●1997年09月05日/金
 OPEL VITA Swing16V・3ドア・4AT・左ハンドル・色/リオベルデの購入契約を6時間前にした。10年ぶりの車購入だ。自分の金で買った車はこれで6台目になる。20歳の学生時代に黄色の初代HONDAシビックを中古で買って2年、23歳で赤のMAZDAファミリアの新車、27歳でこれまた青のファミリア、30歳で紺のVW初代ゴルフD、34歳の白のVWゴルフ2代目Ciに10年、そして今回、44歳のVITAである。
 基本的に車は何でも好きです。ワゴン・バン・トラックも好きだし、消防自動車も、クレーン車も何でも好きだ。しかし究極の一台となるといつもFF小型車になってしまう。なんでだろう。
 MINIが1959年に世界を変えてからFFエンジン横置きは当然のように僕たちの前を走っていたのだが、僕がこれに気が付いて興味を持ったのは24年前の初代シビック全盛期であった。当時なにを思ったのか、目白通りの歩道橋の上で信号待ちの車群の中のシビックを数えた覚えがある。そこにはなんと22台のシビックがいた。そのくらい初代シビックは魅力的だったのだろう。僕が見おろした目白通りは、語り継がれたMINI登場時のロンドンのようだったのだ。アルバイトで金を貯めて購入した黄色の中古シビックに僕は「ポン太」というダサイ名前を付けて周囲にバカにされながら毎日のように都内を徘徊した。オリジナルのアクセル板が極端に小さく、右前タイヤの影響を受けたブレーキ・クラッチを含むその位置はいつか事故に繋がるのではと思うほど全体的に左にずれていた覚えがある。それから数年後、MAZDAの経営危機を救ったファミリアの時代を経て、FFのお手本、世界のゴルフへと続く。過去2台のゴルフも今回のVITAもヤナセの同じ営業マンから購入した。だから彼とは期間14年の3回目の契約である。とっても長い付き合いです。プライベートな付き合いはないが、当然のことながら、不覚ながら僕は彼女をではなく彼を信用しきっていると言えそうだ。
 今回の車種選びにはとても時間をかけた。今はINTERNETという便利な道具があるので、パンフレットや情報収集には昔ほど時間をかけないで済んだ。この楽しい悩みを伴う作業を夏の間づっと続けていたら、見る車、調べる車すべてが好きになり、ついにはバイク・自転車までに興味が膨らんでしまった。初期の段階では、家族みんなで楽しめるHONDAステップワゴン、NISSANセレナ、TOYOTAノアあたりに夢中になった。これらのディーラーを見て歩くうちにどうもピンとくるものがなくフェイドアウト。(なんだかいいパパすぎる?)そのうち話題のコンセプトカー・ラウムに興味が沸きだし、期待して試乗。(優等生の運転でした)結局これも冷えて、最後にはいつものヨーロッパ小型車に。ゴルフ3、ポロ、アストラワゴン、VITA。この4車種をなめ回してやっと血が騒いだ車がVITAだった。何でVITAなのか、今だになんだかよく分からない。とにかく通算14年間も乗り続けたゴルフなのに、3世代目の今のゴルフにはどうしてもコレダという直感が生まれてこなかったのである。ポロもアストラワゴンもカタログや道を走る姿からは魅力を感じるのだけれど、ゴルフと同じようにいざ乗ってみると気がなえてしまうのである。もちろん、だんじてこれは車のせいではなく、僕のとてもわがままなヴァイオリズムが作り出す相性のようなものでしょうけれど。
 車両本体価格1573000円、諸費用合計207570円と消費税。値引きの噂を聞かないVITAであるが、旧知の義理か50000円の現金値引きと13000円相当のフロアマットをサービスという形で契約は終結。1.9パーセントのオペル特別ローンも強い味方。残念だが下取りの87年式ゴルフCi 白 左ハン MTには値が付きませんでした。かわいそう。ゴルフの前では少々後ろめたい気にもなりますが、納車は今月中旬の予定だとか、というわけで今はウフウフ篠原の気分だ。

●カーセンサー中古車検索HP http://www.recruit.co.jp/car/
●グー中古車検索HP http://www2.station.nttls.co.jp/goo/
●オペルJAPAN http://www.opel.co.jp/
●オペル総本山 http://www.opel.com/

●1997年09月06日/土
 先日VITA乗りの個人ホームページを2つ見つけて訪問。やはり同じ車に乗っている人の感想は面白くてつい仕事を忘れて読みふけってしまった。とても参考になる。右ハンドル車は左ハンドル車に比べてブレーキの効きがいまいちとか、アクセル等の足系ペダル位置の不都合とか、トラブルの出た様子だとか、使用オイル等... オフレコだがヤナセ系の知人の修理屋プロも同じような右ハンドルの欠点を教えてくれた。この辺は輸入小型車の宿命でもあるのだが。お二人ともいわゆる青年なのでパワフルな使い方をしているのかもしれないが、トラブルなどの様子は聞いておくにこした事はないであろう。しかし台湾でVITAがとんでもない人気だとは知らなかった。しかしこのVITAの人気を支えている年代はどの国でも20代のようだ。ヤナセに聞いても購入年代はやはり20代中心みたいな事を僕に気を使いながら答えていたし。僕は今更どうしてVITAになんて惚れてしまったのだろうか。しかもゴルフには魅惑の30万円値引きが付いていたのにである。
 車庫証明の用紙に地図等を書き込みヤナセに郵送した。用紙の左に最寄りの駅から自宅までの地図、右に敷地内の駐車スペースの位置と大きさを示せと書いてあるので、その通り妻に告げて頼んだ。30分位して出来たと言うので見ると、現実の場所より1km位西のリバーサイドに僕らは住んでいる事になっていて、VITAが4台位入る広大な駐車場を僕は所有している事になってる。そりゃ日頃の願望も入るだろうし、まあいいかとも思ったが、警官が確かめに来て何を言われるかわからないのでそっと最小限に手直しを加えた。地図を見りゃわかるだろうし。
 その妻がヤナセでVITAを見てよほど気に入ったらしく、先日から免許を取りたいと言い始めている。何年間も子供と後部座席で楽しめていた女がいきなり前に出てきて運転したいと主張している。ヤバイ、かなりヤバイ。それに嫌な予感がした。昔も同じような事があった。私事の恥部をさらすと、20歳台の時の先妻、妻第1号も(今のが妻2号ですので)いきなり運転に積極的になった事があった。それを僕が許してから、彼女は通算2回衝突事故をおこし、2回パンクに気づかず数キロ先から帰宅して、トドメは交通機動隊の警官を蹴り逮捕されて夜中に僕をベットから引きずり出した。魔のファミリアの時代だった。今回は僕のVITAにそんな経歴を負わす事はだんじて出来ない。

●takuo's page http://ww1.cnet-na.or.jp/t/tacma/default.htm
●ビバ・ヴィータ!! http://www.machida.xaxon-net.or.jp/~ikeda/vv.html

●1997年09月07日/日
 まだVITAもこないのにこうやってVITA日記を書いている僕はそうとう物好きだし、危ない。でも僕の知人の中にはもっと納車を落ち着いて待ってられない男AとBがいる。A君が僕だったらきっと近い未来に僕に納車されるであろうVITAが今どこでどのようにしているのかを何かしらの手段を講じて探り出す。そしてこっそりオペラグラスなんぞをそっと持参して会いに行くのだ。工場の前の道路にあらかさまではないギリギリの距離をおいて駐車し、「あ、ナンバーはまだ当然付いてないよな〜、オプションのサイドモールまだ貼ってないじゃんよ、ちょっと待ってよ、まだそこのビニール剥がさないでよ」てな具合だ。そして帰途にオートバックスなんぞに寄り道、1000km点検用のオイルなんかを早くも買い求めてウシウシしている。まだ生まれてこない子供に備えて、大きな妻の腹をなでながらせっせとオムツやらほ乳びんを買い揃えるようなものだ。ちなみに電話してそれとなく聞くと僕のVITAは今現在まだ横浜にあるそうだ。
 B氏の場合は情報派だ。あらゆるメディアを使ってVITAに関する情報を入手してかたっぱしから納車にむかって頭にたたき込む。CAR and DRIVERやNAVI やらのバックナンバーをひっぱり出して過去の関連記事を探す。インターネットを使ってOPELのクラブなんかをhttpしまくる。何万kmでどこにトラブルが出たとか、エンスーはVITAの向こうに何が見えるかなんて評論を読みふける。日頃横目でしか見ていない徳大寺氏に先生がつく。実は僕も無意識にやっておりました。
 A君にしろ、B氏にしろ今の僕には気持ちがいやというほどわかる。納車がまちどうしくてしかたがないのだ。待つ時間もこれまた楽し、なんて生活いや人生に余裕の発言を放つ程とてもじゃないけど大人にはなれないのである。
 しかし楽しい事ばかりでも実はなく、ひとつだけチョッピリ不安材料もあることはあるのですが。僕は今までMT車しか運転した事がない。免許を取って26年間、ずっとMT車のみの生活をしてきた。そりゃ、1日だけのレンタカーとか、友人のAT車でちょっとそこまではあるけれど、AT車を所有した経験がないのである。その理由はひとつ、自由な回転を選択できる悦びにつきる、という事。自由な回転を選べないなんて、オナニーを含めたセックスの状況を身近な人に制限されるようなものだ。(失礼しました)と思っていた。だってAT車で5000〜6000回転なんてなかなか無理でしょ。ようするに出したい時に出す。出したくない時には断固として出さない、ということ。スピードですよ。だが何を考えたか今回のVITAはATを買ってしまった。MTもSports16Vという形で用意されているのにもかかわらず、不思議な気持ちの転換である。何だか違う物を使い、違う事をしたくなったのだ。この44歳の現象は他の日常にもいえることなのですが... とにかく今まではクラッチさえ切っておけばなんでもありだった訳で。これからは長い年月をかけて体で覚えてしまった安全対策のページを少し入れ替えていかなければならないと思っております。初心に戻って明日、オートマチック車の運転技術なんて本を探しに行こう。逃避とかチェンジは当然の大人の権利だけれど、違う事をしたくなった日常回避系・親の気まぐれで、子供の安全にまで迷惑がかかっては大変なので。

●みんな読んでるNAVIのHP http://www.cyber-bp.or.jp/ig/navigation/NAVI/

●1997年09月08日/月
 揺れる地下鉄の中でちゃんと数えてみるとVITAを購入した理由は全部で7つあった。その1。
 なさけない話だが、夏になるとどうも気持ちが不安定になるのためか、7月下旬から慢性胃炎がまた始まった。支払いが悪くて強気でお断りした仕事やら不発に終わった見積もりも重なり、例年よりかなり暇な夏を過ごした為かもしれない。本当の所は、夏が僕をチョッピリとセンチメンタルにしてくれるがゆえの胃炎...なんぞと思っているのです。もっと正直に言うと、数年前のバブル崩壊による金銭上の損失の痛手から未だに心身共に立ち直っていないためなのですが。
 先々月に高価な薬(熊笹系のヤツ)を飲み、それなりの効果はあったのだがちょっと経済的にアホらしくなり、何回かお世話になっている漢方医の所で、薬を調合してもららうことにした。いつも訪ねると、朝鮮人参だの色々なあぶない香りのするホルマリン漬けのガラス容器の横で、彼はもっともらしく僕の両腕をとるのだ。そのあやしい先生は、自分の両腕を使って、僕の両腕の脈をじっと2・3分に渡って無言で目を閉じて観察する。(これ結構好きでした)そして、一言ウンとか放って、その日は、「胃壁の下の右の部分がただれています。左ではなくて」とおっしゃいました。ホントかよ。おいおい。最後の「左ではなくて。」が妙に説得力あり。という訳で、6500円払って、スキン5ダース分位つながっている粉薬の袋の帯をもらって帰宅。ちなみに、帰り際に「脈だけで患部の位置まで分かるのですか?」と決して疑いの目を感じさせない口調でフェアーに尋ねると「50年ですよ。50年。10年20年じゃ分かりませんけどね。」とおっしゃった。ここまでくるともう生きる内視鏡です。
 前振りが長くてすみませんが、この内視鏡先生の50年間使ってらっしゃる机(たぶん)の横のホルマリン漬けのガラス容器の横に、赤いVITAがいたのでした。だふん60psのSwingでしょう。よくあるサービス判の中、どこかの河原でどこかの若い女性と先生がVITAの前に立っておられました。注意して見るとその河原にはけっこう大きな石がゴロゴロしています。かよわいVITAがどのようにしてそこに到達したかは知りませんが、背景に写る車種はだいたいがRV系。その中で赤いVITAはとてもOPELしていて、ヨーロッパ小型車していて、走り込む幸せを共感できそうな姿、Fun to Driveをしていました。プジョーの宣伝コピーフレーズ、「一生、プジョーかもしれない。」を「一生、VITAかもしれない。」にしてもいけてしまうフィーリング(死語?)です。ワカリル?(これも死語?)スマスマのマー坊じゃないんだから。この「OPELしている」がどういう意味かは、きっと車が好きな人、特にヨーロッパ車が好きな人には分かって頂けると思っています。とにかくOPELしていたんです。その赤いVITAは、その時その河原で。
 僕はその写真のことを先生には尋ねませんでした。先生がレジで薬の代金をガチャガチャしている時、奥の薬剤室から白衣の女性が顔を出しました。赤いVITAの若い女性でした。先生はその娘を名前で呼んでいらっしゃいました。僕はその娘さんが調合してくれた漢方薬を8月から飲んでいます。今のところとっても効いております。代金を払って、礼を言って外に出ると裏の駐車スペースから赤いVITAのノーズが見えました。これがVITA購入動機その1です。その2以降はいずれまた。
 話は変わりますが、昔は黄色いVITAがあったんですね。何で今はないの?(以下URL参照)

●95年11月に書かれたVITAのとある記事 http://www.imicom.or.jp/home/ddd/d2/column/vita.html

●1997年09月10日/水
 冷静に考えてみると当然なのかもしれないが、VITAとINTERNETを必要充分条件している人達がこんなにいるとは、少々ビックリしております。VITAと検索すれば、かならずどこかにいらっしゃる。本日またまたVITA乗りの個人ホームページを2つ見つけて訪問。他人のVITA生活をかいま見ると随分得をする気分になる。
 VITA試乗の時、リアシートに埋もれていた妻子が声を揃えて「パパの頭、天井にくっつきそう」。その時からヘッドクリアランスが最大のインテリア上の不安材料でした。白のハイヒールのフロア嬢は「高さ、調節シート、あるから、OKOKよ」となぜか危ない香港商人のようなイントネーション付けて説明しておりましたが。しかしこんな不安も先人VITA乗りのHPを覗く事で解消。188cmの方が乗っても安心な車ですから、176cmの僕になんの不都合があるものやら。
 現乗用の87年式ゴルフCiでは数種のアルミホイールとタイヤの組合せを楽しんだ。オリジナルのスチールホイールとコンチネンタルを購入時から約2年履いて、インチUPのアルミとPIRELLI(たぶんP6だったと思う)に履きかえた。最初はウキウキ気分だったのだが、足を変えてからのゴルフは不安定でしょうがなかった記憶がある。高速でのハンドルは100km/hをこすとブレ始め、直進させるのに気を使うようになった。都内の50km/hでも今一つ変更前の制動感がない。何度か工場に持ち込みアライメント等のチェックを繰り返したが結局元には戻らなかった。またダンロップ等の国産品を履いたりもしたが変化なし。その後もしかしてと思い、ヤナセ純正?コンチネンタルを新たに買い求めるとこれがピタリと元サヤ、ほんとかよの、バッチリ復活でした。こんなゴルフでの経験が下敷きにあったので、VITA Sporsとコンチネンタルの相性、その後のホテンザとの良い関係を読んだ時には正直、ウウウウといううねり音が喉から出たしだいです。だって僕のケースとまったく逆じゃんか、これ。
 その他色々な有用な情報ありがとうございます。とにかく先人・先輩のHPを覗くといい事が山ほどある。

●Keita Kimura氏の最近のVita君 http://www.sfc.keio.ac.jp/~s94140kk/
●なりたけいえつ氏のVITAの日記 http://www.infoaomori.ne.jp/~keietsu/index.html
●コンチネンタルタイヤのHP http://www.continentaltire.com/

●1997年09月11日/木
 何年ぶりだろうか、深夜の目的なしのドライブ行。泣いても笑ってもあと数日で10年共にしたゴルフとお別れということで、帰宅後久々に一人で駐車場におりる。阿佐ヶ谷からメチャ空きの青梅街道に出て、荻窪駅を左に見て田無まであっという間。帰りは新青梅街道を戻る。ギアを落として4000回転位で終始走っていた。さすがに10年乗ると色々ある。妻が急に産気づいて病院に急いだ朝。無事娘が生まれたかと安堵したら何年ぶりかの大雪。ゴルフは産院のパーキングで1週間動けず、とうとう妻子と共に帰宅。クリスマスイブに浮かれて大酒飲み、駅の階段で15段一気飛び。逆足着地で複雑骨折。結局10カ月間ゴルフに乗れない日々が続き、当時事情により3駅も離れた駐車場に松葉杖でエンジンをかけに通った年もありました。日本国中あちこちで酷使し、我が家の海の写真にも山の写真にもかならず写っている白い車姿。娘は何故か白色が好みで、手放さないでと言われておりますが。
 昔から白い車がヤレていく感覚が大好きで、特にヨーロッパ系の白い小型車。道路の両脇に落葉樹かなんかが並んでいて、晩秋の夕方あたりにひっそりと木の下に駐車する白。ふと見ると10年、15年落ちのBMWの4気筒かなんかで、白いホディーにはちゃんと年数にあったヤレ感ありで、適度に磨いてある。いいよね....。俺、白車ヤレフェチ。だから10年前の現ゴルフ購入時にもちゃんと15年は乗ってやろう、最後のヤレまで楽しもうと心に決めて白を選んだのですが。しかし去年は東名でクラッチがガンガン滑り出し恐い恐い事件あり、今年はラジエターから水蒸気が出るし、クーラーはなぜかキイキイいうし、直しに直してもう合計すると結構いってます。しかし壊れたものはきょくろく直して使う僕の主義に反する罪悪感も多少ありで複雑な心境です。でもどこに下取り査定させても金額出ないんじゃ、ちとガックリですが。

●ヤナセのHP http://www.yanase.co.jp/index.html

●1997年09月12日/金
 いい歳こいて、まだ納車前なのにVITA、VITAと一人で騒いでいたらなんだか疲れてしまった。なんだか納車と同時に飽きてしまいそう。失楽園だ、略奪愛だ、不倫だと大騒ぎして、いざ相手が離婚したとたんに醒めてしまうようなものかもしれない。そういえば、10代にタバコだ酒だドラックだ革命だと走り回って、20歳になったとたんに飽きてしまったっけ。制約や圧力を感じなければ人間は燃えないのかもしれない。
 考えてみれば単なる移動の箱に過ぎないのである。車。ちょっと早く走れて、短く止まれて、楽に曲がれればいいのである。エクステリアが好きな色とデザインで、インテリアが充分にコンファータブルならいいのである。無限の行動半径が支える心の余裕とか、孤独にセンチメンタルに動く空間だとか、ドライビングで社会に参加する自立感とかは、もうこの歳になったら今さらいらないのである。そうか、なんだ車なんてそんなもんじゃないか、アホくさい。なくたって生きていける。依存もしないし、駆逐なんてされない。ベンツのAクラスだって、TOYOTAのラウムだって、どこが違うんですか? 今までと。タイプRなんて必要なんですか? キース・ジャレットだって、ホロヴィッツだってクラプトンだって、高中だって、セシル・テイラーだって、武満だってたいしてかわらないじゃないですか。もう太明朝でも中ゴシックでもゴナUでもいいじゃないですか。もう何だっていいのです。だから何だっていいから早くこないかな納車。いいかげんにさ。(今日はなげやり)

●スミマセン全然関係ないですが、VITAって略歴という意味もあるの?
 http://www.naruto-u.ac.jp/~nagaoi/isaac/E-Photo.html

●1997年09月16日/火
 VITAに関わる結論4つ。
 結論その1。娘が4級の実力を見せてやるからと言うのでプールに行った。親が気が付かない内にバタ足だけで25mを泳ぎ切るようになっていた。しかも捉水力(こんな熟語あるかな?)がすばらしく、ゆとりの呼吸で楽に泳いでいる。とても嬉しくて、イルカのように(他人はそうは見ないでしょうね)並んで泳いだ。プールからの帰途、自転車の上でVITAの納車とどっちが嬉しいか比較してみると、どっちも同じ位の重さで嬉しいだろうと結論が出た。
 結論その2。9月の初め、僕はVITAの頭金に100万円位を予定していた。総額の半分以上の額なので、特別ローンの1.9パーセントを併用すれば毎月がかなり楽になるはずだった。しかし災害は忘れた頃にやって来る。ちょうどその週、妻が何年も通う歯医者から忘却の請求がなされたのだ。46万円の請求はいかにその内容が正当すぎるものであったとしても、僕としては天変地異、ICBM本土炸裂である。しかし約4日後、妻の「私の歯と車とどっが大切なの?」事件にやっと僕は結論を出し、VITAの頭金を半分に削り、46万円をそこから捻出、残りをオペルローンに組み込んだ。
 結論その3。僕は今でも、「僕は車に熱を上げていると感じる時がある」と周りから思われていると感じる時がある。しかし今は昔と違ってファインチューニングもしないし、黄色のショックに替えたりもしない。モモなんて可愛いロゴに取り替えたりしないし、信号青のエキゾーストにハマったりしない。アクセルとブレーキ上に同時に右足を乗せたりもしないし、砂利の上でむやみにサイドブレーキも引かない。しかしながら、近所の庭に雨で濡れる正確に言うとアドリアティックブルー・パールのHONDA・LOGOを前に不覚にも立ちつくしてしまう事が結構ある。そして重症車フェチの結論に達する。
 結論その4。日常生活を含めた人生という意味の中で、僕の車への感情の位置は時とともに変化している。僕の心と財布の間での需要と供給のバランスは外界の変化によって傾き歪むこともあるが、いつも何かの力によって平衡を保たれる安全装置がついているようでもある。それはただ単に危険回避という事ではなくて、人間としてちゃんと物事に順番を付けられる知恵が付いてしまったようにも見える。車は僕にとってどの位必要なものなのか、どの位ほっておけるのか、乗って楽しいのか、乗せて楽しいのか、見て楽しいのか、見せて楽しいのか、いじって楽しいのか、いじらせたくないのか。この辺の事に答えが出てくると、納車の時期をわがままに急がせるような言動を慎む事が出来るようになる。懇意のセールスよりやっと納車日の予定が入った。しかしですよ、こともあろうにその日には学童クラブ主催のバーベキュー大会がある。父親達の準備は整い、参加費は支払い済み。と妻は言う。その日に向かって子供達は秒読みの段階である。と子は言う。僕は1時間かかって納車日を数日延ばす結論に達したのである。俺って、いい人?

●Welcome to OPEL VITA's room. http://www.imasy.or.jp/~wadah/vita/vita.html
●ついでにホンダLOGOのHP http://www.honda.co.jp/LOGO/gallery/index.html

つづく


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