●1998年05月01日/金
 昨夜の我が家のトイレのトイレットペーパー、端が三角に折り込んであった。妻は折ったりしない。僕も夢遊病者でない限りしない。となると娘だ。3年生になって急に女へと加速していく彼女は毎日登校前に鏡に向かって前髪を水で濡らすようになった。今日は早朝から、食卓の上が散らかっていると立派にヒステリックになっている。ついこの間までマニメを見せておけば何とかなると思っていたら、いつの間にかトレンディードラマの中の恋愛に夢中だ。セックスってなあに? と流暢に聞きやがる。VITAの中でも助手席に乗りたがる。お気に入りのワンピースをかさね着して足を組んでパワーウインドをさりげなく信号待ちで上下する。歩道上のマウンテンバイクでサッカー着の男子を子供扱いする。足先で真赤なパンプスぶらぶらさせながら今にもセーラムに火を付けそうだ。こんなのがホンマもんの女になった日にゃ大変な事になりそうである。きっと金もかかる。だから18歳になっても車は買ってやらないぞ、と今から念を押すように言うと、自分では運転しないからいいよ、と偉そうに放つ。まだ小学3年生の女子である。
 Nさんの娘さんが4月に大学生になった。そのお祝いに娘さんが車をねだっている話をNさんから以前聞いていた。Nさんの経営する会社はこの不景気の中でも比較的うまくいっていて、Nさんには金銭的余裕がある。それをちゃんと知っている娘さんはいきなりのドイツ車をせがんだらしい。しかし贅沢である。Nさんは娘さんとの激しい討論の末、なんとか金額的に同意できる国産車を見つけさせた。ロードスターの中古車だった。しかし安心もつかの間、今度は黒のロードスターで髪を風にセクシーに揺らす娘さんの出すスピードとフェルモンが心配だと言う。しかもゴールデンウィークの友人との長距離ドライブが先日発覚したらしい。しかもしかも友人とはどうも異性、すなわち男のようだ、と下を向いて話す。僕は、行かすしかないでしょう、と心の中で言う。Nさんも、そうだけどね...と心の中で言う素振りを示されていた。
 あと10年して僕の娘が18歳になって、僕も少しは小金持ちになっていたとして、娘が強くVITAを欲しがったら、きっと買い与えてしまうんだろうなと思う。その頃には僕も今よりずっと思うように車を操れなくなっていて、その分若い娘が機敏に操るVITAを見て、横に同乗して、変に感情移入して。娘はOPELの安全性とかドイツ車VITAの低価格とか、いたい所を利口についてきて。じゃあちょっと無理して、僕を駅まで送る事を条件に出して、それなら買ってやっか、って契約しちゃう事になると思う。VITAはこんな位置にいる車だと思う。
 こんな買われ方をしたVITAを運転する若い学生風を最近とてもよく見かける。きっと親をだまして、金をうまく出させて買ったカラフルなVITAを扱う18・19歳位の人をよく町で見る。生活感がなく違和感がなくどうしてか良く似合う。ひいき目で眺めるせいかロードスターよりも似合っているように思う。先日、31からアイスクリーム片手に出て来て、木陰に停めたマグマレッドのVITAのドアを開けられた日にゃ、心がもうしびれてしまった。うちの娘、はたしてVITAが似合う女になるかしらね、と内心期待する。

   ●1998年05月06日/水
 偉そうに予定表出したりなんかして、やらねばならぬ・行かねばならぬ色々もあったのに、GWの最終日の夕方、暇な事したくて、流れる時間を楽しむ振りをしたくて、片側3車線の大通りの脇に理由なく駐車している僕。って言ってみたくなる状況にいた。GWにかかわらず都内のここは交通量が多い。マクドナルドのアイスコーヒーのLサイズがなくなるまでいったい何台のVITAがここを通過するのか楽しみに数えてみる事にする。アホみたいな暇つぶしだけれど、なんだか非生産的になってみたい諦めの悪いGW最終日だし、なんせ左の石垣の下はお洒落な水上レストランだ。いくつもの遠く白いテーブルには飲みかけの生ビールがGW風に並んでいるし。人々はちゃんと黄昏ているし。だから?
 往来するVITAを数えるも、VITAが来ない。待てど暮らせどVITAの姿が見えない。都内のVITAはもう枯渇してしまったのだろうかと思う程来ない。すべてリコールされて僕だけに通知が来ないのかもしれない。ステップワゴンなんてもう捨てる程走っている。CRVもメルセデスもステージアも回転寿司の様に目前を通過する。関係ないけど、ブルドックなんて3匹も通ったし、プードルを連れたフランス風外人なんて腐るほど歩いてくる。こうなってくると戦車が来ても、裸体の集団が来ても、VITAは永久に現れない様な気になってくる。アイスコーヒーはもうとうにない。捨ハイでテンパっているようなマヌケな自分がそろそろ見えてくる。出前でとったソバは雀卓の脇で伸びきっているようだ。しょうもないのでVITAを待つことを中止。
 僕のVITAの前に赤いアルファロメオが停まる。リアに155V6と書いてある赤から出てきたカップルは小指をからませながら水上レストランに消えていく。しばらくすると赤の前に黒のアルファロメオが停まる。乗り出して確認するとリアにはスパイダー何とかのエンブレム。オープンカーのドアを閉めるカップルは舌をからませるようにいやらしくこれまた水上レストランに消えていく。どっちの女性も茶色のスカートと超高サンダル。どっちの男性も指と耳に金属をつけてNIKEのエアー。残念ながら美男美女ではない。しかし人の顔の事を言える私でもない私の顔がルームミラーに写っている。気になって後ろを振り向くと2台後ろにもアルファがいた。
 アルファロメオでお洒落な水上レストランに次々と乗りつける若いカップル達と交差する黄昏の時間、GWの最終日を緑のVITAの中で孤独に過ごす僕は今から、家族・一族が待つ場所へ向かうタイミングを計る妻からの電話を一途に待っている100%受け身の人。携帯が鳴って時間を決めてビールを買って、GW締めくくりの晩餐へとこれからフェードアウトする。予定どおりの手筈をこなして進んできたGWもいよいよ佳境に入ってますますジタバタする大人の僕も情けない。寝室でのパンダと北極グマの未練がましい親子の話題。就寝寸前の娘の布団の中から、あー明日から学校かー、とため息が聞こえていた。あー同感。

   ●1998年05月08日/金
「欲しい物は欲しいと言った方が勝ち」と優しく教えてくれた荒井のお姉さんや、「探し物は何ですか? もう見つかりましたか?」と不燃の日本語で聞いてくれた井上のお兄さん達に支えられた空気の様に見えないけれど、風化しそうでなかなかしない、しぶとい土台を今でも精神の中に強く感じる。
 だからかもしれないが、築地本願寺に並ぶ献花を抱えた長い列をTVの中に横目で垣間見て、遠い在りし我が身の現実を忘れたかのごとく薄笑いを浮かべる歳を重ね過ぎた周囲の男どもの堅固な唇がとても汚れた物に見えてくる。ハッキリ言って腹立たしい。別に若い時を、多感な時期を大げさに祭り上げる訳ではないが、自分達の通り過ぎた文化・主張を平気で棚に上げておいて、TVの中の彼らを子供扱いする中年以降の、大きな会社でいうと管理職以上にある、特に一般の男社会に存在するこの風潮が腹立たしくてしょうがない。職場帰りの酒場の一角だけで、語られ懐古され、共感されるウイスキーの力を借りた若き青春の1ページなんて煮えくり返る程嫌いだし.... しかし、最近のアミノ酸大放出後の深夜のVITAの中はいつも過剰に駆逐されるようで恐い。
 ここ数年の怠慢が重なり基礎体力が全然ないからギリギリが恥ずかしい程すぐにやって来る。ギリギリまでクラブで踊ってじゃなくて、スポーツクラブで体を酷使して、半分フラフラになって乗る深夜のVITAの中は別世界である。フロントガラスを通るあらゆる可視光が美しく反射していつもの青梅街道が未体験ゾーンのように左右に振れる。少し危ねえか? コンタクトのJ.ホスターのちっこい玉コロ宇宙船で大地に限りなく落ちていく気分だ。そしてなによりもオープラスが死ぬほど美味い。(色々飲んだけれど発汗後の清涼飲料水はNONカロリーでこれお奨めです)普段見飽きていいかげん網膜に染みついている景観もこちらサイドの受けとめ方次第でダイヤモンドのように輝く、って変な言い方かな、要するにもっとダサイけど、クリスタルのように、使い古された亀頭のように? 輝くって事を教えてくれる。あらゆる感動は我が感受性の出来不出来にすべて左右される。逆に言うと、ほとばしるような若い頃の情熱や思想の枯渇の理由はすべて今の自分の感受性の無さにあると教えてくれる。だから僕は最近スポーツクラブと深夜のVITAをセットで楽しんでいる。人よんで、苦あれば楽ありセット、SとMの交錯セット、緊張と弛緩の煩悩セット? ちょっと違うか。ある時はタイムマシーンVITAに乗って体の酷使と引き替えに、ちょっとだけ罪な多感な昔を手に入れるのである。麻薬のようにアミノ酸を全身に抱えて乗り込むVITAは、走るもよし止まるもよし、前方に広がる街の喧噪から発する高密な光の束はもとより、その日常のステアリングからドアノブ、果ては闇夜に強引に排出されるマフラーノイズまでが、生き生きとヒマラヤだけが知り得る精緻な雪結晶のように光り輝くのである。かなりだ。
 まあしかし、麻酔が覚めるというか、日常24時間の心の起伏を平均してならしてみると...。24時間VITAの中にこうしていられる訳でもなし、ガラス細工のような生活が似合う僕でもないし。例えば、上記一式の秘密のVITAセット夜行を平たく綺麗にまとめて、今現在3m前方の空間に美しく存在する妻に話してみても、「あんたにもそんなピュアな時があったの?」と25階位はるか頭上から俯瞰されるのがオチ.... 系の予想は充分にたつし。それにそろそろジムでの体力も限界だしなー、と築地本願寺のニュースを聞きながら最近を思った。

   ●1998年05月12日/火
 熱に犯されていく快感を味わう余裕はだんだんとなくなり、ついには大熱でフウフウ言いながらベットの上でヘンテコな夢にうなされる週末をなんとか脱して、やっぱりやり過ぎのスポーツクラブを反省しつつ、適度な運動と平穏なVITA夜行の組み合わせが僕の肉体と精神と希薄な性生活には何よりの秘薬と悟ったのは本日の朝。10年以上も運動から遠ざかる生活をしておきながらいきなり肉体を酷使し始めたものだからついに発熱。情けないような、階下のVITAに笑われそうな顔をして洗顔する姿が鏡に写って、過度・過激は禁物・ご法度、適度な運動の継続こそがVITA夜行の真の幸福に繋がるあなたの忠告に今さらになって気づきました、神様。
 というのは...。熱夢の中で図書館から借りた「歩く・走る」エクササイズ系の本を何冊かめくっていたら、どっかのページに「ロンドンの2階建てバスの車掌と運転手」の話が載っていて。彼らの引退後も含めて車掌と運転手の追跡調査をしてみると、圧倒的に車掌より運転手の方が心臓病にかかる件数が高かった、との事。具体的な数字は忘れましたが、原因はというと、ロンドン街を疾走する毎日の2階建てバスの中、車掌は階上・階下を動き回り、運転手はひたすら運転席で不動。この毎日の微少な運動量の両者の差が積もり積もって、とどのつまりは心臓病の差、というお話。この記述が代表するような「歩く・走る」の基本運動の健康上の必要性は別に今になって新しく出てきた問題でもないのだが。
 人間が車を多用する事で発生する沢山の問題の中で、最近よく取り上げられる環境に関するあれこれ。鉄とプラスチックとゴムで作った塊、これが車で、これに海を越えてはるばるやって来る油を注ぎ込むんだから問題が少ない訳がない。これも僕の中では今だに手つかずの未解決問題。しかしこれと同じくらい僕にとって大きな問題なのが、運転者自身の健康問題でもある。環境破壊が車所有における外への弊害なら、運動不足が引き起こす身体破壊は言ってみれば内への弊害。
 車に乗る事で失うものは内外に山ほどあるような気がする。20代の頃は一週間で4000kmなんてドライブを何回も繰り返した記憶もあり、有り余る若きエネルギーをただひたすらオドメーターの回転に費やしていたようにも思う。しかしそれはそれでとても楽しくて後悔などまったくないし、未明の林道にむしろ無上の悦びすら感じたが、40代半ばについに到達してしまった今の僕の心境はかなり20代とは変化しているようだ。逆算する方が計算しやすい残された時間、出来るだけの健康体を持ってVITAを、またはこれまで乗っていない未知の車種をなめまわすにはこれから相当の努力が必要だと高熱の中で感じた。ちょっと悲しかったけれど。
 本屋の店頭にカラフルに並ぶ数多い車雑誌の中でも気に入ったものは案外少ない。車のファッション性や動力性能の記事も大好きだけど、ここ数年のアースエコロジーを扱う記事と同じ位のレベルで、例えば「車に乗り詰める事によって失う生命力の検証」なんて特集を組んでもらえたらなーと願うのであるが。(これ1997年09月18日(木)の日記の続きのつもり)

   ●1998年05月15日/金
 今日みたいな天気が良い日は久しぶり。良く磨いた小型車のボンネットに深く写るビルや雲を気にしながらの外出も楽しみ。新しく建ったビルの横に最近置いてある青いミニや、パチンコ屋の地下駐車場から少しだけ顔を出す赤いVITA経由でランチのルートを探るのもよい計画その1。ひっそりと止まる好みの車を探しにビルからビルへと無目的にぶらつく森林浴のような街ウォーキングを楽しむ昼休みもよい計画その2。もしかして道中、将来への新しい自分の姿勢を発見するかもしれないし、過去は過去として忘れ去り、未来へ賭ける精神を育む事を良しとする健全が我に宿る可能性も少しはあるし。でもしないんだなー、これが。夜は飲み屋になる近くの定食屋でいかにも飲み屋風のお姉さんに焼魚定食注文して、楊子シイシイさせながら本屋で立ち読み一周、NAVIやMAC LIFEの表紙チラチラして終わる大切な折角の5月15日快晴昼休み。そしてこのようにして過ぎ去る一日、一週間、一年、一生。(しかし最近のNAVIの表紙はどんどん僕の日常から乖離していくようだ。あんな女周囲にいないし、あんな美しい男女が乗ってたらどんなボロ車でも振り向くしなー)
 フロントガラスに「乗りすぎに注意しましょう」って煙草みたいに書いてある僕のVITAを想像したり、乗り詰めのVITAの中から引きずり出されて手術台に寝かされた僕の冠動脈から取り除かれたコレステロールのベットリとした感触を想像したり、とある高名な車評論家のたれ落ちた体型の因果を想像しながら、最近「歩く」という運動行為を毎日考えるようになった。20代・30代の頃は考えもしなかった体のメンテナンスをVITAを通して逆に意識するようになった。時速5km少々の歩きの継続で脈拍が110にまでなる僕の心臓を抱えて毎夜VITAで徘徊した馴染みのコースを徒歩でたどってみると、車ってたかだかこんなものか、とその移動距離の差を思ったり、ガソリンってすげえなー、とその内包する地下エネルギーを実感したりする。そして歩きながら、歩ける僕・車・楽しむ、歩けない僕・車・楽しまない、という断片を繰り返し思う。
 大昔、テレビの放送が始まった頃、これで一億総白痴、だと誰かが警告・予言したとかしないとか。日曜日の午前10時からの「笑っていいとも増刊号」を見る度にこの警告のような名言が頭のどこかをよぎるも、いつの間にか最後まで見入ってしまう自分を見るように今日の昼休みを過ごした僕は、なんだか「VITAで行く夜空の星を見上げる会」入会審査に落とされた様な気分にさらされ、さっき昼休みの一部をやり直してきた。5月半ばの陽光の歩道橋から見下ろす目白通りは金曜日の割にはスムーズで、遠く皇居の緑は薄く陽炎に揺らいでいる。その中に向かうVITAが2台、約10分の間隔をおいて見えた。関係ない話だが、海外電話のコレクトコールを、コレステロール・プリーズと言ったある昔の上司を歩道橋の上で突然想い出した。先々週だったか、VITAはどうだ? と聞かれまたもやPOLOを薦めてしまった友人の奥さんの吐く煙草の煙に不快を感じた変な自分も突然思い出した。

   ●1998年05月19日/火
 たぶん25歳位からだったと思う。それまではインド系の危ない世界にハマッていて、せっかく体に良い生活を送っていたのに、ついつい都会の現実社会とガンジスほとりの崇高な戒律のギャップに負けてしまって。それからは日本典型主義に見事にのっとった生活で、特に洋酒、ウイスキーに目が眩んで、当時流行のカフェバーなんかで、好きな酒なんかに出会ってしまうともう30歳までの後の5年間は飲み続けてしまって。一年365日、酒が無い日はたぶん2・3日だったと思う。ウイスキーにも色々あるけど、当時ステューデント・ウイスキーって言われて少しばかり品がない地位にいたバーボン(この発音難しくないですか? 若かしり僕は海外の酒場でカウンターに左手ついてバーテンに向かって90度の姿勢から横目づかいに「バーボン」なんてしかも低音でBの発音ちゃんと気を付けてキメてみたりしたのですが、かならず毎回sorry?とかpardon?なんて聞き返されてしまって... 俺、バカにされてたのかな?)に出会ってからはもう聞くと飲むのとでは大違い。ハッキリ言って「命の水」「生命の露」と思ってしまう位の琥珀の液体で、毎晩のようにバーに通い詰めてはショットで棚の端から順番に飲んでおりました。そして気に入る銘柄があると必ず銀座の大きな輸入酒屋で安月給はたいて買い求めては自宅でチビリチビリとやりながら帰りが遅い当時の妻の運転するゴルフ1のエンジン音を待ち続けている、当時の僕としてはよもや幸福な、今想い出すと実に悲しい20代後半を過ごしていたのでした。31歳の時、突然、肝臓じゃなくて膵臓壊れましたが。
 ときに昨夜、夜もまだ早い近くのショットバーにて僕と僕の友人は「命の水・バーボン」をロックしていて、さっきから白熱が100だとすると40位の熱での車談義。しかし何とこの友人、僕より少し年下でありながらのいい歳なのに、しかもこれほどの車大好き男なのに、普通免許というものを持っていない。教習所に通った経験もない。自身の証明に何かと不便なので数10年前に取得した原付の免許証が財布の中にかすかに入っているだけという人物でして。けれど車にはやたら詳しい男。もう亡くなってしまったが、N.Y.に行った事がないくせにN.Y.に一番詳しかった植草甚一氏みたいな人。その彼と暗く狭く静かな安いバーで車の関するアアダコウダを話していると、恐ろしく静かな音楽もない店内、どんなに静かに話そうと他人の会話は聞きたくなくても耳に入ってくる状況下、車話って飛び火するんですね。気が付くといつの間にか店内の男共はみんな車の話をしている。
 客は一人の20代の女性と僕たち二人を除いてみんなどうみても50代の男たち数名。酒が入ると実はこの年代が一番元気があってうるさい。お互いを「社長」、「部長」と呼び合うわかりやすい関係の隣席の社長の方が、「俺はこの先、絶対にベンツには乗らんからな! 部長」「社長! 社長のお気持ちワ・タ・シ・よーーく分かります...」とくれば、またその隣の席では、「今年の夏、アウトバーン行っちゃいましょうよ、現地でベンツでも借りて時速200km」「いやいやいや、俺は8月には断食してアウシュビッツへ行くのだ、いやね、俺の人生には絶対に必要だと思うから...」何が何だかさっぱり分からぬ酔いどれ50代ばっかりで、暗い店内のどこかで必ずベンツという会話の断片とジャイアントコーンの崩れる音が入り交じって、ウイスキーが彼らに注がれる度に、店内うるせええるせえ。
 普通免許を持たない車好きの友人は模型の世界を通して車を熱心に語りかける。同じ車好きでも色々なタイプがいるものだなーと思いながら僕は眼下の目白通りにカラフルな車を丹念に探す。それとなく聞くと、コーナリングの緊張感や直線の加速感が導く深夜の街道での孤独な癒しは彼にはまったく必要ないとの事。名車MOOK誌の中のグラビア写真や数10分の1スケールのミニチュア模型をなで回している時が至福の人生だという動かない車好き。しかし酔いが彼にまれに欲したのか、今度VITAの助手席に乗せろと強い口調で迫る彼と、いいよと軽く承諾しながら現実にはまず無い話だろうと予感する私。
 バーの窓際の壁には絞りに絞ったシャープすぎる夏の白黒写真が掛けてある。地中海かどこかの海岸ぎわに建つ白壁の大屋敷。窓の外は雨の目白通り。タクシーの運転手がバス停の先に車を止めて暗い路地に駆け込んで行く。立小便をする彼の向こうにはホテルの巨大なビルが雨夜の奥にエベレストの様に立ちはだかる。客室の四角い明かりがまばらに散らばり、その一室のカーテンが誰かの手で揺れる。ますます雨が激しく降って目白通りの滲んだテールランプがバーボンの氷を七色に溶かす、わけないけど。バーボン片手にいくら待ってみても、どしゃ降りの昨夜の通りには一台のVITAも一匹のアリも出て来てはくれませんでした。紺か深緑の上品なアストラワゴンが一台病院の角を遠く鋭く曲がっただけの雨の月曜日だった。

   ●1998年05月22日/金
 いつものスポーツクラブのサウナの下段に座っていると目前をたくさんの下半身が影のように通過していく。気に止めないと別に何でもない事だが、何となく気になりだすと、きりがなく気になる揺れる光景である。人類は生殖のためにこれからも立派に存在し続けるだろうとつくづく思い込まされる時もあるし、見れば見るほど不自然で非実用的な情けない存続の能動的責任物体を押しつけられた被害者意識を我が性に感じる時もある。しかしまあ、色々な形があるが、巷で密かに騒がれる生殖器の異常やら、激減する精子の総数を想像するに至る程の壊れたモノにはまだお目にかかった事がないと思う。
 20数年前から精神世界の情報発信基地的な役割を市民レベルで果たし続けてくれている雑居ビルがわりと家から近い所にあって、そこに従属するグループからあるパンフレットをもらった。このグループは、男としての様々な問題を相互に話し合い、男同士でサポートし合う男だけの、男のための集団である。環境ホルモンの変化によって激減する男の精子や生殖器異常の増加から、社会の中で過剰に押しつけられる男性像をめぐる問題、はては男の愛情表現にまで、実に幅広いテーマを男同士でディスカッション、結果として悩める男共をケアしていく所までも目的にしている集団らしい。へえー、こんな男専科の駆け込み寺みたいな所があるんだー、と時代の変化のようなものを感じた。(ところで環境ホルモンって何だ?)
 我ら男性としてはこんなグループの存在を知ると色々な感想を持つと思う。A・ただ単に大笑いして済んでしまう男、B・少々笑いが出るもののなんとなく無視できない男、C・気が向いた時にでも参加したいが少々対面が気になる男、D・ワラをもつかむように直ぐにでも参加したい男...... 正直に自問すれば、僕にも性の問題も含めた、人にはなかなか言えぬ男の悩みの1つや2つは一応ある事はあるわけで、BとCの間の位置くらいにいるのかなーと思う。(ナニが大きすぎて困るような悩みはとりあえずありませんが)
 政治権力・派閥の話や、会社の中の人脈の話や、特に野球やフットボールのスポーツの話や、釣りの話や、車の話や、拳銃・火器・軍備の話.... まだまだ色々あるけどこれらの話にどれだけ積極的について行けるかを示す度合とか、恋愛にどれだけ真剣になれるかをどれだけ外に出せるかの度合とか、裏づけとなる理屈・理論が行動の動機にどれだけ必要になるかの度合とか、車の選択でいうと、大きくて四角いのがいいのか、小さくて丸っこいのがいいのか、速くてゴッツイのか、きゃしゃで可愛いのか、性能かデザインか、スポーツかGLSか、シルバーかレッドか.... こういった類の傾向って上記のA・B・C・Dにどこかで密接に関係してるのではないかと思う。どうもうまく言えないがつまり、男らしい、女らしいという他に、他人に比しての劣等する数とか、成長期に受けた無償の愛の量とか、DNAに受け継がれた自分では変えようのない心の安定度とか、もしかして単純に日頃の栄養摂取量とかが複雑に絡み合って出てくるA・B・C・Dだと思う。
 最近は水中ウォーキングにも凝っていて、ただひたすらプールの水を割って歩く一見単純でメンタルな連続する運動になぜか根元の悦びを感じてしまうハメになってしまった。水中を果てしなく歩きながら昨夜ボーっと考えるに、VITAを選ぶ男の傾向ってどんなんだろうとつまらぬ事を思うに至る。その上「VITAのBBS」の読み書きにとどまらず、この日記のリンクまでもクリックしてくださる男性の傾向とはどんな類のお人なのかとふと水中で思う。少なくてもAのタイプではないような気がするのだが。別にこんな事どうでもいい話なんでしょうけど。ましてこの初夏天気に。(体力のない人には水中ウォーキング結構いいみたい。今週のアンアンにも詳解あり)
●男のよろず相談・メンズワーク
 http://www02.so-net.or.jp/~itr/hobbit.html
 (まだ現時点では前4月号みたいですが、5月号に載るはずです)

   ●1998年05月26日/火
 JAFは表紙がいつも綺麗な団体だけど、JEF君の事はいつの間にかどうなったんだ?と思っていたら30歳、歯科医と結婚という話題で今日の僕の事務所の空気も寒くならずにどうにか済んでいる状態である。本日朝の芸能ニュースで垣間見た黒いリムジンに乗り込むお顔は確かどっかで見た男のような? ジムのサウナでよくお見かけする、良く鍛えたとってもエステテッィクなボディーにグラム売りできる金の鎖つけてる若い人に似ている様でそうでもなく、某一部上場OA機器代理店の、中小企業女社長もしくは女経理担当部長・訳して社長の奥さん殺しの小綺麗な営業マンにもいそうないなそうなタイプ。
 2000万円のダイヤモンド差し上げる位だから相当なお金持ち。しかもあのオールバックだから、昼はさぞや黄色いフェラーリ・真っ赤なポルシェ、夜は懐かしのカルアミルクとジャガーとロールスロイスでベルモンドじゃなくてベルモットに妙にこだわって。しかも、いつもカラフルなサムソナイトころころひいて、カルチェのバックかなんか肩からかけて階段は2段飛び振り返りざまに目を細めてこけて、東京・札幌間の白手袋スチュアーデスにはみごとな顔パスなんだろうなー。間違っても「HATAさん、私は被害者ではなく、加害者でした。満月のパリより、てるてる坊主」なんて危ない本心からのメール絶対出さないだろうし、こんりんざい間違ってもVITAには窮屈でペナペナで、持って生まれた主張からも、また「一人の女を愛せぬクラブ」会長としても乗ってらんないだろうなーと。しかしここまで話題が盛り上がると今日の仕事も楽しいかな。
 5m程の公道を隔てた隣の家が建て替えを決めて先日工事責任者と共に挨拶に来られた。施工会社名が入ったサランラップと中村屋のお饅頭を一箱、丁寧なご挨拶と共にいただき娘も僕も大喜びして頭を下げた1分後にはすでにお饅頭の一部は口の中に入っていた。3日前から解体業者のブルドーザーが入ってもうほぼ前景が無い。もちろん近所迷惑にならないように囲いを建てて散水しながらの作業をされている。しかし完璧という訳にはどうしてもいかないようで、細かい灰や砂が風に乗って飛んで来る。もちろん隣接する条件下での住宅事情、文句などないが少々VITAがかわいそうでもある。駐車場に黙って居るVITAを風化させるように降り積もる灰色の層が日ごとにOPELのリオベルデをスターシルバーのエンボスにしている。今日の朝そのボンネットに指で書いた祝福の文字があった。「聖子祝!」なんで俺のVITAに書くかなー。たぶん登校時の小学生か中学生だと思う。年齢・体験によってずいぶんと受け取り方が違うものだと思った。灰色の膜から覗いたリオベルデが小雨に染みてツヤツヤしていた。

   ●1998年05月29日/金
 近くの中堅広告代理店のカメラクルーの女の子達はいつも海外ロケに飛び回っていて人生の半分以上は海洋上空で過ごしているのではないかと思う程に飛行機を利用している。紫外線やらの悪影響をもろともせず、もうすっかりそんなグローバルな生活に慣れきってしまっていて自分から海外の話題など口にしないから、いつもこちらからなにげなく、昨日はどこにいたの? なんて聞くと、上海、なんて無関心に一言答えるだけでたわいもない巷の世間話に戻ってしまう。一日中MACの前に張り付いている生活を延々と送る僕なんかにしてみればそれはもう夢みたいな生活で、僕だったら上海になんて行こうものなら、そこら中の周囲の知人の首根っこ捕まえて聞いて聞いての世界である。それなのに彼女達は、じゃあ先週の月曜日にはどこに? なんて興味津々の僕の質問にもただ一言、カイロだったかな? なんて全然の他人事のように答える始末だ。ご存知だと思いますが、カイロって確かアフリカですよね。数日前までアフリカにいて、今度は明日からオーストラリアだっつう地球的規模の人が何もさっきから日本の狭い芸能界のドロドロ話なんてしなくてもいいでしょうに、と思うのだが。それはそれ、これはこれなのかしらね。
 これと同じような環境をお持ちの方が「VITAのBBS」の常連の方にもいらっしゃる。それはもちろん「袋井の田中」さんの事だ。(ちなみに、NEWSで見たが今の静岡県袋井市は「可垂のユリ」とかいうのが旬らしい)東京の片隅のとある薄暗い雑居ビルの狭い一室で四六時中同じ姿勢でパソコンに向かう僕という「杉並の田中」がいて、かたや、先週は南アメリカ、今週はヨーロッパと飛んで跳ねておられる「袋井の田中」さんとでは、ものの10年もすれば同じ田中でも全く種類・体型・スケールの違う田中が出来上がるのでしょうね、という内容のメールを去年だったか差し上げた記憶がある。そんな「袋井の田中」さんからたまに頂くメールのハシバシには未体験の想像をかき立てる色々が隠されていて、たぶん彼が予想される以上の好奇心を持って僕は彼から頂くメールを読ませてもらっている。以下は先日頂いたメールの一部。(お願いしてご本人の承諾を得たので、一部引用させてもらいます。もしかして他の方宛のメールとも内容が重複している箇所があるかもしれませんが。)
 
>〜〜〜BBSに書きましたとおり、最近中南米より帰国し、日本はやっぱりい
>いなあと思っている今日このごろでして、また来月頭、それもW杯前にフラン
>スとドイツへ行けと言われておりますので忙しいこと忙しいこと。W杯中に出
>張に行かせてくれれば、現地で何かを観戦なんてことを夢見ていたのですが。
> 
>中南米はCORSAがたくさん走っております。
>メキシコ製 GM CHEVY CORSA
>コロンビア製 GM CHEVY CORSA
>ベネズエラ製 GM CHEVY CORSA
>ブラジル製 GM CHEVY CORSA
>OPELではなく中南米ではGMです。したがいフロントグリルのマークはGMのマー
>クですが、後は全く日本のVITAと同じです。
>どれも一緒の形ですが(当然)あまりにもよく見るし、それがCORSAという
>エンブレムが付いているというのが目に焼き付いてしまい、私の車もやっぱり
>CORSAでなきゃいかんと洗脳されてしまいました。
>たまたま、カリブの代理店がOPELの輸入代理店もしているので、そこでCORSA
>エンブレムをはじめSWING ,OPELエンブレムや他の補修パーツを安く買ってき
>た次第です。勿論すべてOPEL純正のMADE IN GERMANYでした。
>パーツのマネージャーのところでCD ROMになっているパーツリストを見せても
>らいました。このCDROMには世界中の仕様が載っており、当然日本仕様のもの
>も載っておりました。まっ、BODY部品はほとんど共通ですが、エンジンの種類
>はたくさんあり、また気候の種類によってセッティングが少しずつ違う様で
>す。購入してきたエアーフィルターは蒸し暑い気候用のものを買ってきました
>が日本のものと番号が少し違うのと紙の目が少し違うようです。湿気にくい目
>が少し粗いような気がしましたが効率アップするのではと勝ってに思っており
> ます。取り付け後は別に問題有りませんでした。(いまのところですが)〜〜
 
 コロンビア製のVITAや、その上ベネズエラ製のVITAが存在するなんて事実さえ知らないし、まして中南米の大地を疾走するVITAの勇姿なんぞ想像のカケラもなかった僕にとっては少々のカルチャーショックをも感じつつ読んでしまう訳で、なぜか暗く強い日差しが入るビルの中でアリのごとくうごめくように働き、夜のVITAをひたすら楽しみに待つ昼間の僕としては健全なヴァーチャル体験とストレス発散に繋がるとても嬉しい休憩時間なのだ。ワテもCORSAのエンブレム付けて中南米のガタガタ道(偏見?)走ってみてエーナー。最近仕事が混沌するにつれてなんとも他の方の環境が羨ましく想える。


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