●1997年12月24日/水
 事務所の先の大通りの渋滞の中に今の三菱ランサーがいる。ターボ系の速そうなヤツだ。しかし22年前のNさんが乗っていたランサーとは似ても似つかぬ外観に今はモデルチェンジしてしまっている。あれから何回の変化を繰り返したのだろう、当時とはまったく異な存在を放つ。Nさんのランサーは小さくて、速そうには見えなくて、後ろの視界が悪そうで、ラリーのイメージがどうしても湧かなくて.... でも好きでした、Nさんの所有する深緑のランサーとグレーが似合う年上の彼女だけは。
 毎年クリスマスから年末が秒読みの状態になるといやでも想い出してしまう人と事がある。21・2年前、僕はランサーのNさんに徹底的にやられていた。イヤミをされる、からかわれる、ドヤされる、こずかれる、外される、無視されるなんてあたりまえの日常。昼飯の席確保しておいて、タバコ買ってきて、なんて毎日の事。そしてついに、靴磨いといて、で切れました。辛抱していた1年と少しの間、どんなに友と至福の時を過ごしていても、どんなに美味しいものを食べていても、浴びる程の酒を飲んでも、旅行していても、女性といても、寝てしまわない限り頭のどこかに明日の会社、明日のNさんがいるのだった。その位に当時の僕の精神は屈曲してしまっていた。
 初めての就職。卒業後の身の振り方が全然決まっていない。大手重電に勤める父や親戚からとんでもないコネ話が長髪の僕にもいくつか舞い込む。試験・面接とは名ばかりコネコネ裏口就職話だ。ラジオが好きで無線が好きで入った電子工学科、研究室ではアンテナの測定ばかししていました。だからアンテナメーカー数社を見繕うもなんだか人がイマイチで.... 無線工学は好きなんだけど、そこに集まる人ナリにどうも馴染めなくて。だからその当時ドップリ浸かっていた音楽の世界へなんて業界物色するも、良い機会と話し在るわけがなし。そんなこんなで正月が終わり、親・親戚に呼ばれてはごまかし、時期が迫ってなんとなく音楽周辺機器・ソフト等を輸入・小売りしている小さな商社兼販売会社になんとか長髪のままで潜り込む。そこでのサラリーマン一年生、初めての上司がNさんだった。
 あなたには殺したいと思った人がいますか? あなたは人を殺したいと思った記憶がありますか? 残念ながらあります。一度だけ。22年前か21年前のクリスマスの夜、僕とNさんは地下の倉庫で在庫チェックを数時間にわたってしていた。ほとんどの時間は無言。スピーカーからは当時のビルボード20が下から順番にかかっている。Nさん愛煙のラークにまた火が付きアルミの灰皿は山。後ろから見ているとNさんの長い髪の向こうで煙りがノロシのように地下の冷たい空間を浮上していく。僕の右横のダンボールの上には刃が充分に出た黄色い作業用の大きなカッターがある。僕はその時、今なら確実に殺せると本当に思った。部長がいきなりドアを開けて入って来た瞬間まで、僕の右手はゆっくりとカッターに近づいていた。
 今を想えば僕の方にもイジメを誘うそれなりの甘い理由があったのだろうと思う。卒業したての社会経験一年生の世間知らずにはNさんなりの美学をもって制する他なかったのかもしれない。しかし僕は今でも、三菱ランサーを見る度に、クリスマスが近づく度に想い出してしまうのである。僕はNさんのフルネームを今でも言えるし、心の底に在る黒い海苔のような半固形体でNさんを包んでしまう夢を今でも見るし、突然ピンポーンと呼び鈴がなって自宅のドアの向こうにNさんが幸せ家族を連れて20年振りに現れても、いらっしゃい久しぶりです、と心を開いて家中に招き入れる事はどうしても出来ない自分であろうと思っている。
 こんな類の尾を引く憎悪の感情は後にも先にも、40歳をとうに過ぎた今までたったこれ1回だけ。戦争でシベリア捕虜生活を送った亡父が深酒の毎晩にうなされた憎悪に比べれば微々たる憎しみの記憶である。昨日の祝日、娘にせがまれ駅前のマツモトキヨシにコロンを買いにVITAで出かけた。その帰り道、ちょっと遠回りをして懐かしい高校に寄った。校庭手前でVITAを降りて歩く。プールがなくなっている。テニスコートが移動している。銀杏の木が半分になっている。VITAの中で娘がコロンを全身にまき散らしている。年の瀬になると昔の色々を想い出してしまう。ドアを開けたらVITAの中はライム色。ついにあの新車のニオイが消えてしまった。
PS. Merry Christmas to you and your Vita.

OPEL星人飛来のNEWSを知ったのは先月。娘の小学校の学芸会の夜だ。OPEL星人は時間銀行を経営している。今、時間を預ければ将来利子を付けてもっと多くの時間にして償還してくれると言う。信じていいのだろうか。今と将来の選択を迫られる日々が続く。

●1997年12月26日/金
 態度が偉そうで嫌いだったAクラスが転んでしまって可愛そうになって心配してたら何事もなかったようにTVでは予約受付のCMが高価に流れている。これ対策済みなら全然OKという事?
 ほとんどの人はアピール・プレゼンテーションと見てやしないでしょうが、プリウスやスパシオやこの延長上の車に乗る事で僕や僕の家族の物質に対する欲や価値観や方向性、果ては大局への生活感、人間性、社会への貢献度を他人にアピールする位なら、成金成り上がり風に無理してでも家族全員ウドン食わせて(うち全員麺類大好きなので悲惨感出ないでしょうが)Eクラスに光るナンバー付けちゃった方がいやらしくないように思っているし、エンジン斜め下に落としてまでの安全性を得るのにかかる費用313万円の事を考えたり、人に会う度に、この車、衝突時にエンジン斜め下に落ちるんですよ、なんて説明したり、いつエンジン落としてみようかな、なんて電柱や壁を物色しながら走るのも疲れるし、だいたいAクラスといえどもまだ見下ろされているような気がして、それは価格だけではなくて高尚なコンセプトに、それを詳解する評論家に、それを売るディラーに。なんて思っていたのですが、転んじゃったとなると気になります。大丈夫かな。可愛さ余って100倍の反対... ってやつかもしれません。 本当は最初から興味津々だったんだけど。(プリウスやスパシオやラウムには責任はありません、いい車だと思います。ただ僕は例えばプリウスの持つ先進性をファッション風に利用する自分が嫌なのです。だけどプリウスの進化を第三者的にウォッチする自分は大好きなんですが。現時点の僕はぜんぜん先進的な人間ではないし、プリウスに追いつこうとも思わないし。こんな次元で僕とVITAは似た者同士だと... うまく言えませんが)
 心配だったのでたまに借りて読んでるNAVI、現金出して新刊買ってしまいました。まれにきれいな雑誌買うと贅沢に思えて、ついでに黒いコートまで買ってしまって年末の幸せ。単純に要約すると、安全性と居住性の優先を上げたがゆえの運動性能チョンボ? まあ経済が壊れてお金の流れが変われば消費者のニーズも変わり、それにリンクして当然メーカーの開発姿勢も変わるのでしょうがという事? でも、こういう運転感というか、危ないなーこの車、っていう感覚、テストドライバーはもちろんの事、発表取材とかでベーター版試乗する各国の評論家の人たち誰も分からなかったのかなー、警告してくれた人いなかったのかなー、と思う。もちろんエルク・テストっていうんですか、こんなレンジローバーも倒れる鹿を回避するようなテストじゃ誰もやらないだろうけれど、ちょっと激しいカーブを切って、なんか変だな、危ねえな、位は挙動として掴んでいなかったのだろうか。それ程までに専門ドライバーというのは鈍感なのだろうか。それともメルセデスというブランドが持つ先入観があまりにも大き過ぎたのだろうか。少なくてもNAVIの記事からは、偶然に、1000台に1台の確率で、転んでしまった、運が悪かったAクラスというニアンスはまったく伝わってこない。明らかにメルセデスのチョンボですと。だったら直ぐに反応したメルセデス本人だけでなく、世界の車評論家、テストドライバー恥ずかしくならないかなー、特に強烈に絶賛した人達、日本にもたくさんいると思う、責任あるんじゃないの? なんてオーム事件で台頭した宗教評論家達を思い出しながら思ったのだが、素人の無責任発言かなのかしら。それとも誰も察知出来ない許される範囲の転倒、自然災害なのかしら。
 正直言うとモーターショーで触れて以来、嫌いだったけど試乗が楽しみで、来年が待ちどおしくてしょうがなかった。なんとか試乗だけさせてもらってVITAの中でその余韻を想い出したり、街でVITAのフロントガラスの中を行くAクラスの残像を楽しんだりする体験を密かに心待ちにしていた。だから今年の初めから秋にかけて特に雑誌上でAクラスを驚嘆した評論家たちの、新しいAクラスの評論を読んでみたい。
PS. 近くのJOMOでC200が洗車で置いてあった。メルセデスのラインの中でもC200にだけはただならぬ魅力を感じてしまうのは何故なのだろう、ただ単にそれより上は僕の現実外の価格だからなのかなー。

●1997年12月29日/月
 学校を出て自分の金で生活し始めてからすでに20数年が経ってしまった。その間、仕事や場所や仲間や家族や車は随分変化したけれど年末の大騒動は毎年相も変わらず同じパターンを繰り返して来たように思う。忘年会も数限りなくこなして来た。しかし今年はすべてやめにしてしまった。二人以外、お付き合いもすべてお断りして、自分からもあえてしかけなかった。突然現れた10数年来の友一人とあとは妻。酒を呑んで今年を話したのはこの二人だけだ。今年の年末は仕事の切れも悪くなかなか時間のやりくりが難しかったせいもあるが.... 20数年間で酒席騒動がない静かな年末は初めての事だ。もしこれでどっかのお得意様に外されてもまあいいやなんて開き直って年末を過ごしている。
 もしかして人生、ついに逆算入っちゃったかなーとも思う。やりたい事とか快適な事とか、これが一番いい表現かもしれないが素敵な事とかをちゃんと心の中で箇条書きにして順番に並べて、上から3つか4つ位までに印を付ける。そしてそれ以外の下に書かれている事柄はすべて忘れて捨ててしまう。こんなふうに生活したくて。9月末からのVITA夜行での想念をまとめ上げるとこういうのに近い精神になっていたのでまずは年末の状況を変えてみる。来年は嫌な人にはより以上に不親切に、嫌でない人にはより以上に誠意をこめてお付き合いができる嫌な人になろうと思っている。要するに好き嫌いを出来るだけ表面化して、どうしようもないやるせない時間の無駄を極力省こうと思う。えーいもっと要するに言うと、今年は嫌な事、嫌いな事に時間を使い過ぎたという事をつくづくVITA夜行で感づいてしまったのだ。それだけ深夜のVITAの中は鏡のような空間で、何事もなかったように駐車場を出ても、アイドリングを終えて温度計の針がピクッともちあがる頃には、だいたいの一日のおさらいと懺悔と決着が鏡の中をのぞき込む己の顔色のように正直に噴出し収まるといういわば浄化空間だったからかもしれない。
 ここ年末にくると、この日記を書き始めてからの4カ月弱が走馬灯である。(走馬灯なんて灯最近見ないが)色々な愛くるしい情景にほだされてVITAを買って、VITAに乗ってその小さなフロントガラスを通して色々を勉強させてもらった気がする。特に物の大きさの意味とか、所有する事のこだわりとか、物欲の価値などには深く考えさせられた。また日記を書いていて、どの位僕がこの車、あの車を好きかという事を表現する方法の不自然さを感じた。他人に自分の車好きを伝える為に皆さん色々なモノサシを使われている。例えば距離。私はこの1年間で4万km乗りました、どうだ、とか。例えば知識。あのコンバーチブルはスペイン産で1980年までの製造だよ、すごい、とか。僕の場合は距離もないし、知識もない。ましてBBSでいつも教えて頂いている(有り難うございます)方々の様なメカニカルな体得もない。何もないのにVITAの日記を付けて車好きだと自分では思っている。本当に僕は車がVITAが好きなのだろうか? ただ言えるのは、VITAの事を車の事を、たくさん想ってました、慕っておりました、感じていました、だけだ。まあこんなもんなんだけど考えてみれば岩印さんも以前言っておられたが、車への想いは異性へのせつない想いと同じらしい。どんなに好きかなんて計りようがないものね、それに日々変わるものだし(危ない)。
 また、たった数ヶ月の間にたくさんの方と出会えた事は大きい。こんな狭い日記を読んで頂いてお礼を言いたい。また多くの方々からメールを頂きました。特攻隊で出撃する訳ではないが(古すぎる?)心残りは頂いたメール一つ一つに時間的に充分な思いを込められなかった事にありますが、お許しを願います。精神世界、携帯電話、天文、サッカー等のお話し等も時間があれば是非うかがいたかった方々.... 世界の車事情をもっとお聞きしたかった人、VITA以外でもお世話になった方、その他どうしようもないVITA・OPEL狂の美しい方々.... 今年は有り難うございました。しかし誰一人として実際にお会いした人がいないINTERNETの世界、ちょっと恐寒いが。(男だと思って行ったOFFで実は女だったなんて事もありましたからね、以前のパソ通時代には)
PS. NAVIの最新号のP89に有名人の今年の○と×が載っている。かの小室哲哉さんの○は現所有フェラーリ5台を全車自宅のLAへ輸送できる事だそうだ。そのフェラーリ5台は太平洋上を船でもっか移動中らしい。いいですね、羨ましいですね。誰か僕に潜水艦を貸して頂けないでしょうか、旧式の小さいのでいいんです。そっと潜望鏡を上げて重たそうな喫水線に十字の照準を重ねてみたいと思います。黄色いフェラーリが紺碧の太平洋にスローモーションで呑まれていく。こんな初夢を夢みて。 数日間INTERNETから離れます、良い新年を。

●1998年01月06日/火
 夜中の1時に演歌を唄うマヌケな人はどの位いるのかなと想像しながら「圭子の夢は夜ひらく」を上手に唄って席に戻ると拍手が来て、こういう状況下ではどんな言葉がジャストフィットするのか、着席一番の言葉が浮かぶまで顔を上げないで探っていると時間が不自然に経って、しょうがないので少し顔を上げてテーブルの上の上等なイチゴと、中の上程度のウサギ形リンゴを楊枝でつついて食べていたら、顔の斜め前50センチ位で前の赤いミニスカートが乱れ、バンツが見えそうになった。その女子は赤いタイトなミニスカートでお客に難しい距離で接近しながら水割りを作る。ここ四谷の地下には今までも随分連れて来てもらっていて、座って水割り数杯飲んで、専属ピアノ伴奏のカラオケ唄って、ジャイアントコーンとか季節の果物を少しつまんで、ボトル入れなければ多分一人1万5000円位だと思う。今までかつて自分で支払った事がないので定かではないがたぶん。いつも有り難いと思ってお供して、お勘定の時にはいつもサイフだけはそっとポケットから出して、僕にも少し払わせて下さい、と静かに言って、いいからいいから、をちゃんと待ってサイフをしまう。こんな事をキャデラック所有の社長ともう一人のセレナ所有の社長と共に、もうかれこれ10年以上続けている。去年の暮れの酒席のない静かな生活と比し今年は180度のスタートを切ってしまった。女子を送ると言うキャデラック所有の社長のタクシーのテールランプを見てから僕もタクシーを拾う。飲み過ぎて頭痛ひどし。娘にともらったポケモンの切手とカードを握りしめる。
 中華にしようか、魚定食にしようか、軽くザル蕎麦にしようかさんざん迷った末に、昼間の駅前で焼きそば食べてトボトボ二日酔いしてると、10メートル先で緑色のタクシーが止まってドアから綺麗な2本の足が少しの時間差で地上に落ちる。リアドアがめいっぱい開くと同時にタイトなミニスカートから先に薄黄色のサングラスをした女子が降りて来る。これまたパンツが見えそうになる位にアンバランスな体型をとっている。今度は見えた。両手いっぱいに紙袋をかかえている。ガード下の担ぎ屋のお婆さんの定位置の横をすり抜けてJRの改札に向かっている。干物やら餅から野菜を担ぐ元気なお婆さんが現金を数えながら横目で女子を追う。その横をオデッセイが赤ん坊を乗せてギリギリすり抜けて行く。赤ちゃん乗ってますの札がユラユラ揺れて走り去る。あんなもので何の効果があるのだろう。まだ飲み過ぎの頭痛が残る。もらったポケモンの切手とカードは今朝やはり娘を驚喜させた。
 昨年から病床にあった友人がついに力尽きて永眠してしまった。見舞いに行ってもろくな会話が出来なくてつまらない時間ばかし浪費した面会だったが最後の一言は必ず僕の体を気遣ってくれる言葉。逆だっつうの。お通夜は昔の同僚達と同席して、お葬式は妻子と共に出た。最後のお別れで菊の花を入れて姿を見ると最後に会った時よりさらに小さくなっていた。そうだよな。
 彼女は腕キキの力があるグラフィックデザイナーだったが、フリーになってからは当然のごとく仕事の波にもまれ、良い仕事に恵まれない時期が長期に渡るとその都度Aが頭文字に付く有名な会社の訪問販売人を掛け持ちしていた。いつだったか僕の事務所に電話をかけてきて、試しに話しを聞くだけでいいから、と商品をもって実演にやって来た事がある。目前で小さなプラスチックケースを出してその中に汚れた小布を浸す。数秒して取り出すと綺麗に汚れだけが取れているといった類の実演を覚えたてのマニュアルどおりにやって行く。僕にはこんなに立派に落ちる洗剤とか、妻にはこんなにツヤツヤになる化粧品を薦めて試供品まで置いて行く。小1時間も説明すると次の約束へと飛んでいく。そして訪問販売人と化す彼女はそのだいたいがミニスカート。いつもズホン系でスカート自体を履いた彼女と過去に仕事をした記憶がまったくない僕にはそのミニスカートが色々な面で刺激的だった。マンマの意味での刺激的でもあり、生活を感じる刺激的でもあり、大いに複雑だったから。
 デザイナーではなく暫定的な訪問販売人の時期の彼女から確か買ったカーシャンプーの存在を想いだし、正月休み中にVITAを一度洗車しておこうとあっちこっちを探し回ったがとうとうそのA社の洗浄力ピカいちカーシャンプーは姿を現さなかった。残念でならない正月だった。キナコにしようかノリにしようか迷っていられるだけ幸せかもしれないが。
 PS. 今回の燃費、満タンから満タンまで404km走破で44L。割ると9.18km/L。高速道路率が高かったのがちゃんと燃費に出ていて、こんなんでも今までで一番の好燃費でした。

●1998年01月08日/木
 親子全員寝坊して娘は一目散に家を飛び出た。妻が弁当を焦って作り、僕が出勤ついでに届ける。忍者のように小学校の廊下を消音モードで急ぎ2年2組に忍び込むも誰もいない。しかも席替え直後でどれが娘の机かわからない。かたっぱしから机の中をまさぐっていると忍び寄る保健の先生に後ろからバットで殴られそうになった。いきなり背後で大声出すからびっくりして命より大切な弁当を落としそうになり、それをかばって替わりにメガネを床に落としてしまった。とっさに口をついて出た言葉が「エッちゃんのパパです、いえ、悦子の父でして....」。おお恥ずかしい。本物かどうかまだ疑いの目をしている。そうこうしている内に体育館からゾロゾロみんな戻って来る。我が娘の顔を認知してバットの先生に見えるように大袈裟に弁当袋を渡す。娘の級友にこずかれながら立ち去ったがなんだか後ろ髪ひかれた。小学校って異次元のよう、別の惑星での出来事のよう、別世界である。僕が毎日小さな雑居ビルの一室でガタガタしている間に娘はこんな世界であんな事をしている。羨ましいとかじゃなくて、時間の流れが、星の回り方が根本から違うようだ。
 事務所の三菱CRTにはメールソフトの画面が出ていて、左上には「今すぐ送信」ボタン。地球の裏側近くに住む方への返信メールを仕事の合間に書いていると何のカルマか予告無しにいきなり「エホバの証人」が2人入室してくる。「幸せですか? 情報過多にはなっていませんか? それならこれお読みなさい。」何じゃあなたがたは。5分もたたない内に日経新聞でーす。20分もたたない内に「CMでお馴染みの東京電話です。あなたの電話ライフを教えて下さい。」DDIとは違う攻め口パターンだ。何なんですか「電話ライフ」って。MACの横に鎮座するDSU見ると、「失礼しました、ISDNではダメじゃーん」の捨てぜりふ。もうイライラしてくるのが分かる。ストレスを意識する事がよりストレスを生む実体をなんとか避けようとする事がより過大のストレスを生むモンスターを作るという終わり無き最悪が続く。昼飯に買ってきた弁当にハシと醤油が入っていなかった事まで思い出す。CRTの前で深呼吸一発。地球の裏側からの便りには、広い土地と高い空と包容な人と静かな時間がいつも描かれている。ここも別世界である。ああ、INTERNETはとんでもない環境の違う場所を点と点で無差別に結ぶ。こことあそこは何でこんなに違うのだろう。
 最近の僕のVITA感は警告している。おまえはこのままでいると近い将来、VITAに乗る事はもちろん、この日記の習慣までも、これらすべてのマンネリ化は避けられないだろう。ではどうすればいいの。そこまでは教えてくれないの。今までのVITAは、特に夜のVITAの中は僕にとっての別世界だったのに、あの狭い暗い空間に避難する営みが僕のまったくの異次元だったのに。やっぱり何事も繰り返すとだめみたい。納車当初のなんとなくこみあげて来る悦気(こんな単語ない?)も新車のニオイが否応なしに去って行くように消滅していくものなのね。毎夜帰宅時にそっと触れるボンネットの指跡を確かめる朝のささやかな習慣もすでに忘れてしまい、だんだんと家電化してくるVITA感を打ち消すように日記を書き続ける私はバランスの崩れた人になりつつある違和を感じる。今年のVITAをせめてもの視点の違った別の別世界にしたい。どうすればいいのだろうか。
 東京に初めて雪が降っている。今は夜の10時をまわる頃。事務所の窓から都会の路地群を見下ろすと薄白く映画のセットのようだ。北方謙三の小説に出てくる東北の小都市のようにも見える。小さな復讐がありそうな夜だ。きっと自宅のVITAのルーフにも初めての白い重たい層が出来つつあるのだろう。こんなもんでも東京はもう別世界である。
PS とある遠方の方よりナンバープレイトのURLを教えてもらった。よくもまあ世界中のナンバープレイトをこんなに整理したものだと感心する。なんで日本代表が習志野ナンバーなのか不思議だが、色々な国の色々なプレートを貼って走るOPELを想像するだけでも楽しかった。それにクリックすると拡大のプレート画像が出てくる。これ作ったMichael Kustermannっていうサングラスのおじさん、少し病気かもしれない。方々のコレクターズ・クラブのリンクまであった。

●世界のナンバープレイト http://danshiki.oit.gatech.edu/~iadt3mk/index.html

●1998年01月12日/月
 去年の夏に千葉房総の太平洋岸で道に迷ってしまった懐かしい記憶がある。御宿に先発して海水浴を楽しむ家族のもとへ前ゴルフで1日遅れで駆けつけるが、あまりにも夏の空と田園風景が開放的でつい国道を逸れてしまった。細い砂利道をさからわずにクネクネ奔るといつのまにか小さな灯台のある岬に登っている。観賞以外にはあまり役に立ちそうもない白い柵を通しての太平洋は絶景に値するものでした。その場所での2時間を今現在の時間に換算するとゆうに2日分には化けてしまうと思う。少なくても、同じファイルを違うHDDに移した時のクラスタの違いで生じる肥大化したバイト数の驚きに近い感覚よりも良質な換算であると思う。もしかしたらアインシュタインの時間論ってこういう事を言っているのではないだろうか。
 最近はあまりTVを観る時間がなくハヤリに疎くもなっている。別にいいけど。VITAのCMの事も前から妻子に聞いてはいたが実際に観れるチャンスがなく過ごしていた。しかしやっと昨日観れました。白黒調にした映像が唯一の印象だったが、1.9パーセントローンってまだ続いているのね、あれ。確か僕が購入した去年9月いっぱいで終了する話しだったのにやはり騙された感があり少々悔しい。まあ金利の事は大人だから諦める事にして、しかし、あんなスピーディーなCMを繰り返し見ていると直ぐにVITAを駐車場から出したくなってしまう。本を捨てて街に出よとは言わないが、INTERNETなんてものにかじりついている場合ではなくなる。特に先週は疲れた。色々重なり仕事もスピーディーには進まなかった。こんな時こそあの夏の海が見える岬にVITAでまた行きたい。
 PS. VITAに乗り出してから腰が痛くて困っている。正確に言うと腰と背骨の付け根から上に2つか3つ目の背骨と背骨の間の軟骨近辺が痛い。劣等感の数を数えるとキリがない僕だが、座高が嫌になるほど高いせいでVITAの座席高低調整をデフォルトよりもかなり低く、ほとんど最低位置に定めている。そうすると座席の前部よりも極端に後部が落ちてとっても腰に悪そうな姿勢になってしまう。この腰痛はそのせいかと思うのだが、もしかしたら年齢と運動不足が偶然にVITA購入と一致しただけかもしれない。でもこんな事今までになかったもんな。

次頁へつづく


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