●1998年09月04日/金
 アンパンを片手に「コシアンとツブアン、どっちが好き?」なんていう類の娘からの質問にはいつも、コシアンばかし食べているとツブアンが食べたくなるし、ツブアンばかし食べているとコシアンも食べてみたくなるから、結局どっちも好きよ、なんて答え方をしている。超個人的なつまらない例だけれど、これって我が家のいつもの会話のラベルじゃなくてレベル。
 そんな事を考えながらVITAに乗って、この日記を書いて、あっという間に一年が過ぎてしもうた。太陽の周りを可愛いVITAと共に一喜一憂しながら一周したような清い連帯感もない事もないが、アンパンをパクつきながらいつもいつも車はVITAっていう環境にもなんだか違和感を感じなくもない最近だ。たまには違う車も良しである本音を抜きにはつまらなくなるであろうこの秋をも予感する今である。芯先が怪我するくらい尖がった鉛筆よりも、丸い柔らかい太い鉛筆の方が好き、とか、まだ充分熟れる手前の堅い桃より、過ぎる位に熟れた柔らかいジューシーな腐る手前の桃が好き、といったどうしようもない天性の好みをも持って一年前にVITAを選んだ自信はあるが、ふと振り返ると、一人でVITA、VITAと騒ぎ過ぎたきらいもあって、いい歳して何だか恥ずかしい気もする。でもまあいいか。
 このあっという間の一年間には色々な感謝もある。深夜ふと目がさめると右隣には見慣れた女二人の寝顔が転がる川の字の幸福に加え、階下の駐車場のVITAの無言の存在も四人目の家族のようで、犬のように猫のように我が家に入り込んで来たVITAを、僕の一人よがりの車種選択をも乗り超えて暖かく迎えてくれた横の女二人にも感謝しなければならない。遠出の度に「狭い狭い」とリアシートでふくれるも、マスコットのようにVITAの名を連呼する妻と娘を見る心境はVITAの至高のハンドル操作にも変えがたい深層の悦びへと繋がりつつある感覚と確信する。また、一年を通してこんな狭い日記を読んで頂いた方がいらっしゃるかどうかの実質の数字は不明だが、もしいたとしたらこんな有り難い事はないのではないかと小社会はきっと口を揃えて僕に諭すだろうから、その通りで、もちろんアクセスして下さった方々にも感謝。
 これまたお得意の超個人的な狭い話だが、本日は娘の小学校の水泳検定日。今日が今シーズン最後の検定。父である僕と娘は今日のこの日の為に夏休み中、近くの区営プールに雨の日も通い詰めている。しかも、3日前のラストワンの検定で目標級になんと落ちてしまった娘と僕は、一昨日も昨日もプール閉館の夜の9時半まで最後の秘密の特訓をしている。だから今日の仕事は朝から地に足が付いていない。内心は神様・仏様・先生様である。これは僕にとっての「VITAより大事なもの」の代表的な一例だ。誰でもそうでしょうが、こんな具合に僕にもVITAより大事な物や事がたくさん日常の中にあった。こう思うと、必要以上にVITA、VITAと騒がないで、深夜のVITAにその日の決着も癒しも求めず、ただただ車を走らせずにはいられない高揚を待っての乗車にしていきたいとこれからは思う。この日記も。どうせ僕のVITAはまだ5000kmだし。(たった今電話があって娘が進級したとの報告が入った。実は今涙が出る程嬉しい。一年前のVITA納車の数倍はかるく嬉しい。報われたのかもしれない。)
  


   ●1998年09月13日/日
 「百年の孤独もらえます?」オイオイオイ、何なの君たちは。何かの前衛のお芝居? それともシェークスピアかなにか? そんなの僕にはお安い御用なのに、よかったら千年の孤独だってあげちゃうのに、とVITAの窓の先を覗く。若い男女が何やらその店のレジでニヤニヤ顔を見合わせている。
 何で僕はこんな場所をいつもまでもさまよっているのだろうと思う。小学校の頃から慣れ親しんだバス通りをVITAで飛ばしながら考える。目を閉じても運転出来そうな土地。信号の赤でいつもの風呂屋の前に止まると前方約200m先には馴染みの酒屋。大昔、この店は酒だけでなく雑貨やお菓子も売っていた。僕は学校帰りによく同級生とこの店にたむろった。実は万引きもした。この店では2回だけだ。友人におばさんの注意を引かせ、そのスキにガムやチョコレートの小物をポケットにつめ込む。2回目にはバレて、おばさんはホウキを振りかざして逃げる僕を追ってきた。先の竹薮に逃げ込んでやっと追撃から逃れた僕は次の日、小学校の校庭の隅で戦利品をグルの友人とシェアした。おばさんは僕の家がどこにあって、母が教員をしている事も知っていた。なのに。
 数10年経った今でもよくこの酒屋で買い物をする。日本酒とかバーボンはいつもここで買う事にしている。種類が多くて安いから。時々珍しい地酒の試飲にもありつける。それに子供と行くと必ずペロペロキャンディーをくれる。必ず忘れずにくれるから娘はこの酒屋への同行をまず外さない。大昔に親が万引で迷惑をかけた店のキャンディーの味を娘に問う訳にもいかないが、複雑な気持ちでいつも礼を言う僕の顔をまさか覚えてはいないだろうとタカをくくって酒を毎度仕入れる歴史ありき酒屋。
 信号が青になって風呂屋の前を発進。200m先にハザードを出している車がいる。抜き去ろうと右車線に出るも対抗車線上にはバスが小さく近づいて来る。酒屋の前でバスをやりすごそうとそっとブレーキをかける。半分下ろしたVITAの小さな窓の中に酒屋の入り口がスッポリ収まった。さっき入って行った若い男女の声が聞こえた。「百年の孤独」という名前のワインが80才は超えているはずの元おばさんの手から若い男の手に渡る瞬間が見えた。本日、日曜日の夕方の事。
 近いうちに飲んでみようと思う。どんな味がするのかしらね。


   ●1998年09月19日/土
 クイズです。買ったとしたらめちゃくちゃ値の張る高〜いものだけど、簡単に道で拾えるものって何ん〜だ? 我が家のクイズ娘に先日教えてもらった答えは、タクシー。なる程ねー、なんて感心している場合ではない。そんな重〜い想いを抱いて、本日またもやタクシーに乗って○○警察署まで出向くハメになってしまったのだ。こんな時でないと千代田区内でタクシーなんぞ絶対に利用しない生活をしている僕。そんな私を乗せたタクシーの運転手は30才台の女性。半蔵門の○○警察署が近づいて来ると、小声で、裏手に着けましょうか? だって。何んなんでしょうか。
 VITAにしてから2度目のレッカー移動だ。前回の違反から1年を経過していないので今度やったら計6点の免停である。またしても暗〜い警察署のドアを開けて2Fに駆けあがる。2回目となるともう慣れたもので、レオンの様にサイレンサー付けて押し入る事も、いとも簡単に出来そうな位にこの建物内を熟知する自分が恐い。叶うなら上質のプラスチック爆弾と雷管が欲しい心中をグッと飲み込んで。担当の婦警さん、今でもVITAの文字を読めないのでしょう、きっと。「緑のオペルの練馬ナンバーの方」なんて呼ばれた。恋人が婦警さん、なんていう男性はこの世にどの位いるのだろうか。婦警さんと同数だけいるのだろうか。
 レッカー移動代14000円と駐車料金600円を現金で支払って、おまけの反則金15000円の納付書を頂く。両手を上に捧げ、膝まづいて受け取る気分だ。ムチとロウソクと水分をたっぷり含んだ革ヒモと赤いハイヒールが頭をよぎる。これってもしかして幸せの裏快感なのかな?
 何故かドイツ車ばかりが並ぶ保管駐車場から、タイヤに白いチョークがなまなましく残る痛々しいVITAを引きとって事務所に戻る。撫でてやりたい位だ。おまえは何も悪くないのにネー。途中の英国大使館や飛島建設の本社ビルがやけに権力的に見えた。皇居の石垣もお堀の鳥達もやけに偉そうに見える。それに不当な金がかかっていそうだ。
 今度はちゃんと近くのコイン駐車場に入れ直して、ふと先を見ると、そこでは駐車違反取り締まりがまだまだ続いていた。レッカー車に男二人、ミニパトに制服の女性二人。彼ら4人の息は異常に合っているように見える。夫婦二組のようで楽しそうだ。今日のアフターファイブの盛りあがりが見える様である。今度の犠牲車は青いポロ。何故に小型のドイツ車ばかりが狙われるの? 偶然とは思えない様に、たぶん僕の緑のVITAを運んだレッカー車の若いお兄さんが、ニヤッと僕と僕のVITAを見て笑ったような気がしたが。(いみじくも? 97年12月01日の日記の続きとなってしまった。歴史はちゃんと繰り返すのね、トホホ。しかしこの9カ月あまりでレッカー移動代は2000円も値上げになっていたんだ。)
  


   ●1998年09月26日/土
 ホーキンスの宇宙の事は知らないけれど、つかみようのない広大な、無限の宇宙空間の中を漂っている実感はあるような気がする。暗黒の巨大な空間の片隅を占める銀河系で、そのまた片隅を占める太陽系で、この中に浮遊する地球の北半球の日本の東京都の杉並区の道路上のVITAの中で。終末色のICBMの先っちょに付けたCCDカメラが捉える瞬間の映像の様に、マクロからミクロへと一気に続くテレビ画像の様に。
 狭いVITAの中では計3人が息をしている。妻はアルパチーノとキアノ・リーブスの新作を返しにビデオ屋に行っている。20分を経過するもまだ帰ってこない。しかし毎度の事である。3人は待つ事に慣れているからシリトリを始める。ウマ・マリ・リス・スズメ・・・ 83才と45才と8才が無限の宇宙空間の中でシリトリをしている。38年と37年の年月を超越して狭いVITAの中で生き蠢いているようだ。フロントガラスの上空には一等星か二等星がチカチカしているも、そんな話題は当然のように出ない。シリトリだけが笑い声と共に進んでいる。
 数10光年も離れた知るよしもない星雲から光の粒子が引力に導かれて飛来して、VITAのフロントガラスを今まさに突き抜けている。本当は素敵な事なのかもしれない。きっと数10光年前に彼らを解き放った星雲自身もこんな結果には気づいていない。だから僕にとって、シリトリは本当はどうでも良い。素敵な現象を見ていると、素敵に歳をとれるかしら? なんて83才に聞いてみたくてしょうがない。でも83才は8才に夢中で星の話どころではない。
 もうシリトリなんてどうでもいい。光の粒子の起因なんてどうでもいい。目の前の素敵を醒めないうちに頂きたい。永遠に続く素敵なんて無い様な気がするし、永遠に見続ける事も出来ない気がする。何かを考える時にその因果に注目する習慣を付けると、直感する感動がその都度薄れて行くような気がする。だから努力してでも現象は現象だけで終わらせる習慣を付けておいた方が素敵かもしれないと思う。
 とにかく先日の台風が去った後の夜の空は素敵に近かった。しかし、シリトリの言葉が途切れる程に僕が夜空に集中すると直ぐに83才と8才は文句を言う。僕の番だとせかす二人には申し訳ないが、それほどに僕のVITAのフロントガラスには文句ない宇宙空間が映り込んでいたのだ。こうなると早く冬が来ないかなと切望に近く思う。
 (9月決算のヤナセのプレッシャーか、最近またVITA購入のご相談メールをよく頂く。まして僕なんかに。メールを頂くのは本当に有り難いが、僕には正直よく分からない。だからつい、あなたの直感で選んでは? なんて不的確な返事になってしまう。北朝鮮のICBMだって太平洋までカッ飛んでしまったおり、刹那的にとまでは言いませんが、あんまりスペックや他人事にこだわると大事な瞬間の感動を失うような気がして、つい訳の分からないレスになってしまう。本当のところ、VITAは衝動買いの域が一番良い購入の形だと僕は思うのですが。まあ人それぞれかも。)


   ●1998年10月04日/日
 確か最初に社長個人名義のBMWがなくなった。2カ月程して今度は会社名義のジャガーの姿を見かけなくなった。そして次は従業員の数が一人減り、二人減り。ついには社長ともう一人、計二人だけに。大企業のように強引にクビにする訳にいかないから、おいしそうな仕事を譲ってやめてもらう。得意先をあげる条件に退職してもらうのだ。だから一人リストラすると得意先も減っていく。しばらくして隣の区の小さな事務所に移転。もうしばらくして数10年寄り添われた奥様と離婚。子供さんは二人いる。なるべくして、当然のような2回目不当たりで倒産。数ヶ月して自己破産申告。四谷の欧風マンションを出て私鉄沿線の1DKモルタルアパートに引っ越された。知り合いのツテを頼って数10年ぶりの9時から5時の生活。税込20万の給料だけじゃやっていけないから夜間の清掃アルバイトに募集。3人の募集枠になんと60人が来たそうだ。履歴書の他に健康診断書を持って来いと言われたらしい。短期アルバイトの募集である。これ、お世話になったA氏、元小企業社長の最近の様子である。Aさんは50歳ちょいだ。何だか信じられない。
 Aさんが僕のVITAのハンドルを握る。VITAを買ってかれこれ1年と少し、自分以外のお方にステアリングをまかせたのは昨日が初めての事。Aさんにはもちろんそんな恩ぎせがましい事は言ってない。運転いいか? どうぞー、と軽く薦めたつもり。本当にうれしそうにステアリングを切るAさんの横顔が視界の隅に過る。秋葉原の何とかラーメンの長蛇の列の中をかき分けて低速で進む。車が背後に迫っている事を実に上手に歩行者に知らせる。オートマチックにしてから僕が一番苦手としている行為だ。超人気のラーメン屋の前の立体駐車場に入れる時、AさんはツノのようなVITAのルーフアンテナを優しく回して外してくれた。
 Aさんには僕がパソコンを教えた。その代わりAさんは僕に競馬を教えてくれた。確かWindows95が出る前の話だ。僕はJRAのデータを元にした予想ソフトのようなものをQuick Basicで作り、ROSEと名付けAさんに見てもらった事がある。Aさんの酔った時の口癖、酒とバラの日々、からの連想。変な話だけどROSEは不思議に中山だけにはよく当たった。自称Ver.3.0までいってやめちゃったけど。
 いい歳した男二人がVITAで秋葉原に繰り出している。銀座でも吉原でもなく、今やパソコンの街にだ。ジャンク屋やアウトレットをひやかしては高校生のような時間を過ごした。しかし、ここの裏道は無法地帯だ。たどたどしい日本語を駆使する中国系の女の子達が不法コピーCDを売りさばく。リストを見るとほとんどの人気ソフトがまとめてCD-ROMに焼いてある。商談がまとまるとどこかの誰かに携帯電話でそひそひ連絡、そして客を人目のない路地に導く。まるで昔のポン引きのようだ。Aさんが面白がって客を装っている。あなた、何枚、買いますか。これ、人気、ある。これ違法、あなた捕まると、刑重い。しかも、あなた、まだ、若い。
 3時間もラオックスの裏手を歩きまわって、僕は怪しげな8ポートのハブを2800円で買い、AさんはMACのPRAM保持用の電池を3つも買った。800×3で2400円。二人して宝物のようにVITAに持ち込む。駐車料金を払ったら、トンカツ定食をおごってくれた。水道橋の駅まで送ってお互いの子供の話を少しして別れる。将来の話などしなかったし、ルームミラーで構内に消えるAさんの後ろ姿を追う事もしない。楽しかったし、なによりご馳走になったロースカツと新鮮なキャベツが美味しかった秋の土曜日。
 今日はいつもの阿佐ヶ谷のサンドイッチ屋にVITAでいつものように繰り出す予定ありの日曜日。昨日のAさんの話もきっと出る。


   ●1998年10月12日/月
 ビルの谷間から見える表通りにメルセデス新Aクラスが信号待ちしていたので、ズズズっと近づいたら、中のサラリーマン二人がやたら睨むような視線を向けるからこちらも睨むような目つきを送り返したら、フンなんて表情をAクラスの助手席で作った。どういう意味があるのかはお互いの想像力任せだが、こういうのってかなり感じ悪いコミュニケーションだ。Aクラスが発売になってメルセデス所有者全体の平均点が下降したように思えた出来事の一つである。
 何度も振り返りながら停滞中のAクラスをなめ回すように眼底に焼き付けたつもりでも、いざ事務所に帰って回想するとその色さえも覚えていない情けない観察力。というよりも僕のせいではなくてこれは単にAクラスに魅力がないからではないでしょうか、とメルセデス社に言いたい位に、前向きの関心が未だに沸いて来ない。同調する気持ちも沸かないし、まして共に走ろうなんて仲間意識も沸かない。むしろ車を単なる道具として考えても良いのではなかろうか、そろそろ道具として認知するのにはちょうどいい車の登場ではなかろうかと思うのである。
 昨日行った東急ハンズの道具売場なんかにはプラスチックの食べたくなる程にカラフルな握りを持ったドライバー達がたくさんいる。彼らを見ているだけで欲しくなって、つい買って帰ってしまうような衝動感が全然ないもんなー、Aクラスには。エンジンが斜め下にストンと落ちる位にどこかの電柱にこれでもかとぶつかってみたい衝動にはかられるけれど、日中を心のどこかに引きづりながら何となく重い胃壁を感じつつ、夜な夜なズルズルとエンジンをかけに月光散る駐車場に降りるご主人様に付き合ってくれそうなベタベタ感なんてゼン〜ゼンないもんなー、あなたには。
 というような話をさっき来た銀行の車好きの新人にしゃべってしまおうかとも思ったのだが、あの新人、大のワンボックスカー好きで、確か彼自身はノアに乗っていたとの記憶あり。じゃあ、VITAとAクラスって具体的にどこがどう違うのですか? なんて言われても見た目の形の違いとか、スペックの違い位しか言えないような気がするし、まして次回の区からの融資申込みの件もあるだろうしで、なかなか本心言えなくて、さっき表通りでAクラス見ましたよ、なかなかですねー、なんて開口一番先に放たれてしまって、そ・そ・そうねー、なんてだらしない返事を返してしまった自分はいつもの自分なんでしょうね、きっと。
 まあ、短く言ってしまえば、僕は嫌いなのよAクラスが、という一言なのですが。きっと嫌いな人よりも好きな人の方が多いんだろうなー、と予測する度に、もう車なんて単に道具として我が人生から跡形無くかたずけちゃおうかなー、とブツブツ繰り返す煮え切らない年寄りの様な中年の私なの、今日の午後はね。


   ●1998年10月19日/月
 たぶん良い事をしたのかなー、でも何だか報われた気が少しもしないのね。
 アフリカを代表する発展途上国の恵まれない子供たちが、衣服に困っているという。昨日の日曜日に中野の丸井本店の前で不要になった子供服を集めるという記事が1カ月前の中野区報の片隅に載った。だから1カ月も前から娘の小さい頃の不要になった衣服を集めて、洗濯をしては箱に詰めてを繰り返していた。
 段ボール箱をVITAの狭いバゲージルームに押し込んで親子3人でフウフウ言いながら運ぶ。しかし丸井本店の前、歩道上には既に先着の段ボール箱やビニール袋の山。袋の中をのぞいてみても決して捨てる様な粗末な洋服ではない。みんな新品に近い服を持って来ている。家の中を整理して不要になったものを捨てる感覚で持って来た、という品物では決してなかった。
 次から次へと大きな高価な車が近づいて来てはハザードを点滅させる。パパがハンドルを握るセルシオやメルセデスの堅固なドアが開いて、小綺麗にしている奥様とブランド服の子供達が大きな段ボール箱を引きづり降ろしては立ち去って行く。まるで落としていくようだ。ここまで大量の衣服が集結してしまうとユニセフの人の笑顔もどうしても事務的になって来るようだった。
 僕らも小さなVITAの中から選別・洗濯に1カ月も要した段ボール箱を引きづり出して抱えて運ぶ。受付にたどり着く数10メートル手前で、横のトラックの係員から声がかかる。こっちでいいですよー、もういちいち受付を通すのが面倒なのだろう、直接トラックに積み込まれて、あっけなく走り去ってしまった。
 あっという間の出来事で正直僕たち親子三人は呆然とする。この1カ月間の箱詰めには色々があったと思う。衣服一つ一つの想い出を確かめながら妻は深夜に洗濯を繰り返していた。娘はどこかの国の女の子が着てくれればとかなりの想い出を放出した。もちろん見返りなんて期待してはいないが、なんだか段ボール箱を山積みした足早に遠ざかる2tトラックのテールを見ていると悲しくなってくる。
 東京で集められた善意の衣服が九州のとあるフリーマーケットの店先に一斉に出て、結構高価な値札が付けられていたとか、アメリカの一般家庭が出したユニセフへの衣類がアフリカ奥地の市場で現金で取引され、しかもその中に混じる古リーバイスのジーンズを求めて日本人がプレミアム価格を提示したとか、この手の話が帰りのVITAのステアリングを握る僕の頭に強くよぎる。
 こんな日曜日の早稲田通りをいくら走っても、とても今の日本が不景気には見えない。しかし仕事の周辺の実際にはまぎれもない不景気が鎮座している。物に溢れた、満たされた、贅沢な不思議な不景気である。VITAのルームミラーの中の娘は、21日に発売になるカラー・ゲームボーイを目線で僕に促している。良い事をしたご褒美を求めるように。
  


   ●1998年10月25日/日
 毎年恒例になった阿佐ヶ谷JAZZストリート。自宅から歩いて15分たらずの街全体がJAZZ一色になる2日間が今年もあった。山下洋輔やマーサ三宅を除くとそんなに名が知れたミュージシャンはいないが、とにかく駅周辺、南北の大好きな商店街がむせび泣くサックスとピアノ音の洪水になる楽しみなイベント。
 かがり火燃える神社の境内からこれでもかと放たれる山下のピアノには毎年ブチのめされるような妖力を感じる。破壊せよ、おまえの現状を心底から覆せ、とささやくように迫る地底の声が聞こえて来るようで、人生をまた振り出しに戻された悲しき中年男の心相を持って雨の中を帰ってきた。その夜、VITAにしようかウイスキーにしようかさんざん迷って、体に悪いウイスキーを選んでしまった。
 毎朝、月曜から金曜まで、出勤の時間、決まって同じ場所ですれ違う男がいるのだ。自宅の前の坂を上がって100m位の電柱の脇。濃い髭と黒縁のメガネが特徴。大昔の荒男チャールス・ブロンソンを縦に80パーセント平体変形かけて、迫力でいうとさらに全体を70パーセント縮小コピーしたような三菱デリカの中の純日本人な男。
 彼は毎朝、4WDのデリカの中で書いている。何かにとり付かれた様に何かを書きなぐっている。B6かA5か、そのへんの大きさの普通のノートに尖った硬い鉛筆を用い、ただひたすら早朝の僕の家の前の坂の頂上で、ブラピ主演のセブンに出てくる異常者のように細かい字でビッチリと小さいノートのラインを埋めているのだ。僕は週に5回、決まった時間に彼のデリカの横を通り過ぎる。5m程手前で交わすお互いの瞬間の視線を、ささやかに生きる僕達大人の最小限の朝の挨拶だと僕は勝手に解釈しているのだが。
 彼の4WDデリカの左フロントは毎朝決まった電柱脇にピッタリと止まる。運転手が電車をホームに滑り込ませる様に毎朝正確に駐車位置にこだわる彼の性質は僕には遠い人のように思える。チラリと見るノート上の彼の創造する字体は、揃った活字のようで遠くからだと太い黒い一本の線のように見える。僕の歪んだ連想の中に、トイレの中でお尻が完璧にきれいになるまで宿命のように拭き続ける彼の姿がみえる。充分な量のトイレットペーパーを前もって確認してからトイレにしゃがむ彼の資質がみえる気がする。先日の水曜日、なぜか急に彼の三菱デリカがホンダTODAYに変わった。4WDの地上高ある運転席から一気に目線下に落ちた彼の口髭の印象も少し変化したような気がした。
 昨日、土曜日が最終の阿佐ヶ谷JAZZストリート。小雨散る駅前に陣取ったJAZZバンドに群がる観衆の中にいつもの三菱デリカの男がいた。彼にも娘がいた。彼は毎朝、ホンダTODAYの中で何を書いているのだろうか。知りたい。


   ●1998年11月02日/月
 深度20m位の潜水艦の暗い指令室から潜望鏡をそっと海面に上げて敵の具合を探ったり、狭い戦車の小さな反射窓から行く手の地形をチラチラ観察しながら轍の中をゆっくりと進行するような、正々堂々としないやり方が昔から好きみたい。堅牢な何かに囲まれ、包まれ、守られながら外界を覗くいやらしい生き方が僕は好きなような気がする。厚い布団を頭からかぶって体をくの字に曲げて闇の中でうっすら目を開ける深夜の安堵感は今もなお僕の日常にはあるし、これってよくいう子宮回帰願望の一つなのかしらとVITAの剛性溢れるボディーの中で思う。VITAの狭い空間の中に入ると非常に落ち着く。羊水に満たされたシートに体を任せてフロントガラスの先を見るとあまりにも客観的な外界が遠く自身から離脱して見えるようだ。きっとあれが社会だ。
 母の家へ久しぶりにドライブしようと自宅の下のVITAの中で待てど暮らせど、我が妻と娘はなかなか降りて来ない。いざ外出となっても直ぐに腰を上げずに何だかんだと時間がかかるのはいつもの事たけど、今日は特に遅い。遅すぎる。いいかげんしびれをきらせながらも吸い込まれる様にフロントガラスの先の黒80パーセントのマンホールを凝視していると下水道の暗黒界で暮らすネズミ達のたくましい姿が羨ましく思えたりする。布団に巻かれたり、家の壁に囲まれたり、VITAの金属ボディーに包まれながら外を見ている普段の僕からその衣服をはぎ取り、引きずり出され、素っ裸で外界へと放出される恐怖を晩秋の午後の日曜日のVITAの狭い車内の安堵の中に逆説的に感じる。
 川越を過ぎたあたりからの関越道は結構つまっていてなかなか目的の鶴ヶ島インターにたどり付かない。ちょっと行ってはトロトロ走りの繰り返しで、ブレーキを多用するせいかリアシートの娘は酔った酔わないで静かにしぼんでいる。対向車線のロードノイズだけが鳴り響くコンクリートの上に一列に並んでゆっくりと進行するカラフルな車群が前のタンクローリーのステンレスに忠実な遠近法を保って凸的に写っている。作られた白い車線の間を作られた速度で、作られた金額を素直に払って静かに進行するVITAの中の午後の気分は最低であった。何だかうまく言えませんが、VITAに乗っていさえすれば人間、少なくても発狂しなくて済みそうな気がする。運転が人間に社会性を知らぬ間に説いてくれる。VITAの剛性が人間を囲い許してくれる。
 鶴ヶ島インターのランドマーク、金融のオリコのビルがやっと見えた。僕の銀行口座には確か22300円の引き落とし指令があのビルから毎月届く。



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