●1999年10月09日(土)
 高校生の頃から30年弱に渡って聞き続けているお気に入りの歌い手がいるとして、彼が東京地区で開くコンサートのほとんどに足を運んできたとして、彼がリリースするLPやCDのほとんどを聞き込んでいるとして・・・・。そんな歌い手が夜の7時から有楽町で歌うとしたら、あなただったらVITAで行きますか? なんて質問を誰かにしたとして、いったいその人のどんな事が解るというのだ。僕はなんか解るような気がするんです。その人のもつ何というか、情緒性?・ロマンチズム度?、反合理性? ロジカル度? 果ては社会性までが。そうでもないか。
 数日前からVITAで行くかどうしようか、迷いに迷った。へたをすれば駐車場を探すのに1時間、コンサートが終了して有楽町周辺を抜け出すのに1時間かかってしまう。娘を知人に預かってもらって夫婦で行く。だから当然帰宅が遅くなっては申し訳ない。夕方の都内の渋滞の中を走らなければならないから午後の仕事の時間にも支障が出る。でも出来ればVITAで行きたい。コンサート終了後の空白の時間を、オレンジだか赤だか得体の知れない中途半端な顔をさらして走る中央線なんかの中で過ごしたくはない。
 他に悩まなければならない、解決しなければいけない問題は山のようにあるのに、今週はこんなつまらない事に迷いに迷ってしまった。いい歳して情けないから妻にも話していない。結局、ほっぽり出せない仕事も出来て、VITAで行かなかった。その数年振りのコンサートがあまりにも良かった分、当然帰りの中央線はサスペンドモード。帰る速度が速いだけのような交通機関。
 本日土曜日、彼の追加コンサートのチケットが発売されるという。阿佐ヶ谷のチケットピアに朝9時半に行くと既に50人程の人列あり。そのほとんどが吉川晃司だという若い列にポツンとおじさんが順番を待っていたら、本日の井上陽水のチケット販売は電話受付のみだと若いお姉さんが笑いながら教えて下さる。ご親切に。私もしかしてマヌケじゃん。
 愛しき中杉通りの木立の下に止めたVITAに戻ってその後40分間ドコモでかけまくって、電池切れ寸前にまたもや2枚のチケットを予約する。今度こそ何とか都合をつけてVITAで行けたらと計画する。休日の高速道路を使って豪快かつ典型な遠出もいいけど、こんなVITAの使い方が僕は一番好きなのよね、とか思う。お気に入りのコンサートの夜をお気に入りの車でちょこっと帰る。「どの曲が一番良かった?」なんて妻の愚問には無言で首を傾けたりして。良いじゃん、でもただのアホな気分屋じゃん。

 

 

 

 

 

 

●1999年10月17日(日)
 我家の土曜の夜のご用達、廉価版イタリンアン・レストラン・サイゼリア。リーズナブルなのはいいけれど、注文したすべてのサラダにサウザンアイランドが最初から強制的にかかって出てくる。その選択肢のなさが少し寂しいと思う。でも、何回も通う内にだんだんとその寂しさに慣れて、薄れて行く自分のなさがもっと寂しい。という話しを彼Aとした記憶が帰りのVITAの中で蘇る。サイゼリアを出た夜8時の暗い新青梅街道は小雨で少し寒い。しかも娘の授業参観の後の親子混合のドッチボールで右足の腱を痛めブレーキが少し甘い。寂しくて暗くて、視界が悪くて、寒くて甘いから、かなり運転が危ない。
 彼Aが半年ぶりでいきなり姿を現した。大学を卒業してから勤務し続けた広告代理店をリストラ退社した。正確には、させられた。伝説のバブル絶頂期、銀座・新橋のクラブを下請けの接待で飲み歩いて体重を15kg増やして、東上線沿線に小さなツーバイフォーを手に入れて、その居間の天井には回る羽の扇風機が付いていて、駐車場のゴルフをBMWの5に乗り換えて、スタンレーのグランドピアノと専属教師を娘に付けて、複数のホステス嬢と複数回のデートを重ねた彼。その身体はまだ頑丈に僕の前で保たれているように見えた。でも中身はもちろん草臥れている。
 島根出身のホステス嬢と約束して、上野の動物園でパンダを見て、浅草雷門でウナギを食べて、記念写真は撮らずに、新宿で飲んで、代々木上原の彼女のマンションで一緒にシャワーを浴びた三大欲な日曜日を僕に告白した翌日からAは僕に仕事をよく発注してくれるようになる。Aと打ち合わせに使った近所の安いステーキ屋のサウザンアイランドをサラダに思いっきりかけて食べるAの顔がVITAの曇るフロントガラスにチラリと蘇る。
 北半球のしきたりとして、受け止めなければならない大人のリスクのように? これからはきっと寒くなる。暑い夏のVITAのクーラーはチト頼りないけど、あの強靱な暖房はこれからの時期にとっても嬉しい。その頼りになる暖房を昨夜、久々に入れた。サウザンアイランドは他人事ではない。(でも何で千の島なの?)

  ●1999年10月23日(土)
 その人はいた。若い女性だった。環状6号線の指定場所に黒っぽいワゴンRが止まっている。ヘッドライトを2回パッシングしてその後ろに静かに停車する。携帯で連絡済みなので彼女は直ぐに助手席から出てきた。運転席には男の影がかすかに動いている。彼女が近づく前に僕はVITAのドアを開ける。
 VITAのボンネットの上で箱が開けられ、僕の手から彼女の手にブツが渡る。環状6号線の強いヘッドライトがブツを確認する彼女の顔面の緊張を照らす。東南アジア系の表情から少しづつ緊張が解け、安堵の笑いが僕に向けられる。彼女の手から僕の手にハダカの数万円が渡る。運転席の男の影はこの一部始終をミラーの中から見ている。ダッシュボードの中にコルトが入っていたら大笑いだ。後ろを振り向くと、信号で止まったタクシーの運転手もバスの乗客も見ている。
 売ります・買います掲示板で、不要の周辺機器を僕が売って、見知らぬ彼女が買って商談成立。手渡し希望で彼女が指定した場所が環状6号線上のとある場所。新宿の高層ビル群が遠くでチカチカしていた。どう見ても彼女は高校生には見えないから、まさか援助交際には見えないだろう。でも何かヤバい取引のような緊張感が欲しい。幼稚だけどね。NYならきっと誰も相手にしてくれないだろう。ここがバンコクのサムペンやマニラのビノンドだったらどうだろう。勤勉なチャイナタウンは僕らを放っておくだろうか。それとももうそんな時代じゃないのかしら。
 「車を持っていますか?」と聞いてきたから、「持っているよ」と答えた。「私はワゴンRで行くけど、ワゴンRを知っていますか?」と聞くから、「もちろん知っているよ、僕はOPELのVITAで行きますよ」と伝えた。そしたら連絡用の携帯電話の番号の下に、「VITAは好きだから良く知っていますウンヌン」のメールをくれた。だから結構会うの楽しみにしていたんだけど、受け渡しが終わったらさっさとワゴンRで池袋方面に走り去ってしまった。しかも運転は彼女自身ではない。彼女は何を恐れているのだろうか? それとも目的以外の行動を一切しない人なのだろうか? 環状6号線の路肩に止めたVITAの中で、もらった万札を1枚づつ室内灯に透かして確かめてしまった。またバスの乗客に見られた。

 

 

 

 

●1999年10月30日(土)
 土曜日だからちょっと遅めの9時に起きて、妻が創造した飯を食べて、ふと思う。今日は何をしようかと考え始めるときりがない。事務所から持ち帰った仕事の書類がバッグの縁からのぞいている。このところほとんど行ってないスポーツクラブの会費の自動引落としもかなり気になる。学校から昼過ぎには帰って来るだろう娘とも遊びたい。3日前から書いている50行あまりのCGIは未だに動いてくれない。友人と立ち上げた新しいサイトもうまく機能しないからそろそろ違う手を打たなくてはならない。撮りためたビデオはあるし、付箋を引いた本もベットの横で腐っている。それに週末くらいはVITAで山野なんぞに繰り出したい。
 やりたい事が一杯あって、やらなければならないと勝手に思い込んでいる事も沢山ありすぎる。人生の限りある時間を意識する歳にも入り始めている。何の因果か好きこのんでこんな日記も未だに続けている。次から次ぎへと新しいアイデアが浮かび、すぐに忘れ去る。中途半端な地に足が着いていない浮き足だった自分の顔がうっすらと今もCRTの中に写っているからなおさら深みにはまる。半分捨ててしまえば解決するのにね、とご親切に誰かが隣の部屋でささやくようだ。
 化粧から外れた耳や鼻や喉の小さな暗い狭い穴から溢れこぼれそうな好奇心や向上心を漂わせて英会話教室やエアロビクスや陶芸教室に時間をさく中年女性のグループがドトールで消費するミルクレープの糖分を気にするように、僕の無戦略な無計画な行って来いのチンケな欲望がせっかくの土曜日を邪魔しているように思えてしょうがない。だから家族のいない家の中に一人引きこもるという実は一番僕が楽しみにしている時間をわざわざ捨てて駐車場の熱いVITAの中に潜り込む。車中のモワーンとした、一週間の秋が沈澱した空気を出来るだけ味わってからゆっくりとエンジンをかける。
 駅前商店街の西友ストアの前をバス通りの方へ曲がると、ドトールから出てきた中年女性の一人が八百屋の前に止めた赤のVITAのカギを開けた。引き直したばかしの口紅に混じったミルクレープの生クリームを拭き去るように、前を過ぎる僕のVITAを眺めてニヤッとした連帯感を投げつける。同じ車を選ぶ同士は宿命のように同じ車のファンクラブに集い、アンテナの先にピンクの玉を付けた週末の定例郊外合同列走の帰途のレストランで歓喜共感する王道の幸福を選ぶ事が自然の道なのかしら的な熱い視線だ。浮き足だった終わりなきチンケな欲望から逃れるためのVITA秘密クラブだったらなー、とかアクセルに力を入れて想う。

  ●1999年11月06日(土)
 拝見する、なんて言うとさぞかし無責任に聞こえるかもしれないけれど、VITAのBBSを拝見していて感じる事なんだけど、RESが付かない書き込みというのは何だか寂しく写るものなのかしら。一人女性が夜のカウンターで飲んでいるような、自分じゃそうでもないけれど、もしかしたら他人には私寂しく写っているのかしら、と気にするようなものなのかしら。BBSなんて基本的にはコミュニケーションの場なんだから、最低限のやりとりがないとやはり切ない、味気ない場になってしまうものなのかしら。どうなのかしら。
 40歳をとうに過ぎて今更の「僕は」でもないけれど、僕には生まれながらにして兄弟がいないせいか(単に一人っ子)一人で居るのがまったくの苦にならないし、むしろ幸せを感じる時の方が多い。大勢の人と車談義に身を任せるのは大好きだけど、深夜の首都高速や夕方の青梅街道を走るのに助手席に人がいるとチョイと邪魔にしたくなったりもする。映画館には出来れば一人で座りたい程に、トランスファーとしてのVITA操縦以外の日には出来る限り人とつるんで走るのはごめんなタイプである。
 それは、自分じゃ次のコーナーを右折したいんだけど、助手席のヤツが左折しろと言うのがどうしても嫌だという意味ではなくて、二人称や団体競技を持ち込まないで許される唯一の空間としてVITAを使いたいからだと思う。バスケットボールやサッカーのような一致団結から席を外して、ゴルフや水泳のような個人プレイを優先させる気丈を自分に忘れさせない為にもVITAの狭い動く空間が僕には必要なんだと勝手に思い込んでいる、という意味である。
 ちょっと変だけど、RESが付かないBBSに永遠と書き込んでいく喜びや、自分自身のハンドルのみが参加する寒い広いチャットの画面に向かって何時間もフォントを打ち込んでいくヒストイックな影が美しくCRTに反射するかのようにVITAに乗れたら、その晩のVITA夜行は大成功といっていい。それは昼間のヌクヌクとした時間の中で被爆せしめた浅傷の癒しをも充分に頂いたような気分に不思議となれるからである。
 でも、だからかなー、いっこうに僕のVITAのオドメーターが上がらないのは。カメラよりも印画紙よりもそこに写る時と場所が好きだし、本やCDの装幀や収集心よりもその文面や音自体の方が好きなはずだ。なのに、VITAで走る時間よりもこうやってMACに向かってVITAウンヌンをしている時間の方が長いような気がする。決して時間の問題ではないのでしょうが。

 

 

 

 

 

●1999年11月13日(土)
「98年11月08日(日)の日記」の続き
 意外にも、あのお嬢様が、この界隈のどこの八百屋が一番新鮮で安いかをちゃんと知っている。椎茸とシメジと茄子を炭酸カルシウムのエコ袋に詰めて、意外にも、ふくれあがった小銭入れから1円玉を一つ、二つと数えて渡していた。スポーツクラブの駐車場から出て、左折してゆっくりと八百屋の店先を通過すると、買い物袋を下げたお嬢様が赤のメルセデスAのキーを取り出した瞬間を目撃。先の肉屋の駐車場に止めた赤のメルセデスも、この美しいご主人様に特別な想いを寄せているように見えた。何時間待たされてもきっと平気に違いない顔。きもち分かるような気がする。
 確か数週間前、帰宅する電車の中で、空いているシルバーシートの前に立って、オペルのパンフレットを食い入るようにめくっていたお嬢様を目撃。意外にも、文明堂の紙袋から次に出てきたのはプジョーのパンフレット。同じ駅で降りて黄緑色の傘をさして前を歩くお嬢様が、意外にも、通りかかった電気屋のお兄ちゃんの軽自動車に声をかけた。僕のうちにもBSのアンテナを付けに来た事があるこのお兄ちゃんは、後ろのセルシオと2屯トラックのクラクションを気にもせず、余裕の笑顔でお嬢様と話し続けていたそうに見えた。きもち分かるような気がした。
 僕はいずれ、いつかは、この先この深緑のVITAを手放すだろう。でも、僕が次にどんな車を選ぶかよりも、あのお嬢様が、今の赤のメルセデスAの次にどんな車を買うかの方が、今の僕には数倍の興味があるのは何故だろう、とミラーの中に小さく遠ざかる何故か昆虫のような赤のメルセデスAに、意外にも、荒っぽく乗り込むお嬢様を見て思う。こんな話題、誰に話しても聞いてくれないだろうし、あえて土曜日の晩餐の家族愛溢れそうなテーブルで、したくもないから。


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