●1998年01月31日/土
 僕の隣の女が、その隣の男に言い寄っている。ホテルに行こうよ、そして朝ゆっくり起きて明日は映画タイタニックを観に行こう。きっと後悔しないからさ。男はあまり乗る気ではないようないいかげんな返事をその都度返している。カウンターのステンレスに写る女の顔は結構美人だった。あんまり男がその気じゃないので、僕でよかったら、たまたまタイタニック観たかったし、と言いそうになるが。とにかく女のその誘い様はかなり強引だ。でも変ないやらしさは全然なくて、心底恋してる誘い方だ。ただアルコールが体内に多く入りすぎているだけの強引さだと思う。
 VITAに夢中になっているといつの間にかパソコンの周辺が疎かになるし、パソコン関係にハマッテいるとVITAは駐車場のコンクリの上にいつまでも瞬間接着剤で張り付いた状態になる。パソコンは仕事になくてはならない道具で、仕事は生きる為には不可欠だ。たぶん。VITAはというと、生きる為に不可欠という位置からはだいぶ遠くにいそうで、やはり大人の理屈から言えばパソコンの勝ちなんだろうと思いながらセッセと数時間前からHDDの再フォーマットに精を出している。去年の9月のVITA購入からVITAにリキが入りすぎてしまい少々バランスを崩しながら仕事に励んできたが、長い間放置していたパソコン近辺のメンテナンスや経理のエクセル作業がたまりにたまってもう限界に達している。ソフトのVerUPもほったらかしでお客さんが持ち込むDATAは読めないし、連日酷使のHDDは僕の頭のように断片化されて不良ブロックさえチラホラ。ノートンかけると途中でみごとに固まるし、不調きわまりなく、このさい全ファイル吐き出して一気にイニシャライズと始めてしまったら途中で帰れなくなってまた今日も深夜だ。
 朝になるまでHDDと付き合うのも強度のパソコンおたく風でやだからつい深夜の居酒屋へ繰り出してしまった。そんなには若くはない、たぶん30は過ぎているだろう二人の会話は終始女がリードしていたし、帰り際に車雑誌を見ながら飲んでいた僕に、半分酔いつぶれて、俺はロードスターに乗っているが君は何に乗っているのだ? とロレツが回らない口で僕に聞いて、女に、スミマセンこの人酔っぱらいで、とたしなめられた男は惚れられている事実を充分わかっている様子で、そんな充分わかっている男心をもちろん充分承知でホテルに誘う女は僕と何回も視線を会わせながら居酒屋を後にして行った。ホテル行けたかな。
 その昔、お金が大好きだった頃、キュウエイカンというおじさんの書いた本には、近未来に収益をもたらさない出費の事を消費と言う、なんて書いてあった。そして消費は最大の人生の浪費であるとも、確か。ある方からVITAのアクセサリーを譲ってもらう事になっていて、たいした物ではないのだが来週届く郵送便が楽しみである。ガソリン代よりも安いほんの少しのVITAへの消費。考えてみれば、先に収益をもたらすどころか5・6年も経てば価値がゼロにもなってしまうVITA本体への大きな消費を実行した昨年秋から久しぶりのVITAへの出金である。なんだかこんなものでもうれしくて、酒がすすむ。蓮根サラダ、男爵芋のコロッケ、タコわさび、熱燗とっくり大2本、それとコンビニで買った車雑誌1冊。こんな幸福な深夜はひさしぶりだ。今日は娘の誕生日だし。
 早朝の事務所は久しぶり。朝陽がミシュランが入るでかいビルに反射している。10年以上若い頃か、よく書いていたBASICが動かなくて夢中になって徹夜を繰り返した事があった。懐かしいDOSやCPMの時代だ。昼の会社ではほとんど寝ていた状態で随分と上司に叱られた。その頃のマイコン(なんとマニアックな響き)に向けた情熱を想い出してか、久々のパソコン作業での徹夜がなんだか嬉しい。しかしこれら一連のパソコン・メンテが一段落したらVITAに戻ろう。次は20代を想い出して徹夜でVITAをかっ飛ばせるといいが。

●1998年02月03日/火
 ミスタードーナツでリュックサックが貰えるのにあとカードが2点分足りない。だから昨日も行ったミスタードーナツに今日も行こうと言い張るので、じゃあVITAで行こうというと、運動にならないから歩いて行こうと文化人的に妻が言う。朝から石油の買い出しや散髪やらで外出が続いたので充分今日の運動は足りていると主張するも強引に歩いて行こうと言う。こんな両親の危ない雰囲気を察してか、さっきまで妻の味方をして徒歩に賛成していた娘は突然中立を保ち、歩いてでも、VITAでもどっちでもいいと言い出す。そんな娘の変わり身を逆に気遣って、双方歩み寄り。中杉通りの途中までVITAで行って、途中でVITAを置いて、そこから歩こうという妥協案に落ちつく。へんな主張の交錯である。中杉通りの両側の樹木は完璧に落葉していて黒い枝だけが冬の空に直線的に延びていた。いつもと変わらないなんでもない日曜日だ。違うのはVITAが小さくなって視界から消えただけだ。
 1998年の2月の2日、月曜日、最近は僕も含めてみんな生意気に携帯電話くらいはポケットに入っている。今となってはもうお蔵入りの初期の300g位の携帯電話を今なお使い続ける人が二人訪れた。この二人とはもうかれこれ20年にはなる付き合い。この二人には色々な共通点がある。この二人は車を買わない。この二人はVITAの名前すら知らない。この二人はパソコンが不調をきたす度に真っ先に僕に電話をかけてくる。この二人は身長180cm以上の大男だ。この二人は大酒飲みである。この二人は僕と同じ歳だ。この二人は僕の、携帯電話なんてタダで配ってるんだから、新しい軽い機種に早く替えなよ、というアドバイスを何年も無視して今だにL型のバッテリーをメーカーから取り寄せて使い続けている。だから彼らのジャケットの内ポケットはいつもCIAのように膨らんでいる。そしてこの二人は熱帯魚を飼っている。熱帯魚の生態と種類にやたら詳しい。しかしこの二人はお互いを知らない。僕が紹介しないから。
 火曜日、本日は結構寒い。寒くてもコートの襟を立てないで歩くともっと寒い顔が出来る。ミシュランの入っているビルの玄関前で数人の列が出来ていて何かを待っている。3分程すると定員乗せたプリウスが大騒ぎしながら戻って来る。そしてドライバーが変わってまたスタート。一方通行から一方通行へ、一周1ブロックのプリウス試乗会で盛り上がっている。たぶんどこかの来客がプリウスで訪問して、それを聞きつけたどこかの車好き社員が順番で試乗しているのだと思う。15kmかそこらの超低速のコーナリングなのに乗客は角を曲がるプリウスの中でノリノリで横Gに耐える仕草をしている。新しい動力に積極的な人たちだ。壊れていそうな顔はどこにもいない。ずっと寒い顔をしていて当然のごとく寒くて退散しようかなと思ったら、玄関前に停車して全員が降りた。ボンネットが開いた。みんなして覗き込むから僕も同僚のようにナカマ(なんとATOK11でナカマのナカが出てこない、ウソみたい)に入れてもらった。ハイブリッド・システム? なんだか訳の分からぬ金属の箱蓋のようなものが二つある。右のは昔のワープロケースの様だ。外は完璧な車、中は半分が嘘。嘘みたい。エンジンルームという用語が辞典から消える日が来る。隣のフランス人にこう言いたかったのだがフランス語は、コーマンタレブー、しか知らない。ヒンがないからプリウスを語れない。

●1998年02月06日/金
 東京アパート事情 その1
 ここに大昔の中学校の英語の教科書に登場するような幸せ一家、Brown家が住んでいるとします。彼らは三人家族でMr.BrownとMrs.Brownは都心で小さな仕事を持っています。子供Susieは当然の女の子で近くのエレメンタリー・スクールに通う2年生。毎朝、Oh my God! なんて叫んで家を飛び出して行く元気のいい女の子です。しかしSusieには近頃小さな悩みが事があります。実を言うと、彼女は大好きな犬を飼いたいのです。しかしMr.BrownやMrs.Brownに話してもなかなかいい返事は返ってこないのです。Mr.BrownやMrs.Brownが犬が嫌いという訳ではありません。実はBrown家には犬を飼えない理由があるのです。Brown家は他人に部屋を貸しています。1Fをアパートにして、彼らは2Fに住んでいます。だから自分達の都合だけでなかなか犬を飼ったり出来ないのです。昼間は誰も面倒を見れないし、犬が自由に動き回るスペースもありません。
 1Fには約7坪(何故か単位が和風)のユニットバス付1DKが4部屋あって、だいたいがいつも若い人でうまっています。今までに色々なタイプの若者が入退を繰り返して来ました。それはそれは人間模様です。地方から母親と寄り添って上京して、何も分からない子供ですから宜しくお願いします、と言い残し、母は帰って子は残り、東京の大学に通い4年経って卒業する頃には、煙草はふかすわ、酒はかっくらうわ、女は作るわ、賭場は開くわ...(最後は嘘) それはそれは大変身を遂げて、しかも都市銀行かなんかにちゃっかり就職して出ていく男の子。かと思えば、つつましくしおらしく、ご迷惑はおかけしませんから、なんて挨拶した翌日の深夜にはもう男のでかい声、ビールねえぞ、が響くお姉さま。また、あの人まったく音しないんだけれど、在室しているんだろうか? 生きているのでしょうか? 毎月家賃だけがカーテンの閉まる部屋から淡々と振込されるちょっと危ないお兄さま、例のオーム事件の最中は心配ものでした。そんな楽しい、たくましい方々の上に、2Fに、Brown家の3人は住んでいます。そして肝心なのは、Mr.BrownがリオベルデのVITAに乗っていらっしゃるという事実です。そしてご主人のVITAは1Fの駐車場で都会の若者がくりなすマッタリした人間模様を終始見続けているのです。
 Mr.Brownはこんな事をもうかれこれ10年以上続けています。必ずしも好きでやっている風には見えません。幼少の頃から住み慣れた地を親から相続し、東京というグローバルに見ても極めて特殊な土地事情の上にたって無い頭で夜通し悩んで昼間寝て、やっと絞り出した結論がアパートだったらしいのです。
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 ある面ではアパートとはとっても面白いものである。女子が借りれば男子が来る。男子が借りれば女子が現れる。そして表には何処からともなくやって来る男子・女子の愛車が路上駐車され、その車種を見ただけで、何号室のカレシが来てるな、とか推測がたって、あーあ今度のカレシ、シーマの窓が黒くて中見えないヨー、今度のはビーMのアルピナかよ、なんでそんなのがここ借りるわけ? なんかでだいたいのカレシ・カノジョの風体が憶測できる。(ちなみにカレシのイントネーションは後上がりで)そんなこんなでやっと、その1。
 有名な百貨店に勤務する腰が異常に低い礼儀正しい青年がいた。いつか何かの用で彼の部屋のドアを開けると玄関横の自作の靴棚にはピカピカに磨き上げられた靴群が整然と狂い無く飾られていた。いつもきちんとした受け答え、ハンサムで接客業らしい良好な人当たり、帰郷する度に饅頭なんてお土産でくれる。その彼にも当然のように女子の来客があった。その女子は白のコルサ(トヨタの方です)に乗ってやって来る。つづく......

●1998年02月09日/月
 なんと1700円の床屋がある。というよりもスキンヘッドの床屋がある。というよりも散髪代が1回1700円で、だぶん免許を持っているのだろう恐〜いスキンヘッドの理容師が二人もいる床屋が駅近くにある。待合室は広くて15人位は一度に座れる。順番が来ると一番右の端が一人立って、客全員が右に一つづつ席をズレる。単純で分かりやすく、誰が誰の次なのか客全員が理解している。酒の飲み過ぎで記憶の一部が欠如している人でも、本当は分かっていながら紳士的に分からない振りをする人でも、何のトラブルもなく自分の順番を安心して待つ事が出来るシステムである。合理的で無駄がないがとてもラグジュアリーとは言えない1700円だ。
 理容師は全部で8人が常駐する。そしてその中の2人がスキンヘッドの強面のお兄さんというか50歳位の男の方。今はとりあえずこの床屋で働いているけどヨー、これはあくまでもカリの姿でヨー、おー?、聞くんじゃネエヨ、俺の過去をヨー。聞きません、休日は何をして過ごされているのですか? なんて口が裂けても聞けない、ちょっと危ない存在感である。この二人に当たる確率は8分の2、25パーセント。結構低いはずだ。去年暮れの散髪時に、数ヶ月ぶりに不幸にも僕はこのスキンヘッドに当たってしまっていた。
 先週の日曜日は少し油断していたのかもしれない。「はい、お次の方...」とドスの低い声が一発響く。嫌な予感がしてゴルゴ13から目を離すとそこにはスキンヘッドの恐いお顔が立っておられる。散髪椅子に連れて行かれてメガネをひったくられると、いきなり紐で首を縛られる。もう慣れているので驚きもしないが、散髪代をケチる自分が毎度情けなくなる一瞬である。白い大きな布を僕にかぶせて渾身の力で僕の首をくくったスキンヘッドは小さな声で決まったように耳元で囁く。「今日はどうする?」今日はどうする? って歌舞伎町じゃないんだからさ... でも失礼な事は口がさけても言えない無言の威圧を感じながら、「耳に少しかかる程度に」、毎回たったこれだけの僕からのささやかな主張である。この一言のお願いで洗髪・散髪・顔剃一式が始まり、静かに終わってしまう。この間たったの20分位だろうか。もみ上げの長さも前髪の処理も聞かない。途中何かの儀式としか思えないような動作で散髪後の確認に三面鏡を取り出し僕の後頭部を写して見せるが、僕がメガネをとって鏡を覗く頃にはすでに三面鏡は絶妙なタイミングで閉じられている。何だかなー。
 そんなこんなで僕はこの床屋にかれこれ1年とちょっと通っている。当然1700円の為である。だって僕の家から歩いて2分の幼少の頃から知っている立派な床屋さんは、それはそれは親切でヒーコーなんて出してくれたりして、もしよかったらその読みかけのゴルゴ13、持って帰っていいですよ、なんて言ってくれたりもする5200円なんだもの。この価格、ヘタすりゃプロバイダー3件入れますよ。
 という事を前提にして、昨日の日曜日の阿佐ヶ谷の北口ロータリー、時間は昼の12時少し過ぎでした。都合で遅れた娘の誕生会をみんな呼んで自宅でやる予定で、助手席に娘を乗せたVITAでワインとケーキを買い出しにいつもの中杉通りに。私見たんです。スタートしかけたバスを右手で制して小走りにロータリーを駐車する車に急いでおられました。しかもジーンズで。しかもプジョーに。
 一瞬目が点になってしまった。306のドアを開くと中には女性が新聞を読みながら待っていた。新聞を下ろしてスキンヘッドを迎えて、キスもフランスパンもサングラスもなかったけれど、楽しそうに、幸せそうに、日曜日の昼下がりにハンドルを切った女性のリアシートには西友ストアーの包み袋が二つ置いてあった。僕は信号で停車する306の直ぐ後ろにVITAをつけて、隣の娘にスキンヘッドの話しをしようかと思った。何から話していいのか戸惑っている内に信号が変わり、306は左に僕は右にステアリングを切ったのでした。人は本当に分からないものである。この話しを娘の誕生会で集まってくれた家族と妻に、話題がちょうど切れた頃を見計らって聞いてもらおうかと楽しみに頭中にしまって置いたのだが、ロバート・B・パーカー絶賛の赤ですよと知的風女性店員に薦められてミーハー購入したワインにすっかり酔っぱらってしまい忘れてしまった。しかしあれは二人いるスキンヘッド氏のどちらのスキンヘッド氏だったのか?

●1998年02月12日/木
 環8沿いの高級パン屋・神戸屋の駐車場はいつも高級外車でいっぱいで、2台のメルセデスのSの間にOPELアストラがいて、その横で待っているから、とパンを買いに車外に出る妻と娘に言うと、はいよクアトラの横ね、という返事。だからクアトラじゃなくて、と説明する僕を娘が、それはOPELスマトラだと自信をもって訂正するので、もう名称なんてどうでもよくなって、そこの赤のOPELの横で... と窓ごしに怒鳴ると、知ってるわよ赤のアストラの横ね、と二人して大人の男をオチョくるのもいいかげんにしろよな。
 どう味わってもそんなに並パンと大差ない神戸屋の高級サンドイッチをほおばりながら直進して、マクドナルドのトリプルバーガー(3枚も入っているの?)の昇り旗を右折して、用賀インターから東名に入って色々やってみた。160km/hを初めて出したり、6000回転弱まで引っ張ってみたり、キックダウンを繰り返して回転計の針の飛び方を観察したり。外は風も弱く絶好のドライブ日和。トラフィックはスムーズで多少の乱暴も許される建国記念日。左右はまあ安定しているが、上下があいも変わらずポワンポワンでリアシートの妻子は若干の船酔い気分だと言う。あと数千キロ走ってみて様子を見てから、多少硬くてゴツゴツしても違うサスに替えてみようかどうしようか。そうこう考えている内に右手に富士山が見え始め、3000円も払って沼津で降りる。
 御用邸脇のすばらしい遊歩道を歩き、こんな場所で海を見ながら犬を連れて毎日を過ごす老人になった自分達を砂浜の表面に刻まれたかわいい犬の交互の足跡をたどりながら想う。その頃にはThinkPadもインフラも格段の進歩を遂げていて、海岸のベンチでの未来の老人モバイルを想像しながら歩いていると、御用邸の中の芝生の上にいました現代モバイルお兄さん。ザウルスにドコモの携帯くくりつけて何やら必死にペンを動かしている。隣の彼女はミステリアスに上空を見続けながらウーロン茶を飲んでいた。彼氏は10円メールに夢中で、彼女は青空に夢中。変なカップルだった。
 このまま東名に戻るのも味気ないので国道1号線を箱根に向かう。クネクネ道でこれまた初めてシフト2番を多用してみた。案外楽にコーナーを抜けるのでいい気になって一人楽しんでいるとリアシートの妻子の顔が真っ青である。車の中に吐かれては困るので薄暗い山の中で停車して二人を引きずり出して深呼吸させる。行き交うヘッドライトが僕たちを照らし大きな影が残雪に映る。冷たい空気が僕だけが旨い。
 なんとか箱根湯元までたどり着き、蕎麦屋で小休止。少しづつ顔色が戻る妻子を前に茶ソバを食す。同じ駅前通りに並ぶ高級蕎麦屋にはどこも客が無く、ここの大衆蕎麦屋だけが大入り満員のようだ。僕たちの横には女子大生5人組、その後に男子大学生5人組が続き、その横には温泉特有の?わけ有り風アベックが数組静かに板わさかなんかで飲んでいる。シンシンと冷え込む箱根の夜8時、狭いこの店だけが湧きにに湧きかえる。テレビは長野オリンの金メダルを大写し、男女大学生はヤンヤの大騒ぎ。どうも男子学生は女子学生との同じ電車をもくろんでいるようだ。その内なんだか山小屋風の連帯感が店内を漂い始める。子連れ夫婦は僕たちだけで精いっぱい幸せ家族を演出するかのごとく会話も盛り上がる。隅の方で無言で飲むアベックの目線が動き始める。
 帰りの東名は気持ちよい程ガラガラだった。横浜町田に乱立する突飛なホテル群の脇を卑猥な想像と共にすり抜けた頃にはリアシートも大ノリでダジャレと生歌の応酬だ。120km/hで移動する狭いVITAの中は異様に煌々と盛り上がっている。低空で併走するヘリからズームアウトする映画のラストシーンに使えそうな絵が出来ていると思う。高井戸を降りてやっとリアシートから音が消える。近所の酒屋で日本酒を買って帰り、深夜に今日を思い返す。もしVITAではなくてステップワゴンを選んでいたら少し違うドライブになった筈だ。広ければいいというものでもない。

●1998年02月16日/月
 父の13回忌で親戚の方々に来て頂く事になった。しかしVITAでは明らかに狭い・小さい。屋根に乗ってもらう訳にもたぶんいかない。だから近くの日本レンタカーで8人乗りを予約。どんな車か楽しみにして行ったら待っていたのは濃緑のマツダ・フレンディだった。各種保険に自動的と強制的の間位の笑顔で入らされ、結局20370円で12時間借りた。これって海外在住の方からしたらとんでもないレンタル値段だと思うが。しかもあいにく雪、心配だったので追加3150円でチェーンも積んでもらった。そこで素直にこのままお墓に直行とも思ったが、せっかく大枚はたいて借りた車だし、まだ時間はたっぷりあるし、横腹にはV6なんて偉そうに書いてあるのでほんの少し高速道路に。練馬インターから関越に上がって所沢まで疾走してみる。いつもVITAのリアに詰め込まれている妻子は水を得たスポンジのようにフレンディの後ろでドロッとくつろいでいる。足はいくらでも伸ばせる。娘なら横に寝そべる事も出来る。視界は遠くまで見渡せるし、VITAに飽きたら次はこの車にしょう、などとほざいている。
 こういう用途の車だという事は充分解っているが、なにもかにも感心しなくて箱の中の椅子に座って前を見ているだけで時間ばかしが過ぎていく程度の感覚で高速を移動する事がいかに精神によくない行為かと理解するのにまったく時間がかからない運転で、何度か乱暴に回転上げたりしてみたが外見からの期待に反して全然たいした事ないV6だった。確かに箱の容量は大きくて、8人定員乗車時の各座席の上・前のクリアランスは充分だけど、じゃあこの車で僕だったら何をするかと色々アイデアを探るも、やっぱし法事の送迎くらいしか思い付かないし、とってもじゃないけれど油ぽい河川敷での焦げた焼き肉とフリースビーを連想出来る程の家族愛的インパクトもなかった。キャブオーバーのFRは決して嫌いではないのだが、センターコンソールの跳び箱のような直角の壁と、その上にある灰皿とハンドブレーキとATシフトのきっと合理的なのだろうレイアウトと、特にハンドブレーキの下ろした時の絵がとっても情緒的に品がなくて、どうせ借りるならにぎり寿司のエスティマの方がまだマシだったと反省しながら走っていた。
 集まって頂いた親戚の方々は全員高齢の方で、しかも車には感心のない方ばかしだったので、このささやかな不満を聞いて頂く訳にもいかず、なるべく事務的に運転してなるべく早く返却してしまおうとしていたら、料理が並ぶ席で、いやー○○君、いい車買ったじゃないか... なんて言われて、レンタカーでして... なんて自己所有を強く否定して答えると、なんだ運転慣れてるから君のかと... 今はOPELのちっこいVITAっていうヤツでして... そうかビーイーターか... はい、まあ... OPELはいいぞ、なにより新しい... はい...って何が新しいんだか... その後何がなんだか解らない会話に。
 暗くなってレンタカー屋の一角で忠犬のように待つVITAに乗り換えると、狭い狭い。おまえは軽かと思う程狭い。しかしリアシートの妻子の2つの顔がヘッドレストの間の定位置に並ぶと、長い旅行から戻ったような安堵感と、いつもの四畳半の喜びがこみ上げるのでした。今更なんですが、VITAはいいですね。

●1998年02月20日/金
 目の前を帽子・ネクタイのchauffeur付きで走り抜けるロールスロイスがいた。「ロールスの生活日記」と「VITAの生活日記」じゃ、天と地くらいの違いがありそうな走りっぷりで皇居の方へ抜けて行った。どっちかというと丸の内より皇居に近い系だ。周りの通行人の7割が走り去るロールスを見送っている。まるでハリウッドのスターが走り抜けたような後味の風である。VITAが走り抜けても、僕が全裸で走り去ってもこんな扱われ方はしないだろうなと思う。
 近所のスーパーの特売で鮭が安く出ていて、あらーこんなに安いからうちのネコちゃんにたくさん食べてもらいましょうねー、なんてたんまり鮭を買い込む奥様がいる。その奥様、ワインの安売りコーナーでも、あらーこんなに安いから料理におしみなく使えるわー、なんてたんまりワインを仕込んでいる。安い鮭や安いワインをもうけたと思って買ってくる我が家にはネコもいなけりゃ、ワインを使う料理もない。それで思い出したが、いつぞやタイヤ屋を物色していたら若いカップルが入って来てBBSだったかなんだったかのホイールセットの値段を聞いていた。店員に、お車は何ですか? と聞かれて男の方が、今はファミリアに乗ってます。とわざわざ「今は」を付けて答えていた。じゃあ、将来は? と問いただしたくなる答えに対し、店員は、ファミリアでよろしいのですね、と念を押していたが。
 最近、娘があちこちの所有物を比較・値踏みするようになって来た。クラスのA君のお父さんの車はメルセデスのEで、VITAとどっちが高いのか聞いてこいとB君に言われたんだけど。C君の家は一戸建てで、D君の家はマンションで、うちの場合は何と言えばいいの? 何でも金に換算して比較する友達との学校での会話が手に取るように解る。デジタル化するように金銭化する。そして近頃はついに人間を、友達を、親を値踏み・比較するようになってきている。おまえの父ちゃん、1年でいくら稼ぐ? おまえのばあちゃん、お年玉いくらくれる? もちろん僕の小学生時期にも同じような経験はある。
 VITAは誰が見ても小さくて安い。輸入車の中では価格的に入門車として扱われる。だから僕の中で「ロールスの生活日記」がありえなくて、逆説的に「VITAの生活日記」が存在し、成り立つのだったとしたら、やっぱり僕は変だ。こういった事は何にでもあてはまる事で、これを乗り越えるために僕はもっとVITAに乗って、VITAを見て、VITAに触れなくてはならない。実をいうと、「今はファミリアです」と答えたのは20代の僕だったから。
 PS. ジャンプ船木の眉は絶対に新宿2丁目の眉だと思う、と周囲に言うと誰もが同意見だという。みんな同じような事を感じて生活している。違和感って案外共通しているものなのね。

●1998年02月23日/月
 このところ仕事がとんでもなく忙しい。猫の手なんて借りたらとんでもない二度手間になりそうで、ほとんど自分だけで処理しているから余計だ。加えてWindows95がどうしても急に必要になったので安いノート、秋葉原で買ってきて帰宅後も深夜までカタカタやっている。僕がそういうモードに入るとかならず妻子の雰囲気が陰になるが、気にしていられない位忙しい。そういえばVITAが届いて深夜の夜行を繰り返していた去年の秋頃もそんな記憶がある。しかし、周りが見えなくなる性格を持つわがままな僕ももう40代。そうそう周囲のバランスを崩すわけにもいかず...と思いつつも気にしないで今日はマウスを握り続ける。しかし忙しくて時間が切迫してくるとどうしても自宅の深夜を使う事になる。
 HTMLのカット&ペーストを繰り返す単純作業にせっかくだから新規購入のWindows95ノートを使ってみた。DOSではMIFESを常用している。MACではJEDITだ。Windowsではどうしようか迷って初めて秀丸を使用してみた。やっぱり文字系、開発系はWindowsですね、と深夜一人で感心する振りを黒い窓に写る自分を認識しながら大げさにする。
 忙しいから食事だけが生き甲斐になり少し太ってしまった。体重計の針はかなりヤバい領域となり、二十歳ちょうどの時の体重から12kgの増加。24年間で12kg。2年で1kgの計算。地球の質量がもし一定ならば、僕の体重が増加した分だけ誰かの体重が減るか、何かの質量が減っていなければおかしいと思う。と、これまた深夜の窓に向かって問いかける。かなり危なくなっている自分がいる。さっきから右手の小指がしびれているし。
 こんどは窓の中に妻が現れ、マルボロの話をしている。中学生程のお洒落なフンラス娘が二人、地下鉄の中で簡単な数学の問題の答え合わせをしていたそうだ。モデルのような容姿でフランス語で会話する二人の顔は外国人といえども明らかに幼い顔、だったそうだ。だからどうした、とマウスを動かしながら窓の中の妻に僕が聞く。その幼い顔の若く張った胸ポケットに赤いマルボロが一箱入っていたそうだ。そいつは面白い。これだけしゃべって意外そうに窓の中から妻の姿が寝室に消える。きっといつもの僕とは違うのだ。窓の中で寝室のドアが閉まる。
 忙しいから娘の事もVITAの事も、自分以外の事すべてをすっかり忘れている。寝室には妻子が眠っているし、窓の下には駐車場があってそこにはVITAがいつも在るのだが。どうあがいても、何時も温厚で寛容なリチャード・クレイダーマンのあの高貴なピアノ教室のような余裕など今の僕にはないのだからね。と窓の自分に話す。

●1998年02月28日/土
 忙しいなんて言うと、なんか偉そうだし好んでそうしているように思えてなかなか恥ずかしくて言えないのよねー僕、なんてナルちゃん感じながら生きているハズなのに、最近仕事グチャグチャなんですよねー、なんてもっと偉そうな事を得意先の電話の中にそれとなく放っている毎日。こんなこの頃を送っているとすっかりVITAの事など忘れてしまう事が出来てしまい、こんなハズじゃなかった自称車好きの自分に気づき、何事にも熱中の限界があり、陶酔も半年がいいとこかもしれないなー、と西武線の中でThinkPadの535なんか出してヤングエクゼクティブ(懐かしい死語)風に時間との戦いを続ける30代の男性を見ながら思った。途中に動脈瘤のような操作SWが付いたウォークマンのイヤホンコードと535のPCスロットから出る黒いコードが複雑に絡み合い、もがいているヤングエクゼクティブの苦悩の顔が夜の電車の窓に写る度になにやら快感を覚えるのは僕だけではないらしく、乗り合わせた終電に近い車両の中は無言の喜びで満ちあふれていた。ストレスという物はこんな風に他人の形相を観察する事でも充分に発散出来るものなんだと思えた瞬間、自分の事と昨今の詰まった仕事の事しか頭になかったハングアップした自分が少しだけいい人に変化して、だんだんとVITAの失われた記憶が金曜夜の車中で蘇ってきた。
 仕事が立て込むと何が残念かと言えば、そのベスト3の中にはいつも必ずVITAへの不義理が出てくるのは家族全員が知る僕の周知の事実で、忙しくてVITAに乗れないとぼやく僕の毎度のグチ台詞を癒すのは妻の、それじゃ事務所の近くに安い駐車場を見つけて通勤にVITAを使えば電車賃も浮くしストレス減少にもなって一石二丁じゃないの、の一言。確かにそうすれば深夜のタクシー帰宅やいらない居酒屋代の予定外出費も改善されるのだが、問題は事務所近辺の駐車場代。ちょうど来た銀行営業に聞いてみてもこの近辺は4万円が相場だという。いくら出物でも月に35000円。でもどう考えても毎月のVITAへのローン引き落としよりも多くの金額を駐車場代にかける気など起こらないし、だいたいこれだけあれば新車VITAもう1台買えるし、なんて思案している内に事務所から20分歩くと2万円位の所がありそうだとの情報が入り、一瞬心が動いた。しかし冷静になって考えてみると、忙しくて寂しくて、VITAで通勤する事にして、その為にわざわざ2万円払って20分歩くというのもきっと異国の人なんかに相談したら、おまえバカじゃないの、と言われそうな話で、こんな不条理をまともに考える昨今の余裕の無さに改めて気づき、これはマズいと真剣に思う。
 以前から懇意にして頂いている、とある広告代理店の制作室である人を待っていた。美味しい日本茶を出してくれた女性がまくれ気味の茶色のタイトスカートで立ち去ると部屋の中は静まりかえり、ズズズーと茶をすする僕の不作法だけが響き渡る。制作室はかなり広くすべてパテーションで区切られていた。確かこの部屋の中には15人はいたはずだ。しかし今日のこの空間には人が気配が全然ない。蛍光灯のジージーだけがさっきから響いているだけでまるで深夜の病院の待合室。でも少し時間が経つと暗闇で目が慣れてくるように耳が静寂に慣れてくる。その内、あっちこっちで小さな金属音の様なものが聞こえて来た。耳を澄ますとマウスのカチャカチャ音だ。集中するとたくさんのマウスボタンのダブルクリックが聞こえて来る。それに加えてキーボードを上手にたたく音。やっと生きている人間の在室が確認出来た。しばらくぶりのこの制作室は、10数人の人間とコンピューターがいつしかパテーションで区切られイーサネットと巨大なヨウカンの様なハブだけが彼らを結ぶ手段と化していた。この会社の人たちは皆、車・バイク好きだったはずだ。もちろん仕事をもらいに来ているのだが、打ち合わせ後に出る余談話、特に彼らとの車小話を僕は楽しみにしていたのだが。外では仲間とつるんで車話で盛り上がる、そして車に乗る時は個々に戻って一人。というのが僕の車の楽しみ方だったのだが。寂しい場所が一つまた増えて、VITAの話を出来る場所が一つ減った。INTERNETやパソコンを仕事環境にもつ僕自身も大きなジレンマに入り込んでしまうような変化だった。巨大なメールループの中でVITAとINTERNETの接点を模索する自分の姿が終電近い西武線の窓に写る。近頃こういう現象が僕の周りのビルの中で結構頻繁に起こっている。


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