。どんどんうつ病にハマっていってしまう。そしてだんだん、これまで自分が良しと考えていたすべてのことが間違っているのではという不安に苛まれるようになってしまいました。

自己チェックを繰り返すうつ病の始まり

気軽な一言でさえも相手を嫌な気分にさせてしまったのではないかと思ったり、いちいち言動を振り返っては自己チェックを繰り返してしまうのです。後で宮島賢也先生から教わって知ったのですが、これって典型的なうつ病のネガティブ・ループなんですってね。

精一杯努力して自分と向き合い、うつ病からの現状改善を図っているつもりでしたが、それが悪循環の始まりだったように思います。気がつくと学校に行かなくなり、外出することも絶え、苦しさを紛らわせるために一人部屋にこもってお酒を飲むようになっていました。食事は買いだめしたインスタントラーメン。お酒と睡眠薬を一緒に飲んで眠りました。確かころ頃、宮島賢也先生のお名前だけはネットでチラっと。

宮島賢也先生のうつの本に

結局、うつになると体も心も同時にぼろぼろになってしまいます。その頃の私は体重も落ちてやせ細っていました。服を着ていても骨の形が浮いて見えるほどで、腕にはリストカットした傷跡まであったのです。うつ病の患者に処方される向精神薬には自殺願望が出るものもあるみたいです。

そんな私を見て母はものすごくショックを受けていました。私のうつを治すために母は必死で治療法を調べ、宮島賢也先生の本に行きつきました。母は宮島賢也先生の本を読んで、そのとおりのことを私に対して実行したのです。

母は私のためにまず食事を作ってくれました。私ときたら「いらない」「食べない」の一点張りだったのですが、母はそれでも「一口食べたら絶対元気になる、うつ病は絶対に治るから!」と励ましてくれ、真っ白なお米からおかゆを炊いてくれました。宮島賢也さんを信じて。

食べたら絶対元気になる!うつ病は治る!
母の背後には宮島賢也先生の優しいお顔

こみ上げてくる吐き気を何とか抑えながら、やっとの思いで一口飲みこみました。宮島賢也先生のお声が聞こえてくるようでした。温かい食べ物がのどを通っていくのが分かります。お腹に入ったごはんが体全体を温めてくれるような感覚を味わいました。うつ病を治すんだ!

そのときようやく、「食べたら絶対元気になるから。うつなんてもともと病気じゃないんだから」という母の言葉と、真っ白なおかゆは、私が子どもの頃に熱を出したときとまったく同じものだったということに気づいたのです。

知らないうちに目から涙が溢れていました。数年ぶりの嬉しい涙でした。私と母は泣きながら、思わず一緒に笑って抱き合っていました。今はうつ病・躁鬱病の強い精神薬も、睡眠導入剤も断薬することに成功して、母と2人で宮島賢也先生への感謝で一杯なんです。

精神科医・宮島賢也先生のうつ病改善メソッド
精神科医・宮島賢也先生のうつ病改善メソッド

 

☆宮島賢也先生のうつ病克服の教え

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