●1998年06月02日/火
 A3以下の大きさならば都内23区内どこへでも900円ポッキリで届けてくれるバイク便屋さんに数年前からとってもお世話になっている。うちのような弱小事務所にはとっても助かるバイク便で、ほぼ毎日のように頼んでいる。(届くまでに3時間位かかりますが)しかし昨日荷物を引き取りに来たお兄さんは何だかヘンテコリンな帽子をかぶっていて服装も他の人と少し変。よく聞くとバイクではなく自転車で都内を駆けずり回っているそうだ。肩には大型のトランシーバー、ポケットだらけのベストにはペンライトと携帯電話とPHSがささり、ベルトには何本ものキーホルダーがジャラついて、太い日焼けした腕には当然のGショックである。おまえはスワットか、と思う。ベストの下のふくらみは手榴弾のせいかもしれない。ご苦労さん....給料いいの? と聞くと、イヤー給料よくないっすけど、好きな自転車にいつも乗ってられるから... との事。最近でこそスポーツジム通いにウォーキングなんて始めたにわかスポーツマンの僕だが、ついこの間までは立派なアンチ運動派。自転車での移動なんてかったるくて考えもしなかったので余計、世の中色々なヤツがいるもんだなーと改めて自転車とお兄さんを見直してしまった。価値観がまるで違うのでしょうね。しかしこういう人は車所有をどう否定的に感じているのかとふと思う。
 スポーツジムに通い始めてから車周辺の価値観が少し変化しているようで、雑誌をめくっても、終日車漬けで運動不足の醜い評論家の写真なんぞが大好きなポルシェの横にあったとしたら、もう読みたくない、聞きたくないで変な拒絶感がどこからか出てくるようになってしまった。他人に厳しく自分に甘いティピカルな僕であっても、車体が傾くほど、ステアリングが回せないほどの体重を放置してまでVITAには乗りたくないという主張を込めたイメージの夢をよく見るようになってしまった。それは、事故にあった車から引き出された僕の体の厚い皮下脂肪が邪魔して患部へのメスが通らない醜い手術台の上の悪夢であったりもする。何もここまでヒストイックに体を作らなければ車に乗る資格を手にする事が出来ない時代が来る訳でもなし、まあいいじゃないかとも思うのだが、少なくても大好きな車の運転の継続の副作用で寿命が縮まるような結果だけは避けたいと思う切実な中年の志がついにも僕を襲い始めたのかなとも思っている。悲しいかな。
 こんな気分の時、こんな年齢の時には不思議とスーっと違和感なく自転車に触れる事が出来そうに思う。都内23区内なら移動の実用にもしっかり耐える乗り物なので余計気になってしょうがない。その上、今までは自転車を取るかVITAを取るかなんて二者選択で思い詰めてしか考えられなかった狭い心境に、もう一つVITAの上に自転車を丸ごと乗っけて山に川に出かけてしまう自転車乗りの両立の発想も加わり、ウォーキングの次は自転車だな、なんて勝手に一人で盛り上がっている心中でもある。
 しかしそれもこれもVITAに末永く健康で乗れる体を作る事が第一目的なのだからと思うと、本当にそんなにVITAが好きなのかしら私? と自分でも少々危なく思うので、そろそろPOLOにでも換えてみようかなとも他人の芝生で考えるのだが。そうするとただ単にこのページを「vwPOLOの生活日記」に換えて、VITAをPOLOに置換すれば簡単に成立してしまいそうでちょっと恐いほど、VITA固有のこだわりから離れていく自分を、本日昼、定食屋の前を通り過ぎる半ズボンの綺麗な女性が蹴る自転車に想いを重ねて強く感じた。彼女も幸せな若い自転車便だ。


   ●1998年06月05日/金
 娘の通う英語教室が踏切の向こうにある。ちっとも上達の兆しがないまま、親はその内きっとモノになるだろうと3年も前から通わせている。そんな親心をもちろん知らず、娘は終了時に出るオヤツと先生が飼っている可愛いミニダックスフンドを楽しみに週一回テクテクと踏切を渡る。その英語教室の2ブロック裏手には木立とシダに囲まれた古い木造の家がある。そしてその裏庭にはポーラーシーブルーのVITAが数年前からひっそりと潜んでいる。周りの緑と濃い青が良く似合うセゾンのイメージカラーのような場所。
 かなり前の話だが、駅前のバス停には小雨が降っていて、改札口をバスに向かって急いで出てきたお婆さんがいて、バスの後方には誰かを待ち続けるポーラーシーブルーのVITAが駐車していた。こんな光景の中で、近ずくお婆さんの目の前でバスの扉は閉まり、バスは事務的に動き出す。するといつのまにか駐車中のVITAのドアがパカッと開き中年の女性が飛び出して来た。両手を広げ、バスの前方に仁王立ち、危ネエ危ネエ。すでに低速で走り出していたバスの行く手をはばみ、バスの運転手をにらみつけた。バスに乗り遅れまいと小走りするお婆さんを明らかに無視して走り出そうとした運転手の表情には何の罪悪感もなかったように思う。バスの運転手は白い手袋で右の小さな窓を開け車外のVITAの女性としばらく大声で話す。話が決着したのか止まる交通を気にしたのか、その後バスは乗り遅れたお婆さんを拾って何事もなく走り去って行った。これ以来僕は、そのポーラーシーブルーのVITAと、どうひいき目に見てもナオミからはほど遠い体型の少しゆるんだ勇敢な奥さんを好きになったのだが。
 一昨日の雨が上がった夜11時頃、ポーラーシーブルーのVITAにあわや引かれそうになった。昨夜のウォーキングは40分間と家を出る時に決めた。40分間となると踏切の向こう側にまでコースを伸ばせる。踏切を渡って少しして住宅街の角で、壁影から出てきた低速のVITAと軽い接触をしてしまった。僕も確かに不注意だったかもしれないが、VITAのヘッドライトも消えていて音もなく闇夜の中から突然スーっと出て来たのを避けるのに精一杯。幸い僕の身体にダメージは無かったが、握っていたウォークマンの角がVITAの左前のボティーに当たって思ったよりも大きな音が出た。
 音に驚いた奥さんは車を止めて車外に出て来る。僕と奥さんは冷静に話し、音が出たボティーを丹念に調べた。夜とポーラーシーブルーの濃い色が邪魔したのかこれといったキズは見つからなかった。僕は安心して別れ際に、すみませんでした、と軽く言う。しかし奥さんはVITAに戻る時、誰も乗ってない室内に向かって放ってくれた。「あんたがボーと歩いてるからでしょ」と小さな声で。だから一昨日の雨が上がった夜から、僕は体型が救いようもなくゆるんだあの駅前で勇敢だった奥さんを今度は大嫌いになってしまった。もちろん彼女のポーラーシーブルーのVITAには何の罪もありませんし、実は僕もVITAに乗っているんですよ、と甘い連帯感の言葉をもちかけなくて本当に良かったと思いながら、昨夜も同じ場所をおそるおそる通り過ぎた。昨夜は何も起こらなかったけれど。


   ●1998年06月09日/火
「98年02月09日/月」の気になっていた日記の続き。
 1700円の床屋は今も立派に健在である。世の中が不景気になればなる程こういう店は元気がいい。経営者はますます強気で鼻血が出る程に頑張っている。(先日の日曜日に鼻に赤く染まったティッシュ丸めて入れていた、なんで?)そして当然のごとくあのスキンヘッドもまだご健在だ。という事はあのプジョー306もどこかで元気にしているという事。
 一昨日の日曜日、朝一番に散髪してもらおうと早起きして出かけた。8時45分に着くともう既に5人が待合室で待っている。店内の週刊誌を取り出してペラペラめくりながら9時開始を待っていると何やら奥の方から緊張した空気。首を伸ばして見ると仕事始めの朝礼中だ。本日の理容師8人が経営者からのお話を聞いている。首を縦に振りながら従順に拝聴している者もいる。もちろんスキンヘッドは、俺は知っちゃイネーヨ、といった態度でうわのそらである。彼一人の沈黙は他と客を充分に圧倒して日曜日の仕事始めの店内をそれはそれは重く暗く異様なものにしている。一番端で空を一点にみつめる顔は今日も無表情。しかしそれにしても渋すぎる。鏡を通してチラチラ見てたら目が合ってしまった。ヤバイ。
 9時の時報がラジオから流れると同時に店長が、さーどうぞ1番の方から、と客に声をかける。散髪椅子は8台、理容師も8人。スキンヘッドの担当は手前から2番目だった。僕を含めた最初の8人の客があわただしく席を立つ。しかし、アラララ、みんなスキンヘッドをスーっと通り過ぎて行く。まるで椅子とりゲームの様にバタバタと好みの理容師を目指す。あれよあれよという間に大勢は決まり、最後にババを引いたのはやっぱり僕だった。こんなドタバタを見ていたのか見ていなかったのか、最初の客が僕だと決まるやいなや、チータに狙われた小動物を見るように上位からの鋭い視線をふりがさしてゆっくりと手招きされた私。
 例によって耳元の「今日はどうする?」の凝縮の一言で始まり、「今日は耳にかからない程度に」の最後の「に」を僕が言い切らない内に最初のハサミが既に入っている状態。隣の席では理容師と客のなごやかな雑談が違和なく進み、軽快なハサミの金属音が丸く優しく重なる。これって天と地の待遇に思う。しかし今日はいつもと少し違うようだ。どうみても家庭や生活や女の臭いのしない、この男の知られざる反面を今年2月に垣間見てしまった僕の頭には、さっきからあの時のプジョー306の姿がちらついているから。あなたは何で理容師をしているの? あなたはどうしてプジョー306を選んだの? あの時の306のハンドルを切った女性はどう魅力的なの? ミーハーな好奇心は限りなく僕の眼球を鏡の中へと動かしている。ちょっとした出来事で僕の不安定な先入観はこんなにも変化するのだ、と未熟な我がチンケな精神は言っている。いいかげんな男。
 スキンヘッドが僕の髭に石鹸をぬる時、彼の指の関節が僕の頬に軽く触れた。きっとF1レーサーが直線コース上で蛇のような爬虫類をタイヤで踏んだ感触に似ていた、と思う。知らないけれど。最高速に近いF1カーが高さ2cmにも満たない柔らかく張りのある長い小動物を踏む。何だかスキンヘッドの事が少し理解できたように思えた。もちろん理由は何もない。彼の人生と僕の人生はどこか似ているかもしれないし、全く似ていないかもしれない。この男はきっとプジョー306を深夜一人で蹴って、確実に来る新しい翌日に備えるタイプかもしれない。煩悩から遠く離れた自己との対話を求めて焼き付くまでに回転数を上げるタイプかもしれないのだ。ただ一つだけ彼のカミソリに確実に感じる事は、高速道路をアンテナにリボンなど付けて仲間とつるんで絶対に走ったりしないという類の事だった。僕はドライヤーの後に、2月初旬に聞けなかった事をちゃんと聞いた。休日は何をして過ごされているのですか? 店内の空気とFMラジオが冷たく凍り付いて時間が数秒止まった気がした。彼は声ともいえぬ異音を一つ発して何も言わないで唇を曲げた。たぶん笑ったのだ。
 僕の日曜日の散髪はなんと15分で終わってしまった。他の客はまだやっているのに。その晩僕は彼のハサミが入った短い髪をルームミラーに気にしながら久々にVITA夜行に出た。もしかしたら僕は、自身の満たされない理想の生き方を、彼と彼のプジョー306に宿して、今年2月9日から本日6月9日までをVITAの中で無意識に自分勝手に過ごしていたのかもしれない。とっても直感的で非ロジカルで何の因果も思いつかないが、きっとそうだ。


   ●1998年06月12日/金
 この不景気にもかかわらず、初夏の太陽から発する目に見えない電磁界が人間の購買意欲を脳の中に刺激するのかもしれない。この時期に輝かしき納車をむかえる方々ってBBSにも結構いらっしゃるようだ。しかし、今からVITAの溺愛を始める方々を尻目に僕の興味は最近、エクササイズやらスニーカーやら自転車といったスポーツ系に向き始めていて、少しづつVITAの中で過ごす時間が減少しつつある昨今。それをめざとく察知し、僕の妻子はVITAの駐車場をなんと柴犬の犬小屋と化す計画をアンダーグラウンドに進めているようなソブリがある。
 前々から犬を飼いたいとは言われていて、僕もそれなりに犬は大好きなのだが、なにせ1Fをアパートにして2Fに住んでいる身。こんなオヤジみたいな商売ほんとうはやりたくないのだが、人にはなかなか言えぬお家の事情がある。それに毎日昼間は家族全員出払ってしまうし、時々遊びに来る83才になるお婆ちゃんは大の犬嫌い。なかなか飼ってやりたくても飼えないワケばかりがある。そんな中、僕のVITAへの密着度が薄れてきた事を生活の中になんなく見抜いた妻子は、近い将来VITAを売り飛ばして、その跡地に大きな自転車置き場と放し飼い的に使える犬小屋のスペースを確保する計画を極めて控えめにTVを見ながら発表したりする。スキをみせると直ぐに主張する小集団だ。
 昨日の木曜日。僕の限りなく白いスケジュール上には、珍しくほのかに楽しみにしていた行事が2つ。一つは娘の授業参観。谷崎の詩を題材に進める国語の新しい授業。いつもより幾分オシャレにきめている担任の先生の夏用ニットスーツのフィット曲線に気をとられて授業の内容はいまいち忘れてしまったが、休憩時間のお父さん達の会話が妙に耳に残っている。そういえばお宅の白のBMW・最近見ませんねー、あれ必要ないから売ってしまいました、そーなんですか・いやうちも動かさないとエンジンに悪いから日曜日に無理してその辺まわって・そんなに必要ないんですよね車....
 スケジュールの二つ目は昔の仲間との飲み会だ。15年前の仕事仲間と久々に夜の四谷で再会した。1件・2件と居酒屋を廻るごとに焼酎の蓄積量は増えみんな15年前の裸の状態に戻っている。昔も今もまったく変わる事なく同じ業界にへばりついている愛しき連中だ。若い頃は酒をコップでなみなみと口に運びながらキャメルやラッキーストライクを終始放さず、深夜延々と競馬や車や仕事を話題にした男どもである。その彼らの口元から煙草と車の話が消えている。6人集まって今では喫煙者1人、それもタール1mgの煙愛好家だ。そして寂しいかな僕を除いた全員が今や車を所有していなかった。
 電車での移動が一番早くて、都心の駐車代が1時間500円。住宅街の1カ月の契約駐車が2〜3万円か? その内、おまえまだ自分の車持ってんのかよー、だせえーな。なんて時代がくるのかしら? を彷彿させるがごとくに僕の周囲から自家用自動車が知らぬまに減少しつつあるようで潜行するトレンド(死語?)に取り残される感覚さえも少々芽生えてしまった。日常的に体に染みついてしまったこの慢性的に長い不景気のせいもあるのでしょうが。
 なんて非車所有のおいしい話を妻子にするとますます犬小屋建設を主張するから、父兄や友人の車離れは僕だけの胸の内に深くしまい込み、明日は曇りでも我が駐車場のVITAにワックスがけでもしようかと久々に思い立つ。しかし実の所、近々には僕専用の自転車も欲しいし、柴犬なんて本当に可愛いですけどね。
PS. そんな事よりサッカーどうなるかなー。


   ●1998年06月16日/火
 先週だったか朝の出勤の際、少し傾斜になっている駐車場のVITAの左前タイヤの影に使い込んだサッカーボールがあったのを確かに見た。通勤電車の時間が気になったのでそのまま放置したが、夜の9時頃だったか帰宅時にはたぶんそのサッカーボールはなくなっていたと思う。もちろん我が家のボールではない。
 僕の住みかの周りには案外とアパートが多い。そのだいたいが木造モルタルの一般的な1DKから2DKだ。当然なのかどうか借り主はほとんど若い人たちだが、最近はその中に肌の色が違う人達もたくさん出没してきた。そしてなぜか1棟まるごと完璧にアフリカ化しているアパートが我が家の目の前にある。3週間位前だったか、妻が身長190cmはあろうフランス語を話す肌が黒い大男達に囲まれて何かを必死に説明している光景はなかなか楽しめるものだった。少々パニくりぎみに帰ってきた妻に聞いてみると、何やらビデオデッキの日本語の説明書を訳せと言われたらしい。身長154cmの妻が190cmの黒人達の輪の中でアセりまくり、You have to push this! なんて大声で片言英語を口走っている状況を僕はVITAの中で涙をこらえながら笑い続けていた。これが海外だったら少し恐いが。
 そうこうしていると彼らのベランダにはいつのまにか立派なBSのパラボラアンテナが立った。そして最近はうるせえのうるさくないの。どこ系の黒人達かよく知らないがサッカーの中継時間になるとアパート一棟まるごと激震か、核融合のごときエネルギーの発散を見る事態になる事が少なくない。普段はその体に似合わず地味な静かな生活を送る彼らなのだが、ことサッカーになるとこれ程までに変貌するとはちーとも知らなかった。彼方アフリカに眠り続けた野生の復活を見るような宿命のDNAさえ感じるその熱狂魂は、ここ東京杉並区のヒヨワな住民すらも知らず知らずの内に呑み込んでしまい、先日のアルゼンチン戦にいたる我が家にも相当な影響をもたらしてくれた。しかし平野、なんだよあれは。
 そんな彼らの熱狂ぶりも期限あっての事だし、そうそう分からないでもないので見過ごしているが、ちょっと心配なのは駐車場にいる私のVITA。どこかの国の勝敗の行方次第で有り余ったエネルギーのとばっちりを喰らったりしたら大変である。事実Wカップが開幕してから何かと自宅前が騒々しくなってきて深夜の物音にもちょっと過敏になっている。特にサッカーボールが壁に跳ね返るこもった音や金属系のつぶれた音なんかが響くともう落ち着いて寝ていられない状態だ。
 しかしこんな時にというか、昨夜11時頃にかなり大きな衝突音がして心臓が止まりそうになってしまった。2Fの窓から道路を見ると先の交差点で衝突事故。急いでサンダル履いて近づいてみると、こともあろうに酒屋の軽トラックと電気屋のライトバンが衝突していた。どちらも知った顔だ。車両はかなりのダメージに見えたが、運転者達は軽く頭をぶつけた位で幸い人身事故にはなっていなかった。出てきた近所の住人達もひと安心の顔をしていて、その中にはサッカー命の黒人のお兄さん達のひときわ目立つアディダス原色の大きな姿もチラホラあった。
 誰が呼んだのか自転車に乗ってのんびりと警察が来たころには人だかりも消えていく。自宅に入る時、向かい側の黒人達が住むアパートの一室のドアが開き明るい室内の様子が見えた。大きなテレビ画面の前の床の上にサッカーボールが3つ転がっている。壁に寄りかかっていた一人がボールを手に取り大きな目で僕の視線にウインクを返して、こっちに向かってスローイングの姿勢を取る。オイオイオイ、君たちの異国でのより増殖したピュアな愛国心は私でもよーく分かる。が、でも、僕に当ててもいいから、頼むから僕のVITAには当てないでね、と心でお願いをする。さっきの天気予報では今晩も雨は降らない。サッカーボールが隣のコンクリ壁に跳ね返る音を聞きながらの睡眠は体にとっても悪い、なんて生活、正直いって温厚な僕にもそろそろ限界でもあるが、フランス語でこういうの何て言ったらいいのかね、と妻に尋ねるも、僕も含めて皆さんいつもいざ彼らの前に立つと「サバァ」とか妙に語尾を上げてニタニタしているだけだしなー。
●渡辺さんの「VITA de Tohoho」
 http://www.ops.dti.ne.jp/~sandy/
 プロのご経験を生かしたメカニカルなトホホ情報が満載でした。


   ●1998年06月19日/金
 大昔だ。25年位も前のベストセラーだったと思う。「二十歳の原点」とかいう青春のバイブル本が確かあったのを想い出した。後に自殺してしまった若い女性が書いた日記調の本で、僕が高校生だった頃の周囲の女の子たちはみんな授業中にも密かにページをめくっていたように思う。その書き出しは確か、雨の日が好き....だったか、私が家出をする時は雨の日がいい....だったか、とにかく雨にまつわる書出しだったと記憶している。その頃の僕らを一世風靡したこの本の書き出しに影響されてか、僕はやたら雨の日を心待ちする青年になってしまい、雨など降ろうものなら直ぐに室内にとって返し、ガラス窓の外をつたう雨の筋を通してひたすら表の黒いマンホールなんぞを一点に見つめて過ごした軟らかい腐りそうな記憶が蘇って来る。雨夜の窓に映った感傷的な自分との対話は、それはそれはその当時の僕の性欲にまみれた若きエネルギーに汚された清い心を充分に穴埋めするに値する中和剤となっていたと思う。
 あれから25年も時が経ってしまった今は、どちらかと言うと雨より晴れの方がやっぱり気持ちが良いし、好きなスニーカーも水を気にせずに履けるし、なんだけれど、ただどういう訳か、中杉通りの雨だけは今だに大好きでしょうがない。雨の降り注いでいる中杉通りの白線間をVITAでゆっくりなぞると、雨足が急に早くなり両側の高い植木が揺れて天空を隠すようにますます視界が暗く、ふと時計に目をやるとまだ午後の2時... なんて日曜日があったとしたらもう最高なんだけれど。中杉通りの途中には昔からのスポーツ店があり、その店主はとうに息子へと替わっていて、店の前の木立の下のパーキングメーターにVITAを止めて店内を覗くと、蛍光灯では決してない重い照明の中に、ピューマやアディダスやニューバランスやナイキやらが商品価値以上的に陳列されているのが見える。雨だし阿佐ヶ谷の駅からは少し離れているしで当然のごとく客はいなくて店主が一人ボーっと店先を見つめているだけ。
 雨に濡れて濃さを増したリオベルデのドアを閉めて歩道を走って入店。壁に掛かった愛しいスニーカー群を時間をかけて凝視して、ふと、このサイズあります? なんてわざとUSサイズで尋ねると、答えの単位はなぜかcm。そうかないのか、と残念そうにつぶやいて表通りを見ると、そこには雨にうたれてひたすら僕を待つVITAがある。こんな時にふと最近思う。VITAそのものを楽しむ時期はすでに終わったのかな、VITAを操縦する時の心身の動きを楽しむ時期はもう終わったのかな、と。エンジンを掛けてペダル達を踏んで輪を左右に回して、運転という直接的な快楽だけではもう続かなくなってきていて、フロントガラスを通した景観の質にも、車という強固なよろいをVITAに感じ始めるとどんどん歪んで行くような錯覚を覚える。深海を行く潜水艦の中から潜望鏡を覗くように、戦車の細い覗き窓から行く手の敵地を覗くように、幾重もの鉄層で守られた囲いの中からフロントガラスの先を見てきたように思え、全2重の関係ではない一方的な勝手な解釈の上での世間とのコミュニケートをVITAの中で無意識に続けてきたようにも、最近歩き始めてから強く感じるようになったから。
 今も事務所の外は雨。でもとにかく雨の日は雨の日でいくらでも昔から感傷的な小さな楽しみは転がっている。もしこれからの僕のVITA道にも刺激的な活路があるとすれば、まあだいたいこの辺りからVITAを攻めてみるのが正解だと思っているのだが。
 大勢の友人が言うには、僕には感傷的な行為はまったく似合わないそうだ。特にガラス窓につたう雨滴などに集中する僕の姿はまったくと言っていい程絵にならないそうで、声を大にしてバカヤロウだそうだ。結構失礼な話だが、地下鉄のガラス窓などに映る予期せぬ自分の姿に触れると友人の言葉がまんざら嘘でもないように思う瞬間があるのも事実。だからそのギャップを埋めるためにもスポーツジム通いに精を出すが悲しいかなちーとも成果は未だに認められないでいる。だから雨が降ると感傷的に傾く自分の心の扱いに25年間も躊躇している。今度からはこの辺の心理を抱えてVITAに乗り込もうと思う。雨の日に。
 PS. こんな私情におぼれている場合ではない。明日のクロアチア戦に勝利を!


  


   ●1998年06月23日/火
 母が血圧の事で電話して来てたのが約1カ月前。風をこじらして、めったに行かない病院で診察を受け、ついでに血圧を計ったら200を超えていたらしい。83歳になる今の今まで血圧になど異常をきたした事の無い母は内心かなりあせったみたい。10数年前に他界した父の高血圧は晩年まで続いたが、こと母に至っては医者といえば歯医者くらいしか思いつかない健康体だったからなおさらである。何事にも敏捷に対処する元教員の母はすぐに最新式のオムロン血圧計を購入し、朝昼晩はもとより、高い数値が出た後は特にムキになって測定を繰り返していたらしい。とうとう腕に血圧計ダコというか変な内出血の跡が出来てしまい、僕がちょうど診察室を訪れた時に若い担当医に随分しかられていた。シャブを打ち過ぎて針の跡を隠すヤ印の方のように、看護婦の介護からひたすら恥ずかしそうに腕を隠す母をみていたら遠い子供の頃の至福の時が体の奥からよみがえるようで、これが、切っても切れぬ血の関係と呼ばれる実態なのかと診察室の黄色いカーテンの後ろで熱くなりそうな目頭を予期してじっと待っていた。だがとうとう涙は出なかった。
 関越高速を練馬から上がって3番目の出口・鶴ヶ島でおりて国道を約30分。母の所まで往復で約100kmになる。父が死んだ時には49日が終わるまで毎日VWゴルフで往復した。制限速度を無視した深夜と早朝の関越高速に計4900kmを費やした記憶は10数年を経た今でも克明な感触として体に残っている。アクセルを踏みつづけながら深夜に何を思い、早朝に何を聞いたかの明確な記憶はたぶん今日の僕の大事な何かにきっと正しく反映されていると思う。きっとそう思う。(じゃあ、具体的に何に反映されているかと探ってみてもなかなか難しいが、例えばVITAを選んで、スポーツクラブに通って、こんな日記を書いている行為全体が既にその反映の果てかもしれないと思う。しかし、こんなんじゃ少々情けないか? 実父の死から学んだ過去の尊い教訓もとうに忘れそうで、血にも肉にもなってなかったらどうしましょう、と時々我を問いただすように責める夜もあるが。)
 先日の日曜日には、久々に井上陽水と橘いずみのごちゃまぜテープを持って母の家に向かった。いつもどおりのコースで関越高速を下りてしばらくして、橘いずみのほとばしるような「失格」でVITAの狭い車内が一杯になった頃、突然横断歩道の端から缶ジュースを片手にゆっくりと車道に出てきた若い男がいた。あわててハンドルを切ったが間にあわなかった、不覚だった、なんて事態には幸いならなかったが、橘いずみの「車にはねられた人を見過ごした事があるかい?」の歌詞がどうも心に残って落ち着かなかった。若い男はヘッドホンの音に集中している。何を聞いているか知らないが、両手で激しくビートを刻み早足でVITAの前を左右に移動して行く。左手の缶ジュースのプルトップからは定期的に中の液体が飛び散っていた。ときたま、のけぞったりして唇をゆがめたりするものだからVITAの中からつい苦笑してしまう。
 しばらくしてそのヘッドホンの男の不自然な動きに気が付いた。知能に障害があるのだと知ったとたん笑いが消えた。目線が合ったから視線をはずすとそこには彼のお母さんの鋭い目線があった。彼は30才前後、彼の母は50才を超えている。顔が良く似ている。耳の形もそっくりだった。彼の後方約5mを保って河原の方角に縦列に歩き去った。僕を直視した彼の母の目は怒っていた。大昔、重たい僕を背負って病院へと駆けてくれた母の目に似ていた。背中の僕を早く医者に見せたいと深夜の中杉通りを疾走し、トラックの運転手の罵声をにらみ返した40代の僕の母の目に似ていたのだ。これも忘れてはならない光景だと思った。
 母の家からの帰途、同じ道を通り同じ場所を通過する。数時間前の親子を想い出す。VITAの車内にはまだ橘いずみが歌う。「ひどい仕打ちに泣いたとしても夜はゲラゲラテレビ漬け」だって。きっと俺の事かもしれない。どうしてなのか、この日曜日・父の日に数十年振りに母は44才の僕に服を買ってくれた。いらないから、と言う僕を強引にVITAの運転席に座らせた。その日ダイエーの紳士服売場で83才と44才の親子で選んだ紺のシャツを着て、今、僕はこれを書いている。血圧よ下がれ。


   ●1998年06月26日/金
 フィルムを入れるプラスチックの円筒ケースを出して「あなたのツバキくれませんか?」とせがむ変人というかチカンというか危ない人が娘の小学校周辺に出没している。だもんで最近、近所がなんだかモノモノしくて、チカンパトロールなんて大きく書いてあるタスキをかけてPTAのお母さん達は早朝からそこらじゅうを歩き回っているし、学校からは自転車の前に付けて走る「チカン注意」の大きな札が配られる非常事態になっている。暴力とかの被害は今の所ないようなのでまだ楽観しているが、実の所、ちょっぴりお会いしてみたい気もする。彼のプライベートルームには何人位の「ツバキ」コレクションがあるのだろうか。お気に入りのコーナーを作り何段にもなる手製の棚に端からキチンと整理して、採取の日付と場所の情報はエクセルなんぞにニタニタしながら入力してたりするのだろうか。
 こんな時は外での子供との対話がぎこちになくなって非常に困る。道を歩いてもいても普段は周りを意識などするわけないが、娘と歩いている時などにタスキをかけた正義感あふれたパトロール中のPTAが近づいてきたりすると、直ちに親子の関係の立証を迫られる緊迫感が漂い、つい言わなくていい事まで大きな声で口走ってしまう。パパもそう思うよ、とか、パパの場合はね、とかやたらパパを大きく聞こえるように発言してしまうから情けない。歩いている娘に並んでVITAの中から話しかけた時にはこれまたグッドタイミングで後ろからPTA副会長のお出ましだった。普段PTAなどに顔を知られていない僕は、どちらさまですか、と鋭い威嚇するような目つきで優しく言われ、この子の父です、と答えると、裏づけをすぐさま娘にとる。お父さんでしょ? 子供も子供で、だいたいは、はい、と素直に答えてくれるが、時々面白がって、こんな人知りません、なんて恐がってる表情作ったりするものだからとんでもないヌレギヌを背負うはめになるのである。こんな時にはサッカー少年・城のように人差し指を小刻みに振って、チッチッチッとか言いながら逃げるしかない。(城さんあの癖は直した方がいい思うよ)
 最近仕事がまた忙しくてスポーツクラブに行く時間がまったくとれない。何ひとつ楽しみのない人生は本能的にイヤみたいなので、NECの新しいモバイルギアを闇より入手して、深夜のVITA & モバイルで贅沢している。娘の小学校は自宅からほんの100m先なのだが、一昨日の深夜、学校脇に駐車してWindowsCEのメーラーをタップしていると、にわかに後方が明るい。ミラーにはパトカーが写っていた。何か言ってくるかなとじっと待っていると何も起こらない。ミラーの中の動きを丹念に探ると明らかに我がVITAのナンバーを無線で照会しているのが分かる。灰色の四角いマイクは非常にダサい。僕のピュアな記憶の中には調べられて困るような事は確か一つしかない。周期的に事務所に来る、ものみの塔のおばさん二人。いいからと言っても必ず置いていく小冊子2冊。先週ちょっと忙しかったのでまったく読まずにゴミ箱に入れてしまった。確か先週のは貧困がテーマだった。あれは犯罪だろうか? バチは当たらないだろうか。
 少しすると警官が降りてきた。一人が、ここで何をしているの? と礼儀正しく聞くので、車を楽しんでいる、と正直に答える。すると、ほー、とか鼻にかかる台詞と共に、液晶が闇夜に美しく光る大切な新モバイルギアに目を向けて、少し大げさにのけぞるように小馬鹿にするから、深夜までほんとにご苦労さんですね、とイヤミを言うと、降りて免許証と車検証を出せと急に声が低くなった。その後事務的な質問だけで解放してくれたが、VITAのリアシートにころがっていた仕事で使ったコダックの黒いフィルムケース6つの存在が終始気になって、深夜の権力行使になかなか強い口調がとれない自分が歯がゆかった。
 PS. いよいよ本日、最終戦。またもや城の指フリ見れるか?



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