●1998年11月08日/日
 日曜日のプールはガラガラで、行き交うおばさんのブレストの元気な足が人の腹を蹴るような事にはならない。しかも水は透き通るようにキレイ。しかもしかも閑散としたプールサイドにはお洒落なジャグジー。外の植木の間からの陽光がジャグジーの泡に反射して、とってもラグジュアリーな午後なのかしらね、これ。
 適温保つ豊かな湯に半身を浸ける僕の目線から駐車場に止めた緑のVITAが見える。あれ私のです。この瞬間を贅沢と言わないで何を贅沢というのかのお時間。これでリラックス出来ない精神があるとすればもうそれは救いようのないお人。清潔なプールを一人じめして、陽の当たるジャグジーに何10分も身を任せて外のVITAに想いをはせる。きっと今の僕は幸福なんだろうなー、と競泳用三角パンツが似合わないから今だにバミューダ形遊泳パンツを履く鏡の中の僕に問いかけるも、ちょっと違う様子。けだるい日曜日のきっとブリリアントな午後に、いくらジャグジーの泡が僕の全身を心地よくたたいても、贅沢とか解き放たれた精神とはやはりちょっと遠い私の心中。うーん、こんなんでは贅沢になれないのか、もはや幸福にはなれないのかしら。
 神や仏にとりつかれたようにいくら走っても、1センチでも先の水を掴むようにアグレッシブに泳いでも、心の臓の底に溜まったストレスなんかちっとも発散しないようだし、何も人生見えてこない様な気がしてならない。じゃあ、一体人生のほとばしる様な充実感や幸福感を得るためにはどうすればいいの? 後は宗教や薬しかないの? やっぱマサヤして最後はバイアグラか? とスポーツクラブのジャグジーに浸かりながら窓の外のVITAに問うても鱗の答えをもらえる訳はないか。
 いつものようにサウナで仕上げてスホーツクラブを後にすると外は結構風が出ていて寒い。ここの所、急に冬になってしまった関東平野気候の中で、これから寒くなるにつれてVITAがブリのようにどんどん美味しくなるようで、数ヶ月ぶりにそろそろVITA夜行を復活させようかなどと企む自分の中から、ジャグジーでふやけたトロロのようなドロい液体が体から抜けていく快感を久々に覚えた。よし、少し飛ばそう。行ってしまえ。
 駅前の商店街を抜けてちょっとスピードを上げて風呂屋の前のカーブを少し鋭角にハンドルを切る。久々の横Gがグッとかかってヒヨワなコンチがズルっとよれる。この瞬間。この瞬間に久々の幸福感はあった。本当に久しぶりだった。やっぱVITAは良い。
  
PS. 近所に赤外線防犯装置に囲まれたお屋敷がある。何せドーベルマンもいるし、きっと電気が流れるているだろう碍子付き鉄線も一部にある。もう要塞のようなお金持ちの家の前に真っ赤なメルセデスAクラスがやって来た。横幅10mはあろうかの大シャッターの向こう側にはホテルの地下のような広大な駐車場がある。たぶん。真っ赤なセーターを着たお嬢様が、中年の家政婦さんに付き添われて真っ赤なAクラスをゆっくりバックさせている夕暮れ時。駐車場は半地下になっていて入口の地上高が低い。Aクラスのルーフとコンクリの天井の隙間が2cm程に見える。もうギリギリだ。あともう少しAクラスの車高が高ければこのお屋敷の駐車場にはAクラスは確実に入庫できない。お嬢様は購入以前にその辺の事をご自分みずからメジャー片手に調べたのだろうか。何だか軽ーく、衝動買いのような気もする。表をVITAで通り過ぎた時、Aクラスの中のお嬢様と目が合った。でも、お父様はあなたのためなら駐車場の天井の高さなどいとも簡単に作り替えてしまうだろうと思う。


   ●1998年11月15日/日
 事務所にG3を入れたのでPowerMACが一台あまった。だからあまったPM7100を持ち帰って土日はほとんど自宅でSOHOっている。朝起きてほふく前進、そのままお膳の上のMACへ直行。電源を入れて仕事を始める。軽い雑誌広告を3本こなして、業界紙6Pを組み立てて、とあるサプライメーカーのホームページにとりかかるともう夜になっている。その間、電話1回。外出1回。
 そばに置いてあったPHSで寝ながら長電話。久しぶりの遠方の友人はいやになる程に元気だった。確実に僕よりは長生きするだろうと思う年輩筋肉男。裏山に沈んだ太陽が作り出した一瞬の夕焼けのすばらしさを僕に伝えるのに15分はかかったみたい。その電話は僕からかけている。数日前に彼の山に陽が落ちて、その瞬間から約8分間、彼の人生で最高の夕焼けが全天空を染めたのだそうだ。感動を伝えるのがこんな僕より下手だけど、その一直線の迫力にはいつも完璧に負ける。東京でも夕焼け見えたか? と聞くから、見てない、と答える。何をしていた? 仕事している。パソコンか? そうだ。 体に気をつけてるか? 週に一度のスポーツクラブ。週に2回にできるか? 現状は難しいけど、と答えた。今度は僕からの質問。アストラは元気? 今6万4000キロ、絶好調。おまえのVITAは? 今5000キロちょっと。彼のアストラは2年前の初秋に、僕のVITAは昨年の初秋に購入した。それにしても距離に差がついてしまった。この差がそのまま両者の人生の差になりそうである。
 娘が遊びに出ていってしまったので、妻と二人でいつものサンドイッチ屋にVITAで繰り出す。日曜日の常連がやっぱり来ている。赤毛の飛んでる若女。本好き熟年夫婦。短い髪を真っ赤に染めていつもタバコをくわえている若い女。メンソールの少ない煙を揺らしてヘッドホーンの音楽に集中している。目線はたえず前方1.5m固定。小さく中指でビートを刻む。小柄で痩せていてジーンズの裾はいつも10センチは折りかえる。僕も妻も彼女の隠れファンだ。目の前には、子育てをとうに終えた熟年夫婦がトレーを持って入って来た。奥さんのバックの中は小説でいつも一杯の様子。旦那はいつも文庫で奥さんはいつもハードカバーだ。旦那は必要最小限の会話で必要最大限のコーヒーを音を立てて何杯もすする。奥さんのトレーには必ずフライドポテトの大袋が乗っている。この差がそのまま両者の体重の差になって見える。
 サンドイッチ屋を出ると、駐車したはずの場所にVITAの姿がない。日曜日の阿佐ヶ谷でレッカー移動を目撃した記憶はないし。でも確かにVITAはそこにいない。今年中に1回。駐車違反をあと1回すると免停である。内心少し焦っている。中杉通りを阿佐ヶ谷駅を中心に南北に500mは探してしまった。結局まったく止めた覚えがないような場所にVITAはいた。記憶の場所より南に300mは離れていた。こんな事は初めてである。自覚症状のない疲労の中に僕達はいるのか、もしくは、そろそろ早すぎる黄昏が近づいているのか、確かこんな事を妻と話しながらVITAのエンジンをかけた。夜は仕事をやめて安ワインと淀川長治さんの最期の解説を聞きました。


   ●1998年11月21日/土
 夜中の3時過ぎに駐車場にいるVITAを2階の窓から見下ろすと、その先2m程に黒い人影が小さく動いている。一瞬ドキッとしながら目をこらすと、タバコの赤い火が彼か彼女のゆっくりとした呼吸に合わせて口元で大きくなったり小さくなったりしていてとても綺麗。なんてノンキな事言っていて、間違ってもVITAのルーフなんかでタバコを消されてはたまらないので僕も夜中の3時に家の前の路上に出て行く。
 獅子座流星群は夜見たニュースによると、雨が降るように落ちて来るという話だった。豊島園の夏の花火のように彩る天空を期待していた私がバカでした。何なんでしょうかあれは、2時間近く冷え込む夜中に首がおかしくなる程上空を見上げて確認出来た数は、僕が6つで妻が7つだった。
 自宅前の坂上の東側は畑になっているから見晴らしが良い。目をこらして遠くの街灯の中を見ると、10数メートル間隔で建つ各電柱の側には黒い人影がポツリポツリ立っている。まるで昔の新宿裏通りの娼婦のようにじっと誰かを待っているようで、ちょっと気持ちが悪い真夜中の光景だ。SMXを止めて車内からじっと星がまばたく天空を直視しているヤツもいる。あのフラットのラブシートでも人影は一つ。そういえば、ほとんどの人が一人だ。
 普段、淡々と時間が流れる何も起こらない住宅街、僕の自宅の近所で、流星にこれほどまでに興味を持つロマンティックな人達がこんなにいたなんてちっとも知らなかった。深緑のBMWを所有してるも毎晩帰宅が深夜におよんで休日は疲れて寝てばかりいる会社役員Aさん、かなり古い年式のグレーのボルボに乗り英語とフランス語が堪能だと噂で聞くもその活躍の場を一度も見た事のない職業不明のBさん、白い愛車カローラを大切にするも心はいつも荒野をいく戦車、6畳間位の穴を掘るのは朝飯前だと自慢する自衛隊勤務のCさん。マニラ勤務の息子夫婦との暖かい生活に入るべくブルーバードを売ってフィリピン移住を決意して、何があったか半年で舞い戻った礼儀ただしい四軒先のDお爺ちゃん。みんな家族がいるのに何故か一人で今にも明けて来そうな天空を見上げていた先日水曜日未明。
 人の孤独とか逃避とか夢とかフラストレーションとかから連想する悲哀らしき実体無きもの漂う杉並住宅街の片隅で、未明の天空が映り込むVITAのボンネットを見ていると不思議に元気になってきて、成層圏突入の長い残光を保つ流星の出現による予期せぬ人の連帯感が嬉しくて、思わず、オー、なんてみんなで感嘆の声をたててしまったのでした。水曜日、朝になったらすべてが日常でしたが、でも何かね、この週末、今日土曜日までにも我の心の隅に引きずる流星群を再び見たくて明日からの2連休、VITAで山になどと半分冗談で独り言、麦焼酎「いいちご」を煽りながらこれを書いている僕。その横のソファーで寝てしまった娘と妻のいびき。外では下のアパートの女の子を送りに寄ったホンダCRVから漏れるマライヤ・キャリーのあの高音が聞こえます。
  


  

●1998年11月27日/金
 最近、また袋井の田中さんとメールでキャッチボールをさせて頂いた。やはり袋井の田中さんはいつもお元気なビジネスマンである。

(〜略)先日までまたまたブラジル、ベネズエラ、ドミニカ共和国、メキシコなどへ出張へ行っていたもので、連絡出来ませんでした。 連日夜中の仕事で、意識もうろう状態で出張突入でした。(〜中略〜)CORSAのエンブレムはドイツでは安かったです。ドイツではこのクラスは小型大衆車として人気のクラスですが、小職の行く国では、TOYOTAのスターレットがCORSAよりも高いのが当たり前でTOYOTAのCRESIDA(マーク2)は金持ちが乗る車、スターレットとかHONDAのシビックなどは金持ちの奥さんの車と相場が決まってます。CORSAとかFIATのPALIOなどは完全な大衆車なのです。ブラジルでは本当にそこら中走ってます。

 大事にしている物や事を真っ先に捨てて、VITAを捨てて残る余生を第三諸国で天寿全うするのも良いアイディアだと密かに想っていたけれど、南米近辺のスターレットやシビックの事情を聞いて何だか今更のエスケープも大人げないかとしきりに巨根生える現実感に襲われたりする。
 今は亡きS・レイボーンのギターリフなんかで夜の街をVITAしたら直ぐにでも法定速度を越えられるし、空腹に安ジム・ビームかっ喰らってインターネットでバイアグラ通販しても直ぐに天国に行けそうだ。プロテインのチューブ吸い尽くして時速16kmで突っ走れば30分で三昧の境地だと思う。上玉仕手筋におんぶして天井で首尾良く売り抜ければ極楽トンボが待っている。調子にのって全財産質屋に入れて空売りかければもしかして転がる石のような終末が訪れるかもしれない。
 最後の切り札は本当の最期にとっておいて、今だから出来る事、今やらねばならぬ事を信じて今をしょうがなく生きているのに、「眠れる森」の真犯人は誰かと妻との熱き議論を面白がってしていると昨夜も時計の針は深夜3時を回ってしもうた。40歳半ばの大切な時をこんな風に浪費してよいのかと自問するも何も見えない毎日を引きずって今日もせっせとこんな日記を仕事中にUPする私の人生。他にやり残した事は本当にないのかと終わりのない迷宮の自責に追われる自分の顔が21インチのCRTに今も立派に歪んでいる事はいるようだ。
 プロテインのチューブ口に数本くわえてジム・ビームで無理矢理流し込み、バイアグラ5錠飲んでS・レイボーンで夜のVITAを仕上げても、待っているのは真の桃源郷なんかではない事は既に知っているのに、それでも第三諸国が僕達の約束の地? VITAに乗る事や日記を書くことで癒されるはずの僕の潜在の大部分が、一年以上経っても実はしっかり残っていたなんて事にならないように願いつつ、週に2回きちんと歯医者に行くように日本のVITAに乗っていればいいのですよ、と自問自答する僕が楽しみにしているのは、袋井の田中さんに無理矢理頼んだCORSAのエンブレム。ミュンヘン色のドイツの香りを放つ幻のエンブレムの到着で冬になりかけの寒い夜、きっとジム・ビーム半分はいけそうである。
 
●石橋さんの日記・掲示板・チャットありの「VITAの部屋」
 http://vita.cup.com/
●佐藤さんのフォトコンテスト・日記・掲示板ありの「VITA Drive」
 http://vita.stbbs.net/


  

●1998年12月04日/金
 廃材のような床が傾いた床屋の待合室。鉄枠の裏窓を開けるとマレーシアの裏街が見える。右手に見たこともない電車が並ぶ操車場。数えると23台が並列する電車の色はリオベルデ。パンタグラフはない。真正面には黒ずんだ赤色の壁を持つビル。数えると8階建てだ。その一階には四川系中華料理屋が入っている。しかしその入口に集まる人影はない。裏階段は2階と3階の間で腐ち落ちているようにここからは見える。左手にかけては夕陽に照った土肌が露出する丘が続き、その向こうに小さくどこかのバスケットコートが見える。アジアにはもうすぐ夜が迫る時間、しかし空はPhotoshopで綺麗にバックが抜けそうな青色をしている。
 床屋の中には人間が三人。床屋の主人と、順番を待っている僕と、今、散髪台にいる客。この客は背の高いハンサムな台湾人だ。この台湾人は僕よりずっと若くて芸能界通。マレーシアのアイドルの写真をスクラップブックに貼って持ち歩いている。ガラスのテーブルの上には大切なスクラップブックとOPELの【小冊子A】がキチンと重なって置かれていた。床屋の入口のドアは厚い磨りガラスで出来ていて、その向こうにはマレーシアの本屋がボヤけて写る。店頭には印刷の悪い無国籍の雑誌が無手順に重なり、何カ国もの言葉が入り乱れて聞こえてくる。ドアを開けて外に出ると湿った石畳の上にはバーコード入りの【紙片B】が風に舞って足元に絡みつく。
 これ今日の未明、見た夢。こんな鮮明な夢はここ数年体験した覚えがない。オールフルカラーで、特に中華料理屋のビル壁の赤の濃さ加減は明確に今でも思い出す事が出来る程だ。奇妙な夢の理由は明白だと思う。昨夜は田中さんにドイツはミュンヘンで買って頂いたコルサの純正エンブレムと同封して頂いた数々の品を肴に、韓国焼酎でヘベレケになってしまったからだ。娘の登校時間の朝8時に起こされた僕の最後に見た夢のカケラは、マレーシアの裏町のドロい床屋の小さな鏡に写ったCORSAの蛍光めいた【文字C】でした。変なの。


  

●1998年12月05日/土
 牛乳ビンみたいな人って本当にいるのよね。何がって、男の大切なナニがですが。スポーツクラブのサウナで泡風呂に浸かっていると、いきなり目の前が異様な物体で遮断される。一瞬何が起こったのか躊躇している間もなく、その比重ある物体は海水、いや湯舟の中にゆっくり沈んでいくのである。あわや地球の危機かと思わせる程の迫力と共にである。
 その男は隠さない。もう明らかに平常的に、無意識的に、故意に露出しているのである。みんな見ていないようで見ている。作られた斜視がサウナ全体に充満して息苦しくなる程だ。車好きという事が、男であるための古典的な象徴であったり、何らかの社会性・協調性を示す計りであったりするように、ナニの大きさが、男が男であるための、オスがオスであるための古くからの源となりえるのか、とでも言いたげにその物体は僕の目の前の湯舟の中で藻のように泡風呂に浮遊しているのである。水を得た魚のように憎たらしい程開放的にノビノビと。
 高温のサウナ室の中でもその男の行動は乱れない。終始一貫しての隠さない主義。ご立派である。隣の話し好きの常連の会話が鋭敏な斜視と共にここでも止まっている。無理もない。モノは他を圧倒する質量なのだ。なんせ本物の牛乳ビンなのだ。男の尻がサウナの座板につく直前にコトンという小音がしたような気がしてハッとする。湯舟の底が見えない泡風呂の中で間違って踏んでしまったらどうしようと思う。果たして体重の何パーセントをしめているのだろうか。価値という側面から見るとそれは永遠なのだろうか。
 スポーツクラブの駐車場には色々な車がいてとても楽しい。今日の半分は輸入車だった。数あるメルセデスやBMWに隠れてヨーロッパ系小型車は2台。白のMINIと僕の緑のVITAだ。白のMINIはこの近辺ではあまり見かけない色でじっと眺めていたら持ち主がオープラス片手に薄いドアを開けた。いつもの女性だった。この女性のストレッチはほとんどサーカスである。黒いタイツで包まれるそのしなやかな小さな肉体は酢でも常飲しているがごとくマットの上でいつも華麗に湾曲している。だいたい両足を左右に伸ばして上半身をマットに沈めるなんて行為、僕にはその発想すらわかない。
 白のMINIのすぐ後ろについて駐車場を出ようとすると、MINIの前に巨漢のようなマジェスタが右から割り込んで来た。あの男が100パーセントの笑みをMINIに向けてから、かろうじてまだ残されていた消費税のような5パーセントの笑みを僕のVITAにも向ける。料金を支払うと僕たち2台を蹴散らすように加速して狭い駅前商店街に消えて行った。あのナニもたぶん一緒に。


  

●1998年12月14日/月
 彼は確か30代で、東京は荻窪育ちで、ホンダかスズキの中型バイク乗りで、フォルクスワーゲン・ゴルフの駆動系の話が得意で、僕が10数年前に辞めた会社のコピーライターだった男で、一昨日の土曜日の夜は都会の明暗を唄い上げるシリアスなシンガーだった。ガットギター1本でアンプラグドなライブを自宅から歩いて20分の阿佐ヶ谷の古いライブ喫茶でかますから来い、のメールを2週間前にもらった。マイクもPAもないホンマもんのアンプラグドで、聞いてる僕も目線のやり場に困る程に気恥ずかしくなる緊張感が彼と僕の至近距離に漂うから、水割りで少しごまかそうとメニューを探してもお茶とケーキしか出さない店。店主の頭部はそろそろ来るかな位の微妙な薄さで、店のアンプは大きな真空管で出来ていて、普段店内に流す音はすべてバイオリン系のクラッシックで、複数のスピーカーは大昔のシングルコーンの手作りだ。阿佐ヶ谷駅北口左の、火事になっても消防車は絶対分け入る事も出来ない、行った事もないカスバの迷路のような怪しい飲み屋街の先を、更に抜けた住宅街にさしかかる路地にある小さな店でした。
 いくらVITAが小さくて愛されていても、あの危ない飲み屋街をかわいいVITAでノソリノソリ進む勇気はないから、西友ストアの前の大通りの歩道橋の下に置いてロックをきちんと掛けて親子3人で師走のネオン街を歩く。黙っていたら何を喰わされるか分かったもんじゃない怪しげな台湾料理屋や南米ラテン系飲み屋の店内から煙草片手にトロい視線で無防備に外を覗く危ないカウンター族の路地を抜けると、まるで写真でしか見たことのないアルジェの裏通りにワープしたような蒸し熱い錯覚にさえ捕らわれる、わけないけど、同行する娘はちょっとこわばった顔つきをしていて、つないだ手にはいつもより少し力が入っていた様子だった。
 嘘を本当の事のように言うよりも、本当の事を嘘のように語る方が性に合っている連中が選ぶ店、ベスト10、があるならば、ここ阿佐ヶ谷北口のスターロード沿いの狭い飲み屋群には少なくてもその内の半分、5店は絶対に含まれるまともさがあると僕は今でも思っている。お隣の荻窪や高円寺のかつていわゆる文化が育った飲み屋群と比べてもである。こんな環境の中でココアを飲みながら静かに終了したライブだった。
 シンガーの彼は、普段「KOW TOKYO KITCHEN」という名のバンドを率いて都内のライブハウスを回っている。CDもまだ一枚だけどちゃんとリリースしている。来た客一人一人の背に礼を言って店のドアまで送る彼に、「頑張ってね、また聞きに来るから」と俯瞰の定石を放ってしまった師走の自分が非常に心残りである。トボトボと大通りのVITAに戻ったら、土曜日の夜の罪なき後輪に生々しい太いチョークの跡が付いていた。アスファルトには9時36分の文字。15分前だ。最近何かと財政難を引き合いに出す東京都の罪の意識なき天下りの実態を暴露した新聞記事と、先週もポストに無造作に入っていた自分宛の都税納税催告書通知を反射的に思い出した。


  

●1998年12月21日/月
 Merry X'masのデコレーションケーキを求めて、夕方に近い青梅街道をひたすら彷徨い走っている僕はとても自分らしい、父親らしい、実に私に似合っている12月20日を過ごしているのだろうか、とつまらぬ事を考えながらVITAの何故か今日は軟調のステアリングを握っている。一族集合の早めのクリスマス会。それには絶対はずせない、シンボリマチックな苺のデコレーションケーキ。いつものコージーコーナーは売り切れ。隣の駅のコージーコーナーも売り切れ。最後の砦の不二家にもなかった。だんだんアホらしくなって来る。もし僕に子供が、娘がいなかったらこんなドライブは絶対にしない。仮に若い頃の僕で、ケーキ好きな彼女が僕のアパートに来る予定で、その夜がもっと楽しみなケースでも、絶対にしない。
 昔、知人の若きグラフィックデザイナーに、趣味は何? と聞くと、彼は「食べない事」と印象の一言。うーん深い? でも何も食べなければ死んでしまうので現実的な趣味ではないね、なんて分かったような偉そうな年上の答えを返したが、なんだか今想うと真の意味が分かるような気もする。飽食のクリスマス会で理性なき程に食べてしまうと、必要以上の満腹が意志の介入なしに行われて、ラードで足元が滑る肉屋の調理台で、赤い挽肉が押し出されるように、大きな大切な何かが、僕の体からポトリポトリ床に落ちて行くような気がして来る。感情が落ちて五感も落ちて、そして最後に鈍感を絵に描いたようなオッチャンになって、真っ赤なスパゲティに埋もれて窒息死する自分なのである。あー、いやだ。
 義理父や義理姉を送るVITAの中の僕は嫌になるほど鈍感そのもので、口の中に残る慣れないチーズフォンデュの欠片も消せずに夜の環状8号線を往復する。矢原交差点の下を80km/hで抜けてもちっとも機敏にならないVITAに八つ当たりしてアクセルを踏み込むと、その右車線をマルセイユレッドのGLSがスーっと浮くように遠ざかって行く。リアシートの若い女性が僕を指さしてから、その指を回し始めた。私はトンボでもなければ、たぶんバカでもないのに。
 ここ10年間というもの、事務所と自宅の往復しかない振り子のような生活形態を持つ僕にとって、これからの一番の楽しみはVITAでもINTERNETでもなく、ただひたすら食べる事だけに限られてしまったらどうしようと昨夜、環状8号線の赤信号で、マルセイユレッドの2台後ろで、かなり弱気に自信なく思った。リアの女はまだ僕に向かってに指を回し続けている。なんなのよ? トマホークが一発欲しくなる夜だった。
  


  

●1998年12月24日/木
 中学生の姪からクリスマスプレゼントに奇抜な腕時計をもらって右手首に。今まで日常にしているオーソドックスな腕時計を左手首に付ける。時計を常時二つしている人はまずいないから毎朝どっちを選択するか決める時間が最近約10秒。奇抜かオーソドックスか。この10秒でその朝の自分の保守度を判断できるんじゃないかなー、と思うとまた違う意識と作為な気持ちが湧き出てくるから不思議よね。今日は新しい人と新しい仕事の打ち合わせがあるから斬新な俺でなくてはならないしー、なんて。
 中学時代の友人にいつも右手と左手に、両手に腕時計をして登校してくるイカレたヤツがいた。片方が日本時間、そして片方がイギリスはロンドンの時間に合わせてある。GMT、グリニッジの世界標準時間だ。てっきりアマチュア無線か何かにハマっていて、常に僕ちゃんは世界を意識しているグローバルな人間なのよ、君達とは少〜しばかり違うのよね、と言っているようで嫌いで、嫌なヤツだと思っていて、ある日その訳を尋ねると、お父さんが何とか商事の何とか部長で、単身赴任で今ロンドンにいて、いつも決まった時間になるとロンドンからの長距離電話がかかって来るのだそうで、やっぱり嫌なヤツだった。
 大人になって、好きと嫌いの間の灰色の部分がとっても大きく増殖してしまった今、改めて考えてみると彼の二つの腕時計はかなり立派な理由だったようにも思えるが、そんな事を想い出しながら彼からの電話を待つ年末年始になってしまった僕は少々後悔している。彼は10年振りくらいで電話してきて、正月は久々に東京に帰るから酒でも飲もう、だって。時間が取れればね、なんて偉そうな返事が出来るほどの事当然してないから、いいですよ、と一言、調子よく口を滑らしてしまった。その旧友の情を暖める日時を決める電話を一心不乱に待つ身に転落してしまった僕は、今日は魔が差してもかかって来ないだろうと踏んで朝から安心している。だって今日は天下のイブイブで、よくぞここまで引っ張ってくれた「眠れる森」の最終回でしょ。
 彼の年賀状の隅に毎年必ずさりげなく意識的に作為的に写し込まれるメルセデスのS君のノーズが、僕の駐車場のかわいいVITAの斜め後ろにピッタリと寄り添う図式を、不覚にも腕時計を指で撫でながら想像する自分を払拭するがごとく早く帰宅しようと思う。今日はイブだから。キリスト教信者でもないけれど。


  

●1998年12月31日/木
 酔った振りして、レッドスネーク、イエロースネーク、カムカム。新年はあの懐かしきスネークマンショウを楽しみに待つような、ピュア? でティピカル? な子供の頃のような、正月を迎えられればと、そう思っているんですよ、僕は。誰も聞いてない今年最後の忘年会の席で話題に詰まった隣席の初対面の人に本当はこう言いたかったんだけど。隣席のまた次の隣席の人が、新しく購入したメルセデスのEクラスの話を、鼻をかみながら夢中で周囲にしはじめたみたいで僕もすぐに聞き役に回る事が出来た。メルセデスは3年後の初車検まで定期点検を必要としないとの堅牢な話題に、さすがベンツですねと心から敬意を表するともう後が続かない。サラリーマンを離れてから経過した長き時間と、年の暮れのセンチでピンチで弱気な神経が僕をより孤立にしているみたいで、場違いのお人の私。でも珍楽ね。しゃべり出す機会があれば、メルセデスって浪費ですか? って聞いてみたかったっス。
 一昨日の忘年会を想い出して野口さんのようにヒッヒッヒッと薄笑いしている単細胞生物のような僕と、そのDNAを確実に背負ってしまって年末の過ごし方で途方に暮れている娘が乗っている緑のVITAは晦日の東京をヒラヒラと駆けめぐる。高田馬場の先の大浪費社会の太鼓持ちのような銀行に寄って、飯田橋で断腸の支払い済まして、モスバーガーのべったりソースにするか、ベッカーズのまったりクロワッサンにするかで真剣にもめて、いよいよ本日本命の「踊る大捜査線TheMovie」の新宿に向かう。映画館を一周するような長蛇の列に加わって、暇つぶしに意味のない携帯かけまくる歌舞伎町の粉塵のような電磁波に耐えながら、親のモラルと恥をすっかり忘れてやっと確保した席は前から4列目。首を折るようにして見上げた大画面には娘の大好きな織田祐二の例のロバ耳がちゃんと動いておりました。小泉今日子のサイコ度、すっごく良かったっス。
 そんな訳で、帰途のVITAの中はなんだか幸せ。今年も予算が組めなくてCDチェンジャーもナビもショックもホイールも無理だったけれど、言ってみただけで本当はそういうの別に欲しくないんだけれど、デフォルトまんまのノーマルVITAとこのアホな浪費日記で何とか一年の常軌を凌げました。別に相手がVITAでなくてもよかったような気もしますが。まあいいや。皆様に良い新年をっス。と願います。



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