●1997年10月16日/木
 仕事上でお世話になっているある会社の代表者は値引き無しの97年型キャデラックに乗っておられる。先日事務所の近くまで乗って来て、運転するか? と言ってくれた時、総本皮シートの内装と全長5メートルをゆうに超す巨体におののいて、またにします、と遠慮してしまった。この社長とはかれこれ14年の付き合いで、今年2月の離婚も今月に入ってからの再婚も僕が証人になっている。旧奥様・新奥様ともに知っている僕としてはとても複雑な97年型キャデラックなのである。当然と言っていいのかどうか、当然、旧奥様は新97年型キャデラックの存在を知らない。
 今日の午前中、彼から届いた仕事のFAXの片隅に、ちょっとしたハシリ書きがあった。以下がその全文だ。
.....先日、首都高を快調に走っていたら、前にかわいい車を発見。エンブレムを見るとVITAの文字。あまりかわいいので、めいっぱいあおってやったらすごすごと車線をゆずってくれました。又今度、ビータちゃんにあったらもっとかわいがってやろうと思っています。僕のキャデラックで。.....
 これに対して僕も彼に送ったFAXの片隅に、小さくハシリ書きをしておいた。
.....先日、アンジェラとミラノ通りを走っていたら、後ろにりっぱな車発見。エンブレムを見るとCADILLACのアメリカ文字。あんまり大きいので、めいっぱいすり寄ったら、ズルズルと鼻の下を伸ばされました。又今度、アンジェラに会ったらきっと言ってくれると思います。小さくてもいいのよ。僕のビータの中で。.....
 僕が先月VITAを購入して楽しんでいる事を車好きの彼は人から聞いて知っていた、ことを僕も人から聞いて知っていたので、あえて僕の方から仕事の電話の中でVITAの話題を出す事はしなかった。だからFAXだけの秘かなコミュニケーションだ。
 ゴルフ2からVITAに買え替えた話をすると色々な反応が返って来る。だいたいの人、車を日常の域内で使用している人、なんというか特にマニアックじゃない人達からは、高いんでしょ、車両価格いくら? 大きいんでしょ、排気量は? が一番多い。僕が157万円で1400CCだと、ゴルフ2よりも小さい数値を言うとだいたいがちょっと間があく。その後の言葉の選び方が人それぞれで面白いのだが、みなさん4LDKから2LDKに引っ越した様な、20人50坪の事務所を3人10坪に整理した様な、まるで都落ちしてしまったような雰囲気を打ち消すような言葉をお選びになっている。僕はよく、忙しい? と聞かれて、現に暇だと、いえ暇です、と真実を答えるが、その時のリアクションによく似ている。より忙しい事や、より大きな事が善とされる風潮はなにも今始まった訳ではないが、逆行する体験を少しでもすると何だか頭のいい知性的な違う自分になれたような嬉しさがある。また、そんな意味で話題の来春?のベンツAクラスは非常に楽しみだが、今の周囲の状況じゃ、いいとこAクラスまでで、Sクラス、Eクラスの人達が何かの意識革命でストンとVITAやさらにホンダLIFEを選ぶ突然変異は永遠に起こらない気がして、高速道路では97年型キャデラックが永遠にVITAをあおり続けるのかと、価値の不変を信じたくない僕としては変に気になるFAXだったのである。
 PS サスのフワフワ感の事で、数人の方に色々教えてもらった。ダンパーというものはかならずしも最初からちゃんと効くものではないのです。ちっとも知らなかった。エンジンとかは慣らし運転なんて行為があるんだから、だんだんと本来の調子に向かうのだろうと認識してたけれど、ダンパーなんていうのもそうなんですね。皆さんだいたい2000から3000kmで本来のダンパーが動き出すよ、とおっしゃっている。サス一掃する気は最初からなかったが、早めのタイヤ・ホイール交換は一旦おあずけ。しばらく様子を見る事にした。タイヤなんかもそうらしいけれど、はたして僕の感受性でタイヤのなじみ具合なんてわかるのだろうか。車の挙動につくづく鈍感なオーナーを持つ羽目になったVITAはなんだかかわいそう。

●1997年10月17日/金
 ここ数日、今年82歳の実母から電話がやたら自宅にかかるらしい。いつもかわいい孫が第一目的なので直ぐに娘と換わる。娘もその辺は心得ていて、ハイハイハイってなもんでテレビを横目で見ながら適当に答えていたりする。本当はこのへんは親のシツケなんでしょうけれど、毎日の事なので娘も大変、僕も妻もあまいいかと思っている。母は娘がでると直ぐに、満月だ、満月だから外を見ろ、と言うらしい。大丈夫かな? ここ2・3日これが続いているらしく、妻子して電話の度に窓から窓へ走って月を探すのだそうだ。満月が何日続くのか知らないが、妻子の許容はそろそろ臨界点に近づいている、と帰宅後、缶ビールと共に実に柔らかく言われる。
 そういえば、僕もなんだか最近おかしい。実母から生まれた訳だからきっとDNAの何かが共通しているのかもしれないし、満月はオオカミだけではなく人間の行動にも妙光(こんな熟語ないかも)を照らすのかしら。太陽の黒点の数でさえも人類の行動に影響を及ぼすのだから(知らないでしょう)、もっと地球に近い月から僕達は何かを秘かにもらっていてもなんの不思議もないのだが、かな。
 昨夜は無性にVITA夜行欲が強い日で深夜2時間に渡っていつもの青梅街道を疾走していた。最近のVITAの走行方向が気のせいか若干左にぶれるようで、車庫の地面傾斜のせいでアライメント狂ったか? ただ単に左ハンドルで重たい僕が左に座るためか? はたまた左右のタイヤの空気圧の差か? などと気になり始めると収まりがつかず、とある方にメールでお聞きして安心したものの、深夜の青梅街道では、ちょっと腰をうかして右席方向に体重ずらして運転してみたり、ハンドルから数秒間両手を離して車の進行を確かめたり、色々バカな走りをしていたら工事中のクレーンにブチ当たりそうになるわ、後続のコルベットのお姉さんにパッシング頂くわで、ちょっと危ない月夜の行になってしまった。(いるもんだなコルベットのお姉さん)しかし荻窪駅の前でタクシーと勘違いして僕のVITAに手を上げたオバサン、勘弁して下さい。あやうく拾いそうになりました。
 結局なにも体得するわけでもなくただ2時間走り回っていただけなのだが、久々にテープの音量を上げていたせいもありスピードに乗れて、2時間は2時間なりの心の決着を得る事に成功した達成感は残った、ともし寝室で熟睡しているはずの妻に聞かれたら答えられるかなと思った。しかし深夜、子供と爆睡しているはずの妻から発した疑問は、エアバックって本当のところ何秒で開くの? というものでした。
 PS メールで色々なURLを教えて頂く。有り難うございます。かのビートルズのリバプールでコルサを愛するGriffiths兄弟。兄のIanは僕と同じリオベルマに乗る。兄弟とも本当に楽しそう。(余談だがこの人の頭、オカッパ? つぶやき四郎じゃないよね)なぜかみんな3ドアだ。しかしヨーロッパの排気量には色々な選択肢があって楽しそうだ。そういえば、1000cc・3気筒・55ps・82NmなんてVITAもあるそうですね。

●Griffiths兄弟他のイギリスVITA http://www.iir.mersinet.co.uk/sport/sport.htm

●1997年10月18日/土
 いつもの青梅街道を左折して中杉通りに入り、シルバーのトヨタ・エスティマの前に駐車した。中杉通りの両側にはケヤキ(だと思う)が並び深夜のVITA夜行を締めくくるにはとっておきのFavorite Placeだ。月夜には当然、木漏れ陽ならぬ木漏れ月がリオベルデのボンネットを照らす。しばらくじっとしていたら何か音が聞こえてきた。パワーウインドウを少しだけ下ろす。男女の声だ。何か情熱的な議論をしている。後ろのエスティマから放たれる会話は左のマンションの壁に跳ね返り、内容までバッチリ聞こえる。FMをOFFにし、パワーウインドウを下まで下げた。(俺、ストーカー?)若い男女の深夜の討論会はなんとビッグバンが議題のようだ。男がヨーロッパで体験したビッグバンを熱く語る。金融の統合と淘汰について.....。女は自分の意見をはさみながら会話をもりたたせる。これからの日本の金融はどこへ向かうのだろう.... 銀行と証券の戦いの行方は.... けっこうな質と量の話だ。どうも金融界で働く未来を持った若いカップルのようだ。室内ミラーで見ていると、指ではさんだタバコの火がエスティマの中でUFOのように忙しく飛びかっている。火はふたつ。深夜の議論白熱である。
 時計を見ると1時半を回った。そろそろ帰るかとKEYに手を伸ばすと、突然、本当に突然、二人の会話が消えた。スパッとカッターで時間を切り落としたようになくなってしまった。アレー? ミラーをのぞくと二人の黒いシルエットが一つに重なって少し動いている。アレアレアレ、何だそういう事か。しかしねー、いや、そういう事はいくらでもしていいですよ、でも何? じゃあ、今までの白熱議論、あれは何だったの? 1秒前まで日本のいや世界の金融を熱く語っていた二人が、何かのスイッチが入ったようにもうキスしちゃってるんだもんなー。あれ、もしかしたら前戯? 前戯なの? 意図的な彼氏の、君たちの遊びなの? いつしか二人は言葉をなくし、気まずい淡い緊張の訪れと共に、どちらからともなく唇を....なんて青春の定石ではもうダメでもいいけれど、昼間だましあいのビジネス最前線で働く君達は、もはやドラマの様な恋愛の型は出来ない程病んでいるのかもしれないけれど、もしかして100歩譲って、万に一つの確率として、単純に金融は肉体の方便、金融話はそれから先の出来事の単純な演出だったとしたら、だます方もだまされる方もバカです。本当の大バカ者で、ちゃんと聞いていた僕も立派なバカで、心底バカバカしくなって直ちにそこから走り去ったのでした。いさぎよくねえよ、君達。
 中にいた二人の事はあまり考えたくないが、ああいうシチュエーションでは車が逆だったようにも思う。VITAの中の熱い二人をエスティマのオヤジがいやらしい目でストーカーする方が充分に絵になった様に感じる。(エスティマがいけないのではありませんから念のため)40を過ぎた僕にはもうVITAでは荷が重すぎるのかなー。最近Gパンを手に取る朝が少なくなってきてるしな。俺、いじけちゃおうかなー、スイッチキスしちゃおうかなー、誰にするんだと。
 PS 九州に○○親分と呼ばているVITA乗りの方がいらっしゃる。その親分に教えて頂いたWEBサイト。これが、社会的不適合車協同組合だ。.....いい大人なのに値段も高くて国産に性能的に劣る車をあえて購入する人間は社会的にまともじゃないね〜そんな人間は社会的に不適合だよ!(あくまでジョークだそうだ).....が名前の由来のサークルWEBに僕は近頃毎日のようにBITを飛ばしている。すでにご存知かもしれませんが、ここは面白いから。(ここからリンク飛ばしてもOKよとマスターが言ってくれたので)

●社会的不適合車協同組合 http://www.os.rim.or.jp/~lotus/kumiai/index.htm

●1997年10月21日/火
 VITAを購入した理由、その3。
 くじ運の悪いヤツというものはどこにでもいるものだ。娘がお世話になっている学童クラブにもごたぶんにもれず、いました。これもだいぶ前の話だが、その日、学童クラブで親と子のなんかの会があって、その余興がビンゴ大会となった。このビンゴ、数字でやるのではなくてクラブに通う児童の名前でやる。ぞれぞれ好きな友達の名前を25人(?)書き、先生が名前を呼び、一つづつ穴を開けていき後は同じルール、リーチの人は発声と共に起立、ビンゴでめでたく賞品がもらえるというもの。100人近い児童と親が参加し、興奮と悦叫と罵声が飛び交う中、次々にビンゴ!の声。どんどん賞品は消えていき、あっと言う間に残るは4・5人になってしまった。
 ここまで来るとほとんどがリーチ・1発ツモ待ちである。先生が児童の名前をあげる度にだれかがビンゴで賞品に走る。そしていつしか最後に一人だけ残った女の子がいた。周囲はさあ今度は当たりだろうと、ビンゴの声を待つ。しかし信じられない、リーチすらもまだないのである。みんな読み手に合わせてソーレとあおる。そのうちやっとリーチが来るが、ビンゴの声がまだ出ない。もう半ベソ状態だ。みんなはもう落胆通り越して共感の涙を浮かべている親もいる。そしてついにビンゴ、会場やんやの拍手の渦だ。その子は顔クチャクチャにして賞品の先生に駆け寄る。
 予期せぬハプニングに盛りに盛り上がった会は自由解散となり、いつしかそれぞれの親子に分かれ帰り支度となった。僕も娘のバック等を片づけてさあ帰ろうかなと園庭の方を見ると、最後までビンゴで残ってしまった例の女の子が門に向かって走っている。門で待ちかまえているのはお父さんだ。ビンゴが終わってから平気な顔で遊び回っていた彼女がお父さんに抱きつくなり、顔をクチャクチャにしながら涙といっしょに何かをうったえている。お父さんの顔を見たとたんの思い出し涙だ。それも大粒。お父さんもそれに応えて顔クチャクチャである。お迎えに来たお父さんにとっては何がなんだか判らないクチャクチャだ。僕が割って入って一部始終を解説してあげたい位だった。僕だけではなく同じ光景を見ていた一部の親も同じ様な心境だったと思う。
 お父さんと女の子はお互いのクチャクチャ顔をかばい合いながら、靴やカバンを外に止めた水色のVITAに詰め込んでいる。狭いラゲージルームにはフリスビーだのバトミントン・ラケットだのゴルフアイアンだのがいっぱい既に場所を取っている。二人の休日がそのままパッケージングされているようだ。お父さんは学童クラブの中に向かって軽く会釈して、女の子を助手席に乗せてから運転席に回った。シートベルトをキチンとした親子を乗せたVITAはかわいいテールの残像をおいて先の角を左折していった。
 2週間後位だったか、やはり日曜日。近くの駅前の立ち食い焼鳥屋台の中でお父さんとビールと焼き鳥数本に囲まれた控えめな女の子を目撃した。ビンゴのくじ運の悪さ分くらい、一気に取り戻せる幸福な様子だった。歩道橋の向こうには彼らの水色VITAが置いてあった。
 僕はVITAをオペルのVITAだと初めて知ったのが確かこの時だったと思う。それに、このお父さんが離婚してあの女の子の親権を法的にちゃんと取って、二人だけで橋の近くの高級ではない中級マンションで仲良く暮らしている噂も初めて知ったのが確かこの時だった。これが、VITAを購入した理由、その3だ。
 結局の所、VITA自身の魅力に惹かれて来たのはもちろんだけど、その魅力のVITAをBACK UPする人なりに、VITAを中心にして集まってくる人像に、心を動かされてしまうようだ。VITAが先か人が先か判らないけれど、必ずチャンスに打順が回ってくる男・長島のように、いつもそこにはVITAがなぜかいたんですよね、なんて思い出す、宿命のドイツの憎い女傑、それがみんなのVITAなのかもしれない。......VITAを購入した理由、あと4つ。

●1997年10月22日/水
 風呂場からPaint it, Blackが聞こえる。妻がさっきからニャンニャン節で初期のR・ストーンズを鼻歌にしているのだ。ストーンズを湯舟で歌う日本の主婦というのも珍しいし、何せ、インド人もびっくり、黒く塗れだもんな。(インド人もびっくりなんてギャグ誰も知らないよな)よほど良い事に恵まれた一日だったのだろう。しばらくして鼻歌が口笛に変わる。なんとコルトレーン、My Favorite Things、前奏までやっている、アホじゃないの。次ぎはSMAPセロリ、だったと思う。娘は先に風呂を出てパジャマで吉本のビデオ見ながら腹を抱えて笑い転げている。平和である。なんでもありである。なんでもありの平和な国だ。ありがたい。第二次世界大戦よりは、核が飛んで来るよりは、もちろんぜんぜんありがたい。
 そっと娘の耳元に、パパ、VITA行きます、と一言。今晩は比較的早い時間に駐車場に降りた。しかし人の事は言えない。今日の僕のテープもなんでもありだ。吉田拓郎のFMライブ版、K.ジャレットのどこかのソロ・ライブ、P.ブレイのECM初期ソロ、YEN TOWN BANDに井上陽水、はてはミニマルの大先生S.ライヒまで持ち出してしまった。最近のハヤリだと、古内とうこやウーアなんかもちゃんとCDで聞きたいのだがなかなか財布が回らない。僕だってニャンニャンで音楽テープに迷いながら夜な夜な自家用車でお出かけだい、と。シベリアでの捕虜生活、復員後、競争の中で苦労して他界した父の顔がフロントガラスにどうしても浮かぶ。
 レンジDにして駐車場を離れるとだんだと気持ちが日常を離れていくようだ。最近この間隔が早くなって来ている。きっと条件反射だ。池の鯉が人が近づくと集まるのと同じだ。学習効果である。遠く離れる程、スピードが増す程、風呂場のPaint it, Blackから離れていく。(余談ですが、友人で地下に降りるビルの狭い階段を見ると勃起してしまうヤツがいるのですが、これも立派な条件反射なんだろう。先日そいつと打ち合わせで地下にある会社を尋ねて実はと告白に至った)
 青梅街道の中央車線で加速がついてアメリカン・エキスプレスが見えて来る頃には、もうVITA爆走。と、いつもならいくのだが、今日はなんだかそうもいかない。ピンク色に染まるエンパイヤステートビルのデッキに立つ父と母の思い出のキャビネ判が自宅の屋根裏にあるが、いくらかこわばって見えるその父の顔がさっきから目の前をちらつく。僕は最近そんなにグウタラな生活を送っていただろうか? VITAに乗る事はもちろん娯楽だけれど、キチンとした昼間があってのVITA夜行なんですよ、お父さん。うしろめたさ、近道、地より浮いた足....と共に現れる父にはもう慣れきっているが、どうしても今晩の父の出現には納得がいかない。
 父は今から12年前、僕が32歳の時に死んだ。20歳から32歳までの12年間、僕は2回しか実家に帰らなかった。だから12年間で2回しか父に会っていない事になる。対立ばかりしていた父が亡くなる1週間前、何年振りかの飲み約束をTELでしたのが最期の会話だった。12年の間、当時僕が乗っていたゴルフやファミリアのリコールの記事が新聞に出る度に一方的に送りつけて来る父。死の一報を出勤と同時に受け、かけつける車の中でなんとか平常を取り戻そうとつけたFM。その当時すでに古典だったPaint it, Blackの音量を上げて父の眠る実家をめざした青梅街道を今晩も僕は走る。
 僕には兄弟がいない。だから残る母がいなくなったら、誰一人僕を頭から叱りつけてくれる人がこの世にいなくなってしまうのだ。その母はVITAに乗る度にいい車だと繰り返えして言う。

●1997年10月25日/土
 ここ数日、VITAが置き物に化している。Statue of Aesthetics.... プラスチックケースの中の模型自動車のよう駐車場に在る。最近のアムロみたいにとんでもなく仕事が忙しくなって、VITAにも乗れず、日記も書けない状態だ。深夜疲れ切って帰ってくると、寂しいので軽くボンネットに触れてみたりする。すると、別に乗らなくても大丈夫よ、と子供の台詞のように気づかってくれる様なしぐさをする、様な気がする。乗れないのなら乗れないでしょうがない、それでは美学でいきましょうと、置いとく美学に転向するが、どうも相手がVITAじゃうまく出来ない。もっと犠牲を多くするべきなのか。
 考えてみるとここ2カ月位、あまりにVITA、VITAと騒ぎすぎて他の事をすべて忘れてしまった。そろそろ単に忘れたではすまされない状況に来ている様だ。MacOS8、Illustrator7.02、ATM4.0、ネスケCommunicator.....インストールしなければ周囲について行けないPRGは山だ。顔を出さなくてはいけないお客さんもそのまま、新聞もInternetMagazineも読んでないし、TVも見ない。読みかけの本も重なり、ヤクルト西武の結果は大塚商会のセールスに教えてもらった。知っているのはアムロの事だけじゃ仕事にならない。
 サムは小室の責任を取らされた替え玉ではないかとお客さんと雑談していたら、妻からのTEL。いつもの大好きな中杉通りが今日からJAZZで染まっていて、神社境内で山下洋輔が弾くという。(阿佐ヶ谷JAZZフェスティバル)チケット入手、来れるか? と聞いてきた。平日金曜日、夕方、どうしようか? ええい、仕事全部ほっぽり出して駆けつけてしまった。かがり火の向こうで最後にぶちかましたボレロと枯葉にブッ飛んでしまい、頭がしばらく真っ白になる。終演後1時間位ボーとしていた。悲しいかなVITAではここまではこない。
 昨日、仕事をほっぽり出した罪で、土日が出勤になってしまった。今朝、出かける時にボンネットを見ると深夜の手形がうっすら残っている。まるで虚の美学からの答えのようだ。

●ブラジルVITAのPICK UP http://www.gmb.com.br/veiculos/pvpc.htm

●1997年10月26日/日
 事務所周辺がにわかにフランスに占領されつつある。MICHELINもできたし、近くにフランス人学校があるからだ。昼休み、イナゴの大群のようなフランス軍団によって占拠された店内は大変な騒ぎと化す。いきつけの回転寿司屋なんてもう完璧にフランス語圏だ。ウィとかサバでウニとサバがちゃんと出て来る。だぶん。グローブのマーク兄さんも通ったというこの学校、名前からしてもうスミマセン状態。なんとリセ・フランコ・ジャポネだもんなー、校名が。ワインみたい、カッコイイよなー、入っちゃおうかな。俺の出た高校、都立何とかかんとか高等学校だもんなー、プール3コースだったものなー、ダセー。正門から出てくる生徒なんてもう、日本人に生まれた事で、はなっから勝てませんプロポーション。みんなモデル? なんて子ばかし。ズン胴、短足を首からさげて歩いている僕なんかもう下向いてるしかありません。細胞が違う。遺伝子が違うのだ。
 ここの登校・下校時間に合わせて僕はよく納品に動いたりしている。わざと遠回りをして正門に続く坂を登って行く。正門入口に近い路上には毎朝、毎夕プジョーやシトロエンがズラリとまではいかないが、まあまあ集まって来るのだ。お父さん、お母さんが紫のグラサンかけて、ボンジュー、コマンタレブー(これは言わないか)なんて言いながら入れ替わり立ち替わり次々と駐車を入れ変える。まるでディーパみたいな画像だ。朝などは東からの陽を浴びた車影が色々に形を変えて、見ているだけでとても優しい光景だ。人と同じ事を好まないはずのフランス人も愛国心からか3分の1位はお国の車。日本車やメルセデスの3ナンバー高級車も多いのだが、だいたいが5ナンバーの使いこんだ小型車系。ヤレてるフランス車が魅力的に入口のガラス戸に写る。
 先日、そんな車群を物色していたら、先の方に赤のVITAが止まっていた。バンパーが黒なので97年型ではない。それもそうとう来ているVITAだ。オオオなんて思い、フランス人もVITAになんか乗っちゃってこのドイツかぶれ、なんてウインドー越しに中覗いていたら、後ろからフランスおばさんにナンタラカンタラこずかれた。当然のフランス語で何言ってんだか判らないのでニヤニヤして得意の両腕なんて上げてたら、いきなり英語に切替えやがった。What can I do for you? だって。なんだ礼儀あるじゃないの。この位の英語なら僕にでも本当はなんとかなったんだけど、全然判らない振りしてOh! なんて喉の奧から一発ひねり出して、何故か声裏返っちゃったりして、ゆっくりと後ずさり。いつキビスをかえすかタイミングつかめずよろけながらその場を立ち去ると、背後から一言、信じられないお言葉、Fuck youだって。たとえ外国語の英語であったとしても、VITAを覗いただけの僕に対して上品なフランス貴婦人が口にするお言葉では....と。
 赤のVITAはフランス貴婦人と、なんとも将来が心配なハンサム息子さんを乗せて僕をかすめるようにフィリピン大使館の方へ坂を駆け上がって行きました。しかしオバサンといえどもそれがまたビシッと決まっていて、フロントガラスから見える濃いサングラスとほり深い外人顔(当たり前か)、ステアリングを握る指の大きなリングとマニキュア、サイドミラーを一瞥する仕草、もうVITAが本来のVITAになりきっておりました。水を得た魚って言うんですか、こういうの、まるでREGNOの広告写真を見ているようで、ましてVITAでフロントガラス越しに撮られたオービスかなんかの口開けたマヌケ顔の自分の写真を想像すると、溜息が出るだけで、昼飯に買ったクロワッサンがなんだか大きな虫のように見えたのでした。確実に細胞が違うし遺伝子が違うのだ。僕のVITAには諦めてもらうしかないし、明日からのワインは西友ストアのチリワインでどうだ。
PS モーターショーのポスター、どうしてあんなにダサイのだろうか。

●なんとVITAコンバーチブル...下の方に http://stuwww.kub.nl/overige/cars/corsa.html

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