●1998年08月01日/土
東京アパート事情 その4(その3のつづき)
 自宅周辺上空20メートルには毎朝のようにどこからともなくカラスが集結する。起きがけに眠気マナコでボーっとカーテンなど開けると、直近で黒い大きな生物がじっとこっちを見ていたりするから心臓が止まりそうになる朝がある。ひとの家のベランダで偉そうに開き直って人間を直視するから少し脅かしてやると、ひるみもせずにクチバシで逆に僕を威嚇する鳥。あいつらの口の中から喉にかけての内臓の色はピンク。黒が20パーセント位混じる本当に恐いピンクだ。
 飼育の愛などにはまったく飢えていないあいつらの目的は一つ。もちろん我々の出すゴミだ。だからゴミがやられる。特に生ゴミ。燃えるゴミを出す曜日の月・水・金の朝、餌になりそうな袋だけを見定めて近くの電線などからピンポイントで襲う。だからカラス飛来の朝は自宅の前の道路上がゴミの散乱場と化してしまう。しかもここは南北の抜け道となっているので、散らかった生ゴミの上を何台もの車が通過し、見るも臭うもさんざんの朝の惨状となる。駐車場のVITAのルーフやフロントガラスにもどこかの魚や卵の生ゴミが付着していたりする。煮えくり返る光景だ。隣のトマト畑の農家にとっては即、生活の問題ともなる。
 先日カラスで散らかった道路を掃除して下さった近所のおばちゃんがうちのチャイムを鳴らして玄関で一枚の紙切れを見せた。カラスが食いちぎってばらまいた生ゴミの袋の中に階下のB号室の住人C夫君宛の伝票を見つけたらしい。しかもこのゴミの袋は2日前から道路に出ていたとの事。要するにゴミは決められた日の朝に出せ、それを守らないヤツは死刑だとは言わないが、せめて自分で掃除させよ。との腰の入った命令に近いクレームだった。それを承った妻は何故か僕に振る。責任のある大家の僕は何度もC夫君の部屋をノックするが応答なし。しょうがないのでホウキとビニール袋を抱えて僕が散らかった道路に出た。
 C夫君の出したゴミ袋はズタズタに引きちぎられて中身がまる出しだ。あちこちに散在する彼の生活をみているようでもある。ゆうべ何を誰と食べたかも容易に予想できそうだ。燃えるゴミと燃えないゴミが混在する中から一枚のメモが出てきた。「C夫へ、今日も仕事頑張ってね。お酒は体に・・・・それから先週はごめんね・・・・ A子」ってな内容。文章の最後は先週の喧嘩の後のA子さんの気持ちの揺れが正直に書かれていた。僕はこのメモから彼女の実名を初めて知ったのだが。
 今日もいつもと変わらぬ土曜日だ。寝室の窓から下を覗くいつもと変わらぬ週末の朝が見える。金曜日の夜から止まる紺のオデッセイと緑のマーチにはまだ動き出す気配がない。マーチの後ろにはこれまたいつものシーマ。またその後ろには白のファミリアが止まる。どれもこれもナンバーを覚える程の見慣れた駐車だ。前輪の切り具合や路肩への幅寄せ具合でその夜の彼女彼氏達の一泊の決意が見えるようだ。朝食をとってしばらくすると階下で自転車の倒れる音がした。しまい忘れた娘の自転車を片付けるA子さんの姿が窓の下に見える。A子さんがマーチの中に消えると同時に向かいのアパートからはギターケースを抱えた若い二人が紺のオデッセイに向かう。なんだかラブホテル街のチェックアウトのようでもあり小笑。マーチとオデッセイの車間は1mに満たない。マーチが出ようとすると前のオデッセイがスーッと3m程前に移動した。
 これが今朝の東京・杉並・自宅前でのありふれた週末の光景。今現在でも世界中の住宅地で同じような事が行われている現実性を想像すると何故か時間と場所の関係がおかしい。ちなみにC夫君・A子さんは仮名です。しかし、放置され散らかったゴミの中から近所の誰かの使用済みのスキンなどが出てくるケースも数多くあり、そんな物体までが愛しいVITAのルーフにカラスによって上げられた朝を見る事もある。そんな一日は実に心身が重い。


   ●1998年08月05日/水
 顔が良くて金も地位も持っていてどこに出しても恥ずかしくない男と付き合っている女を横目で見て、顔も悪くて無一文でもちろん平民でその辺に出してもちょっと恥ずかしい男と付き合っている女の本心の差額はどう彼女の中で吸収されているのだろうか、と考える事は邪道なのでしょうね。事務所の近くのJR飯田橋駅の前には6差路の交差点があって、歩道橋の上から昼休みの視線を下に送ると梅雨が明けた熱風の中、超短くわえ煙草のリヤカーを押しているみすぼらしい男が一人。その背後で行く手をふさがれた薄茶系メルセデスのSではないEが派手にクラクションを鳴らす。よく見るNYの貧富の対称絵のような状況を誰しも頭に描いたはずかも。人間の寂しい光景であるかも。News Weekの表紙写真に使えるように望遠で撮ればなんとかなるかも。メルセデスのリアシートとリヤカーの差額を埋めるための何かがお互いに必要なのか、と考える事もきっと邪道。あらゆる変化の中で何かを感じなくてはいけないという慢性評論家気取り熱も邪道。だとしたらこの暑い日々の中でどうすればいいのでしょうか、と直ぐにあきらめが付く程に暑い。
 暑い夕暮れをビール欲しさに近所を走っていたら急にエンジンが止まってしまった。先日の日曜日の事。旧早稲田通りからエンジ色に近いGLSが若夫婦を乗せて下って来て、左の助手席に座るたぶん奥様と左の運転席に座る僕の目線がピッタリ合ったので、信号点灯と共にすかさずその後尾に付く。しばらく直後を縦併走して、あの旧オーム杉並道場跡に差しかかる頃に音もなく我がVITAのエンジンは無力になってしまった。30〜40Km/hを通常のDレンジだからたいした回転域の出来事ではないが、それにしてもこういう事って何だか気味が悪い。出所不明の強烈な電磁波を浴びて知らない間に被害者にされた意識さえ涌くようだ。一番あとを引く不安は、また止まったらどうしよう。一度ある事は二度ある可能性が強い。人間と同じである。
 確かに色々の原因があるし、少なくてもあと数回の同症状が出ない事には対処のしようがないと思うと、次の2回目が恐くてなかなかスピードを出せないでいる。エンジン停止でフットブレーキも弱足でままならず、サイドブレーキで止めるも限界がありそうだしと週末の遠出の予定に不安を感じる。僕のVITAは97年秋の購入。ROM交換車以後の車だとヤナセは今日の電話で言うが、20数年間、車に乗り続けて数1000回転域でエンジンが止まったのは初めての事。なんだか昔のキャブの時代が懐かしくなるほどに単純が恋しい。
 路肩に停めた動かなくなったVITAの中には止まったような長い時間が流れた。右を追い越していく車中の顔がスローモーションで映る。不審と好奇心が入り交じった顔が次から次へと追い越していくようだ。ビルから飛び降りて地面にあたるまでの凝縮した時間を経験しているみたい。数分我慢してキーを回すとエンジンは復活した。しかし、この音もない数分の空白に出てきたものはもしかして信じていいもの? 大小の差、貧富の差、身分の差、肉体の差、経験の差、美と汚の差、劣等感と優越感の差、ポルシェとVITAの永遠の差額を埋める何かを探す前に。
 エンジンが復活した直後、路肩の僕を追い越して行ったタクシーの車種はハイエース。初乗り660円と長い大きな窓に書いてある。先のデミオのタクシーといい、今の東京の深層で何かが知らぬ間に変わっているような気がしてならない。
  


   ●1998年08月08日/土
 ハラ満腹で千葉の九十九里に居る。太平洋の海原の音を聞きながら樽になった満腹を深夜にさすると絵に書いたような経済先進国の不景気の夏休みの様相が目の前に広がるようだ。来る途中で立ち寄った出光でVITAにハイオク満タン一発。いちげんの客に気持ち悪いほどにサービスがいい。しかしバブル時にハワイだニューカレドニアだと騒いでいた連中のダウンサイジングも千葉だ。九十九里の海岸にズラリと並ぶメルセデスやBMW7シリーズの隣に止めて海の家に入ると、大人一人1000円の席料で飛ぶように売れるカレーライス800円。温水シャワー400円を浴びてビールをあおると水平線の彼方にはダイヤモンドヘッドがそびえ立つようだ。
 水田の真ん中にストレートに走る県道の脇にあるヤナセの黄色い看板。横をすりぬける我がVITAに視線が集まる店内には赤と紺の新車のVITAがある。冷房が効いたテーブルの上には氷が溶けたアイスコーヒー3つと、契約書1枚。乳児を連れた水田の若夫婦に愛そうがいい営業が汗を拭くハンカチは白。この水田の中のヤナセでは1カ月にどの位のVITAが売れるのだろうか。流れるように動く夏休みの一コマが、時々現れる街道ぞいのおどおどしいラブホテルの塊に遮断されては止まり、また動き出す。ああ休日だ。透きとおるような緑の水田に陽に疲れた視線が重複すると、田んぼの畦道から予想外の赤のVITAが突然前に現れた。アクセルの足首に思わず力が入る。雲の中から突如飛来した敵機との空中戦のようだ。赤は我がVITAの執拗な追撃にあい雲の中に速度を上げて右折して行くが、私たちは無念の左折だ。残念だが、こちとら家族を載せている警護の身、深追いはせぬ。
 展望浴場は6Fにある。太平洋のパノラマが眼下に広がる湯舟にフヌケに浸かりながら何を考えるかといえば何も考えない開放の短い夏休みが始まり、全裸100パーセントで望む曲線の水平線に毎年のように将来を見つけるが、当然のごとく何も見い出せない湯煙にふやける私の体だ。人生何回目かの夏休みを海で過ごし、いつも豪快な太平洋にごまかされそうになるなえきった精神を救ってくれる人は自分だけだと改めて気付く何一つ毎年変わらない普遍的な夏を感じて初めて真の夏休みを実感する。煩わしい事が一つづつ消えて行く。それにしても娘達が見るテレビがうるせえなー。しかしこんな防風林の中にポツンと建つカンポの宿でPHSが使えるのは何故なのかしらね。どうしても連続ドラマをかかせない彼女達のすぐ横で、どうしてもインターネットを外せない僕がセンベイ布団の上でWindowsCEの慣れきった手順でFTP。その外には太平洋の波が暗闇のテトラポットに弾けているまあまあの a Day in the Life.かもしれません、って毎度誰に言っているのか。
 廊下の共同トイレの端の窓から遠くのセブンイレブンの光が見えた。今やどこにでもある24時間営業。下の駐車場の端の端には羽を休める緑の夏のVITAが一台。どうみても俺のだ。明日は南の違う浜に行く。ってもここはどうみても日本の千葉の九十九里だし、妻の背中は虫にかまれて昼から赤く腫れ上がっているし。あー、もっと日常から離れたい私を蹴って下のVITAで一人逃げようかしら、の衝動にかられた。


   ●1998年08月12日/水
 夏休みもいよいよピークかな。東京を走る西武線も地下鉄もガラガラで朝の8時台で座れるしまつ。海から帰って来たての余韻と昨夜のスポーツクラブのやりすぎで、僕の夏の頭はフヌケだ。調子にのって「レッグ何とかプレス」を6セットもやってしまい朝から大事な両手が持ち上がらないし、いつも持ち歩いている愛用のボールペンはいつぞやデズニーランドで買ったヤツで、頭にミッキーマウスのノッチが付いている。昨日か一昨日かそのミッキーの黒い片耳がもげてしまい何とも可哀想な愛用ペンなのだが、どうも無意識にかじって飲んだらしい。ミッキーの耳を消化している僕の腸からは今のところ何の応答もないが、いつウンコになって出てくるのか楽しみにしながら、ガラガラの電車に座って気だるい足を組む。
 地球上を走り回る道具としてはかなり不自然なカタマリが二つ、朝から家の前の一方通行を下って来る。一つ目は確か先日も通った真っ赤なフェラーリ。ゴトゴト車体を揺らせながら地面スレスレを舐めるように動いて行った。機敏なのかバカなのかシャープ過ぎるのか、進行方向に対してノーズの向きが微妙にブレる。緩やかな右へのカーブを左路肩の電柱スレスレにトレースして行く。
 暫くしての二つ目は何と黄土色のロールスロイスである。リアシートは空。運転席には若い女性というよりもたぶん18か19の女の子が座ってカッと目を見開いてステアリングを握る。その横にはたぶん父親なんでしょう40から50の男が影のように座る。変なの。変な朝だ。生ゴミ回収日の水曜の朝、またしてもカラスにやられた生ゴミを出勤前に掃く僕の前を数千万円の二つのカタマリが時間を置いて通過して行く。彼らの幅の広いタイヤの溝にどこかの出したスパゲティの残骸が付着して赤く回転した。
 お盆前後の東京はカラだから、VITAでストレスなく動くには絶好の時期だと思う。普段まったくVITAに乗ってない僕だから余計にハンドルを握りたくなるのかな。電車で行こうかVITAで行こうか起床から迷っていたが、スパゲティの残骸を見て今日は取りあえず電車で出勤する事に決めた。何でだろう。
 電車に座って足を組んでボーっと夏してると次の駅で左に一人。その次の駅で右に一人。いつの間にか美しいと想像できる女性に両サイドを固められた。顔を見る暇がなかったから。しかし左右のスカートから出る足は法の存在を意識するほどの造型美で、すっかりミッキーのウンコの事など忘れてしまう。このエロオヤジ、と思われないようにじっとしながら眼球だけをゆっくり動かしている自分を「情けない」なんてちっとも感じない僕は、朝の番組「やじうまワイド」が8時直前に流す星占いのいい加減さをつくづく実感する。だって蟹座の僕の今日は確か最低のはずで、金運・仕事運・恋愛運の三拍子揃ったパーフェクトが出た日はいつも決まって最低だから。もしかしてこれって逆説で今日宝クジを買えば僕もNew BMWに乗れるかもしれない、と思いながらこの逆説を信じて意識的に両隣の顔を見ずに電車を降りる。降りる直前に右の女性の携帯が鳴っていた。SMAPだった。
 日本国中お盆の今、気を抜かねば、だらけねば、さぼらなければ、一年を通して一体いつ楽が出来るのだろう。こんな余裕が街中に漂っているからなんだか嬉しい。昼休みに入ったガラガラのドトールで近くのOLがバカ騒ぎをしている。まるで飲み屋のノリだ。お得意様に納品に寄っても既に7割の机がひっそりとしているからいつもの緊張感がない。だいたいメーリングリスト以外のメールがない。明日で済む事はあえて今日しない開放感を持って目白通りの歩道橋に立つと眼下に止まるサンルーフの中でいつものガス検針のオバチャンが気持ちよさそうに昼寝をしていた。僕はこの人の名刺を確か持っていた。だから?
  


   ●1998年08月16日/日
 妙に十代のようにセンチメンタルになったり、大学の学者のようにちょっとインテリジェンスに話すと、またまたまた、と言われてしまう。かといって、ヤクザ風にすごんだり、乱暴な口調でぶっきらぼうにしても、あんまり恐くないよ、と言われる。僕のどの辺までが人の認めてくれる僕で、どの辺からが僕しか認めない僕なのかが本当は一番知りたいのだが誰も教えてくれない風な顔をしてみんなVITAの脇を通り過ぎていく。みんな人の事などかまっていられないのだ。夏休みもいよいよ佳境に入って自分がどう楽しむかで精一杯の顔をしているように見える。三芳パーキングエリアのルームミラーにも例外ではない僕の顔が1時間も前から写っているのだが。
 黒のかっ飛びレガシーの横にMIYAKOの大文字の赤い大型バスが休んでいる。山の行楽地からの年配の客が集団で降りてきてトイレに向かう。ほとんどがメッシュと堅めのパーマのおばちゃん達だ。そして次は集団で食堂。彼女らの合間をぬってハーレーダビットソンが静かに3台現れた。飾りつけたハーレーの賑やかな色がバスのボディーに反射している。関越自動車道路最後の休憩所、三芳パーキングエリアに夜の帷という見えない区切りが降りてくる時間帯の出来事。好きな音楽を鳴らしながらバイクライダー達の一服を遠目で眺めているといつしか時が止まって、逆さに見ている地図にも気付かなくなってしまう。わけないか。
 ハーレーダビットソンには映画のような白人がまたがって来た。夏休みの三芳パーキングエリアが一段とワイルドに盛りあがって見える。ステッペンウルフのあの懐かしいギターワークとバドワイザーの赤と白が欲しくなる。しかしどうしてあんなにバイク人はすぐに仲が良くなるのだろう。海兵隊のような外人ライダーを中心に日本のライダー達が集まって来る。親指をやたら立てるやつがいる。くわえ煙草の先をやたら天に向けるやつがいる。あの一区画だけが疑似アメリカになっていて、その周りをミタラシ団子と薩摩揚げをほうばるおばちゃんの集団が囲む。
 子犬をつれた老夫婦が前のマジェスタから出てくる。カローラの中のイラン人が携帯電話の取り合いをしている。若い夫婦が黄色いラシーンからおそろいのジーンズで降りてくる。色々な人が混じり交差する夕暮れのパーキングエリアに無上の悦びを感じて揺れる僕の標準の感受性があがいている。あともう少しで東京に戻るセンチメンタルジャーニーの最後の砦で思い切り悪くあがいている。ここは旅の最後の決着を付けて日常に健康的に戻るための不思議な場所なのである。思い返すと夏に入ってここで車を止めるのは確か3回目だ。ここに来たいが為だけに新しい車を欲しくなるような大好きなパーキングエリアだ。決して小説みたいな感傷に浸りたい訳じゃないけれど、狭いVITAの中で足を助手席に投げ出して、赤と黄色のシェルのロゴが点灯するまでじっと遠くのスタンドを見つめていた。このまますべての時が止まればいいのに。とVITAの中で書いて保存して、約3時間後の今自宅でFTPする。実はこの3時間のタイムラグが一番つらい夏休みの終焉だ。


   ●1998年08月20日/木
 丁度一年前の夏、我が事務所になんと現役の国際線パイロットが遊びに来た事があった。前々から航空関係の仕事とは聞いていたのだが、まさかパイロットだったとは。というのは失礼かも知れないけれど、そのご勇姿がどうみても凛々しいパイロットには、しかも華やく国際線のイメージにはお見うけできなかったのである。本当に失礼だったのですが。だってこの人、いつもヨレヨレのGパンとTシャツで変に童顔で言動も下町的で地味すぎるんだもの。
 仕事の話題に触れた時、まず、「航空関係っていうと、整備の方ですか?」なんて質問から入ると、「違います、乗ってます」みたいな事言うから、「じゃあ、パーサーですか、大変ですよね機上の接客って」なんて聞くと、これにも「いやいや」なんて答えるから、まあ百歩譲って「そうか、機関士っていうやつ? 操縦席の後ろにいつも座って、エンジン系の計器パネルなんか見てる人?」って、はなっからパイロットなんてイメージ頭になくて失礼しました。そしたらしびれを切らして「○○航空のジャンボの副操縦士してます」って証明の名刺まで頂いた。
 人は本当に見かけによらないものだと、その夜妻と大笑いした記憶があるが。その彼は小さい時から何故か乗り物が大好きだったと言う。自転車からオートバイ、次は当然の四輪で、最後は飛行機にまで行ってしまった訳だ。僕の好奇心マル出しの質問にも嫌な顔せずにその若き執着を語ってくれた彼の目は一年前の暑い真夏日にもかかわらずイキイキと輝く様だった。確かウーロン茶1杯で3時間位も話し続けてくれたように記憶する。またもや失礼ながら容姿はまったく異とするが、映画ライトスタッフのイエーガー(って言ったけ、テストパイロットの)の生い立ちと重なるような青春の過程を想像させる身の上話だった。もちろんハンバーガーとおにぎりの違いはあるが。飛行機に乗る今でも休日の楽しみはオートバイと車だそうで、事務所の外に駐車したバイクの取締まりを気にしながら、数台の車とバイクを保有する維持費と、奥さんの原動機に向ける厳しくも優しい目と、現職国際線パイロットとしての幸福感と給料総額のバランスについて話す彼はとても好感が持てた。その当時彼が一番ハマっている車は確かレガシーだった。もちろんターボ。
  
 事務所のコピー機をまた入れ替えた。会社を辞めて一人でやり始めて10年弱になるが、その間にリースのコピー機を何台入れ替えただろうか。キヤノンに始まって、今回でリコーが3台目、計4台目である。今の製品は保守もしっかりしているからFAX複合機といえども僕のような軽い使用だとまず壊れない。だったら替える必要はないのだが、なぜかリース料が毎回安くなるのだ。いずれも5年リースで始めて半分の2〜3年も経つと代理店が、新機種に替えろ、と言って来る。毎月のリース料が少し安くなって、しかも高性能になる。しかし今回は現状機種に全くの不満もないし、まだまだ新品時と変わりなく反エコロジー的にも感じ、随分と買替えをためらった。しかし今回の契約はリース料と保守料を合わせて毎月5000円は節約できる数字で、その上当然の最新機種である。どういう仕組みでこういう価格が出るのか知らないが、完済5年リースの未払い残2年半分の償却を含んでの話だ。OA機器ってよっぽど原価安いのね。車も時々大幅値引きとかやってるけど。
 コピー機もそうだが、事務所で使うOA機器のほとんどを一つの同じ代理店でリースしている。誰もが知っているその代理店の営業は何故かみんなハンサム揃いだ。そしてほとんどが学生時代からのスポーツマン。縦社会に慣れていて打たれ強いから使い易いのか? の噂だが、とにかくみんな顔立ちが良くて、人当たりも良好、スポーツで鍛えた強靱な体で終始にこやかに売りまくっている。
 うちの担当の営業マンも学生時代は陸上選手だった清潔なスポーツマンだ。どんな風に清潔かというと、夜はきちんとノリの効いたパジャマを着て歯を磨いて就寝するような正しいタイプ、かな。しかし陸上の専門種目はなんとヤリ投げ。(しかしでもないか)聞くと彼の営業成績は「中」だそうだ。全国に数百人いる営業マンの順位で月に均すと4〜5台売って真ん中辺の成績らしい。数年に一度の昇進のチャンスもこの販売成績しだいとの事。もちろん悪くてもマズイが、あまり良い結果を出すと昇進話にも繋がり、いざ昇進するとより高いノルマの設定が待っているらしい。だからソコソコの成績が今の彼には一番都合がいいらしい。
 このヤリ投げの彼も大の乗り物好き。今一番ハマっている乗り物はやはりレガシーだ。勤務から一人暮らしの1LDKに外食を済まして帰宅して夜の9時。6年落ちだかの白いレガシーの足を固めて毎晩のように都内を疾走しているのだという。東京の暑い夏の夜、クーラーなどONにすると燃費が3〜4km/lまでへたをすると落ちてしまう。だから窓を下げ若い汗を拭いながらアクセルを踏み込む。深夜の靖国通りでもちょっと踏むと直ぐに100km/hなんて越えてしまいますよ、と輝いて話すコピー機営業マンのレガシーも、もちろんターボだった。
  
 パイロットのA君も営業マンのB君も他に類を見ない程の車好き。昨日新しいコピー機の搬入に来たB君との雑談で一年前のA君の話を出した。僕にとっても、A・B両君にとっても、同じレガシー・ターボに乗るという共通の男の軽い話題として。E・ドルフィーが大昔に叫んだ即興性と同じ、時と共に空中に消えてしまうその場限りの夏の話題(音)の一例だ。もちろんこの話がきっかけでA君とB君が僕を介在に今後顔を合わせるような事態も生じないし、僕の中にVITAからレガシーに乗り換えるだけの斬新な動機も生まれやしない。
 ただこうやってFMラジオも消してクーラーの作動音だけが響く夏の静かな事務所の窓から遠くのビル屋上のコンプレッサーが放つ陽炎を見ていると、来年、世紀末の1999年の夏もレガシーに乗る新しいC君が登場したらいくらなんでも偶然とは言えない3年繋がりだなアー、と夏の珍事的に思っただけのD(下記)が既に潜在する上での超個人のつまらない話なのだが。
(D.... 何故だか分からないけどレガシーとVITAの夢を時たま見る。レガシーとVITAをミキサーの中で撹拌したり、レガシーとVITAが正面衝突したり、極言するとレガシーとVITAが交尾すると何故かその後は白いカローラになっているというイメージ。残像が薄く、しかし午前中までちゃんと記憶に残る夢。変な夢だが何かの暗示かしら? といつも感じる)
  


   ●1998年08月23日/日
 早稲田通りを西に向かって帰宅中。あと数100メートルで高田馬場の山手線の下をくぐる所。右手にまあまあ好きなファーストフード・ウィンディーズを通過。うん? ウィンディーズの前に我がVITAとまったく同じ、リオベルデのSwingがいた。そして50m位先の左側に、またもやリオベルデのGLSが止まっている。その2台のリオベルデをむすんだ斜線上に我がVITAが近づくと、何と遠く対抗車線からも確かにVITAが向かって来る。しかもその車体の色もリオベルデ。まとめると、リオベルデ色をしたVITAが98/08/22/PM/JSTの新宿区内早稲田通り上に、斜めに見事に4台並んだのである。上空から見ると3枚コインを入れたスロットマシーンの大当たりのように。
 信じられないけどこれ事実なんですよ、まったく作ってない真実の話。市場にあふれるカローラやマーチの話しじゃなくてVITAですから、その上、リオベルデ色ですから。これで4台ともSwingだったりしたらちょっと恐わーい気分になっちゃうかも知れませんが。その一歩手前の夏の珍事くらい? しかしこれって可能性としては恐ろしく微少の数字だと思う。東京地区で登録されている全乗用車の数を分母にして、VITAリオベルデの登録数を分子にして、同時刻・同座標に遭遇する何だらかんだらの気の遠くなるような確率計算をしても、おそらく一生に一度の事じゃないかしら、きっと。偶然とか必然とかの宗教論やオカルト論にまで発展してもおかしくない位の瞬間を経験したのだと思う。例えば日本人だけれど韓国で生まれたA君とB君とC君とD君がドイツのとある街角で同じ緑色のTシャツを着てすれ違う様なもの。それにもう一つ、その1分後のルームミラーには別の違うリオベルデが写っていたのでした。
 この事を昨日の夕方から本日の今現在まで3人の人間に話した。妻の反応を凝縮すると「ふーん」の一言。しかしもう少し説明しないと事の重要性が伝わらなかったかもしれない。いつもそうだけど。スポーツクラブのインストラクターは「なかなか無い事ですよね」とつれない。だいだい視線が他に泳いでいる。ここでの僕は数いる客の中の一人だったのだ。ところがさすがに娘は違った。「それって凄い事だよパパ」「そうだろー、凄いだろー」「こないだプールでなくしたコンタクトレンズを見つけるよりも凄い事だよ」。娘はちゃんと分かっている。確率の意味を、人生の機知を。(先日のプールで妻のなくしたコンタクトレンズを僕が執念で見つけた経緯あり)
 こういう偶然の産物を、別にー、と平気で日常に流してしまうか、すごい事だと改めて深く認識するかの間には人生を決定付ける程の大きな隔たりがあると思う。極端な例になるが、一人置き去りにされた無人島の浜辺に打ち揚げられた貝を数えたら丁度777個あって、こんな偶然の数字を胸に信じ、ひたすら助けの船影を待つ娘になってほしいし、僕もそうなりたいのである。特に今日は。
 今日、娘とのプールの帰り道、いつもの花屋でVITAが4台並んだ昨日の記念にリンドウとヒマワリの花を一本づつ買った。娘がヒマワリを選んで、僕がリンドウを選んだ。そしたらピンクのカーネーションをオマケに1本付けてくれた。全部で200円。何の関係もない花だけど、とにかくVITAが4台並んだ記念である。しかし本家OPELは異国でのVITAの氾濫をどのように気にしているのだろうか。


   ●1998年08月27日/木
 まだまだ緑色の栗の枝の間から夏の高い空を垣間見る写真入りの残暑ハガキが友人から届く。秋と夏の間にもう一呼吸ダラっとした空間が欲しいなー、とふやけきっていられなくなる程に、夏の終わりが何だかとても忙しい。忙しい時間や楽しい時間はつまらない退屈な時間より確実に短いからアインシュタインが教えてくれる相対的なあの時間と何だか似ているな、なんて雑考していると時間がますます迫り余計忙しくなる。しかしこの時期、特に、追い詰められ、強いられるのがヤダ。ヤダ。ヤダ。と、何回のたうってもしょうがないと立ち直ってまた仕事に戻る繰り返しだ。
 9月に入ってVITAを買おうと企んでいる人達が随分いるように思う。そんなメールも頂くし、そんな話も日常の雑談で出る。ヤナセの決算月を考慮しての値引きの期待もあるのか、解放の夏が終焉する心理からなのか、太陽の黒点が及ぼす人間の精神生理と関係があるのか、とにかくVITAを9月に欲しがる人が僕の周りでも数人出てきた。
 ここ数日、古内東子のお世話になっている。男だけの別の意味ではなくて、仕事中にほとんど一日中流してしる。CDを持ち帰ってVITAの中でも時々かけている。そんな事もあってか妻と娘がよく彼女の歌い方を真似て、首を締め上げたようなあの声で替え歌を作っては楽しんでいる。ヒット曲「誰より好きなのに」のサビの「優しくされると、切なくなる。冷たくされると、泣きたくなる」の歌詞を「オナラをされると、くさくなるー」なんて替えて歌うから大笑いだ。恒例の高円寺の阿波踊りから帰って来たままのテンションでまた今日も歌っている。自宅からの電話の中がパニックだ。僕は仕事をしながらまだ事務所にいる。外はもうとっくに夜だ。
 受付には美人をもってくる、というのが一般の会社の暗黙の了解かも。だから本人も「なんで私が受付なんでしょうね?」なんて首を傾けるしぐさをしながらもちゃんと分かっている。もちろん他人も分かっている。だから、事務所の近くの小さな印刷会社の受付カウンターに座る匿名A子さんも美人である事を知っている。とりあえずその小さな会社周辺では一番の美人である。長い黒髪を掻き上げる行為が不自然ではない先天的な美人系だ。駅を降りると約束もない男がじっと耐えて待っている光景に慣れ育っている系だ。そのA子さんは今までシビックに乗っていた。見たわけではない。話した事すらない。その印刷会社とは仕事上の付き合いもない。が、が、が、僕はA子さんのフルネームを知っているし、乗っている車も知ってしるし、古内東子を好んで聞く事も知っているし、彼女が9月にVITAに替えようかな? と企んでいる秘密も知っている。何故に?


   ●1998年08月31日/月
 また、というか、再びというか、右の側面がボコボコのVITAとすれ違った。10日程前と同じVITAだ。それもこすった程度ではない。こすって当たってを3回位繰り返した跡が右サイドのフロントから前ドアまで続く。10日程前に出逢った時も新しいキズではないように見えた。もちろん昨日は前回よりも10日間も古いキズになってしまっている。少なくてもこの間、あのキズをさらして彼は雨の中も走り続けていた事になる。何の対処もしないで。前回の対面交差時もそうだったが、今回もまず側面のボコボコを見てからドライバーの彼に視線が移る。今流行りの横長のオレンジ系の濃いサングラスをしているので視線が合ったかどうかは分からなかった。歳は30代半ば。上半身は中肉中背。ちょっと人生にアクティブではない感じ。黄色地の大柄のアロハ風シャツを着ている。僕の好きなアロハだけど、僕にはたぶん似合わない、と誰もが言うようなアロハ。でもVITAに大キズ。(僕には一体何が似合うというのだ? 時々なるべく第三者の立場で考えるように考えるのだが、マジにわからん。あのドイツの寵児VITAは私に果たして似合っているのでしょうか。未だに分からんです。)
 ボコボコのVITAと会って、ある別のVITA乗りを想い出しメールを出した。ボコボコのVITAに会って、あなた様を想い出したから。と書いた。その方のVITAも実は少しボコらしい。今の所エクボよりももう少し大きなボコだけかもしれない。会った事がないから分からない。でも当座は直さないでいくつかのボコが集まってボコボコになってからまとめて直されるそうだ。まあ合理的でもある。ボディーに宿るサビの問題はあるが。
 ちょっとでもカゼの症状が出ると早めにカッコントウを服用するAさんや、朝の天気予報の雨の確立が30パーセントを越えると必ず折りたたみ傘をバックの中に忍ばせて尚その重さが苦にならないB君や、半年先の赤字を予測して銀行に惜しげもなく通い借入れの準備をたえず怠らないC社長や、500gの体重増加で走る時間を20分きっちり増やすスポーツクラブのDさんや、ディスクトップ上のアイコンをいつもきちんとマス目のように並べておくEさんや、ハードディスクの断片化が気になって毎日のようにスピードディスクをかけるF君や、雨の日に履いた革靴の中に新聞紙を詰めて寝るGさんや、ズボンのお尻のポケットにはいつもの白いハンカチとちり紙と携帯用油とり紙がちゃんと入っているH君や、ガラスクリーナーを一週間に一本必ず消費するIさんや、練習場で納得しないとコースに絶対出ないJ係長……。実際にみんな知っている僕の愛しい知人達だ。彼らはみんなちゃんとしている人達。仕事もちゃんとしているから安心、安定。しかし、たぶんあなた達にはきっと分からない。ボコボコのVITAをすぐに直さないで乗り続けるアバウトでルーズなアロハな彼が。
 僕の家の玄関ドアは安い。でも苦労して7年前に北欧スエーデンから取り寄せたこだわりの一品。それを濃い赤に塗って使っている。そのドアの器具が5年前から壊れていて開いたドアはそのままで未だに自然に閉まらない。僕の左下奥歯の一部が欠けたのは去年の秋。既に唾液と舌で風化して奥歯の角は丸く変形し実に舌触りが良い。我が家には大きなフォークは2本、大きなスプーンは1本しかない。柄や形の揃った洋皿やコーヒーカップなど皆無である。だから客が来ても洋食系は未だかって出ない。妻は好きな食器を揃えたいと言い張って既に5年が経過している。ソバを茹でるのにも麦茶を出すにも30年前からのアルミボールを未だに使っている始末だ……。
 結局何が言いたいのだろうか、僕は。とにかく、すぐに直さない、すぐに行動しない不精者って割と好きだ。夏から秋に変わる今の様な意味合いの時期には特に好きだ。効率から遠く離れたような初秋のスカーフェイスVITAにはなかなか会えないだろうが。
 と、書いて今FTPしようとしてた矢先、ふと隣のWindowsの画面を覗く。自動受信した毎日新聞の号外がメーラーに写っている。北朝鮮が昼過ぎに弾道ミサイルを発射したらしい。着弾海域の地図にリンクが張ってある。日本海のど真ん中だ。単なる不精者の悠長な阿呆日記など書いていられないかな?



BACK PAGE......NEXT PAGE   abuu.com top | back to Japanese home | Vita front-page