●1999年09月09日(木)
 ガード下のラーメン屋で腹一杯レバニラ定食かき込んで、前歯にこびり付いたニラ片を舌でまさぐりながら、「セックスなんて放尿と同じでしょ」なんて言い切ってからあなたをメルセデスの助手席に乗せる男を君は認めますか? なんて質問したら変か? ラーメン屋に入った時の決まり文句が「半チャンラーメン」で、カウンター下の3日前の汁がついた東京スポーツ読みながら、帰りのメルセデスの中で流れる音は何故かいつも「ケージやサティ」なんて男をあなたは心の底から信じられますか? 別にいいか。
 いやね、そんな風なカップルが、昨夜たまたま寄った新青梅街道沿いのどこにでもある小さなラーメン屋に入って来て、大声でそんな事話していたから、ちょっと気になっただけだけど。
 その男Aの日常は、性欲を食欲と同じ位あからさまにしながら半煮えのニラレバを彼女の前でうまそうにつまんだり、現代音楽全体のマイナー風を会話の肴にラーメンをチャーハンのおかずにしてズルズルすする姿を平気で彼女の前にビールの赤ら顔と一緒にさらけ出していそうに見えたから。別にいいじゃん。
 池袋の包丁通り魔のニュースを見てから僕と彼らはほぼ同時に街道のラーメン屋を出ました。彼は僕の前に止めたメルセデスEのドアを開けてから僕を見て、僕はVITAのシートに座ってクーラーのスイッチを入れてから彼を見た。待っていてもなかなかメルセデスが始動しないので、僕が鋭角にハンドルを切って先に飛び出す。次の赤信号の室内ミラーに彼らの重なる幸せのシルエットがコンビニの看板の逆光の中に見えましたけど。
 セックスが放尿と同じレベル? 放尿がセックスと同じなの? どっちでもいいけど、これが世の中のほとんどの男の本音だったとしたら、世の中って案外嘘だらけという事になってしまいそう。今さらながらのタテマエだらけの世の中を、ケージやライヒ軽く鳴らしてVITAで2年間も彷徨ってしまった僕だって、本当は心底楽しめない事を知っていてもどうしても気になってしまいながらサティを聞いていた人なんだい、きっと。信号が変わって右折したらVITAの小さなダッシュボードから現代音楽のカセットテープが数本助手席の床にガラガラ落ちてきた。家に帰ったら捨ててしまいたくなって捨てました。
 こういう訳の分からぬ駄文を書き始めてついに実質2年が経ってしまった。やめようやめようと思っている内に、ついに習慣になってしまうワタヒをどうぞ笑ってやって下さいませ。マジでこんな事している場合ではない年齢なんだけどね。

  ●1999年09月10日(金)
 僕のささやかな経理を見てもらっている税理士はインターネットにとても批判的。インターネットを親の仇のように言うから可笑しくてしょうがない。「猫も杓子も株・株・株・・・って株式売買しないと人間じゃネエ、なんて言われたバブル期みたいに、会う人みーんなメールアドレスを聞いてきて、そんなもんネエよ、って言うと、嘘ッー! ないんですか? なんて言われるんで、最近腹が立って腹が立って・・・」とかブツブツ言っている。エクセルとワードの操作は完璧にこなす彼なのにインターネットだけはどうも嫌らしい。「知ってる者どうしでメール交換なんかしちゃってさ、バッカじゃないの? 電話すればいいじゃん」「あんなもん、必要だからやってるんじゃなくて、好きだからやるんでしょ、メール。新しい速くて安いインフラ誕生? だから? インターネット人口なんてこれから先増える訳ないじゃん。」とまで言い切っている。しかし彼が所属する税理士会でも将来のネット申告に備えて色々と準備会なんぞを発足させてインターネット対応を研究しているらしい。だから支部の中での彼の発言は大いに波風が立っているという噂だ。
 そんな話を僕達は本日、正確に言うと今から1時間前、東京を東西に走る黄色い総武線の中でしていた。千駄ヶ谷を出て少ししたら彼の肘が僕の脇を小刻みにつつく。どうしたのよ、って目配せする先を見たら、何と前の7人掛座席?全員がモバイル状態。これには笑いました。数えると何と7人全員である。総武線のドアからドア、座っている全員が膝にパソコン系機器を開いてカチャカチャやっている。ノートパソコンのフルセット開いているやつもいれば、WindowsCEもいるしIBMワークパットもいる。胸に逆に差した携帯や鞄のポケットに忍ばせた携帯から1本の黒い紐のようなコードが繋がれている。こんな光景は初めて。車中で一人・二人がやってます、ってのは最近よく見かけるけど、座席全員だもんなー。この全員まったく知らない者同士、偶然今日の今、同じ車両に乗り合わせた宿命のような連中である。
 インターネットを批判していた直後の彼がクスクス笑い出した。僕も笑いが止まらない。何だかなー。一応僕だって今愛用している携帯は「やっぱドコモでしょ」のiモードだし、バックの中にはNECモバイルギアなんかも入れちゃったりして。でもネー。最近はインターネットでも飯を食べさせて頂いている僕が言うのも何ですが、日本国中がこんな風になっちゃったら大笑いですよ。結構異様よ、これ。
 彼と僕は飯田橋で下車するまで笑い続け、彼の口からはそれ以上のインターネット批判は飛び出して来なかった。ちなみに彼とは中学校からだから30数年間にもおよぶ親友である。そして、彼の黒い大きな税理士御用達・豪華牛革アタッシュケースの中には、ほとんど使われる事のない初期のバカでかいヨウカンのようなツーカーが1本、あたかも機種交換が罪悪かのようにいつも入っている。何回も「オペルのヴィータ」だと言っているのに、「ところでおまえ今何に乗ってるんだっけ? ベータ?」などとも聞くし、それよりも何よりも、彼は今の40歳半ばまで数回にも渡り自動車教習所に通いながらも、未だにあこがれの普通免許を手にしていない希少な人なのである。
PS. ガセネタかもしれないけれど、ある有力な広告系筋から入った情報によりますと、今IDOにいる織田祐二を再度ドコモに帰り咲かせて「色々試したけどやっぱドコモでしたね」と言わせる企画があるとかないとか・・・。

 

 

 

 

●1999年09月17日(金)
 ありふれた休日、って言うと何だかしまらないけど、ありふれた幸せ? って言うとすっごく大事にしなければならない人生の確信に触れたような気がする。ズシンと。敬老の日、台風が来て強風の中、VITAで久々に墓参りに出かけた。10数年前に亡くなった僕の実父の墓参りだ。
 車中で誰かが、こうやってみんなでお墓参りに来ると、ありふれているけど小さな幸せを感じる・・・、と言ったような言わなかったような記憶。まさか僕じゃないけど。
 大切な敬老の日に、車本来の使われ方をされて、やっと古巣に戻って自信と活気を取り戻したかのようにVITAは走るから、何だオマエ案外普通の人だったんじゃん。普通のありふれた幸せじゃん、君の求めていた物は。なんてからかうと、それじゃいけないの? なんて開き直るように加速するから、くすぐるように半ブレーキをかけてやると動揺して前の車にぶつかりそうになった。
 こういうのも、もしかしてささやかな心の葛藤と呼ぶのかしら? 私もしかしてオカマかしら? ふざけていたら本当に赤信号でオカマ掘りそうになった(しかしマンマの表現だ)のでいつものシリアスにしかたなく戻った。先に見えた「とんでん」に寄ってイクラどんぶりを美味しく頂いてから、敬老の日の記念に?母と勘定の伝票をレジで奪い合って、強風で様相が直ぐに変わる気まぐれな所沢の夕焼けを楽しんで帰った。
 明後日の日曜日には1回目の抗ガン剤治療を終えて、たった2日間の帰宅を許可された義父を大宮の病院までまた送り届ける大切な役目を担う予定のドライバーの僕と、たかが鉄とプラスチックの固まりのくせにどこか感情のようなものを持ち合わせているらしいVITA。2回目の治療にむけて病院に帰る?義父が見るリアシートからの風景の中に少しでも、ありふれた幸せがあればいいのに、と祈ったような祈らなかったような・・・・。

  ●1999年09月25日(土)
 あのA氏が40代にして自分の墓を購入した。さすがに60代の方は沢山いらっしゃるようですが、なかなか40代からご自分のお墓をご計画の方は・・・と墓石業者に誉められたらしい。そりゃそうだ、僕の周りでも初めてのケースだと思う。立派に建った自分達の墓石を前にして奥様が「これで私たち夫婦は永遠に離れられないわね」と一言つぶやかれたとか。イイ話しや。美しい話しだ。トワの愛を誓い合う具体例とはまさしくこういうシチュエーション下で少しづつ顕在化・確認化?されていくのだ。きっとね。
 という、とっても濃い内容を環状8号線沿いのガストが撤退した空地に新しく出来た大きなガソリンスタンドで、VITAに飽食ハイオクをたんまり給油中に、リアシートで大アクビこえてる妻に何気なく話す。「へぇー、そうんなだ。Aさんがねェ」「これって夫婦愛、いや究極の人間愛だろ」・・・・「でもねー、だいぶ前にも言ったけど、私は死んだらあなたの家のお墓には入りたくないわね。自分の両親と兄弟と一緒のお墓に入りたい。」「それって、俺とは一緒のお墓に入らないって事だよね?」「まあ、そういう事ね。」
 A氏は家族のいわゆる絆の成立の為ならいかなる労力をも惜しまないような人で、日常でもいつも周りに気を配る立派な大人の社会人である。僕とはかなり人間の資質というか格が違うような人なのである。だからもちろん家族全員がゆったり過ごせないようなスペースの車、ゆったりと鴨川シーワールドなんかへ1泊2日出来ないような車、例えばVITAなんぞ絶対に選ばないであろう男なのだ。たぶん。
 かのB氏はここ半年程、かつて犯罪と罵られながらも無理矢理結婚した14才年下の若い奥様と筆談のみで生活しているという。別に喉頭癌に犯された訳でもなく、声帯を痛めてダースベーダになった訳でもない。半年前の春先、ちょっとしたつまらぬ理由で喧嘩になり、それ以来まったく口をきかない夫婦になってしまったのだそうだ。子供を含めた日曜日の愛の晩餐においても、風呂から上がって席に着くと無言のうちにビールの栓が抜かれ、気づかぬうちにスーっとみそ汁・ご飯セットが目の前に出現するそうだ。どんな時も子供達を媒体にして話し、二人だけの時は紙に用件を書いて食卓の上に置いておくそうな。
 という他人の噂話しをガソリンスタンドを出た停滞の中でリアシートで偉そうにフンゾっている妻に何気なく話す。「へぇー、そうんなだ。Bさんがねェ」「これって相当に根にもつ同士の夫婦関係だろ」・・・・「でもねー、私だったら半年も耐えられないわね、そんな子供じみたまね。案外そういうの楽しんでいるんじゃなーい、14才の年齢差で。」「言葉を失った14才年下の妻かー、案外いいかもよ。」「やめなさいよ。」寝ているはずの娘の唇がニヤけ出した。
 B氏は僕の友人の中では2番目に社会的に成功している人で、彼の所属している業界の中ではすでにリーダー的存在になりつつあるような人である。彼も僕とはかなり人間の資質というか格が違うような人だ。だから大事なお得意様のお供が出来ないようなの車、ゴルフの朝にお迎えに伺えないような車、例えばVITAなんぞ絶対に選ばないであろう男なのだ。これもたぶん。
 てな一連の夫婦のいつものアホな雑談がまたもや車中花咲いて、土曜日の環状8号線上の停滞の中のVITAはやっと動きだした。いつのまにか大好きなポルシェが僕らの前に入り込んで来た。この色ちょっと好きくないけど。でも僕だったら、死んじゃったらしょうがないし、骨なんてそこらの川か海にでもバラまいてもらって全然構わないし、それこそ3日の筆談生活にも耐えられないから何らかの交渉にすぐにでも持ち込んだろうと思う。人それぞれだ。ポルシェが動き出す。

 

 

 

 

 

 

●1999年10月03日(日)
 僕の可愛いお尻には青タンがある。40歳もとうに過ぎたのにもかかわらず今だに蒙古斑が一つだけ残っているのだ。亡くなった親父のオケツもそうだったからきっとこれは遺伝だ。でもまあ、若い頃は結構恥ずかしかったけど、今となっては人に見られてもぜんぜん平気。だった。
 いつも利用している駅前のスポーツクラブ。サウナ風呂の先がプールの入り口になっている。サウナの先のドアを二つ開けるとプールへの階段だ。この所やっかいな仕事が立て込んでいて頭のベクトルが臨界状態ぎみ。ボーとしてるから最近の行動が危なくてしょうがない。
 昨日土曜日の運動メニューは、少し走って、適度に腹筋かまして。直前に娘から借りたタレパンダのタオルでチンケな逸物を隠して丸裸、いざサウナへ。その時点で気持ちに引っかかっていた仕事のアイデアが少し頭をかすめる。
 フト気が付くと何やら周囲が変? いつの間にか無意識にサウナの前を通過して、プールへと通じる2枚目のドアを左手で開けている自分がいる。右手にはタレパンダのタオル1枚。目の前には運悪く水着姿のオバチャン達。タオル一枚で隠された下半身が「く」の字に曲がってしまう。素早い180度のターンをきめるが開けたドアは直ぐには閉まってくれなかった。「アラ・アラ・アラ」後方でオバチャン達の笑声も聞こえる。
 サウナを終えて、着替えて、下の喫茶で軽食して駐車場に出る。VITAの室内は秋の好天で熱い。ウインドーを下ろしてサイドギアを緩めると薄色のマジェスタがスーと後方から寄って来るのがミラーに写る。女性が5人乗っている。右ハンドルのマジェスタが左ハンドルの僕に限りなく接近して一言、「青タン見たわよ」。
 このオバチャン、近所の古い大屋敷にお住まいの奥様。しかも娘の学校関係のちょっとした知り合いだ。以前インターネットの事をちょっと聞かれて必要以上なインテリジェンスな言い回しでお答えした記憶がある。駐車場を出る僕のVITAの後輪が不覚にも縁石に乗り上げて、後ろのマジェスタ全体が笑ったような気がした。


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