●1999年08月07日(土)
 きっと、たぶん、大昔のプレステッジやブルーノートだけが唯一の音楽だと何の疑いなもく思っている変哲男が経営するプレハブコーヒー屋の2階から見下ろす土曜日の目白通りはアスファルトの反射で目が痛い程の夏の陣容に見える。ツナクロワッサントーストなんて書いてある蓑虫のような固体を肴にアイスコーヒーを口に運ぶ僕のふやけた顔が夏の窓に不透明度20%で映り込んでいる。コカコーラの集配トラックの赤が後ろのダンプの紺色に調和して感性の枯れた底から「とってもカラフル」なんてマンマの台詞が浮かんでくるけれど、それ程の刺激性もないので今日のこの時を私は断固として不合格とします。ってどっかの誰かに宣言した直後。
 いや、なに、どおってことないのですがね、ちょっと眼下の目白通りのガードの下の信号が赤に変化したとたんに、ボンと大きな音がした。変哲もない普通のシビックが普通のブルーバードにぶつかりました。徐々に止まろうとしていた5km/h位のブルーバードに20km/h位のシビックが後ろから衝突。シビックのボンネットはAカップ弱にコンモリと盛り上がってしまった。ドライバーは両者女性。どっちもリアシートには小学生が乗っている。
 コーヒー屋の客はみんな僕の座る窓際に寄ってくる。交差点の信号待ちの人垣が少し増える。その途端、どうした事だろう、店内に流れていたソニー・クラークが何と高中正義に激変した。リアシートの小学生達が首を押さえながら出てきた。大きな怪我をした子供はいないみたい。ドライバーのお母さん?二人は穏やかに衝突個所の確認に入る。店内にはあの名曲「アローン」。隣席のピアス片耳3つのお兄さんは足でリズムをとりながら衝突現場に向けて煙草の煙で輪を作っている。2台の車は自力で動いて路肩に寄った。詰まっていた目白通りが動き出す。後続車がヤジ馬スレスレに流れて行った。店内には懐かしい「タイムマシンにお願い」だって。
 JR飯田橋駅に停車する総武線の黄色と夏の雲一つない青い空がケヌキ合わせで重なって、白いセスナ機がクールの大看板の上空を北に向かって飛んで行く。駅のホームにも下の道路を覗く視線がなくなった。向かいに止めたVITAに強い日差しが反射して玩具のように安っぽくも見える。どうみても善玉が乗る車だよなーVITA。銀行強盗に使うような車じゃないしな。ここに永久に放置しちゃおうかしら。何100年かしたらさすがのあのVITAだって土に還るだろうし、たぶん。警官が自転車に乗って大股開きでやって来る。
 PS. 金曜日の夜、すなわち昨夜か。娘を知人に預けて妻と江古田マーキーに向かった。何10年も前から歌い続ける斉藤哲夫を何10年も前から我が妻は追いかけている。昨夜はその付き合いだ。しかしこの付き合いもかれこれ何10年になる。僕も相当に変だ。ゲストに出た生田敬太郎という人が面白かった。「楽しい事が続くよりも、悲しい事が続いた方が何だか幸せに近い様な気がする・・・」とエレキ1本で熱唱する。確かこの人、今50は越えているはず。このライブハウスには大昔から悪玉はいない。やる方も観る方もみんないい人ばかりである。地下の階段を上がって千川通りに止めたVITAを見てもやはり善玉の顔。少しばかり悪事をかましたくなる夏の夜。

  ●1999年08月11日(水)
 夏は涼しくて冬は暖かい居心地の良すぎるVITAの中から外界ばかしを俯瞰するような生活はやめなくてはいけない筈なのにね。ついつい日常に流されてハレホレヒレハレの連続です私。いけないひよったワタス。炎天下の外堀通りや熱帯夜の青梅街道にVITAをハザードさせて丈夫なガラスの向こうに流れるテールランプにBody & Soulしても本質はちっとも変化しない事に何年も前から気付いてはいるのにね。いくら夏が暑くてもVITAのガラス窓一枚隔ててエアコンのマークをポンと押せば、もうここは天国。たまに行くならこんな店(バカじゃないの)、数10年前の青山・六本木界隈のカフェバーの無機質カウンターさながらに想い出して、僕きっといい詩が書けそう、なんて絶対に言ってみたくなるなよ、おまえ。
 キース・ジャレットの旋律は夏の渇いた閉所にはピッタリ。自分を基点に外へ外へとゴーゴー鳴り響くエンジン音なんて全然気になりません。エアコンのレベルとカーステレオ(死語?)のボリュームは最高にしています。だもんで夜のとばりが降りる頃のネオンとテールランプの軌跡の先に焦点うつろな眼球を定めながらのVITAの中はカラッカラの快適湿度空間。汗一つかかない車内で、下を通る中央線とアメリカンエキスプレスビルの助けをかりて都会の妄想に一人浸る両耳に健康的に流れ着く涙のソロ・ピアノ。路肩のあの人、きっと自分の時間を楽しんでいるのね、素敵だわ、大人だわ。そんなアホづら絶対にすんなよ、おまえ。
 豪雪で麻痺する交通機関をTVの中に確認しつつ、人影のない眼下の新宿中央公園の厚い雪を見下ろす僕や、真夏のスモッグの地平線に風塵キラリと光りながら落ちていく夕陽に向かって強引にカーテンを引く京王プラザホテルのダブルベット上の僕が理想だった頃(確かにあったような気がする)、ガラス1枚外界と隔てる努力ばかりをしていた頃(うん、たぶんこれもあった)。こんな頃を今になっても無意識にVITAの中で繰り返すようじゃ、俺ももうダメだな。なんて事もあまり考えついちゃダメよ、おまえね。
 そろそろ国中が夏休みモードに入りつつあるんでしょ? 地下鉄もマクドナルドも、ひねた酒場もお得意様のオフィスも、どこもかしこも空調の音が耳に残るようになって来たようだ。この時期になると律儀な僕も昼間の弛緩に罪悪感がなくなって来るから不思議。しかしいくら夜道の冷えたVITAの中で人生に放心しても、そこから吹き出して来るもの、そこで立案するもの、そこで形を造るものは何だかもう信じられない。ような気がする。だからこの際エアコンを切って窓を開けてみる。と同時に夏夜の外気が熱風のごとく吹き荒れてキース・ジャレットの旋律どころではなくなってしまった。

 

 

 

 

 

●1999年08月17日(火)
 いつもそれ程疲れているわけではない。だからかもしれない。「疲れている振りをしている顔だ、その顔は。」と言われ続けて早数10年が経っているけど、やっぱり疲れた、とつぶやく夏の一日。題して A day in the whisper summer. Whisperって響き非常に好きです。大声張り上げて訴えるより、コソコソ裏でうごめくイメージが手法としても私らしくて良い。俺が言ったのよソレ、俺がやったの、俺が書いのコレ、俺が俺が・・・ の健康的?主張よりも、アレレ?どうして分かっちゃったの? 僕が勝手に動いただけの話しなんだからさー大袈裟にしないでよ、こんな壇上に引っ張り出されてわたくし必ずしも本意ではないのですが、なんて下向いてボソボソしているのに、どうあがいても世間の注目を集めてしまう、才能が隠せない私。なんて状況に近い夢を夜汗と共に本日明け方に見た。その嫌な性格、なまじ当たっているからに恐い。
 なんて事を言うと、反面そういう自分を人間的で可愛いなんて思ってるんじゃないかしらあの男? と批判されてもナンなので本心を吐くと、羞恥感60%。残りの40%はホントはこんな事どうでもよい。強いていえば、こんな日記だってどうでもよいの40%。(では何故ゆえに続ける?)
 今度の週末にはVITAで南伊豆は弓ケ浜を5人乗車で目指す予定。東京から東名通って小田原あたりで下りて、135号線を一路、熱海・伊東・・・なんてコースを考えていた僕はどうやら世間知らずだったらしい。裏道のツー(クックッ)に言わせると、何にも知らねーなー坊主、そんなルート通った日にゃ、死んでも下田にゃ着かへんで、ワレ。・・・らしい。そうですよね、夏休みももう後半、海岸沿いを走る135号線じゃ、渋滞避けられないッスよね。だから僕って幾つになってもダメなんですよねー、アハハのハ。なんて20才も歳下の大事なお客様に何で言わなーあかんのじゃ? ワレ。まあいいや。
 宿は杉並区の施設だから安いらしい。大人一人5000円もあれば立派すぎる2食にありつけて部屋も広くて綺麗だという。ここ数年の金欠生活にどっぷり浸かった娘なんぞは二ヶ月も前から指おり数えて楽しみにしているし、悲しいけれど先週肺ガンの診断を下された義理父までもが、気を付けて行ってらっしゃい、の言葉と共にお小遣いの2万円をくれたという。もう何が何でも行かなくては、キチンと到着しなくては、想い出に残さなくては、楽しまなくてはならない旅のような気がする。VITAで5人乗車? 前の日仕事もあるし運転するのカッタルイし、だいたい団体行動やだし、俺だけ行くのやめっかなー、なんて運転手の僕であり一家の長でもある僕が言い出した日にゃ、ご先祖様と人間道の神(いれば)のバチが当たるような気がする。
 今年の夏もあと余すところ2週間。土日の週末は残り2回。最後の28日・29日は娘の夏休みの宿題の仕上げやら新学期の準備やらが色々ある。だからしてこの旅行。しかし、今週末のたった1泊2日の小旅行が済めば我が家の夏休みは事実上終わるようだ。終わったら・・・娘には長い夏休みの終焉と落胆、そして何よりも苦手な算数が待っている。妻には命の期日を告げられた義理父との辛い荒治療が待っている。当然この僕にも夏の日を惜しむように現実を放逐していつまでも利己的につぶやいてばかりいられない日々がやって来る。
PS. しかし例のVITAの整流器のリコール、まだヤナセに持ち込んでない。南伊豆までの往復がチト不安です。

  ●1999年08月25日(水)
 昨夜の突如の空襲警報のような大雨落雷。いよいよもってトマホークの襲来かで表に出ると、JRはあっけなくプツンと止まり地下鉄までもがヒイヒイ音を上げる状態。中央線に乗るはずのハイソサエティ人群が地下鉄に一気に押し寄せ洪水のようなプラットホーム。その中に武道館の宇多田ヒカルを終えた若い一群がいた。そいつらと団子になってギュウギュウ詰めの車内になだれ混んで、俺も見たかったなー宇多田、なんて聞き耳を立てていたら、先日の南伊豆のピーカン紫外線で早くもむけ始めた鼻の皮が一枚ピラっと舞って接近した若い女性の胸先に落ちて行った。僕の視線も彼女の視線もヒラヒラ皮の行方を追うが両者ともに両腕がスシ詰め車内で動かない。彼女のバストの膨らみの8合目あたりにみごと着地した一枚の僕の鼻の皮。この夏の想い出の一枚、どうしようかな。息で吹き飛ばそうにもよけい失礼かな。
 日曜日の南伊豆の空はガガーリンの宇宙の青。海とビールを楽しむのには絶好の天気。弓ヶ浜は小さな入り江のようなロケーション。50m程沖に向かって泳いで大の字になって波に身を任せると、空の青の広大な視野の隅に、入り江の先の小高い緑がチラチラ見え隠れ、全ての人生を忘れ捨て去る覚悟がフツフツと心底に湧き出るような気分? がしたような気分。しかし、なかなか10割のリラックスには到達出来ない未熟な私。7か8まで行くとまた引潮のごとく逆もどり。白鳥の湖のような完璧なリラックスを願うがあまり長く伊豆の波に浮き続け、最後には船酔いのように気持ちが悪くなってしまった。
 渋滞を意識して行きも帰りも海岸線を憎たらしい程に避けた結果か、お陰様で(誰に?)渋滞という程の美しいテールランプ列には会わずに済んだ。伊豆半島の中央を南北縦に走る山道をレガシーなんぞにせかされながら必死こえてハンドルを左右に切ると、フワフワパタパタのVITAの頼りない走感(こんな単語ないか?)がなんともより心地よく感じられる。もっと旨く機敏にVITAを操る術を知っていればこんなにもパッシングを受けなくても済んだだろうにと簡素すぎるオートマギアを酷使しながら、抜き去るターボワゴンに大袈裟に中指を押っ立ててやったりして。
 どこの田舎町を通過してもそうなのだけど、伊豆の山々の凹に点在する村落の窓に人影がチラリと動いたりすると、ここでも人が生活していて彼や彼女の人生の時間と僕のちっぽけな時間が優しく運命の小箱の中で交差するような不思議な錯覚に捕らわれたりする。もう飽きたけど以前のジム・ジャームッシュお得意の併走する時間の扱い方のような感覚に襲われながらVITAをドライブするのはとても気持ちが良い。
 天城山近くの狭い国道の交差点で、天城何とか町の白い小さなナンバープレートを付けた若い女性二人乗りの原付バイクが僕の前を走る。流行の高いサンダルが夏の伊豆のアスファルトを擦り、後ろの女子が自分の歯でドコモのアンテナを無造作に引き出す。茶髪の伊豆の女達が次ぎの交差点を危なそうに傾きながら右折して行く先に見える木枠の大窓には、旨そうに煙草を吹かす男が国道に走る車達を眺めていた。空は夕方に近い。時間はまだ青い。
 固めの足周りで箱根やら伊豆を爆風のごとく走り抜ける男性的な横Gを味わうのもひとつの手。ポヨンポヨンVITAで幅の狭いタイヤが放つ精微なホイルスピンの反射音を気にしながらドライブ2に入れるのもひとつの手。20代に少しでも横Gを知っていたからかもしれない。今回のVITAのハンドルはメチャ楽しかった。今年の夏休み、一番楽しんだのは娘でも高校生の姪でもなく他ならぬ自分だったような気がする。悪いね。

 

 

 

 

 

●1999年09月01日(水)
 高齢の母が腰を痛めたと言うのでVITAでひとっ走り様子を見に行った先日の日曜日。その帰り道。埼玉県日高市付近の高麗川の河川敷にはカラフルなテントが張り巡らされている。県道の橋の上からだとアウトドアの連中が各テントの間を虫のように蠢いているように見える。何だか豊島園のプールみたいだ。
 河川敷に通じる市営駐車場からサングラスのお兄さん達の運転するアメ車軍団が県道に上がって来た。中田が似合いそうな平べったいフレームのハヤリグラサン。キムタク風にロン髪を巻いている湯上がりタオル。そんな男子達がハンドルを握るアメ車のエンジン音がボロン・ボロロンって、助手席の女子達の豊かな胸を揺らしながら渋滞の県道に近づいて来る。アストロにマスタングに、大昔のキャデラック・・・。先頭のカマロの窓から飛び出している時々動く物体は何? それは手ではなくて、青いペニュキアが塗られた足。とっても品が良いアメ車軍団である。おまえら来る場所違うんじゃないの? 君たち昨日まで御宿あたりで犬みたいに片足あげて交差点曲がってたんじゃないの?
 先頭のカマロが僕の前に入りたがっている。上半身裸の斑髪のお兄さんがしきりに僕に向かって手のひらを垂直に立てる。その手のひら、もうちょっと傾けてくれると宮尾ススム風で面白いんだけどなー。カマロ好きだし、まあいいや。助手席の女子も一緒に懇願するのでブレーキを踏んで前に入れてあげた。
 この県道の先には関越自動車道の鶴ヶ島インターがある。だからこの県道の日曜日の夕方は非常に混む。ノロノロ渋滞になった頃、カマロのお兄さんは助手席の女子にハンドルをまかせ酒屋の自動販売機に向かう。上半身裸で缶ビール500ml缶を4つ抱えて戻って来た時、チラッと僕のVITAと室内の僕を見た。ズボンがズルズル落ちていてグレーのブリーフがほとんど露出している。ブリーフからはみ出している下半身の体毛が夕陽にキラキラ反射している。
 少し渋滞が動き始めた頃、カマロの運転席から勢い良く白い半液体の固まりが路肩に飛んで行った。20秒後位にもう一発。そしてその直後にもう一つ。計3回だ。カマロの中から彼は路肩に合計3回のタンツバを吐いた。渋滞が少し動き、数秒後に僕はその場所を通過する。路肩のヨモギのような雑草の上の葉から下の葉に、ズルっと白いタンツバが引っかかるようにして落ちていく粘着の光景をVITAの窓の外に見る事になった。何だかエボラ・ウイルスみたいだ。
 夏休み最後の日曜日。淡い夏の未練続く県道の渋滞は続き、しばらくしてまた、左の窓からはタンツバと煙草の吸い殻が飛び、右の窓からは青いネイルカラーの足が出る。


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