●1999年05月06日/木
 にわかにかき曇る天空を右上45度に一瞥して、右中指に軽く支えるラッキーストライクに細目プラス首45度で火をつける。喧噪の駅から逃れて密集するグレイハウンドの間をヨタって東に向かうと、左手に2件、右手に1件の中型カジノ。その路地奥のプールバーのミステリアス・ウィドーを横目にとらえながら怪しげなドラックストアの角を曲がる。キャッシュの客には妙に愛想がいいアイリッシュバーのオーナー・ジョージが今日も軽く俺に手を振りやがる。笑わせるぜ。俺もシァイに中指を押っ立てると、向かいがいつものジェニーがいるカーフィ・ショップだ。ちょっと遊んでいかない? 又にするぜ、ビイビー。その先のショッピングモールを抜けたスポーツジムの有料パーキングに、今夜俺はVITAをもう何時間も待たせている。待ったかい、ハニー、HA? ってバカかおまえ。
 グレイハウンドを関東バスに、カジノをパチンコ店に、カーフィ・ショップをドトールに、アイリッシュバーを居酒屋ムラサキに、ドラックストアをマツモトキヨシに、ショッピングモールを西友ストアーに変えて読んでも、何ら、さえない商店街だよなー、ここ。60年以上も各駅停車しか止まらない私鉄の駅、40年も開発が止まっている街。これが僕のシマだ。もし国会議事堂あたりの頭上で核弾頭が炸裂したら間違いなく一瞬にして蒸発してしまう位の都心との距離。人は住んでいる、沢山。しかし何故か昔から変化しない所なのよね。
 こんな街の雰囲気に変調が見え始めたのがだいたい1年くらい前? この駅周辺を牛耳っているといったら言葉が悪いけれど、昔からの大地主がいる。その一族がこの辺の土地のほとんどを所有していて、駅周辺の商店街の土地はすべてそいつらの借地権との噂。こんな背景が開発を遅らしている原因の一つ? それが長期の不景気のせいか、土地の値下がりのせいか、膨大な固定資産税に耐えられなくなってきたのか、誰か大物が死んだのか? ここにきてやたら開発の足が早くなって来た。
 西友ストアーの裏にもこの地主が所有するモルタルの平屋のアパートが建っている。昔の共同トイレの長屋風で、改装・改修を繰り返して35年前の原形を今だにとどめている。その奥から2番目の右側のドアに清水君一家は35年前住んでいた。清水君は僕と小学校の同級生の通称・仲良し。お父さんは飲んだくれの何かの職人。お母さんは若くて、ちょっとそこらにいない美人。弟は鼻たれ小僧だ。そんな一家の共通点はなぜか車。よくお父さんの運転する三輪トラックにギュウ詰めになって駅前の交番を挑発していた。幸せそうだったなー。
 僕は学校の帰り道よく彼の家に寄り、宝物の車の写真を縁側で見せてもう。お母さんはいつも溶けるような髪をしていて若く綺麗で、内職をしながら僕達の話を横で聞いてくれる。ブラウスに透ける下着の線にドキドキしながら清水君の車話を聞いているように振る舞うこすいガキ。そんな私がいつだったか清水君から車の写真を数枚もらった時、宝物であるはずの車の写真を安易に差し出す清水君を見ていたお母さんは、「感動しないものは捨ててしまいなさい」と厳しい口調で彼に言った。
 今年のゴールデンウィーク、後半は暴飲暴食がたたり腹痛で七転八倒。VITAを駐車場に置き放ち、ほとんど家から出なかった。やっとの最終日、昨日夕方、西友ストアーに買い物にVITAで外出。お客様専用駐車場を使わずに裏に回る。もう少しで取り壊されるであろう古いアパートの前にVITAを止めてゴロゴロいう腹を押さえながら遙か昔に一人黄昏ておりました。清水の夢はレーサーだったけど。


   ●1999年05月10日/月
 去勢された馬とか牛は見た事がないけれど、去勢された犬に触れた事はあるし、去勢した人間のお友達とも時々は会って楽しくお酒を飲んだりしている。昔、青年時代の頃、それもその初期の頃によく、あんた去勢した方がいいんじゃない? なんて言われて、俺、夕べ、焼肉食ったからな、なんて軽るーいノリを返してケラケラ明るく笑って寝室を出る若い夫婦がいた、もしくはいたとする。今この年代になって彼らの行動を振り返えると、体力的には若干うらやましく、精神的には非常に忍びない生活をしていたように感じる。去勢が高尚に近づく特殊な手段とも思わないし、性器で考えるか頭で考えるかの相違も気にした事はないが、もし僕に先天的に性欲がなかったとしたらどんな人生になっただろうかと考えるとおかしい。過去に(あるいは今でも)性欲が支配した膨大な時間を順序よく再編・最適化する事ができたとしたら、どんなに充実した高密度の今の自分が存在するのであろうか。なんて事を去勢されたがごとく走るVITAに乗りながらふと思う。案外時間をもてあますだけのいい人だったかもしれないけれど。
 連休前に駐車場のVITAのルーフアンテナを回して外して、しかも私にだまって持って帰ってしまった、とんでもないヤツがいて。これは明らかに犯罪で、盗難に気付いた直後は腹が立って腹が立って、なかなか平常心に戻るまで時間を要した。妻や娘は当初からアンテナと呼ばずにそれを、VITAのツノ、と呼んでいたので、ツノを折られてしまった後のVITAを見る度になんだかなー、決定的な生気を抜かれたかのごとく写り、やっぱ変だよ、おまえ去勢されたみたいね、なんて小声でつぶやいたりして、なんだかお互いフヌけてしまった様にステアリングを切っていた。
 オートバックスなんかにも安いサードパーティーのショートアンテナ売ってるらしいし、ヤナセで買ってもそんなに高価なものではないらしい。だけどこういう物って、なんとなく新しく買うの、やなのよね。そうだ、とひらめいてBBSでお願いしたら近場の方で譲ってくれる人みっけ。有り難うございました、とばかりに昨日の日曜日、出かけて行きました。ブレードランナーをも彷彿させる未来型高層住宅にお邪魔して、小さな小さな針金のようなVITAのツノを持ち帰る私。そんな心のバランスを読むかのように道路に照れるVITA。なんて、アンテナがないだけで何故ゆえに気持ち悪い程の擬人化野郎になっちゃうの?
 新しいルーフアンテナをVITAに装着した帰り道、我がVITAのエグゾーストは新妻からのパイプカットを寸前でまぬがれた狼男のように新しい生気を吹き返して生き生きと環状8号線を南下している様子だった。かも。いよいよもって今晩は焼き肉かな? とため息に近い独り言をちょっとだけVITAの中ではく。(実際は娘に合わせた甘口カレーライスだったけど)
  


   ●1999年05月17日/月
 我が家の日曜日の定例になってしまったサンドイッチ屋にVITAで向かう。土曜日の図書館で読んだピアかなんかのインタビュー記事についてリアシートの妻が話す。ジャン・レノ車が好きみたいよ。うん? ジャン・レノ? って、あのレオンのか? しかし、ジャン・レノも、の「も」という事は、僕も車が好きだという前提で妻は話しているみたい? しかもこの「も」はジャン・レノと僕は一時的にも同格という事か? なんてVITAのハンドルを切るごとに気があちこちに散る。今の奥さんは三人目みたいよ。そうか、彼は三人目か。だったら僕は二人目である。一人負けたけどこれもやや同格か?
 彼の車の趣味は、好きな音楽を聞いたり、一人の空間を楽しむためにあるみたい。家の中ではなかなか本やCDを満足に楽しめないので車の中に時々逃げ込むんだって。そうかこれも同感である。古典的だけどポピュラーな車の使い方じゃねえか。日本もフランスも何ら変わらねえじゃんか。前のバスのSTOPランプが急に点灯する。深夜のVITAは僕のサンクチュアリーでもある。そうか、何もかも僕はジャン・レノと同じなのかー。違うのは肉体だけかー。だから何なんだ? 確か交通安全週間中である。いつもより丹念に駐車場所を探す。話は当然のごとくうわのそらだ。
 サンドイッチ屋の帰りに阿佐ヶ谷の商店街を歩いていたらホンマもんのフランス人のお父さんに出会った。お母さんは日本人。息子は当然のハーフだ。お父さんは鼻が高くて足が長くてとっても流暢にフランス語を息子に向かって話している。当然と言えば当然。吐いた煙草の煙を執拗にしかも意味ありげに追いかけるようなあのカメラアングル。そんなフランス映画を妻がいくら支持しても僕はあまり好きくはない。でもこの流れるようなフランス語はいつ聞いてもかなり好き。
 一方、その隣で僕は鼻が低くて足が短い愛しいこの肉体を大切に保ってとっても流暢な日本語を娘に向かって話す。まあこれも当然。この親子六人が電気屋の前で同じテレビに見入る。東京11R・NHKマイルカップ、僕の買ったタンホイザならぬマチカネキンノホシ(ダセー名前だこと)と彼が買ったと推測するマイネルタンゴが仲良く並んで敗れる。フランス語と日本語の落胆の声が阿佐ヶ谷の電気屋の前に思ったよりも交友的に流れた。これもやっぱりいわゆるシュールの部類ですか?
 中杉通りのVITAに戻ると4台前の青のデミオが強引にUターンをかけている。対向車線には10台程の車がそれを待つ。フランス時間流に焦るふうもなくハンドルを切り返し僕たちの前をゆっくりと通り過ぎる時、フランス人のお父さんが軽く僕たちに手を振ってくれた。妻と娘の頭の中の一部ではジャン・レノと彼の姿がフランス映画のように意味ありげに交差しているかもしれない。僕の手も一番最後に、消極的に、少しだけ、かろうじて、きわめて反抗的に、上がる。


   ●1999年05月23日/日
 事務所のMacはG3で300MHzで動いている。自宅のMacは601の70MHzだ。300に慣れきると70がとてつもなく重たい。仕事を自宅に持ち帰る自分が悪いのだけど、300を知らないで済んだらどんなに気が楽かと思いながら70でトロトロ仕事を流している。娘が友達とプールに出かける。妻はPTAの連絡網に電話をかけまくる。三人三様の日曜日午前。天気が良いのでたまにはVITAを洗ってやろうか、と思うがいつもの様に気が変わる。
 午後からは家族三人の利害が一致? 世田谷は二子玉川へとVITAをとばす。そこには犬好きにはたまらない場所があるのだ。好みの犬を指名して、抱いて触って、連れ出して、なでくりまわして、大人一人1000円ポッキリである。柴犬からシープドックまで20種程の犬が寂しいあなたのご指名をいつも待っている場所。犬が好きで好きでしょうがないけど、今住んでいるマンション、ペット不可なのよね。なんて人がどこからともなく集まって来る。その数なんと1000人はいた。場内すべて犬好きフェチで蒸れかえっているから何ら遠慮する事はなさそう。人気のあるコリーやダックスフンドなんかの体にはたえず数人の手が伸びていて犬も落ち着いて寝てられない状態。みんな抱きたくてしょうがないから最後は本気の奪い合いだ。マルチーズの前足と後足を奪いあって喧嘩になったりしている。
「お触りタイム」が終了すると待ちに待った「お散歩タイム」のお時間。300人程が我先に順番を争う。娘のお目当ては足の短いコーギーのクロちゃん。「クロちゃんの、ご指名ー!」の場内アナウスが流れ、クロちゃんのたずな?を渡され場内一周のお散歩にいよいよ出発。あのバニラさんを連想させるような人気薄のブルドックを後目にダンゴのような尻尾を揺らしながら仲良く会場を出ていった。
 娘と妻は犬を飼いたくてしょうがない。VITAをどかしても駐車場に犬小屋を置きたがっているらしい。しかし我が家では犬を飼えない事情が多い。おまけに、同居はしていないが今年84才になるおばあちゃんは超が付く犬嫌いだ。だから僕はいつもごまかしている。こんな僕達に似たような境遇の人が東京には沢山いるらしい。そんな欲求不満を発散すべくこの「ドッグランド」は毎週満員との事。
 決してつまらなくはない。好き勝手に過ごしたいとも別に思わない。極論すれば家族が僕を律し、癒し、悟し、修正してくれていると思う。でも、こんなもんかな? といつも日曜日の度に思う。娘に妻に誘われて、娘を妻を彼らの望む所にVITAで運ぶ。今日の目的地には犬がいた。森林浴やアスレチッククラブのような犬。犬と戯れる娘と妻を写真に何枚も残す。気が付くとみんなお父さん連中は同じような事をしている。今どきのモンモンを入れた金のネックレスのお兄さんさえ、ちゃんと父親らしくしている。少なくても世田谷の日曜日はちゃんとスタンダードに機能しているのだ。
 二子玉川からの帰り道、環8が混んでいたので成城の町を抜けた。ここはかの日本一の高級住宅街? その中でも特に広い旧屋が目を引く。山麓の鬱蒼とした小森に続くような広大な緑の庭にシルバーのメルセデスが一台。その横遥か遠くに青いメルセデスが置いてある。ここでは建ペイ率も容積率も排気量も書庫証明も、はなっから眼中にない。女性の高い声がどこからかして青いメルセデスの開いたドアからゴールデンリトリバーが家屋の中にスーっと消えていった。その間、1分はあったように感じる。木立の中からブルーベリーでいっぱいのカゴを抱えた上品な少女が出て来そうだ。
 僕は人間が出来てないらしい。愛のある家族の日曜日の過ごし方も、大邸宅のゴールデンリトリバーも、何ーんにも知らないで済んだらどんなに気が楽かと環状8号線の赤信号でほんの少しだけ思う。娘と妻は狭いVITAのリアシートで疲れ果て重なり合って寝ている。いつもの日曜日的心情に襲われる。噂によると一流は家族をも捨てるらしいが。


   ●1999年05月25日/火
 午後7時のJR飯田橋駅前が何やら騒がしい。オオオ芸能人か? ズズズと近寄るとそこには脱毛なさったオジ様方がウヨウヨ動ごめいておられた。ニューハーフとお呼びするにはちょっとばかし抵抗ありきお歳の方々ばかりだ。どうみても僕より年輩のお方達である。さすがにスカートを召している方はいなようだ。でも皆さんやはり変。変、ヘン、変だよあなた方、何か。パンタロンっつうの? 皆さん、おばさん連中が愛用するような伸びる生地のズボン?
 当然のごとく会話はすべて女性口調。あらーヤダー、私しらないわよー、困るわー、なんてワイワイガヤガヤ。ハンドバックらしき物を腕にかける仕草に完璧な年期が入っているホンマもんだ。その中でもひときわ目立つオカマ氏がいる。この団体の中心人物のようであちこちから声がかかる。彼女?の口紅が付いたタバコをもみ消す視線が僕に向けられ、僕の眼球がいきなりたじろいている。どうしようかと思う。
 ところで、おまえらここで何してるの? どこへ行くの? これから何が起こるの? 実を言うとこの年代の人には僕はチト厳しい。もしかして醜い偏見を持っているのかもしれない。本来だったら今だにカウンターの暗がりでホワイトリカーかなんかで作った酎ハイで視力つぶして新宿西口でゲロ吐いててもおかしくない世代じゃないの? あの変質的なエネルギーはどこに行ってしまったの? 紛争というあなた方の甘味に響く言葉はどうしちゃったのですか。俺を、俺達を先導し感化した抑揚のあの語り口はどこに忘れてしまったのでしょうか。という本音をダンゴに丸めて、30度を越す蒸し暑い今日の千代田区の皇居の上空にでも渾身の力をもって投げ込みたくなった。
 580円のハンバーグライスに250円のビールを付けて、本屋でパソコン本拾い読みして、午後8時前に再び駅前に戻る。でも彼らはもういない。残業のたまる事務所に向かうと遠くから目白通りを紺のVITAがヨタヨタ走って来る。二人乗ってる。僕にはもう追いつけないVITAが似合う若い綺麗な男女。籍が入っている正規の夫婦かもしれない。夜が始まる渋滞の中で苦しそうにボンネットの中でクーラーがうねり声を上げる。中の二人は深刻な表情を浮かべ何かを話す。清く正しく、なによりも衛生的にVITAに乗る理想の所有者のようだ。あなた方のお父さんが新宿の地下道でゲロを吐いた時代を決して悔しがったりしない若い世代。例のリコールが頭をよぎる。あれって整流器だよね? 注射針のようなダイオードが加熱し融解し、炎上するVITA、破裂するVITA、液化し変異し、最後には浮遊してアテのない銀河へと飛び去るVITAが首都高速の頭上のまだ黒くない雲に写るような気分。分からないなー、分かりやすく言うとどんな気分? うーんと・・・(頭に指をあてて) 何やら初夏の夕方の重い瞬間が体内を通過した気分? あと数日で夏が始まる。
 昨日は雨だった。今日の東京地方はガンガンに暑くなった。今度の金曜日は随分とお世話になった方のお葬式。一日おいた日曜日は娘の楽しみにしている運動会だ。これをもって明暗などとは決して思わないが、複雑な気分で事務所の階段を上がる。腹がくちくてまだ仕事にならないみたい。お世話になった故人はクラウンの最高級グレードに乗っておられた。僕と違って運転と事業と人の動かし方がとってもうまい大先輩だった。まだあの当時の運動を、もういいでしょうに、という位に引きずっておられた。志だ。
  


   ●1999年05月31日/月
 水温計の異常な上昇はないが、ヤバい。またパワー窓が少しばかりギコギコいい始めた。土曜日、お世話になった方のお葬式にむけて中杉通りから青梅街道に左折。渋滞の中でもVITAは一応元気。そういえば、生まれて始めて自分の金で買った新車が家に来た時、それは大昔の事、その始めてのドライブの行き先もお葬式だった事実を思いだす。縁起をかつぐ生前の父が、新車でしかも納車直後の車で葬式に出かける僕を信じられないような目つきで見ていたっけ。死は僕にとってそれ程マイナスのイメージではないのかもしれない。そうそう、その父が死んだお葬式の挨拶状に小さな塩袋を付けた時も何だか納得がいかなかった。古くからの習慣かもしれないけど、なんだか汚いものを清めて下さいとお願いするようで、父の死は別に汚らわしいくもましてや塩が必要な程のマイナスイメージでもないのになー、とか密かに感じた事を思いだす。結局みなさん何を清めるのかしらね、あの塩で。
 随分と大きなお葬式だった。持参した香典をどこに出していいのか分からない程に受付がたくさんある。現職の大臣から弔電が届くような肩書きの方だとはまったく知らなかった。随分と失礼を重ねたのかもしれない。よくぞ僕なんかと付きあってくれたもんだと改めて思う。費用が充分にかかった立派なお葬式なんだけどそれ以上に立派だったのは弔辞だ。会長だとか取締役社長だとか国会議員だとかの、横付けされた黒系統の高級セダンのリアシートからズングリと降りてきた方々がマイクに向かって放たれた弔辞に心打たれた。みなさん秘書なり部下に用意させた和紙にしたためたさぞかし立派であろう弔辞文を持参して来ている。にもかかわらずそれを読み上げる事なく自前の言葉をお話しになる。誰一人として口から出る言葉には難しい表現も気取った話術も感じられない。組織や地位を背負っておられる方々がみな友人・親友の立場で故人に話しかける心温まる弔辞の数々。故人の生前のうらやましいような人間関係の質がはっきりと感じられる。
 葬儀場内にはきちんと教育を受けたお葬式専任コンパニオン嬢たちがセクシーフォーマルに動く。もちろん僕も含めたおじちゃん達の目線も彼女たちの左右上下へとしっかり動く。一方、境内駐車場には効率的な指示を的確に出す黒衣装の美的男性たちが車の動きをしっかり仕切っている。こっちにはおばちゃん達のまったり視線が集まる。お葬式のプロ集団によって完璧に演出されるセレモニー。よく見ているとカラフルな色の車をちゃんと目立たない場所に誘導している。僕の緑のVITAは展示場のようにズラリと並ぶメルセデスの先を曲がりテントの裏。表門からは見えない位置でエンジンを半強制的に切らされる。隣はクマのプーさんが載る赤のマーチだった。でも色での区別だけではないみたい。
 酒の席では故人の口から、いわゆる愛?に関しての話しがよく出た記憶がある。SEXの回数と愛情の度合、年寄りの肉体的愛情の表現、なんて系がお酒の席でのお得意の分野だったかな? これがまた面白いんだ。でも最後にはいつも、女房だけは大事にしなくてはダメだぞ、なんてのが故人のオキマリ。さっきまで過去の浮いた話なんぞを楽しそうに話されていたのに、何か変なの、なんていつも思っていたけれど、遺影の中の明るく微笑む故人のお姿と、花輪の前で周囲に気を使われる奥様のご様子が目の先に重なる度に何だか長年の疑問がやっと解けたような気にもなった。夫婦に関するレベル1からレベル5までの愛欲の疑問。ウフ。いいお葬式でした。帰宅時に玄関で塩なんて使わなかった。


   ●1999年06月06日/日
 娘の運動会の写真が出来てきた。気付かれないようそれとなく撮ってほしい、と頼まれた、お目当ての男子A君の写真が20枚もあった。炎天下の運動会、僕は重たい大昔のシグマの望遠レンズを振り回して娘の好きな男子A君の姿を終始追い回した、ちょいとアホな親をやっていた事になる。
 たくさんの写真の中から写りが良いのを選んで娘がキーホルダー用に男子A君の顔を丁寧に切り抜いている。改めてよく見るとなかなかイイ感じ(語尾を上げて)、イケてる雰囲気の男子A君だ。これなら僕が女子でも少しは傾くかもしれない。上品である。油ぎってない。頭も良さそうだ。しかも、完璧に寝入っている娘の耳もとで、「もう寝た?」 なんて改めて聞いてから、スキンとクリネックスと腕時計をセットにしてベッドに入ってくるタイプでもなさそうだし、小旅行の前夜に寝ないで引いた地図上の赤い線を几帳面にトレースしなければ気が済まない程に車の運転もトロくなさそうだ。
 男子A君のお父さんは誰もが知っている国家中枢機構に勤務されている。常用車は確かマジェスタのような車種だったか。お母さんはPTAの会合にいつも上品なブランド物でバッチリ決めてこられる。VITAのような軽い車種に乗って常に自分の周りの事しか頭にないような僕と、20年も前のヨレヨレのTシャツと安物ズックでPTAに出かける妻が作る生活からは随分とかけ離れているような家庭のスタイルを感じる。だからもし、仮に将来、その男子A君と娘がお付き合いを続け恋愛にまで行き着いたとしたら、僕達夫婦も越えなければならない人間関係がもう一つ増える事になると思う。その事を考えるとちょっと面倒だが結局のところ娘が幸せになるのなら何だってする気がする。太鼓なんていくつでも持ってやるし、自分のチンケな信念なんていくらでも見て見ぬ振りをしてやる。
 あたりまえの事だけど世間には多種多様の主義主張があるらしいから八方多数の方とすべてうまくやって行く事は残念ながら不可能かもしれない。特に妻が言うところのワガママだらけの僕の許容範囲はきわめて短小軽薄らしいから、昨日の土曜日午後に、これまた違う娘の同級生・男子B君の親が大きなアメリカ製の箱型の車でうちのVITAの前を通り過ぎて、少しだけ徐行をして、ダンプカーのような地上高の俯瞰の運転席から、真っ黒のパワーウィンドをわざわざ下ろされて、VITAを視姦、セクハラするごとく貴族な目付きを上下になされて、とても子供を生んだとは思えないような助手席に美しく生活のない足を組む奥さまに向かって一言、「まるでオモチャだな」と捨てゼリフを放たれて去っていかれた一部始終を二階から見ていた私の心模様を折りたたんで娘に話したとしても、男子A君と男子B君と娘の関係はまったくの娘の自由だし、こんなゼラチンのような午後の一コマなんてすぐに忘れてしまいそう。あー、望遠レンズとVITAをもって、ヨーロッパの空なんぞを眺めに行きたい。
PS. 近くの東京日産店で客集めの悲哀のイベントが行われている。新型ウイングロードを見に行くと、焼きそば・ポップコーン・ドリンクの食べ飲み放題だ。しかも福引き豪華お土産付きとのチラシ。世も末のイスラトあり。午後にでも行ってみっかな。


   ●1999年06月07日/月
 携帯電話やPHSに夢中になったり、突然アホくさくなって解約したり、気まぐれのバイオリズムが激しくて、いい歳こえて妻子にバカにされたりしているしがなーい40ヅラ人生だが、TVの中の広末涼子に「やっぱドコモでしょ」なんか言われると「そ、そ、そうだよね、やっぱドコモだよね」と妙に納得してしまう私は、自分の確固たる信念を持たないフワフワ地上に浮遊するオヤジなんでしょうね、と言われる前に言ってしまう。
 数年前、ロンバケで初めて見てから、なんとなく歳が近い姪や娘の成長とその姿を重ねるように見続けている広末涼子のだんだんと立派に女になっていく経過を楽しんでいる少しだけいやらしい隠れファン。それがきっと僕の虚像でもあるから、そんな彼女にTVの中から次回は「やっぱルノーでしょ」なんて言われたら、さっさとVITAを売り払ってルノー206かなんかの展示場にはせ参じる己の姿が見えそうで恐い。
 その時はその時で自慢の清潔なおケツをまくって、今までの日記のVITAの部分をルノー206に全文置換して、そんな事ありましたっけ? ってトボけてしまえば誰もそんな事責め立てるほど暇ではないし、すぐに流されて忘れ去られてしまう程のもんだろうから、その通りにすればよい。それ程に新しいルノー206のフォルムっていうんですか? その街中の勇姿には斬新な一発をくらってしまった。昨日日曜日で2回目のその独特のつり目との遭遇であるが、ある日突然このWEBにアクセス出来なくなったとしたら、またはこのページからVITAという使い尽くされ語り尽くされた固有名詞がすべて消滅していたとしたら、杉並の田中はついにVITAを質に入れてルノー206を買いに走った大嘘つき者だと思って下さい。(後記:これってルノーじゃなくてプジョーですよね、マヌケ?)


   ●1999年06月14日/月
親友事情 その1
 「こましのYちゃん」と久々に会う。Yちゃんとは学生時代からの付き合いだからかれこれ20数年が経つ。昔のYちゃんは煉瓦造りのビル地下でカクテルを振るような酒場が大好きだった。でも今は金が無いから安い所に行こうと言う。だから一人2000円もあればしこたま酔える酒場に連れて行く。酒はウーロンハイとレモンハイと一番搾りの中ビンと日本酒が3種類あるだけ。店主は20年も前から死にそうな目付きでヤッコを出す。寡黙なんてもんじゃないただの無頓な無口。いつもの怪しい西新宿だ。
 なんで「コマしのYちゃん」かというと、学生の時からそういう生活をして来たからだ。美しい女性が近くに座ると人格が変わる。いや実は美しくなくても人格は変わる。それも下半身的に変わる。だからコマシという形容詞がつくあだ名になってしまった。Yちゃんは男と飲むと、野球と車と女の話しかしなくなる昔よくいたタイプ。僕は野球が苦手なので彼と話せる話は車と女だけだ。でも話題が狭くてもお互い案外平気。
 前、VITA買ったとか言ってたよな、おまえ。買った、緑の。なんであんな狭いの買ったのよ、子供とかいるのに。いいじゃんよ、俺の勝手なんだから。あれじゃ狭くてヤレないだろう。なんでVITAでわざわざヤルのよ。最近の女、ああいう車好きそうじゃん。だから? それとなくシート倒しても狭いだろうに。シート倒すためならVITAなんて買いませんよ。その後しばらく彼のBWMと最近の女の潜在的欲望の話題が続く。
 彼が言うには今の若い女性、女子大生やOLと楽しくお付き合いするには、彼女達の隠し持つ欲望を常に刺激し続け、まだ無自覚の欲望をも先取りする位の新しい感性と努力が必要らしい。そうなのかしらね、と感心する僕。そういう意味では今の時代、熟したBMWよりもっと衝動的、直感的な車の方が楽にヤレるそうだ。だもんでVITAは今時のナンパに向いている車ベスト5に入るらしいとの事。ホントかよ、とか思う。
 彼の生活は僕に比べて安定しているはずだ。中央線某駅徒歩15分の一軒家にBMW、会社役員として仕事をこなす多忙な奥さん、NOキッズ、日本人としては珍しく宗教にもちゃんと時間をさく。服もネクタイも靴もメガネも時計も僕と違って高価な品。熱烈な巨人ファンでヨーロッパ車を愛し、何よりもその代謝旺盛な性的エネルギー。しかし何かあったのだろうか、金がなくてBMWを売りに出すという。
 彼は大きな漬物問屋の二代目である。10代の頃から7ハンの後ろに年上の女を乗せて遊びまくっていた彼が言うには、BMWとダイナーズで女をコマす時代はとっくに終わったとの事。レモンハイの底に残った氷をかじる唇にレモンの果肉が垂れている。ついに男根を使い果たしたような彼の顔が高速道路の出口を間違えたように僕の前で苦笑している。結構笑えた。


   ●1999年06月18日/金
親友事情 その2
 同級生がまた出世した。中学・高校と一緒に過ごした友人の新しい事務所にお邪魔する。彼は先月、麹町の大きいビルの中の一室を新しく借りた。周りは上場クラスの本社がひしめく乱気流が発生しそうなスカイスクレイパーな一角。窓から一望する景観の下に走る車一台一台が僕の事務所とは違って見える。お構えなしにGパンとGTホーキンスでエレベーターに乗り込む僕の姿をみんなが視線の端で異星人のごとく捉えている。ドアを開けてアポを告げる僕を見る受付嬢のハイヒールとブローチな瞳にも違和感がハッキリと写っている様子。奥から出て来た彼は部屋中に聞こえるように大きな声で僕の中学時のアダ名を呼んだ。いくらなんでも恥ずかしいですよ。
 カローラからいきなりSクラスに飛んでしまったような出世である。これには、彼は駆け上がった、成り上がった、という立派な吹き出しが付くかもしれない。今日は借り換え借金の保証人になってもらう為の訪問。先に書類と捺印を済ませ大きなガラス窓の下に蠢くタクシー達の車列を見ながら話す。クラシカル・ミュージックがどこからか薄く流れて来る。かろうじて知っている旋律。ヴィヴァルディの四季? なんて、コーヒーの白すぎるカップに唇を近づける動作の途中を利用して言ってみたりする。しかもヴィの発音にちゃんと気を付けている自分がまたまた恥ずかしい。
 彼は車を所有した事がない。だいたい普通免許すら持ってない。かたや僕は18歳を迎えた時から車に乗り続けている。だから僕たちは続いているのかもしれない、という話題にしようかと思ったけれど、やっぱやめる。だって彼の部下達の若い耳が応接間のすぐそこにあるんだもの。ちょっとまとまった金が入るとすぐに車を買え替えたがる僕の性格を彼は熟知しているので、このお金の一部、新車の頭金にする? なんて意地悪く聞いてくる。今の僕にはそんな余裕がないと告げる。やはり当分VITAだと話す。プジョー206は当分お預けであると言おうとするが彼はプジョー206をおそらく知らない。
 話題に詰まったのか、僕を喜ばせたかったのか、VITAのどんな所がいいのかと彼が聞く。どうして僕はVITAなのだろうか、と僕も思う。頭が悪いのか分析的思考がないのか自分を知らないのか、実は僕にも全く分からない。直感的にVITAを選んで、楽観的にVITAに乗って、こんな自己満日記も書き続けて、もうすぐ2年の月日である。恋愛のような選択でもあり、子供を作ると決めた時のような強意志の選択でもあったような気もする。それとも雑誌やTVのマスメディアから放たれたビットの影響かもしれない。「マクドナルドを食べるのは美味しいからではない」昨日買った週刊アスキーのインタビュー記事(6/30号P64)の一文を思い出した。VITAでなくては成り立たない要素なんて僕の生活には何一つない。
 自分の事務所に戻って何やらホットして、一部始終を妻に話す。私でなくては成り立たない要素なんて僕の顔色の中には何一つない、と妻が帰りぎわに言う。お互い様だと僕が言い返す。ガムを噛みながら借金の書類に僕の実印も押す。この金、10年前だったら衝動的にプジョー206の頭金にしていたかもしれない。僕の事務所の窓の外には東京電力の大きな変圧器が数日前からジージー唸っている。
P.S. 今夜のミュージック・ステーションに宇多田ヒカルが出るらしい。妻にビデオを謙虚にお願いする。



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