●1999年01月05日/火
 自宅近くの公園のベンチでのお正月。一人で平常心で座っています。柴犬を連れた黒基調の美しい女性が右から健康的にやって来て、僕と目をガチッと合わせて、左に残香的に去って行きます。時間と座標の交差を強く感じます。前には幅50m位の噴水付きの池があって、冬鴨の群れが定石どおりの模様を描いて水面を移動します。その向こうには小さく我が妻子が走り回っています。時々訪れる冬の強い風に彼らのバトミントンの羽が流されます。とっても寒いんですよ。それでも飽きずにかれこれ40分は続けています。公園の入り口近くには僕の可愛い緑のVITAのテールが見え隠れしています。青い空には雲もなく、あと小一時間もすれば普通の夕焼け位は見れそうな時間です。こんな時、こんな黄昏な時、こんな思考が開放される時、僕はこう感じます。と言いたいのだけれど、何も感じないんだなー、これが。我のチンケな頭は。ただ一つ、楽しそうな妻子のバトミントンの羽を追って思った、今年最初の感情らしきものは、僕って別に必要ないんじゃないかしら? と。かなり楽しそうだったから、僕のいないバトミントン。
 関越自動車道の入口で通行券を引き抜きながら加速するお正月。スピードが増すごとに確実に視野が狭くなって行きます。いつものよくあるあの快感です。VITAの加速は神経を鎮め、僕を正常化へと急激に導きます。速度は僕を少し緊張させて、まともな大人の男としての社会性を復帰させます。スターウォーズのように迫って来ては背後に流れていく標識の多くが僕に社会的責任のとり方、資本主義の中での秩序ある生き方を象徴として教えてくれるようです。いつもやってる事ですが、お気に入りのクレジットカードを財布から取り出して、提示して、了解させて、微笑して、待って、伝票にサインするまでの一連の動作の訳を教えてくれるようです。クレジットカードには誰も封殺してくれない責任をいつも感じます。長方形のペナペナなプラスチックには、大人の男達が支える資本主義の仕組みが凝縮され隠されているのです。僕はこのチンケなプラスチック片で関越自動車道の通行料金を払います。周り回って送られてくる請求書はきっとテストのようなものです。あなたは社会の中で協調性を発揮されていますか? あなたは美しき隣人たちと共に社会をより堅固に形成させていく事が出来ますか? まるで銀行残高という正解を提出してから次のステップに移れるゲームのようでゲームでない現実のつぐないテストのような支払いです。社会が僕を特別に必要としていないのがよーく分かる気分がします。
 家族からも、社会からも、君、ホントはいらないんスッよ、って言われてみたい、振りはまあまあ得意。でも本心はすがるように必要とされていたいから。必要とされる人になるためにやっぱり今年もVITAのお世話になるのかしら、と羊水漂うようなVITAの中で新春に思う。
  


   ●1999年01月12日/火
 右に人がいるから左にハンドルを切るでしょ。そしたら左から人が出てくるから今度は右にハンドルを切り替えす。これを無限に繰り返してやっと駐車スペースを見つけたら、今度はどっかのお姉さんのグッチがVITAのボディに当たってゴン。ヨドバシから出てきた中学生のカラープリンタの箱が当たってゴンゴン。
 西新宿のパソコン街にVITAでわけ入る僕が悪いのですが、まだ続く正月気分で、わがままで、車優位に道路を解決しようと思うと面倒で面倒で。絶え間なく近づいて来る人群がどう見てもただの形にしか見えないので、「どうしてこの街には私のVITAに、ぶつかる形とぶつからない形の2種類の形しかないの?」なんて女優の様にバカ言ってみたい展開を望む僕がバカでした。しかしこんな場所が最近非常に面倒になってきた。歳かもしれない。
 写真素材のCD-ROM買って戻ったらワテのVITAに寄りかかるようにしてドコモしている変な若い女の子がいる。体重の半分以上の荷重をワテのVITAにかけた瞬間を狙って、密かにエンジンかけて急発進してやろうかとしばらくチャンスを伺っていたが、なかなか敵もさる者。VITAに体重をあずける様でまた元の姿勢に戻る。漫画のようにはなかなかキメさせてくれない。
 彼女のいでたちは変。超に変。ピンクのエナメル靴、薄ピンクの厚手のストッキング、白のフワフワが付いたウサギの皮で特注したようなピンク色のハーフコート。頭にはピンクのリボンまでが見え隠れする。おまけにそのドコモN206Sにはピンク系のストラップがジャラジャラ付いていて、2匹のキティが彼女の白い指の間でフェチる様子が室内ミラーにハッキリ見てとれる。そして、もっと恐ろしいのは、オー、おぞましい、そのドコモに放つ声は明らかにオトコだった。
 彼女、いや彼氏のポシェットから何かが落ちて、かがんだ彼の何かが僕のVITAをまたもやゴン。今度は結構強烈なゴン。僕はパワーウインドを開けざるを得ない。首を出して余裕顔で振り向く僕に彼のリボン頭もゆっくりと回る。「ごめんなさいネ」と低い声がどこからか気づかぬうちに放たれた。あれー案外綺麗。予想外に綺麗。足も信じられないほどに綺麗。しかもチラリとのぞく前歯は定石のアバガードの白。完璧のFFFFFFの白。でもちょっと、かなり歳はいってそうだ。
 もしかして50歳は上回るかもしれないピンク男は買ったばかりのAtermを抱えて西新宿の地下階段に消えて行きました。後ろから見ればまったくの女性。しかし彼の行く手には人が避けるように道が自然に開けます。今夜、彼のISDNはいったい誰に何を送るのでしょうか。僕はふとVITAの中で置き去りにされた手帳のように考える。彼とは友達になってもいいかもしれない、異星人のように時間をかけてね、と。


   ●1999年01月19日/火
 ミラーを覗くと、僕の後ろが赤のVITAで、その後ろが赤のマーチ。知らない3台の車が中杉通りを縦列に走る。先頭の僕はようやく駐車スペースを発見。僕が左に寄せて神社の前で停車すると、赤の2台が僕の右側をゆっくりと追い越して行く。赤のVITAには中年の男女2人と柴犬一匹が乗っている。赤のマーチには5人の若い男女が乗っていた。合計7人と1匹の視線が僕の顔をガラス越しに直射して前方に流れていく。赤のVITAは信号を直進して青梅街道の方へ。後ろの赤のマーチは阿佐ヶ谷駅の北ロータリーに右折。関東バスの大きな赤の中に小さな赤が鯉と金魚の共存のように分け入っていく。しかし寒い。
 歩いて阿佐ヶ谷のロータリーに入ると先のマーチ5人がカメラに向かってポーズを決めていた。通行人を捕まえてマーチを背に5人が何かの記念写真。前に屈んだ若い男子Aの顔はほんのり赤い。ワイン位は飲んでそうで小さなパーティの後みたい。なんとなく離れている隣の女子Bに「もっとソバにおいでよ」、続けて「そんな寂しい顔すんなってよ」。女子Bは笑いながらもっと男子Aのソバに寄る。横で男子Cが「もっとくっついてサ」と女子Bの背中を男子Aの方に押す。夕陽に向かって走り出す男女がよぎる。合計2枚のシャッターが下りて解散。女子Bはマーチからバックを取り出して駅の構内に歩き出した。4人の男女は真っ赤なマーチの側で見送っている。しかしここで男子Aがとんでもない大声で叫ぶ、「しーちゃん、忘れんなよ!」。女子Bこと“しーちゃん”が振り向いて、阿佐ヶ谷駅ロータリーの人間全員も一斉に振り向く。
 何があったのか、どういう関係なのか、これからの“しーちゃん”にいったい何が待っているのか。無言で想像する娘の手を引きながら僕の頭も活発に想像している。自動改札から階段を上がっていく“しーちゃん”の後ろ姿を視界の隅にフェードアウトしながら南口の商店街に構内を抜ける。「貸した金、忘れんなよ!」じゃない事は想像できるけど。
 南口商店街の中程、携帯電話屋の手前には柴犬を連れた赤のVITAの中年二人がいた。隣の魚屋の匂いに落ち着かないのかいくら押さえても柴犬Aが言うことを聞かない。そうこうして一発吠えた。中年男子Bが「ロン、おとなしくしてなさい!」の一喝。柴犬Aこと“ロンちゃん”は中年女子Cにも頭を叩かれついにシュンとなっている。中年女子Cは夕飯の魚を夫Bにまかせて、その間に“ロンちゃん”を連れてワインを買いに酒屋に向うとの事。前方10mを赤のVITAの奥様Cと愛犬“ロンちゃん”が真の親子のように歩いて行く。奥様の陣痛が見えるような愛情である。
 知らないどうしの3台が同じ道を縦列に走り、必然と偶然がどこかで優しく絡みあって、知らぬ間に知らぬ人とヒョンな所で交差する。地域社会の基本のような接触の中に知らなくてもよい事に触れる僕の好奇心は少しだけある。もし先頭の僕が何かで急ブレーキを踏んでいたら、もしかして3台の車は事故っていたかもしれない。そうすると、もしかしたら“しーちゃん”が“ロンちゃん”の頭を撫でる位の新しい因果が生まれたかもしれない。複雑に重なり合う偶然と必然が無限のリンクを生んで、その上で現在の僕が秒針のように進行している。確かにそう考えると実に不思議で神秘な世の中だけど、でも、やっぱり、願わくば、透明人間のようになれたらなー、と振り返ってめんどくさそうに僕は思う。


   ●1999年01月26日/火
 チェーンを積んで行ってよかった。まさか雪になるとは予測もしなかったから。いつとはなく妻がチェーン持参を強行に主張するので、しぶしぶ言うことを聞いてあげてVITAの小さなトランクルームに出発間際になってネットチェーンをむりやり押し込む。おかげ様で無事に帰ってこれましたけど。
 富士山麓は山中湖近くの杉並区の公共の宿で土日一泊。とんでもなく広い敷地に客は数人のガラガラ状態。区民用の公共施設のわりには近代的なお金がかかった凝った建築で、案内された部屋は15畳と広し。食事は申し分ない。しかも、誰もいない体育館、誰もいないテニスコート、誰もいない大浴場を自由に使って一人一泊5000円ポッキリだもんな。申し訳なくて年輩の従業員の方がやって下さる布団の上げ下げを手伝ってしまった。ごめんなさい杉並区様、まだ例の税金払ってないのよね。
 土曜の午後のVITAのボンネットにはマウント富士と青い空と、飛行機雲。とにかくストレートに伸びる飛行機雲が印象的な場所。定期便の空路になっているのでしょうか、次から次へと青空に出来る白い平行線。しかも背景は天下の富士山だもんね。やっぱり名所ですよ。でも核弾頭を積んだミサイルってあんな感じで飛来するのかもしれない。綺麗な雲ね、なんて見とれている内に第1波が襲って来る。恐い。上ばかり見て走っているといつしか事故る富士脇の国道138号線だ。
 しかしこの辺はかなりの頻度でVITAに遭遇する奇妙な場所みたい。どうして? 都内を走るよりも多いくらいだ。約10台すれ違って5台のドライバーと目線が絡むどこかくすぐったい記憶。確率5割の変なコミュニケーション。役に立たない連帯感。だからどうしたの、たまたま同じ車種に乗る人種にどんな共通点があるというの? なんて、ついからみたくなる眉毛が45度の視線もある。それならこちとらも、突きはなすような逆目線を返すと、意地悪が2倍になって返ってくるような倍戻し鋭角視線ビーム。ジャンケンをしているようなすれ違いで疲れる。俺だっていつもパーばかし出してはいられないのだ。もしかしてこの辺の人達ってめっちゃ排他主義? それとも分かるのかしらね、人の心が。
 日曜の朝、起床すると雪でした。食堂で豪華カニ汁朝食している間にもシンシンと音もなく積もる東北山中のような清い雪片。だから今年初めてのチェーン装着に一人で突入。白い世界で白い息吐きながら無心でタイヤと格闘していると得体の知れない何かから開放されていく自分がとってもよく分かる錯覚のような朝。でも得体の知れない何かは毎度のごとく不明。いつもポケットの中でかけるわけでもなく大事に遊ぶPHS。久々にその圏外に飛び出て初めて得る空白のようなアナログの時間だった。しかしPHSのアンテナ表示が1本もなくなると妙にあきらめが付くのは何故だろう。
 帰りは中央高速。談合坂サービスエリアと八王子の中間位まで激しい雪が続く。ルームミラーにはいつもの妻子の寝顔が斜めに重なっている。FMもテープも鳴らさないロードノイズだけの静かな小さな閉所な幸せである。これぞドライブのようだ。なぜかVITAには雪がとっても似合うと皆が口を揃えたように思えた。
 
●祝開店! 新しいOPELクラブ「OPEL FAN」
 http://www.aurora.dti.ne.jp/~shimi/
●車関連情報検索エンジンの開店だそうです「CAR SEARCH ENGINE」
 http://www.rpspower.com/
  


   ●1999年02月01日/月
 行きつけの立ち食いソバ屋の前の路上にハザードを点滅して止まるメルセデスのSがいる。洗車がゆきとどいていてタイヤも黒々とテッカテカ。運転席のロン毛の若い男性がソバを注文する僕をなにげなく上品に見ている。彼の視野の中の僕はきっと街の風景のように振る舞わなくてはならないのかしら。これがNYだったらやっぱベーガルでしょう。果たして僕に似合うかしらね、しかしここはどうみてもチンケな飯田橋。
 立ち食いソバ屋の天ぷらソバが350円。1000円札出しておつりの500円玉・100円玉・50円玉が各1枚づつ。カウターの中でソバをさばくお姉さん、外のメルセデスばかりに気をとられて、よそ見しながらつり銭渡すもんだから、100円玉が手中からはじけて僕の食べる天ぷらソバの汁の中にチャポっと音をたてて落ちてしまったじゃないの。僕と隣のおばちゃんは気付いて躊躇するが、とうのお姉さんは気付かぬ振りをして次の客の注文なんぞを受けて忙しそうにしている。
 メルセデスとすれ違う度に思ったりするのだけれど、もちろんメルセデスに乗る人種というのも色々だろうけど。例えばシャネルとかグッチとかカルチェを身に付けるヨーロッパ人の階層意識と日本人のそれとはちょっと違うように、メルセデスを所有する人の物欲意識もかなり国によって違うんじゃないかしらと思う。日本の、家が無くてもメルセデス、っていう底上げ的一点豪華主義系の人と、家も有ってのメルセデス系の高位置でバランスに富んだ生活力のある人と、身分相応・不相応なんて関係ないやい理屈なしのメルセデスファンとが団子になって参加するメルセデスオーナーズクラブ一泊ツアーなんてのがあったとしたら、その夜の宴会はどんな会話かなーと思う。
 毎日の食事をソバだけで我慢してもメルセデスを維持したい人や、生まれた時にはすでに私の家庭にはメルセデスがあたりまえのようにありましたよ、なんて人や、そんな事どうでもいいじゃないですか楽しければ、と超えてみせる人達が酒を飲みながら平和に交わす丸い会話をVITAに乗って聞きに行きたくなるような問題提起を、メルセデス、特に若いカッコイイお兄ちゃんが乗っているメルセデスにはよく感じるのですが、これは単なる日常的金欠症の副作用と、身体的コンプレックスを少なくても5つは即答できる変な自信からくるものなのでしょうかね。
 なんだかんだとメルセデスを横目でとらえてソバをすすると、ありました汁の中の100円玉。ソバが少なくなるにつれ、ワリバシの先がトンブリの底で丸い金属をとらえる感覚がはっきりしてくる。どうしたもんかなーこれ、と思う。もう食べちゃったしなー、今さら店の責任を指摘してお姉さんに謝罪を求めてもなー。
 どんぶりの底にたまった最後のソバ片をハシですくった時に一緒に口の中に入ってしまった100円玉。閉じた口から舌で押してスーっと手品みたいに出してお姉さんに、ご馳走さん、と怨念の一言。ほんの少しだけ笑ってくれたお姉さんの軽視の視線は、僕の100円玉からすぐにメルセデスのガラスの中のロンゲ君に移っていったのでした。これでいいのか? 田中!、おまえの人生。
  


   ●1999年02月08日/月
 自宅の居間には東に向いた朝日の覗く光の射す窓がある。娘が小学校に通う後ろ姿をこの窓から逆光の中に見送るとまるで白光の中に娘が吸い込まれるようにして視界から消えて行く。どこかの星から来た宇宙船の発する膨大な光の塊の中に娘が登っていくようで、もしかして娘は特殊使命を背負ったエイリアン? なんて想像しながら朝の支度をしたりしている。その窓の下の道路はすぐ先で右にカーブしているからそこを通る車も人もみんな強い朝日の逆光の中に消えていくように見えてしまうから結構ハマる大好きな窓なんですが。
 ミスチルなんて略していうと、この歳になって恥ずかしくない? なんて聞かれたらどうしようと思いながら新しいミスチルを娘の織田祐二といっしょにCDレンタルしてきた。ただでさえ、光とか夢とか未来とかいう言葉に弱いのに、光の射す方へ、なんて唄われるとそれだけで体の動きが止まってしまう。だからVITAに乗る時はなるべく聞かないようにしているけどFMでガンガン流れているからステアリングを握りながら聴き入ってしまうとこれがとんでもなく恐い。手足が勝手に僕を裏切って光の射す方角にハンドルを向けそうになるのだ。膨大な光の量の中にVITAで突入していく快感、その元のような化学物質が僕の体内を駆けめぐると、より快感の度合が増して死への拒絶がどんどん無くなっていくのが運転中にわかるくらいである。
 確か10代の後半に、太宰だったかトルちゃんだったか誰だったか、光の中を光あるうちに進め、と言われて狂喜するまでに舞いあがった青春時代以来の動揺を背筋に感じながらミスチルをVITAの中で聴いていると、外灯の光の下で死んでいる夜行虫の放つ定めのようなシグナルに同期するような気持ちになってしまうからよけい危ない。何も考えずに何も恐れずに習性的に光体にぶち当たっていく姿にVITAの中で一人引かれていてはやはり危ない40代の運転だ。
 今朝も居間の光の窓の中には色々な人と車が吸い込まれて行く。毎朝僕が食事中に家の前をかならず通る120kgは超える超肥満男がステアリングを握る右に傾いたラウム、早稲田通りの小さな工務店に出勤するくわえ煙草おじさんの紺のマーチ、忘れた頃にやって来るゴトゴトと地表スレスレに通過していく出生不明のフェラーリ、先の中学に登校するナイキからニューバランスに変えた生徒達も、みんな朝の逆光の中に、光の射す方に進んでいく。身を潜めるように彼らを見下ろすと本当に時空を超えて行くように見えるから不思議。


   ●1999年02月16日/火
 ルナシーの河村隆一は「目で女性を殺す」と昔から言われているらしい。どの目かというと、よく知らないのですが、あの潤んだ一点を見つめる真剣なマナザシっつう目らしい。と仕事をもらっている会社の営業が密かに言って帰ったので、目をパチパチやって鏡の中の私の可愛い目を覗いていたら、横の妻が、何をしているのか、と聞くので、かれこれこうで、と理由を話すと腹を抱えて大笑いしている。しかも今にも死にそうな位に笑い転げているから結構腹が立った。
 今までかつて、40数年も生きて来て、一度も誰かを目で殺せせしめたような記憶はないからどうゆう感じなのか良く分からないけど、たぶん、じっと相手の目を見続けて話している内に、なんとなく相手の女性が舞い上がっていくような、紅潮していくのが分かるような感覚? それってもしかして俺のせい? なんて自信に満ちあふれた人生を送っている男がこの世の中にいるという事実を考察しつつVITAを運転してると、いつもの交差点。
 信号は赤。対向車線にはマルセイユレッドのGLSが止まっている。気付かれても別にいいじゃないの、と思いながら気付かれないように目線を向けると、30代の女性が一人でステアリングを握っている。出生不明のなかなかの女性。ドイツの寵児VITAによく似合う雰囲気が交差点全域にまで漂うヨーロピアン、スーベニアン?。しかもだてにお互い歳とってないぞ。小さな交差点なので顔の表情までよく分かるし、何よりもあちらもこちらを見ているらしい。しかもこっちもおんなじVITAでしょう。もうここは目で殺すしかないでしょう。と思った瞬間、僕の斜に構えたメガネの奥から放たれた必殺イエロー視姦視線にこれまた笑い転げるような動きありき。
 正直いって、こういう類の事ばかしを味わって来た人生。硬派にはついになりきれずバレンタインデーが訪れる度に苦い想い出ばかりが甦る昨今。なんだかつれない表情を残してVITAに乗っても、助手席の娘は自作のチョコレートの事で頭が一杯らしい。親が運転するVITAで男子の家までチョコレートを届ける娘の親、そう、僕にも解決しなければならない問題は山ほどある気がしてならない。河村隆一の目はいったい何を語れるのだろうか。
PS. 関係ないけど、娘の小学校が火事だという電話が今日昼過ぎに入った。娘は無事だそうだが他が心配である。信じられない。火元の給食室の裏手は確か駐車場だ。


   ●1999年02月23日/火
 空室になっていた階下のアパートの一室に綺麗な女性が引っ越してきた。この所の景気の悪さもきっと影響しているのでしょう、なかなか借り手が決まらずにいた最後の一室がやっと埋まってくれて僕としては一安心。正直な話、最近の本業もこれといってバッとしないし、バブルの頃のようなおいしい話なんてあるわけないし、一部屋でも空室になるとローンの支払いにすぐヒイヒイ言ってしまうのが現状である。しかし偶然だが、これで4部屋全室が女性の入居である。そして2Fに住む僕らも含めてこの建物に住む男は僕だけという事になってしまった。なのに、毎晩階下から聞こえるあのなれなれしい男の声は…、なぜ?
 その新しい女性はバイクと共にやって来た。大昔の映画「オートバイ」のように黒い皮ジャンと真っ赤なバラで決めている訳ではなかったけれど、まあまあのバイク乗りらしき絵柄を醸し出しているそのしなやかな肉体。バイクも軽るーい原付なんかじゃもちろんありません。スタンドを立てる仕草もメットをとる仕草もなかなかのものでカッコイじゃん、まじマブイじゃん状態。「私さーあ、こんど下に越して来たヨーコ、よ・ろ・し・く・!!」とは残念ながら放たれませんでしたが、まあ礼儀正しいしっかりした女性。しかしですね…、しかしですよ、挨拶に来た別れ際、「ところで、すみませんが、下の駐車場の軽の前にバイク置かせてもらえませんか?」「ハ?」「だから、あの軽の前に」「軽?」「はい、あの緑のケイ」「……」。おそらく僕は気が付くのに5秒はかかったと思う。駐車場にいる僕のリオベルデのVITAの事に。これが、[なんだかなー、その1]
 先日、娘をVITAの助手席に乗せて環8を疾走していたら、街道沿いの大きな本屋の看板「BOOK」を見て、隣の娘が「ボカ?」って自信なさそうに発音していた。この僕の娘、彼女はもうすぐ小学4年生だ。娘には、保育園時代からだから、かれこれ4年にわたって英語を習わせてきた。本格的なインターネットのボーダレス時代が来ると踏んでの親としての期待と投資である。しかしですね…、しかしですよ。週1回、月4回で月謝が確か6500円だったか? だから、これ掛ける12月×4年である。計算すると合計31万円。31万円で「BOOK」が「ボカ」になった。これが、[なんだかなー、その2]
 今日の昼休み、皇居へと続く目白通りに並ぶ誰も乗らない長がーい客待ちタクシーの列を見ながら、ベッカーズの2階で固たーいハンバーガー食べて、[なんだかなー、その2]を思い出してガックリしてたら、「なんだかなー、その1」も思い出して余計ガックリ来てしまった。眼下ではレッカー車が駐車違反の赤いアストラの前輪を持ち上げたところ。財政難だからか最近は直ぐにレッカー移動だ。都知事が変わっても景気変わらないんだろうなと思うと再度のガックリが襲う。



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