●1997年09月26日/金
まだナンバープレイト付けてない状態

 何人かの方に、祝納車メールを頂いた。この場をかりて有り難うございます。(どの場なんだか)おかげ様で私、若輩ものである自分は...とでも言い出しそうな心境でした。また、今までたくさんの方にVITAのマルとバツ(NAVIみたい)メールも頂いたのだが、これらがはたしてこれからの僕のVITAにどれだけ重なるのか、心配でもあり楽しみでもある。そういえばリンク16番の佐藤さんが故障発覚イコール『小さな幸せ発見』になるとおっしゃっていたのを思い出す。心配をかけない優等生と、心配でほっとけないアブナイ子、結局どっちがかわいいのでしょうか。これって人間関係でも言えそうですね。
 納車当日は走れなかったので、昨夜、深夜の強行軍に出た。どちらかというと高回転で走るのが好み。いつもMTで、3000〜3500回す青梅街道の登りが2000いかない。慣らしもあるが初めてのATでけっこう戸惑っている。明日はスポーツギア比を試してみよう。Dレンジに入れるタイミングと、ブレーキからアクセルへ右足を移すタイミングを10回に1回位の割でトチり、ガーンと出てしまうアセル状況があった。早くATになれなきゃなー。スタートが初期値24kmで、深夜2時半帰宅後のオドメーター値が62kmだから38kmも都内をふらついていた事になる。少々右足付け根がいたい。今までたくさんの車種を乗り継いで来た訳ではないので、たくさんの知識がない。だからどうしても前GOLFとの比較でしかVITAを感じる事が出来ないくやしさがあるのだが、評論家でもプロのドライバーでもないのだからしょうがない。
 直進性がすばらしい。とても楽だ。エアバックが収まる小半径の太いステアリングを小刻みに動かす必要がないし、パワステも適度な重さ。ここ10年間で車にまつわる色々が大きく変わった事に僕だけが取り残されてしまっていた様な気がする。古い車をこよなく愛し続けるのもいいが、新しい物にはどうしても疎くならざるを得ない事もあるのだ。よく言う剛性感というのかな、バタンとドアをしめて走り出して、なんだか鉄の玉子に乗っているみたいだ。GOLF2は玉子でも殻のついた茹で玉子のような印象が比較するとある。室内は静か。今までがけっして静かな車ではなかったので比較の対象には向かないが、室内のFMステレオの響き具合が全然違う。どっちかといえば硬いのだろうが、今までの185の60のル・マンに比べたら165の70のコンチネンタル・コンタクトの接地感触は不快感なし。ただ新発売のコンチネンタル・エコシリーズが付いて来るかなと期待していたが、やっぱり間に合う訳がない。ヘッドライトの左の照射角が少し上すぎる気がするが、これは調整がきくので文句はない。座席の下の前後スライドレバーがちょっとおおげさのような気がした。リアシートが考えていたイメージよりも狭かった。前後はもちろんだが、左右が期待値よりもかなり窮屈な印象を受ける。運転座席の地上高がやはり思っていたより高い。時々エスティマやらオデッセイを走らせているような座席垂直位置感覚を受ける。リオベルデという色は案外地味だった。特に夜、太陽光さんさんの昼間とはまったく違う味に見える。
 初対面の印象がどの位まで続くのか面白いところだ。人間でも絵でも音楽でも初めての印象があまり重要ではない事に後になって気づく回数にだけは自信のある僕としてはこれからの変化がとても楽しみでもある。プラスだったものがある日いきなりマイナスに変貌してしまうような気まぐれを持ち合わすオーナーの配下に加わったVITAには是非とも終始堂々としていてもらいたいのだが。
 PS. 仕事場のOKIのPSプリンター内のHDDがカタカタ音と共に亡くなってしまった。修理依頼を出したら10万円といって来た。おいおいなんでギガの時代に200MBのHDD交換で10万円もいくの? 足元見てるの?。仕事にならないので観念したが、ミュシュラン買えると思うとなんともやり場がない。

●1997年09月28日/日
 午前中、プールの返り道、いつもの露店で花を1本だけ買った。「キキョウですか?」と聞くと「リンドウです」と言われた。結構恥ずかしかった。午後、肉屋の前にVITAを止めておいたら近所の方から「新車ですね。マーチですか?」と聞かれた。「OPELのVITAです」と答えた。別に恥ずかしそうでもなくその方は去って行った。車ってこんなもんなんだなあーと思った。
 車やパソコンの雑誌の新刊を毎月買っていたら結構バカにならない出費になる。だから雑誌類はいつも図書館から借りて読んでいるのだが、今日借りたCAR & DRIVER(970526号P51)にフランスのプラクシテル・システムについての記事があった。車の数の増加による都市の不全を防ぐ策として、みんなで使う公共の車を都市内いたる所に配置し、みんなで同じ車を使い回して、徘徊する車の絶対数を減らそうというシステムだ。自分で運転するタクシー、公共のレンタカーとか呼ばれていて、自己所有を前提としている車のあり方を崩して、車が占領する都市の公共空間を取り戻そうというものらしい。
 リンドウとキキョウの違いを知らなくてもマーチとVITAの区別がつく僕よりも、マーチとVITAの違いを知らなくてもリンドウとキキョウの区別がつくおじさん達の方が恥ずかしくないし、偉いし、一般的だ。きっと彼等が先頭にたって、日本でもフランスと同じようなシステムがこれから立ち上がっていくのではないかと思う。そうなったら都市内での車の所有スタイルが大きく変わり、僕は郊外へとVITAを連れて引っ越すか、VITAを諦めるかの選択を迫られる事になる。車所有者にはこれからどんどんこのような話が降って湧いて来そうである。そして喫煙者と同じような肩身の狭い道をたどるのかもしれない。「アラーあの方、まだ車に乗ってらしゃるそうヨー、エー」てな具合に。避けられない事だと分かってはいるが、車好きには苦しい選択だ。
(まったくの余談ですが「車好き」という言い回しがなんだかおかしい。「女好き」ってよく聞くけど、「車好き」ってあんまし聞かないような。僕の日記中の「車」という文字をすべて「女」に置換しても成立してしまったらどうしましょう。ちなみに上の文章中の車を女に変えて読んでみると、未来都市ではとんでもない事が起きる事になってしまう。「女が占領する都市の公共空間を取り戻そう」じゃ、とても妻には言えません。)

●1997年09月29日/月
 やはり歳を感じる。特に、最近のミッドナイトランでやたら目に疲労を感じる。日中は仕事で始終CRTの前にしがみついて、夜は夜でVITAを蹴り後方のヘッドライトに目をさらしているからだ。44歳にしてはよくやってると思うが、ミラーに写る自分の顔にはもはやサスを固める元気はない。という訳で近頃時間をみつけては足もみをまた始めている。足の裏には目のツボを含め、たくさんのツボがある。(いきなりで笑わないで)ツボを丹念に丹念に気を入れながら自分の指でもみほぐすのである。時間のある時は片足に30分をかける。両足で1時間。これけっこうな時間ですよ。
 僕にはなんと、足の裏ばかりもんで過ごした貴重な時期がある。場所は、インド北部、リシケシ、シバナンダ・アシュラム、時は23年前の約1カ月間。なんのことはない、インドのヨガ(本来はヨーガと発音する)の道場に遊びに行った時の事。当時この道場は世界的に有名でかつてはあのビートルズも寄ったというありがたき所。変なやつらの巣窟で、太極拳のイギリス姉ちゃんがいたかとおもえば、妙にアゴを振る尺八吹きのアメリカ兄ちゃんがいたりする。まさに和洋折衷の世界でした。若くて何が何だか解らなかった僕はというと、彼ら相手に、StupidだのFuck you,menだのOh! my gotだのと覚えたてのなんとも美しい英語を、肘を曲げて両手の手のひらを空に向けながら(よくあるやつ)放っていたのでした。ヨガといっても頭でっかちの形だけで、サンスクリット語の訳がわからない短い説教を拝聴し、アーサナ(体ひねったりするやつ)や瞑想のまねごとを一日中やっているだけなのだが。そんな連中でもけっこう日本国内の道場なんかに比べればハイレベルで、体が硬い僕は完成されたアーサナなどに及ぶ術もなく、ただひたすらCommunication with my bodyの第一歩として足の裏ばかりをもんでいたのでした。(誰かが教えてくれたのだ、これが基本だと。ほんとかよ)その時の僕は、人生って何でもありじゃん、と南京虫にまみれながら思っていた。
 道路を走るといつも思う。どこに行っても、赤だの青だののランプが頭上で必ず点滅している。ライトで照らされるアスファルト上には止まれだの、右に行けだの、車線を変えるななんて指示だらけだ。両側には5分以上車を止めるな、1時間に50kmより早く走るながたくさんいる。若い頃は逆に社会参加への満足感から標識を好意的に見ていたような気がするが、最近はなんだか完璧に管理されているようで(事実管理されているのですが)正直うっとおしく感じる時がある。もちろん規則を無視すれば、どんな事が起きて、どこかの家族に取り返しのつかないダメージを与えてしまう状況に直ぐにでもなってしまう事は明らかだし、20代の自分が原因で起こした事故ですでにつらい現実の一片は経験済みだ。なのに右に行けと言われれば、左に行きたくなり、止まれと言われれば走りたくなってしまう危ない日が一年に1・2度は必ずある。こんな日は車に乗らなければいいのだが、こんな日に限って一人になりたくなってしまうのである。仕事の事はいい歳こいて言いたくはないが、人生って何でもありじゃん、の時期が心底懐かしくよみがえる程、日中つまずく事もある。
 いつもの青梅街道でハザードつけて、足もみしながらSecret Gardenで癒しの時間してたら不覚にも寝てしまった。携帯が鳴って事なきをえたが、そんな日にはもう歳なんだから車には乗るなと妻に言われた。その通りである。(だから野口さん僕にだけはクラッシュしないでね)
 全走行距離、まだ128km。アイドリングしてるとどんどん水温計が100度に近くなる。心臓に悪い、ツボも効かない。メールを頂く方のほとんどが同じ事をおっしゃっていた。

●足のツボはいかがですか http://www.crisscross.com/users/jg4izh/tsubo.htm
  

●1997年10月01日/水
 信号赤で、レガシィとフォレスターに両脇を固められた。フォレスターはターボだ。両車ともかなり濃いフィルムが貼られているのでドライバーの顔はよく見えない。レガシィは一人、フォレスターには髪の長い女性らしき影が左に座っている。我がVITAがなんだかソワソワしている。回転計の針がピクピクしているようだ。水温計なんてもうREDゾーンだ。VITAめ、突然女になりやがった。レガシィ木村とフォレスター反町の間にはさまれてグリグリしてやがる。フェロモン、トロトロである。信号青でレガシィは左折、フォレスターは勢いよく飛び出していった。続こうかどうしようか、やめた。
 やはりVITAにゴリゴリの男性像を求めるのはこくであろう。いくらアルミとスポイラーでかためてもカワイイ本質はどうあがいても隠せないし、Blitz97/3号の中でも、作ったご本人・児玉英雄氏が「テディベアを作るようにVITAをデザインした」と言っておられるのだからどうしようもない。ドイツ国内のVITA売上の60パーセントを女性が占める理由は、なにも所有しなくてもそのスタイルを見れば納得がいく。走っていても振り向いてくれるのはやはり女性の方が多いようだし、VITA愛好家?から頂くメールを読んでも、購入動機の一つに奥さんや娘さんの指名が大きく影響しているようだ。これだけ多くの女性に愛されるVITAはもはや赤いMINI的存在になっているのかもしれないが、男、僕としてはちと困ってしまう場面もある。
 数年前、確かPCVANのあるSIG内での事、同じ様な場面を指摘された事があった。前後のいきさつは忘れたが、15人位でケーキの話で盛り上がっていた時期、僕がコージーコーナーで男一人でケーキを食べるのには小さな抵抗を感じるという様な文章をUPした。これを境に小激論が数カ月に渡り続いたのでした。あなたは洋菓子が好き? はい好き。一人でも酒を飲む? 飲む。じゃあどうして一人でケーキ食べられない? 女ばかしで男一人恥ずかしい。という問題を、プライド・美学・時代・社会・封建・差別・底脳といった方向から永遠論じられたのでした。僕はほとんど攻撃的ではなかったが、僕と肩を組んだ男がいけなかった。あおるような文章ばかりをUPし一時期、僕たちはマヌケともアホともお叱りを受けた。
 女性の進出が多くなると男の居場所がなくなるという話も話にならない程寂しいが、女性の大群の中に一人身を置いてもなんの違和感もないという男もなんだか情けない様に思うのだが、変かなー。とにかく僕は最近VITAに乗り始めてそんな事をとても意識する。OPEL VITAの運転技術やメカニカルな問題にも当然興味があるが、もっとメンタルな部分でのVITAの臭いに敏感にならざるを得ない視線とか人気をこの車には感じてしまう今日この頃である。このように立派に女性的なVITAに決して呑まれないように緊張を保ちながら乗るのと、男を忘れても別にいいやで、弛緩状態で乗るのとではどちらがどう楽しいのかしらと迷い、よし今日はこちらでいこうかしらなどと乗車前の気分を楽しんでいたりもするが。
 PS リンク5番の下山さんは1日で400kmも走られたそうな。(takuo's page VITAについて0929付)今の僕にとってはとんでもない距離だ。羨ましいやら、ガックリやら、もうすでに体力が違う。20代後半に1週間で3800kmという記録があるが、それとてドライバー2人の交替運転だったし。
 クーラーの効きがとっても悪い。当然即効性もない。トイツ車にしてはブレーキが甘いと思う。左ハンドルなのだが。VITAの場合ステアリングというよりもハンドルと呼んだほうが雰囲気が出ると思うのだが、標準装備のハンドルは(付いてますよねハンドル)少し太めで、少し柔らかくて、少し直径が短くて、感触が良すぎてもう大好きである。こういうのってドライブ以前に幸福になれる。座席下の前後スライドレバーが気になってしょうがない。旅館の湯タオルをかけておくハンガーみたいに主張が大きい。(ほんとにタオルかけちゃおうかな)

●車関係の検索にCAR & BIKE NAVI http://www1.age.ne.jp/~navi/search/

●1997年10月02日/木
 やはり語尾をのばしている。
 「ウチのパパが新車買ってー、色が緑っうのー?、前の白が好きだったんだけどー、勝手にパパが緑にしてー、狭くて超ムカツクーなんてー.、ビータっう名前でー、ちょとカワイイんだけどォ...」。帰宅するとまだ小学2年生の娘が電話の誰かさんとしゃべっていた。最近わざとこういう口調で話したりする。中学になったらどうなることか、楽しみである。超ムカついて悪うござんしたと思ったが、最後のカワイイでチャラにしてやった。
 子供に限らず、女性全般は結構この「可愛いー」をあらゆるシチュエーション下で連発する。どういうのが可愛くて、どういうのが可愛くないのか、だいたいの想像はつくが、例えば男どおしの車談義の中で「あの車のリアって可愛いよネー、ネエネエ、あのヘッドライトの形とっても可愛いーじゃん」なんてちょっと言えない。(女性自体を話題にした時には、あの子可愛いよなァー、なんて平気で言うが)という事は車に関しての形容詞「カワイイ」は女性用語かもしれない。だからとても僕としては使いにくいホメ言葉の一つなのだ。だったらこの言葉を避けて通ればいいだけの話なのだが、いかんせんVITAに関してはこの言葉をどうしても避けては通れない可愛さがあるのだから、VITA、あなたはなんて罪なの、なんて事は言わないが、人に説明する時に困ってしまう。どうしてVITAにしたの? なんて聞かれたひにゃ、いやー、なんて言うかドイツ感じちゃったんすよネー、とか、血が騒いだ車でした、とか、外車の中では値段手頃でしょ、なんて遠回しの事ばかり言って会話がフニャフニャしちゃう。(僕はソーセージは好きだがドイツに行ったことないし、リオで腰振ったこともないし、かなり無理をすればASTRA位なら手が届く)酒の力を借りて時々は堂々とカワイイからですと言ってみるが、言葉がカワイイにさしかかると最初のカあたりでモゴモゴしてしまい、え?とか聞かれてしまう。ヤナセのセールスに対しても同じで、VITAがお気に召したんですね? なんて聞かれて、いやASTRAワゴン試乗しようと思ってお店に寄ってみたら、たまたま横に置いてあったVITAが気になっちゃって... なんてごまかして。アホみたい。(誤解のないように、ASTRAワゴンも大好きです)これからはなるべく聞かれたら、「ハイ、カワイイから買いました」とちゃんと言うことにする。そして決してその後に「悪いか?」なんて聞かない。
 ある方から車と女性に関しての貴重なご意見を頂いた。名言でしたので勝手ですが、そのまま引用させてもらう。スミマセン。(お名前は一応伏せて)ちなみにエコーかけてナレーション風に読むと感じ出ます。
 
 >クルマが好きだ、嫌いだ、ということの本当の理由って....、
 >もしかして、女性に対する好き嫌いと同じで、
 >口で言えるようなものではないのかも。
 >ちょっとしたしぐさに魅惑されたり、
 >瞬間の表情にいとしさを覚えたり、
 >一途に思いこんだら、それしか見えなくなったり....。
 >ちょっとくらいの不具合なら、愛してしまうのね(爆)。
 
 これですよ、これ。ユーロ小型車は、これで行きましょうよ、これで、ネー岩さん。って騒いでどうする。
 ヒート気味の水温計の恐怖に関して、ヤナセに修理を依頼した事でかなりの改善があったとの事、またプントのカブリオレが250万弱で入手できるよ、とリンク25番の高田さんから教えて頂いた。来年の夏を待たずしても、ラジエターの不安兆候は僕のVITAで既に出ている。早めにヤナセに相談してみようと思う。

●高田さんのHP 外車の情報あり http://www.bekkoame.or.jp/~michyy/

●1997年10月03日/金
 最近、毎日5kmである。時間がない。亀のようにオドメーターのカウンターが増えていく。平日の帰宅は毎晩9時・10時は回る。それから入浴して、子供の事などテレビを見ながら話していると直ぐに11時・12時になる。それでも駐車場に出てVITAのキーを回さないと気が収まらない。集中ドアロックのカシャっていう快音(何回聞いても良い音だ、MIDIでサンプリングしたくなる。余談ですが、ゴルゴがM16に弾丸装着する時ってあんな音が出るのですかね? 昔タイで自動小銃っていうの? 撃った事あるけど装填音あんなHiFiではなかったような気がする)を確かめて、重たいドアを開ける。
 暖機もかねて数百メートルをクリープだけでトロトロ走って(トロトロでもない)だいたいがそこで信号待ち。信号を越えて2つ目のコーナーを左折すると右側にいつもの紺のASTRA WAGON GLがいる。「妻へ、子供へ、そして自分へ。」はちょっと優等生のコピー。本音は「自分へ、子供へ、あえて妻へ。」でしょう。(嘘)ASTRA WAGONのラインナップの中では1.6LのGLが一番ほしかった。排気量のバランスが一般市民の僕には扱いやすく見える。しかしヤナセのGLには左ハンドルがない。左ハンドルを主張すると1.8Lのワゴンクラブになる。これがVITAへの流れの一つだった事を毎晩思い出しながら通り過ぎる。早稲田通りに入り加速開始。右手にBMW325が車庫シャッターからいつも顔を出している。ちなみにこれはディーラー車ではない。所有している人は夏でもGジャンを着ていて、いつも国籍不明の女性といる。しかも仕事をしている様子がない。踏切渡ってグルッと回ると新青梅街道。ヨーロッパ車ばかし常時10台置いている中古屋には最近メルセデスしか並ばなくなった。なぜだ。ちっともタマが動いていない。マクドナルドの駐車群をチェックしながら先の信号を左折すると30坪の草むらにいつものゴルフ3とプジョー205がポツン。デザートはブランコの横のラウムとステップワゴンとキャデラック。最後に集中ドアロックのカシャを聞きながら夜空を見上げ地球を感じて僕の大事が終わる。
 カシャからカシャの全走行距離約5kmの小センチメンタル・ジャニーだと妻に話すといつも笑われる。それも鼻にかかる笑いだ。人がブルドックを見てアラアラアラと微笑むのと同じ種類かもしれない。しかし困ったことに僕自身の中には、場合によって笑われる事が嫌いではないDNAが存在する。だからすぐに室内の日常に戻れる。カシャの余韻の中で、テレビを見ながら1本350円のとんでもなく安くて、けっこう美味しい赤ワインを購入先を言いたがる妻と共に少し飲みながらランドセルの中身と七五三の話をして寝る。
 昨夜寝る前に、VITAの中で私に黙って何かを飼っているのかと聞かれた。まさか15分か20分のVITA夜行では何も飼えないだろうが、毎晩餌をやりに駐車場に降りる僕の後ろ姿は自分でも理解できない。いつまで続けるのだろう。
 PS 色々な情報をメールで頂く。嬉しい。ある方から●オーバーヒートの件、加圧型冷却装置は110度位までが許容値なのでそれ程心配する必要がないのではないか。●エア・コンプレッサーの音がひどくないか、マイクロロンのエアコン添加剤が良く効くらしい。●カーセットに付いてくるカップホルダーがVITAの吹き出し口に合っていない為のエアコンの吹き出し口3回脱落、要注意。●高速で熱い日にフルスロットルで追い越しかけると触媒警告灯がつく時あり、その対策品あり。●アストラ、来夏フルモデルチェンジであと1年はモノが入らない?....... 一方通行だと思っていた僕のストレス発散日記に思わぬ全2重性を感じている。しかしなんかもったいなくて共有したい情報ばかしで、BBSでもあればと感じる事があるのだが。しかしBBSとなるとPERLじゃなー、C使えないことないけどホストの負担増えるし、内緒だけどうちのサーバーよくこけるしなー。 とにかく有り難う御座います。

●1997年10月05日/日
 1 ホモセクショアルには2種類のタイプがいる。20代最後の頃、退社時期を利用して1カ月ちょっと、カルフォルニア州の中をフラカフラカしていた時がある。その当時はまだソ連が全然元気だったせいか、西海岸の彼氏彼女達は洋上を飛来するICBMのお話などをしながら結構刹那的に生きていた。そんな空気が背景に流れていたせいか、プエルトルコ系のお兄さん達は僕に熱心に声をかけた。信号を待っているとコーヒーどうだとか、バーガーキングでいつのまにか横に座り僕のコークにストロー入れてくるやつとか。どうみてもパッとしない金欠の東洋人には何がなんだかわからなかったが、数週間経って余裕が出て来てから気がついた。そのナンパ兄ちゃんたちは男といわず、女性にも声をかけている。要するに男でも女でもOKの様子なのだ。もっと心に余裕が生まれてくると、女に振られてしょうがなく男を選んでいるヤツと、最初から男が好きで男を選んでいるヤツの2種類のホモセクショアルが存在する事にやっと気がついた。そして、喜んでいいのか悪いのか、僕ににじり寄るプエルトリカンはだいたいが前者のようだった。女がNOなのでこの東洋人で我慢しましょという事だ。合理的我慢ホモである。(僕は当然断りましたが)
 2 ちょっと前、わが家の夕食は栗ごはんだった。危ないし時間がかかるから、最初から皮がむいてある栗を使えと進言したのだが、買ってきた栗は、もろあの茶色い栗。どうしてと聞くと、この方が圧倒的に安いからだそうだ。硬い皮と中の薄皮を包丁で丹念にむいて電気釜の中に入れていた。何が食べたいと聞くので、娘と、秋の食べ物とリクエストして、松茸ごはんと最後まで争った栗ごはんだった。栗ももちろん好きだが、最大の理由は松茸ごはんでは予算オーバーになるという現実からだ。最初は落胆の声を出して娘とせがんだが、鶴の一声である。娘の頭の中にもVITA特別ローンがあるのかないのか知らないが、それではしょうかない栗で我慢しましょうという事に収まった。どこの家庭でも同じだと思うが、牛で財布が苦しいのなら豚になり、それでも苦しけりゃ玉子にすればよい、というのが自然の流れである。
 3 話はVITAだ。BMW318iは355万円、アウディA3は285万円、メルセデスC200は390万円だ。いっぽう外車でありながら本国ドイツと同レベルの価格で売られているVITAは、Swing60psで147万円ポッキリ。しかも安心のヤナセ(?)が仲を取り持ってくれる。とってもお買い得である。セールスの「外車の中ではベスト・コスト・パーフォーマンスです。」の勧誘文句も嘘ではない。雑誌の外車エントリーカー・ベスト5には必ず入っているし、外車月間登録台数のドイツ部門でもトップの位置に付けている。安いからBMWに乗れなくてもVITAには乗れるし、本当はアウディに乗りたいのだけれど今回は我慢してVITAにしようという位置にある車なのだ。(BMWとVITAの間の価格帯にも色々あるが)VITAに乗れなきゃ死んでしまうとか、メルセデスを売っぱらってVITA買いましたなんて人もいるだろうが、だいたいが、外車は欲しいけれど高いのはちょっと無理、それじゃここは我慢してVITAで行きましょなんて所だと思う。もちろんVITAが嫌いじゃ話にもならないでしょうが。僕も正直な話、こんなに納車前からVITA、VITAと騒いではいるが、恥ずかしながら、神に誓って真実をといわれると、少しこれ系入ってます、の購入かもしれない。
 4 欲望の第一希望が通らないと何かしらの代用品に走るのが一般的な傾向だと思う。うどん食っても、水だけでも俺は絶対に今を維持するんだと豪語する人もいるだろうが、せっせと今を捨てて新しい第二希望へと向かう人も多い。特にそこに財布が絡むと人間はあっさりと自分の現位置を理解し、観念して満足のランクを一つか二つ落とす事が出来る。しかしながらこれはあくまでも、ホモと栗とVITA、またはこれと同レベルの世界にとどめておきたいと思っている。とどめておくべきだ。たとえばこれを恋愛とか、友情とか結婚でやってしまうととんでもないツケが後で待ちかまえる結果になると思う。本当はA子と結婚したかったんだけど、振られたからB子でまあ我慢しとくか、から、今日はあいつと飲みたかったんだが、忙しそうなのであいつを誘うしかないか、俺はこうして欲しいのだが、まあ今回は我慢するか、なんて色々あるが、こんな事やってたら将来がだんだん臭くなって行きそうな気がする。だからVITA購入は僕に貴重な教訓を与えたのだ、と思う事にする。
 具体的にさらけ出すと、僕は上述1・2・3から4を導く様な事柄をVITAに乗る前から考えていた。我慢する事の足し算と引き算をVITAの中でどう決着できるかなんてこと。赤信号で隣にメルセデスのSクラスやBMWの7シリーズが止まったらどうしよう。どのように僕は反応するだろう。僕は決して我慢してVITAを選んだのではありませんよという顔を保つのか、下田のいつかの家族のようにかっこいいライフスタイルを感じるVITA操縦方を真似るのか.... しかし今VITAを手にして、その中に隠れていると不思議な事にメルセデスSクラスやBMW7シリーズがスーと横を通り過ぎて行ってくれる。空気も乱れないし、心身になんの障害も発生しない。VITAは予想外に僕にピッタリと合っている車だった。触り具合も動力もである。いいですよ、VITA。だから我慢と引き替えに教訓なんていらなかったし、コンプレックスを埋める用意も必要なかったのだ。VITAは僕を越えていたし、ついでに更正もしてくれているように思えて来た。実に偉い。9月24日AMに来て、今日まで10日間あまりでVITAに感じたメンタルな部分を感情だけでまとめるとこういう事になる。自分でも解ったような解らないような。
 PS しかし不思議なんだよなー、実際にはメルセデスSクラスやBMW7シリーズにおののいていたはずが、蓋を開けてみると、我慢を無理てんりん(たしかこんな表現あったような)意識させられる車種はというと、セルシオとかシーマといった国産車だったりするのです。正確にいうとやはり車種というより、乗っている人からですけれど。(VITAのかわいさワカンネェーだろう系?) 

次頁へつづく


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