●1998年07月01日/水
 本屋に行ったら、エスクードとかスイッチとか奇麗な表紙ツルツル系がたくさん目の前の方に陳列してあった。本屋なんだからあたりまえかも。僕もこの手の雑誌はたまらなく好きで一冊づつ手に取りなめまわしたくなる。しかし今日は偉そうにも限りなく時間がない。だから忙しい時はいつも魅力的な山積み雑誌群に見て見ぬフリかまして通り過ごす。今回は目的のパソコン雑誌コーナーに直行するが、しかし道中、後髪引かれるがごとく車雑誌を手にとってしまった。
 ペラペラめくった新しいNAVIの特集は「素敵なシフト」。こんな感じの特集だともうたまらなくて、久々にまたこの雑誌買ってしまった。18才で免許をとって、今までなんと26年もの間ずっとマニュアル一辺倒。そして生まれて初めてのAT車が今のVITAという我にとって、もちろん気になる特集なんだけど、それよりも、素敵な、なんて形容詞がシフトの前に付いちゃうコピーだからよけい欲しくなる。だって例えば、ただの「うんこ特集」なんて買いたくないけど、これが「素敵なうんこ」だったら買いたくなるでしょうに。ならねぇか。
 今回は結構面白くて、バックにいれて持ち歩いては電車の中などで熟読している。記事中のテリー伊藤(98P)じゃないけれど、NIKEもサッカーも最近になって騒ぎ出したミーハー族の中核を担う私としても、この特集の効用で全国の僕みたいな長いもの巻かれ人間がみんなそろってAT車を海に捨てて一気にマニュアル化するような事態になったらどうしますか、あなたなら。結構この問題真剣である。
 しかし、去年の秋からVITAに乗ってからというもの、この日記も含めてつまらぬ狭く暑苦しい色々をグチャグチャ考え始めたのはもしかしてATだから? 忙しいマニュアル操作から開放されて、ATが時間をくれたから? 正しい時間の使い方を知らない僕や、納期がなければ決して働かない僕や、悩む時間がなければ決して悩む事などせぬ僕。こんな私を車中にして。よもや手もちぶたさの時間が出来てしまったからかも知れない。と気付くや、なんだかATってテレビに似ていて、人間ダメにする機構のような気がしてきて、まんまとこの特集の図中にもハマって行く自分の主体性の行くてを見ているようでもあった。人生で一番大事な物をそれと気付かずに捨てて歩く代償として手にいれた空っぽな時間。それが我がAT車の中に流れる時間なのだ、きっと。ほーら、もう完璧にNAVIの特集に洗脳されてしまった僕の軟らかすぎる少ない脳。
 もう今のAT16V・Swingを捨ててSports16Vにしなくては私の人生は狂ってしまうのか。と考え詰める僕をより刺激する、ヒール&トウ論(75P)の一節。「ヒール&トウのできる鋭敏な感覚を持った知性の高い足こそは、ただ歩くためではない、車を走らせるための足だ。コーナーを前にしたマニュアル車は、ヒール&トウをせがんでいる。」ガーン!! そうかもしれない。車に乗る事によって生ずる運動不足。車を所有する事で発生する乱雑な負担。こんなもんを恐れていては車に呑まれてしまうのだ。車に削がれていくチンケな筋肉など、もともと腹の座った車乗りには必要ないのだ。未練がましく人生をセコセコ生きてるから車自体に快楽を感じなくなるのだ。畳の上でなんぞ死んだら恥さらしだ。正規の車乗りは30パーセントUPの体脂肪を誇りにきっちり車の中で死ぬのだ。ここ数週間の車から離れゆくたるんだ精神をビシッと硬派に引きしめてくれる特集だった。
 しかし2030年には石油が地下から枯渇するという話(100P)は本当なのだろうか。僕ら末端人が何とかローンを組んで日常生活を壊さない程度に車に乗れる時代が来てからきっとまだ30年位ではなかろうか。この30年と残された32年を足して約60年。このたった60年で全地球上の石油資源を使い切るに至る産業革命とは一体どんな革命だったのだろうか。(学校で習った通りの革命だったんでしょうけど)もちろんガソリン以外の動力源を使った新しい車の出現で、メーカーはもとより自動車産業に広く携わる人々の生活に悲しい亀裂が入る事態にはならないでしょうけど、少なくてもエグゾーストやそそり立つトルク曲線を楽しむような古典的な快楽がなくなると思うとそれだけで車に対する持続的な興味が半減していくのがわかる。ど、ど、どーしますか? あなたなら。ってどうしよう。


   ●1998年07月04日/土
 梅雨が明けたのかどうか知らないけれど、メチャ熱猛暑。やっぱり今年も効きが悪いクーラー付けて走ると家を出てから少しして加川良の「教訓」が電波伝搬に乗って流れて来た。こんな歌聞くの何10年振りだろうか。青くなって尻込みなさい・逃げなさい・隠れなさい、って今更言われてももう隠れる場所なんてありゃしない人生とうに来てますから、と何でも分かっている台詞を口にするようになってからの自分が嫌い、と心底言えますか? って誰に聞いてるの。といって人生、華やかな途中下車を試みてみても世間の冷たい風は我が身を削るし。なんでかっていうと妻が今もって気持ち悪い程の、今の人まったく知らない系の斎藤哲夫のファンなもので、今だに罵声のライブハウスに連れ出されるから否が応でも、されど我が人生、してしまう夏のケダルイ午後、今だ。
 娘も今や小学3年生。このままだとあっという間に手の届かない場所に行ってしまいそうで、だからなるべく共通の時間を作るべく周りを調整するが、なかなか仕事との調和がとれずに時間ばかしが慌ただしく過ぎていく現実をただ指をくわえて見過ごす訳にもいかないので、チャンスを図っては VITAの中を親子の清い想い出に残る対話室にしたいともくろみ、何かにかこつけては車中に娘を連れ込むが今までどうも旨く教育出来た覚えがない。親として、僕個人として、何かを教えたい、何かを伝えたい、の身勝手な欲望にさいなまれるのは一般的な傾向にしても、伝えたい事は、話題にしたい中心の事は常に僕の中でも空回りする事ばかしで、僕の中ですら未だに解決や処理がなされていない極めて抽象的な意見を、どうやって娘に感じ取ってもらおうかとVITAの狭い密室の中で隣の娘の夏の汗のニオイを胸いっぱい吸いながら想う。
 テレビに写るサッカーや野球の選手を見ながら、運動はもちろん習い事も学校の勉強も努力すれば、集中すれば必ず将来むくわれると教えればいいのか。2度・3度の軽い迷いをあえて乗り越えて基本的には相手を、そして己を信じる事が基本だと、走れメロス的な味付けをすればいいのか。死んで神様と言われるよりも生きてバカだと言われる女にあえてさせて、死んで神様と言われるよりも生きてバカだと言われる男より、生きてバカだと言われるよりも死んで神様と言われたい男の価値の講釈をとうとうと話せる女に育てればいいのか。どうせ人間死ぬのだから、とことん思いっきり好きに生きて人生をまっとうさせるか、それじゃ、どうせいつか死ぬんなら苦労せずに早く死んでもいいのじゃなかろうかの思想はどうするのか。巷の心理誘導のごとく、瓶に半分残ったウイスキーを見せて、もう半分しかないの、を、まだ半分もあるし、に変える人生の機知をやはり教えなくてはいけないのか。
 VITAの中は教育の場である。特に妻のいない僕と娘だけの時はなおさらの様な気がしてならない。僕が小さかった時、死んだ父や老いた母との会話から教えられた、盗みとったアレを娘にも僕の形で継承させたい。だから少ない時間で出来るだけ核心に迫る会話を考えるのだが、僕の核心はみんなぼやけていて自らの答えがないまま中途半端に車中を漂う。それに僕の核心と娘の核心の間には半導体のような確執が半透明に横たわっているように感じる時もある。
 当然だけど僕のVITAは動くから、天動説的に周りの景観が流れて変わる。フロントガラスはもとより車中の四方が3D映画のようにたえず新しい物にすり替わる。時系列な景観からはいくらでも触発がある。あるはずだ。それもこれもすべてこちら側の心構え一つで変わる。という有り難いお話を思い付いたのに娘はいっこうにVITAの外を今日も見ない。夏の紫外線は体に悪いなどとも言い放つ心なえる猛暑の午後だった。


   ●1998年07月08日/水
 朝早くから頭の中で乱数をむりやり発生させて、ただひたすら真か負かを問う作業を繰り返しているようで、ペンティアム的になり下がった仕事の姿勢からは何一つ新しいアイディアは浮かんでこないみたい。いらいらしながらたてつづけに鳴る電話のコール音に気をとられていると、保存したファイルをどこまでも追いかけて、くたくたに果てていく自分の虚像すら頭の中に浮かんでくるようで、最近相当疲れているのね、私。目の前の仕事に集中すればする程、忙しくせわしい時間の中でさっきから時々顔を出しては消えていく朝見たニュース。
 いつもの「花丸カフェ」の恐ろしく平和な時間を何故かBSに変えた今朝、イギリス、ロシア、スペインとヨーロッパのニュースがたてつづけに流れてくる。アフリカはスーダンの餓死していく子供たちがTV画面にこれでもかと映し出されている。スーダンってどこだっけ。僕はチーズがたっぷりとろけたトーストをほうばりながらTV画面に見入っている。牛乳を飲み干す間にまたスーダンの子供が一人死んで乾燥した大地に埋葬されていく。切りたての桃を食べ終わる間にはもう三人くらい。煮え切らないたぶん怒りらしい疑問とか、博愛の精神や神の心を振りかざして真っ向から追求すべき理不尽な問題とか、先進国住人としての理想論とか、居場所のない僕自身のスタンスとか、躊躇する僕のリアクションが自然の流れのごとく出ては消えていく、混乱しそうでしない朝だ。
 この所また忙しくて身動きがまったくとれない錯覚に陥る。ロープでがんじがらめに縛られて荒野に投げ出されているような感じ。食事も思うような種類が摂れず、サソリやコブラにさえ相手にされない無価値の栄養個体に成り下がった様だ。夜をVITAの中で過ごしたり、近所のウォーキングで脈拍120を維持したりしていると、日常の色々の答えがおのずと出てくるものだが.... 最近は降って湧いた問題も充分な処理を見ずまま次の課題へと走り込む己の姿を楽しむ余裕もなくなって、この不景気の中、仕事があるだけでも有り難いのに、と自己破産した友人の言葉にスーダンの飢饉のような躊躇するリアクションを感じる。自己破産って選挙権も剥奪されるんだって。だから今度の選挙に彼の投票権はない。
 冬のスキーからずっと付けていたキャリアバー2本をやっと外したらVITAの顔が基本に戻った。というか少々若々しくなった。髭を剃って髪を切ったら、なんだそんなに童顔だったの、と笑われた昔の自分の様に当分サングラスでも貸してやりたい程に照れくさい顔をして毎朝駐車場にいる。出勤時にお尻でもなぜながらちょっと立ち話でもしてやりたいところだけれど、本当に声が出ちゃいそうで危ない。田中のご主人とうとう不景気で頭が可笑しくなった、今朝も車と話していた、との近所の噂はきっと速い。VITAの中の時間が結構恋しい日々が続く。
PS. 今朝、杉並の狭い住宅街の一方通行、自宅の前を、なんと一台の赤いフェラーリがゴトゴトいいながら通り抜けて行った。周囲には竹ヤブと瓦屋根と木造モルタル2階建てアパートと、ランドセルの小学生と、本日燃えるゴミの日のゴミ袋の山と、カラスと不景気。すごい国だなーと思って可笑しかった。


   ●1998年07月11日/土
 先月の6月26日の日記の続きになるが、フィルムを入れるプラスチックの円筒ケースを出して「あなたのツバキくれませんか?」とせがむ危ない人の出現がここにきて複数になったらしい。今年春からPTAの役員にされてしまった妻が会合から仕入れてきた話によると、危ないツバキコレクターがあちこちに数人現れるようになり、たった22人しかいない娘のクラスでも直接の被害者が4人になったとか。しかしツバキコレクターも同業者(?)の出現でなにかと競争が激しくなり、他の人じゃなくて、このおじさんにツバキくれたら1000円あげるよ、とか言って金銭で子供心をあおる新戦術に出ているとか。目ざとい現代の子供達も、え? 私達のツバキってお金になるんだ、と予想外の価値感見いだしたりして。大昔、輸血用の血を売って生活していた人達がいたけど、もしかして今からはツバキを売って生活出来るかもしれない病んだ時代なのかも。僕のツバキでよければいくらでも差し上げるのだが、売れねえだろーな、ワテのつばきじゃ。とにかくその犯人(?)の一人がようやく捕まったとか捕まらないとか。警察も日夜大変である、その1。
 僕の生まれるずっと前からの大地主一族がいる。自宅周辺のほとんどの土地はもともとその地主の土地だったか、もしくは現在も借地権が続行されているかのどちらかだ。杉並の小さな住宅街ではこんな環境がここ数10年変化なく続いていた。しかし最近ちょっとした異変が起きている。駅前に去年建った僕の通っているスポーツクラブもその先陣を切った一例だが、その大地主一族が所有していた土地がにわかに他人の手に渡り始めている。速い話が切り売りだ。一族の経営していた大駐車場しかり、一族の一部が鯉など飼って贅沢に暮らしていた広大な屋敷しかりで、いつの間にかどっかの不動産屋の手に渡り大きなマンションや建て売り住宅の工事があちこちで一斉に始まってしまった。先代が急逝して相続税の物納が発生したという噂も聞かない。もしかしてこの長引く不景気で、あの大地主一族も自らの膨大な資産をついに維持出来なくなってきているのかもしれないと思うと、コレャいよいよだな、なんて酒の肴でつぶやいてみたりしている。何がいよいよかというと、あの禁断のモラトリアムがです。家のローンも、事務所の借金も、VITAのローンも、自慢じゃないすっけどゴッツウありまっせ、ワテ。ってどうして金の話になると大阪弁になるんやろか? なんて事どうでもいいのだけれど、そんなせわしない工事のせいか、駅前周辺にこれまでにないキナ臭い空気が充満し始めている。警察の目もなんだかキンキンし始めて、今までスポーツクラブに行くときに止めていた路地の駐車なんかも突然取り締まりが厳しくなってしまって、日曜日ですら小1時間も車を離れるとタイヤに白線が付いていたりするようになった。先日の休みも何だか不吉な予感がして、1時間200円も払ってスポーツクラブの駐車場に泣く泣くVITAを入れて3時間後、路地を通るとほとんどの車にあの卑劣な駐車禁止ワッカがかまされていた。警察も日夜大変である、その2。
 自宅の1Fはアパート4室にしてあるから若い人ばかり4人の上で僕達親子は暮らしている。だからそれはそれはほとばしる様な情愛のすごい音が深夜に聞こえてきたりする。またまたそんな事どうでもいいのだが、金曜の夜ともなると男には女、女には男と色々ご来客があるのだが、その彼女彼氏の車が自宅前の一方通行にズラリと並んでしまうとちょっと目立つ。その上ちょっと先のアパートの来客も並んで駐車したりするから、近くで葬式でもあるのかしら、と思うほどの縦列駐車が深夜の自宅前に出来ていまう。そんな時には必ずと言っていいほど赤色灯。どこからともなく出没するパトカーが一台一台調べては無線など使うものだから気になって寝てられない。それにタイヤとアスファルトに一応チョークなどで割り印して立ち去ると、その後がまた大変だ。一部始終をカーテンの隙間などからうかがっていた各部屋の来客人が一斉に表に出てきて車を動かすものだからガヤガヤしちゃって。警官もそんな事は予測済みで、坂の上の遠くからライトを消してその様子を見ていたりする。警察も日夜大変である、その3。
 警察も日夜大変である、ってイヤミをこめた言葉にしようかと思っていたのだが、なんだかこれじゃ、ご苦労様と感謝している雰囲気になってしまった。でもまあいいか。というのは、家の前の駐車群を調べていた若い一人の警官がなんと事もあろうに、我が駐車場の我がVITAのルーフの上で、薄っぺらい紙にボールペンのような堅い物で何やら書いているではないか。しかも時々肘をリオベルデのあちこちにつく度に軽い金属音が発生している。制服に付いている笛か拳銃か何かがVITAの肌をつついているのだ。深夜のお巡りさん、大変でしょうけど、ワテのVITAにそれだけはやめて下さい。というイヤミの意味を含めようと思ったのだが。
 PS. またもやあの独特の「北の家族」が始まるらしい。よせばいいのにうちの妻子は楽しみにしてやがる。あの「あーあー」という主題歌を聞く度に僕の残り少ない生命力は一段となえて、歩く目線が限りなく地面へと落ちる。「北の家族」フェチというかファンの方にはすみませんが、北海道好きですけど、あのドラマもういいんじゃないの。VITAで外に出る口実にはなるが。


   ●1998年07月14日/火
 3年に一度、運転免許証の更新の講習会で見るビテオ映画。その最後の方で、シートベルトの着用についての質問。「普段シートベルトの着用は必要だと思いますか?」〜うんぬんの質問に教室一杯の80人の受講者が一斉にボタンを押す。四者選択です。1「着用が必要」2「着用しなくてもよい」3「高速道路のみの着用でOK」4「自宅の近くは着用しなくてもよい」。教室の黒板の上の電光掲示板に回答者数が即座に出る。1番の「着用が必要」が76名。3名が無回答。そしているんだよねー、こういうヒネクレ者っつうか、どうしようもないお方が。4番の「自宅の近くは着用しなくてもよい」が1名。教室中、またもや爆笑である。その他の質問でも、「狭い道路での歩行者への対応は?」では「スピードを上げて横を素早く走り抜ける」に1名ランプON。「頭から血を出している被害者が大丈夫と言った場合は?」に「すみやかにその場から立ち去る」に1名ランプON。大ボケかますふとどき者のランプが付く度に受講者達は大爆笑し、壇上の講師だけが一人平常顔を保つ。毎回あって慣れているのでしょうね、こういう人と事。
 3年前は誕生日をとうに過ぎて運転免許証を失効してしまった。だから今年は絶対落としてはならない更新日。免許証を手に入れてから26年間、自慢じゃないけど講習会無しの組に入った事が一度もない。次回こそはと無事故無違反を続けていたのに、去年のVITA麹町署事件で立派な駐車違反をいただき、今年もブルー組で3900円の更新である。東陽町の試験場は日曜日の早朝から長蛇の列で4割程度が女性。なのに階上の講習会ブルー組には80名中、女性が3人しか見あたらなかった。いかに女性が無事故無違反かという証明なんだろうが、しかしここの女性3人はすごい。3人別々の知らない者どうしなんだけど、兄弟のような共通点。チャパツ・顔黒って言うの?・ジャラジャラ携帯・高コルクサンダルで皆さんスリップドレスである。これで背の高さが同じなら誰が誰だか見分けがつかない程で、僕の知ってる昔アイビーでならしたハードボイルドのオジサンに是非会わせて意見を聞きたい位の素敵な若い女性達だった。でも最近あのオジサン日和ってNIKE履いてPHSの事、ピッチなんて言い慣れてるしなー。
 しかし彼女達の変な所というか、興味深い所は、大ボケかますふとどき者のランプにいちいち反応しなかった点だ。若い20歳台から60歳台の男達が爆笑する中で彼女達は身を揺する事もなく黙って時間の過ぎ去るのをじっと待っている虫の様であった。冷めている時間を事務的に制度として割り切って座り続ける彼女達からは、何でも楽しみに変えてしまう男どもの公共性なんてどうでもいい事のようにしか見えないのかもしれない。こんな講習会からは何も生まれないし、きっと何も起こらない。そんな可能性のない場所と時間の中に身を置く時の彼女達は、何が起ころうとも眉ひとつ動かさない程に無関心でいられる。そんな冷たさをブルー組の女性に感じて少々寂しく思えた。僕の周りの違反ばかししているどうしようもない車好きの女どもはみんな嫌になるほど好奇心旺盛で能動的な女ばかしだからかもしれないが。
 運転免許証の更新と共についに本日をもって45歳になり下がってしまった。四捨五入というファジーな計算を垣間見なくても逆算の秒読みは心のどこかで既に始まっているようだ。本来は娘に教えなくてはいけないとVITAの中で先日思った「瓶に半分残ったウイスキーを見せて、もう半分しかないの、を、まだ半分もあるし、に変える人生の機知」を一番必要としているのは今の僕かもしれない。今日はいつものNIKEのコルテッツをやめて黒の革靴を履いて出た。去年の9月、VITAのAT or MTを悩みに悩んで結局ATにした理由が何故か解けた気がする不思議な本日夕方だ。


   ●1998年07月18日/土
 寝室の窓を開けると手が届きそうな距離にNTTのPHSのアンテナが3本も立っていて32kの寝室モバイルも完璧に可能なのだが、なんせ通信費がかかる。だから20mの電話線買ってきてNECモバイルギアに差し込んで家の中を引きづりまわしている。人よんで家庭内モバイルだ。SPEEDのテレワイズにもちゃんと入っているのでこれだと5分間たったの10円。これが一番安いモバイルの形だと自負する度に、娘の活発な足が長いモジュラーコードにからみつき、妻のばかにしたような俯敢目線が昨夜の僕を襲う。だもんでしょうがなくVITAの中へとおずおずと液晶かかえて今宵も入り込んでいくのである。キーを回すとおりこうさんにも今日もVITAのエンジンすこぶる調子良し。文句も言わねば見下しもしないフトコロが実に深い相棒なのである。ちょっと走っておもむろに携帯繋ぐと今夜もWindowsCEの青淡い液晶がVITAのフロントガラスを微少に照らす。こんな危ない秘め事感覚はモバイラーじゃなければちょっと理解してもらえないだろうが。
 45歳の誕生日のプレゼントに杉並区から「胃癌の検査」と「成人病の検査」の無料チケットを頂いた。慣れきってしまった慢性胃炎を除くとありがたい事にこれといった自覚症状はないが、せっかくなので先週予約してしっかり受けてきた。気持ち悪くなる程の量のバリュームを飲んで、違う星の人になったような、清い人に生まれ変わったような、キリスト様に大事なものを捧げたような、美しく、食べてしまいそうな、ひとかどの白いウンチを落とした。きっと広末涼子みたいな子はこんなウンチを毎朝スープを飲む前にするんだろうな、と慌てて駆け込んだ駅ビルのピンクの便器の上で孤独に思う。スープじゃなくて起きがけのハイライト一服の前かもしれないが。
 検査の結果が今日自宅に封書でもう届いていて、少し早すぎる送付時期と親展という仰々しい判から、ちょっとヤナ予感がするんだけど、なんて前置きされて妻が目線を外して渡す。何なんだ。無関心を装って幾分乱暴に開封すると、中から紙きれ一枚。異常はありませんでした、の1行下に小さいゴシックで、検査日の段階での異常はありませんが、今後の保証は何もありません〜なんてわざわざ書いてあった。しかし意外にひと安心。
 深夜のVITA with Mobileには当然のごとく何の必要性もない。ここ数ヶ月、どこもかしこもみんなメール・メールの連絡網で、確かに多くはなって来ているが数時間を争うような緊急のメールなど、今の我が身に届く訳がない。だからこれはただのモバイルごっこ。23区内に住む僕の実生活の足になんら必要性がないVITAと同じ次元の遊びなのだ。忙しくなるとますます駐車場に静止する趣向品VITAの中で、便利だけど実用性がまったく無いモバイルで悶々と昼間の清算をする僕を照らす街灯に癒されながら僕は着々と今週も歳を重ねている自分を意識する。Infoseekの検索フォームに今度は「白いうんち」と入れてみた。
 PS 本日昼間、事務所に向かう早稲田通りの対抗車線でなんとデミオのタクシーを見た。あのテの車でもタクシー出来るんですね。大昔、2ドアの小型タクシーにグアムで乗った事があって、手を上げて止めたら運転手がいきなり降りて前のシート倒したのには笑いましたが。これってもしかして何かの規制緩和から実現した事なのかしら? 初乗りはいくらなのだろうか。そうすると、VITAのタクシー、ってのも今後可能性あり?


   ●1998年07月22日/水
 事務所の近くの有名な病院が半年程前から建替え工事に入っていて10階はあったろう高い建物がほとんど影も形もなくなるまで取り壊されてしまった。おかげで日を追ってだんだんと見通しがよくなり、青い空がより青くその姿を現わし健全な景観に戻っていくようで、近くの通りを歩いていても実にすがすがしく開放的な気分になるようだし、PHSの伝搬も心もち改善されたような、かなとも思う。3階以上がとり払われた頃だったろうか、その向こうに何やら白い座布団のような柔らかい物体が見え隠れするようになり、あれは一体何だろうと異変のまなざしで擬視するとなんと松井の東京ドーム。普段見慣れぬ異様な物体が突如現れるとなかなかの驚きで、そのキルトの座布団のような、浅草モナカのような、見慣れぬ姿が周囲に定着するまでかなりの日数を要したのを覚えている。しかし、でも、やはり、結局はいつか見慣れてしまうのよね。
 そんな日常になり下がった風景を購入からそろそろ1年が経過するVITAの中にもそろそろ感じるようなって来ている訳だから、より新しい触発を今更VITAに期待しても少し酷かなと思いながら駐車場に降りてリオベルデのドアを開けると、僕のVITAにまだまだ新車の香りが残るのは何故? いくら煙草を吸わない僕であっても、去年の9月末にやって来てそろそろ10カ月が経つ月日の中でまだ4000kmしかいかないオドメーターと新車の香りが語る胸の内はきっと、まだまだ私いけるわよ、といった僕に向けられた微かな主張かもしれないと解釈するのは少し危ない擬人化美学であろうかとも感じるが、まあいいや。
 と、ここまで深夜の3時に雨の音を聞きながらベットの中でWindowsCEの液晶を頼りに書いている僕の血液を吸いに1匹の蚊がさっきから攻撃してくる。プーンと最初軽くかまして様子を伺って暫くしてからが彼か彼女の生死をかけた本番のようだ。2回目に近寄ってくる時は、完璧に命をかけている的な飛来。おまえもそこまで己を強いて俺を吸うのなら、俺も協力しようと軟らかい腕を差し出すが一向に僕を吸ってくれないで、隣寝の娘の方にホコ先を変える。そう出られると僕の方も日本脳炎のアカイエカの連想もあるしで深夜の大格闘会になってしまいヘトヘトの朝を迎えた。
 見慣れてしまった風景や、続け過ぎた仕事や、付き合い過ぎた人達の中から新しい日常を探し出し、創り出す能力にかけるのであろう僕なのに、仮に無人島などに一人で置き去りにされても立派に楽しみを見つけて生きて行ける自信があるのは何故だろうか。ワガママで協調性が無いと非難される度に、他人に依存する部分が少なすぎる自分を善意に自負する僕としては何としても今の慢性化したVITAの空気を新しい物に変えなくては自身の収まりがつかない。徹底した擬人化の中に浸り込む手もあるらしいが、僕の薄い想像力では現実の果ての柵までが精一杯だと思う。
 現実の中ではいつも堅く重たい個体で、固定的に見えるVITAは変わる術をたぶん知らない。だから僕が変わらないとすべてが旨く進行しない。だからだから僕は変わる、変わりたい。我が身の何処を削り落とせば、どんな代償を払えば新しい世界に分け入る事が出来るのだろうか。VITAはその初めの一歩だ。ある程度のギリギリをたえず胸に秘めて生きないと孤高な蚊にもなれない自分の醜いコピーをVITAに、娘に、妻にいつか見そうである。


   ●1998年07月25日/土
 ウィークデイの午前中はいつもFM東京のDJ坂上ミキで、数日前、インドの携帯電話事情のトークがあった。アメリカの都市なんかと比べると日本も驚異的に電話代が高いと思うが、とにかくインドは目の玉が飛び出る位に携帯電話の通話料が高いらしい。だからインド人もびっくりのインド人はほとんどポケベル的に使用しているという。相手の携帯を発信者番号通知で鳴らして、受けた側は液晶上のかけて来た相手の番号に、自分の携帯を使わずに近くの公衆電話でかけるのだそうだ。なんだか今の日本の環境なら変な恥ずかしいような話だが、あのインド人なら、とうなずけなくもない。
 それほど高い通話料の携帯らしいが、これが飛ぶ程に売れているらしく、もうインドでは機能よりもステイタスなんだって。持ってる人はポケットに忍ばせて歩くんじゃなくて、ホレホレホレと手に握りしめて闊歩するのだそうだ。何となく笑ってしまいますが、レストランになんか入るとまず、俺も持ってますよ、と言わんばかりにまずテーブルにドカっと置くらしい。そういえば数年前のバブルの時にも結構いましたが、こういうヤング・エグゼクティブっつうの、六本木とか赤坂とかのカフェや高級食べ物屋に、アルマーニ的に。しかし実は僕も人の事言えませんがの携帯類電子小物好きみたいですが。
 そういえば、とまた思い出したのが11月08日付の元社長の事。誘われて近辺の高級スナックなんかにお供すると、まず階段を降りていくあたりからもうポケットの中の右手がジャラジャラ音をたてている。扉を開けて店の奥でカラオケ歌う常連に、ヨォ、なんて田中角英風に上げる指先には既に例の金属群がからみついている。席に付いて女の子が隣に来る頃にはちゃんと灰皿の横に存在するあの大自慢のキーホルダー。まずポルシェにベンツでしょ。アメ車系や日本車の高級どころはさておき、まずはフェラーリのキーなんぞをチラチラさせて、横の太鼓持ちの僕に目線を送っては必ず、これフェリーニじゃなくてフェラーリ、って言うんだよな、確か。要するに車だけじゃないのよ私、って冗談なんでしょうけれどネー。しかしそんな今を思えば懐かしいバブリーな時代もとおに過ぎ去ってしまい、会社倒産・魔の債権者会議・自己破産・家族バラバラの憂き目に合われたその元社長の元奥様をとあるソバ屋さんで見かけた。お客さんではなく仲居さんというかウエイトレスというか、そこで働いておられた。確か過去に働いた経歴をお持ちでなかった方で、ブランドの財布に入るアメックスのゴールドとダイナースの家族カードだけで生活しておられたような女性だった。だから正直驚いた。今でもやはり美人でしたが。
 こういった類の話は今や僕の周囲では全然珍しくなくなってきている。以前はヒソヒソと禁断の噂のように口から口に小声で伝わっていった倒産悲哀物語だが、今やどこにでも転がっている世間話になり下がってしまった。中小企業や零細企業を全身で背負う社長さん達が集まるともう当たり前の会話だ。まして中小企業群が業界の隅をガッとすくって、その指の間からかろうじてこぼれた水を集めて飲んでいる僕なんかがどうにか生きていられるのが不思議な位の景気状況である。ちょっと暗い話だけど、ちなみに千代田区の国民金融公庫の貸出窓口の周囲10mなんてすごい状況ですよ。娘の様な若い担当者に泣き叫んで土下座する経営者がいたりして、もし僕に貸せる金があったら本当に貸して上げたいと目頭が熱くなったりする。こんな事はVITAと何の関係もないんだけど。
 空前の好景気で数1000ドルのワインが連夜空けられるニューヨークのレストランのCNNの残像を頭にちらつかせながら、正確に言うと1分10円もするPHSデータ通信料をせっせこNTTに払い、まだいっこうに明けぬ梅雨の蒸し暑さの中、事務所に向かう道中は新宿区・早稲田通りのとある路肩上、ハザードが点滅するクーラーが程良く利いたハイオク満タンのVITAの中で、さっきから無心に子供のようにこの文章をアメリカのサイトにFTPしている僕の45歳にもなる大人度というか完成度はどの位のものなのかを冷静に判断すると、きっと私は失格。でしょうね。信号で止まる対向車線のバスの乗客のほとんどがVITAの中の今現在の僕を見て、そう言っているように僕には見えた。ところであのインドでもVITAはこんな風に走っているのかしら。


   ●1998年07月29日/水
東京アパート事情 その3
 アフリカ系黒人達が占める向かいのアパートの隣のアパート。ここの2Fフロアには若き音楽家のタマゴが住んでいる。なんていうと何だかニューヨークあたりのジャージーな匂いがどことなく漂うが、当然ここは東京・杉並の木造モルタルアパートの小事情である。毎夜帰宅する僕が自宅のドアを開けながら何気なく振り向くと、そこにはいつも小室みたいに楽器と格闘する彼の凛々しい姿が明かりの中に孤独に見える。もちろんその向こうには、畳と砂壁とガスコンロとティッシュの箱もちゃんと見える事は見えるのですが。
 ヘッドホーンを頭にYAMAHAのキーボードやサンバーストのストラットキャスターに集中する彼を見ていると男の僕でさえ惚れ惚れしてしまいそうな髪の掻き上げ方を時々するもんだからそれはもう大変だろう。何が大変かというと、もちろん女性にもてて大変だろうの意味。ダウンタウン流の下品な言い方をすれば、それはもう下半身が乾く暇がない程大変だろう。こんなの私の知った事ではありませんね。
 たぶん彼の部屋に来る女性だと思う。週末になるとやって来る彼女の所有する紺のオデッセイ。彼女も良いが、この紺色がまた実に良い。僕が今まで見た事のある紺色の中で一番好きな紺だと思う。 VITAのポーラーシーブルーよりも好きだ。そのオデッセイがいつも止まる定番の位置に今夜は何故かその先のアパートの黒のスパシオが止まっていてしかたなくうちの前に駐車している。そしてこの紺に対してマゼンタとイエローを単に逆にしたとも何とも言い難い複雑な緑色をしたマーチがその後ろに止まっている。このマーチはA子さんのだ。A子さんは自宅の下のB号室の若き住人C夫君の彼女である。なんだか複雑な今夜の縦列駐車だが、要するに大事なのはA子さんが今夜も下のC夫君の部屋にマーチで来ているという状況だ。
 1週間程前、A子さんはC夫君の部屋で悲鳴を発した。1回目の悲鳴で2階の僕達家族はその異変に気づき食事のハシを置いた、2回目の悲鳴と共にC夫君がA子さんをののしる激しい台詞で喧嘩だと理解し、3回目の悲鳴で僕はその若き喧嘩を止めにしかたなく階段を降りた。出て行け・行かない、貸した金を返せ・借りてない、別れる・別れない...を叫ぶ二人の声には酒の力も充分に入っている様子。こりゃ穏やかに言ってもこいつら聞く耳無いなと、窓越しに一喝。すると、こともあろうに大家の僕の最初の一喝にC夫君はなんと、うるせェー、と返して来た。かなりビールの入った僕の脳もこうなっては治まりがつかない。うるせェーのはおまえらだろう、警察呼ぶぞ、で反論。その後は、貸し主(乙)の僕と、借り主(甲)のC夫君の、乙甲血みどろの争いになってしまい、それに最終的に止めに入ったのが第三者のA子さんという何ともしまらない、大人げない結末にしてその収拾をやっと見たのであった。
 しかし1時間後に玄関のチャイムが鳴って、律儀に謝りに来た二人を前に、社会の荒波で揉まれて来たはずの中年の僕がいみじくも言った、「若い時分は色々あるからね、俺もそうだったし、以後気を付けてね」にはまったくの説得力がなかっただろうと思うと情けなくて、一体僕の今までの時の積み重ねは何だったのだろうかと頭を深く垂れる人になっている私が数時間続いた。つづく。



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