●1999年11月23日(火)
 知らない人はきっと知らないけれど、定例となった超人気の景品、あのシステム手帳欲しさに娘の学芸会の後、いつもの阿佐谷のミスタードーナツにVITAで向かう。今回は来年2000年用のシステム手帳で、一昨日の日曜日・21日が最終引替え日だったらしい。親子3人で2000円程のドーナツと飲茶を食してやっとグレーな1冊入手。
 だいの大人だし、恥ずかしながら一応父親でもある僕も含めて、チンケな親子3人がよっぽど下品に騒いでいたのだろう、それを察してか、見かねてか、哀れな家族と思し召されたのか、隣のご夫婦が帰り際に「もし良かったらどうぞ」と3点ばかしくれた。だもんだから悲哀の物欲にさらに火が付いてしまって、あとの7点を巡って少々熱くなってドーナツをまたもや買いまくる。なかなか2点・3点券が出ずに最後の1点欲しさにとうとう妻は冷凍の肉マンまで買い込む始末。頭に血が昇って大学近くのパチンコ屋に閉店まで居座った若い頃の己の姿を帰りのVITA中でなさけなく想い出した日曜日午後のたわいない話し。
 VITAに乗ってほんのそこいらに向かう日常を誰かに話したくてもこんなたわいない話し、残念ながら聞いてくれそうな暇人は僕の周囲にはいない、という事実をこのMPEG4の雑な映像を見返しながらつくづく思う自分が意外でもなかった。自分が自覚している自分の位置も外から見ると、案外と想像よりも孤立しているような気もする。

 

 

ASF・ストリーミング
(450kb)

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●1999年11月28日(日)
 2回目の抗ガン剤の治療を終えて義姉の家で療養を続けている義父は、最近呼吸の苦しさを訴えているらしい。タクシーで病院に行くと言うので、急遽VITAで送り迎えをした。余命を意識せざるを得ない義父は無言でリアシートに座っている。横にならずにじっとVITAの移りゆく外を眺めている。道路が合流する度に室内ミラーに父の視線が写る。気が付くと室内ミラーに写らない運手席の真後ろに座り直していた。
 助手席の妻は何故かいつもより僕に多弁になっているような気がする。荒川の夕陽の中で回転を上げていくと、VITAの細いシリンダーの中で唸りを上げて有限のハイオクが消費されていく音が響く。オクタン価の高い液体に作り出された高エネルギーが僕たちを病院へと運ぶ。でもきっと半分は熱に消える。

  ●1999年12月09日(木)
 年末進行の名のもとにどんどんと日程が詰まってくる。師走というものはこういうものなのかしら的に捉えてもなんだか自分風ではないな、とか思いながらも残業の明け暮れだ。地下鉄の終電時間を間違えて、なんと何カ月振りに大枚はたいてタクシーを拾うハメになってしまう。バブル三昧の頃はちょっと納品行くのにも、ヘイ・タクシー、だったけど今は金欠自粛の身、こんなに忙しいのにちっとも金が入ってこないのは僕だけかな?
 乗ったタクシーには、最新型のカーナビが鎮座している。すごい。こんなにも最近のは緻密だったのかと驚く。昔は平気で海の上を渡ったり、ビルの中に突っ込んだりしていたあのカーナビが、車同士がギリギリすれ違える程の細い道でも正確にトレースしていく。液晶上の矢印を指で回せば逆に車が曲がるのではないかと錯覚する程。本当に衛星からの波を拾っているのか疑いたくなる。発車するとき初期値だけ入力して内蔵ジャイロかなんかで帳尻合わしてるんじゃないの? とかバカにしたくなる程、気まじめに動いている。
 深夜の2時に感心している僕を見て「いやー、よう地図と合ってまんなー」とか何故ゆえの関西弁のおじさん運転手が自慢するから、「そうでんなー、機械の進歩はあっという間でんなー、エジソンさんもさぞかしびっくりやろなー」とかバカ調子にのって夜空の星を眺めたりして。
 自宅が近い事を液晶上の地図が教えてくれる。次の角を曲がれば自宅が見える筈だ。駐車場には緑のVITAがいて、寝室には妻と娘が寝ている筈だ。カーナビ上にはもちろんそんな気配は映っていない。淡々と狭い筋のような道を黄色の矢印が忠義にトレースしていくだけだ。次の角を曲がったら、もしかしたら自宅が無いかもしれない。カーナビの移り変わる画像を見ているとそんな錯覚に落ちる。でも自宅がなかったら、もしかしてやり直せるかもしれないと、少しだけ深夜に思ったのはきっと僕だけ。駐車場のVITAの前で止めてもらう。

 

 


  ●1999年12月18日(土)
 師走の西新宿、SAMSUNGの8.4Gが9999円でソフマップに特価バルクしていた。めちゃくちゃ安い訳でもないけど、まあいいか、でATIの8M特価ビデオカードと一緒に衝動買い。LINUXにはチト贅沢な構成になってしまって、どうしよう、なんて助手席の上のパーツ類を横目で流して、ニタニタしながら小田急ハルク前をVITAで通過する。
 先日大火事があった「小便横町(思い出横町?)」が気にかかって青梅街道の先に駐車した。学生時代からだから、かれこれ25年は通い詰めているあの酒場はどうやら火の手から免れ、なんとか営業している。あの店主はやっぱり悪運だけは未だに強いらしい。一応ホッとして周囲をグルっと回る。横町商店群の真ん中から新宿駅より半分は元気に何事もなく営業している。でもシートで覆われた残り半分の商店群からは今でもキナ臭い匂いが漂っている。完璧に明暗分かれた大火事だったみたい。
 大昔、確かチョコレート色のフェアレディZに乗ったあの酒場の店主には随分といじめられた。だからか、どう考えてもあの憎たらしい店主が逃げ遅れる訳がない、と思う。でもあの親父ももういい歳だ。ニュースで大火事の映像を見た時にはドキっとして少々心配になってしまった。
 店奥であいも変わらず仕込み中の親父の横顔を確認してVITAに戻る。この間ほんの15分程なのに、コンチの黒タイヤ上にはアスファルトの上から延びる白いチョーク線がアンデリケートに走る。靴底でこすって消していると、僕の横をパトカーがゆっくり通り過ぎた。
 夜の10時、妻が忘年会に向かうという。寒いから最寄りの駅までVITAで送る。何かあったらポケベル入れろと言う。どこの世界に土曜日の夜の10時半から始まるポケベル持参の主婦の忘年会があるのかしらね、かなり疑問。でも、まあいいか、で送る。小便横町近くのとある店の二階座敷で一次会らしい。その後は深夜のカラオケに流れるそうな。本当は行きたくないのよ、と言っている割にはソワソワを隠しきれない様子。始発で帰るから寝てろと言う。当たり前だし、寝てるからVITAで迎えには行けないよ、と念を押す。火事には気を付けろ、の一言は出さなかったけど。

  ●1999年12月27日(月)
 もうすべてがどうでもよくなるまでに酒が体に浸透すると自分がとっても幸せになるから好きだ。10代の頃から通信機器をいじるのが好きだからPCの組立やLinuxのインストールにつまずくと自分がより夢中になれるから好きだ。小型車がありふれた角を素早く曲がる姿やカラフルなヨーロッパ車が踏み切りの向こう側で待つ光景が好きだから、VITAにクリスマスのワインやバケットや家族をいっぱい乗せて環状8号線を往復する事が好きだ。12月の前半でピタッと仕事が暇になってしまった。だからこの時とばかり好きな事ばかりをしていた。こんなにも仕事を忘れて身勝手に走った2週間は何年ぶりだろうか。
 でも、というかなんというか、こんなにも収入に向かって努力しない珍しい男なのに、うちの女どもはみんな僕に良くしてくれる。収入が少ない時でも誰からも文句は出ない。妻は率先してパートに出るし、娘は欲しい物を我慢して、母は「それは世の中のせいだ」と言ってくれるし、どうしてこんなにみんな僕に優しいのだろうとフト思ったりする。自分自身が幸せでいられないと他人を幸せになんて出来ないから、だから自己の身勝手を優先する生き方はきっと正解なのよ、と大昔に教えてくれた妻でさえも今は僕をまず幸せにする事を第一に考えているようなフシがある。
 VITAで走ってフロントガラスの向こう側の冷たい外気をいくら想像しても、何の寒気も痛みも感じない僕の師走の飽満の感受性にどれだけの価値があるのだろうか。男の価値や格に答えが出ない男の年末に快く付き合ってくれる女どもを乗せてクリスマスの定例パーティに向かうVITAの中にどんな未来が待っているのだろうか。もしかしてこの家族は僕次第なのだろうか。
 好きな事だけを選んで生きようとしてもうまくいかず、社会への貢献を大義に祭ってもシックリいかず、愛する家族のために身を粉にする理想のBIGダディーにもなれないドライバーに操られながら、それでもVITAは立派な社会の一員として年末の混み合う環状8号線をひた走っている様に見えるし、助手席の80歳半ばの母から出る言葉は「あんたも一人前になったわねー」。
 未だに大声で叫びたくても一体何を誰に叫びたいのか分からないくせに、僕の運転はどんどん丸く角が落ちていくようで悲しい、なんて言いたくても言えない20代から遠く離れた状況が重くのしかかる度に、ガムでも噛みながら軽くVITAのステアリングを回す自分の将来を夢みるのである。世紀が変わるまであと4日。だから?

  ●1999年12月31日(金)
 今年の忘年会は様々な年代の方とお付き合いをしてもらった。50代の方から始まった忘年会は、年末が近づくにつれて40代、30代、20代へと移り行き、10代をとばして9歳の実娘で打ち止め。資金繰りの思惑が外れて自慢のメルセデス2台をいさぎよく売り払った50代会社社長、企画が当たって新たらしいマンションに3度目の奥様と2台目のオペルを持ち込んだ40代会社役員、車の免許すらもっていないのにやたら輸入車のスペックに詳しい極薄バイオとPHSを片時も離さないモバイリスティクな30代ライター、パソコンなんてまったく興味ないくせに昼間はOA機器を売り歩いて、そのすべての決着を夜の中古レガシーターボにかける若き独身1DKの20代営業マン。
 みんな個性的で自分に自信があってすばらしい人達、なんだけど。そんな方々の会話に一つだけの共通点がある。みんな来年のインターネットに期待している。みーんなインターネットでひと儲けをたくらんでいらっしゃる。しかもその具体案を酒の勢いで皆さん僕なんかに熱ーく語るのである。そのアイデア、盗んじゃおうかな。
 娘9歳を連れて今世紀ギリギリの新宿を歩く。反町隆史の「GTO」を笑っちゃう程のガラガラ映画館で見て、安くなった旧イタトマで600円の茄子のトマトソーススパゲッティを食す。娘が「パパ、あれエンコー?」と聞く先を見ると、隣のテープルでバブル時懐かしいフェラーリキーちゃらちゃらさせた30代が、脱色白髪パンツも白の10代と何やら危ないネコ語でニャンニャンしている。慣れきった10代のマルボロに30代が火を付けると、机に置いたポケットボードの先のドコモがバイブしてフェラーリキーがチャリチャリ音を立てる。
 これも社会見学だと師走のネオンの歌舞伎町を娘に見せる。地下に通じる狭い階段の壁にはマッサージ嬢の高解像度フルカラープリントアウトが両足を広げて、頭上のテレクラの電飾の下にはhttpから始まるURLがしっかりと刻まれている。ブラウザで女の子を選びCGIフォームで予約を入れるアクセス先はなんとCOMドメイン。今では呼び込みが出来ない見張り番らしきお兄さんの黒コートのポケットからは煙草ではなくなんとPDAが出てくる光景がある。ラブホテル街の先に止めたVITAに戻ってエンジンをかける。助手席の娘がとり出した「GTO」のパンフレットにもURL。ここにアクセスすると「メイキング・オブ・GTO」の情報が見れるそうな。
 つい数年前まで車や女を熱く語っていた連中も、今はインターネットを熱く語り酒を飲み排泄している、みたいに捉えると僕のやっている事も同じように滑稽に見えてくるし、誰が仕組んだか麻薬のようなインターネットの力に将来丸裸にされて放り出されてさらに針でチクチク刺されるような陰湿な仕打ちを想像せざるを得ない気分になりながら新宿を後にする。100パーセントに近い時間をインターネットに費やすのはマジで危険だから、もう少しVITAの時間を来年は増やそう、などと中野を過ぎる青梅街道上で訳もなく思った。有り難いことに今年もVITAの中は静かだ。


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