●1997年11月08日/土
 何かの記念にVITAを買われるケースが意外と多いと思う。メールを頂く中でよく目にするのは、結婚とか出産とかの記念に車はどうかという事になりVITAを買いました...という方が何人かいらした。よく庭に木を植えたり、手形をとったセメント板を床や壁にはめ込んだり、手足縛ってムチでたたく写真撮ったり(これはないか)するが、記念の車というのも一生ついて廻るものでもなし、気軽でいて少しリッチでいいかもしれない。ちょっと目をつぶって! アレー、ハイ君のVITA! なんていい歳こいたわが家でやったらアホだけど。
 本日久々にお会いした方、A元社長の記念はけっこうすごい。破産申し立て記念のイタリア車だ。事が事だけに詳しくは言えないが.... 2回目の不渡り出して銀行取引停止、俗称・つぶれたのが去年の暮れ、弁護士から債務整理の正式連絡があったのが今年の最初、何んだかんだあって裁判所からの最後の破産宣告の通知来たのが先月だった。僕にも当然売り掛け金が未だに残っている。
 ここ10年間でアレヨアレヨと会社が大きくなり、飛ぶ鳥落としちゃって食べちゃう勢いで、最盛期には僕もよくお付き合いさせて頂きました。このA元社長、ねっからのスピード好きの車好き。仕事以外で話す事といったら車の話ばかしで、車があまり好きでない側近社員は大変だったと思う。幸いにも僕は車好きの腰が軽い外注業者ということで色々と連れて行ってもらったり、教えてもらったりしました。女性が横に座るクラブなんかにお付き合いすると、イヤイヤイヤなんて言ってソファーに座るとすぐにポケットのキーホルダー出してテーブルの上に投げたりする。すると女の子達が、あらー社長、これフェラーリ? これポルシェのキー? なんて他の客に一番嫌われるタイプ。他にもメルセデスやジャガーのキー群ジャラジャラさせて歩き、僕の事務所に営業車サニーで打ち合わせに来ても、入ってくるやいなや机の上に例の重たいキーホルダーをジャラっと置くのだ。僕も僕で太鼓持ちで、これプジョー? これフェラーリじゃないですか? なんてキー1つづつ確かめたりするもんだから本題に入るまでいつも時間かかっちゃって。しかしサニーで町中走っても普通に乗れない人だったなー(まだご存命ですが)かならず角の手前は結構なブレーキングだもんなー。普通の商店街の角ですよ。
 そんなA氏から債権者会議ってもんがあるから、おまえも債権者の一応ハシクレだし勉強になるから来いとTELがあったのは確か今年の1月か2月だった。要するにお金が取れなかった人達が集まっていくらかでも残ったお金をぶんどり合うのだ。考えてみればおかしな話で、いくら金額が少ないといえどもお金を執拗に取り立ててもおかしくない借りのある僕にむかって、勉強になるもないなと思ったが、随分お世話になったし、まあいいかで出かけてみた。重苦しい雰囲気の中で殺気だっている方もいてなかなかの緊張感。中には億単位の債権者も数人いらっしゃって、僕なんか発言権どころか会議の名簿にも載ってない。切り捨て以下の金額であるからかえって気楽に話がきける。しかしこんないわばつるしあげ状態の中でもキツい事言われる度に時々僕に軽い目線なんか移して来る。どういう神経構造しているのかCTスキャンかなにかで脳髄見てみたい。
 本日偶然に地下鉄でお会いして少しお話する機会があった。ウォーターフロントのステキな家も、どこかの会員権も、奥さんの買い物車も全部処分して、もちろん所有していたヨーロッパ車すべて処分しても全然足りなかったそうだ。娘さんの学校も変わり、奥さんも働き出されたとの事。それ以上は聞かなかった。別れ際に、車どうだ、と聞かれたので、今はVITAですウンヌンを話すと、そうかとニヤニヤなされ、破産の申し立てをしてだいぶ考えてから少しだけ工作してなんと記念にイタリア車を入手したと言われた。詳細は言わない方がいいので伏せるが、違う名義で違う店から買って違う所に置いてあると言っていた。内緒だとも言われた。当然ながら最盛期に乗っておられた車種に比べればそれこそ何分の1の価格の車だったが、とても嬉しそうに話されておられた。
 イタリア車の話を聞いて被害者である僕は正直不愉快な気持ちもしたが、売り掛け金不払いについての話は未だに出していない。出せなかったのではなく、当分は出さないつもりだ。平民として暮らす僕ら家族にはもちろん安い金額ではないが好きなイタリア車に免じて再起払いと考えようと思っている。もちろんもう法的には請求出来ない金だが。この先景気は良くなるのだろうか。
 先月だったか、僕も人の集まった席でA元社長のようにVITAのキー付き常用キーホルダー一式をジャラっとテーブルの上に置いた事があった。その時隣にいた女性、日産ですか? だって。(日産がヤダと言っているのではありませんので、念のため)豆電球が点灯する黒い厚いキー、これじゃ何だかロゴわかんないじゃん。お得意の黒と黄色の目立つやつ一発お願いしますよOPELかヤナセさん。

 

 

●1997年11月10日/月
 暖衣飽食の七五三をしてしまった。いつも汚い格好をして歩いている僕らに見かねて実に放って置いてほしい周囲のチェックが数カ月前から入っている。人のせいにする訳ではないがしょうがないので、AOKIで風船もらってジャケット買って、TAKAQでシャツとネクタイ買って、初めて行くレストラン予約して、妻は延べ3日も都内を徘徊し寸前になって地味なスーツを中野で仕込み当日深夜まで寸法を直していた。朝7時に出て、髪結って着付けて、携帯バンバンかけまくって、身内到着してスタジオ撮影してVITAで運んで神社祈祷して、鯛の何とかマリネから始まるコースして、何とかイタリアンワイン3本空けて、戦前の話を聞いて、お気を付けてと頭下げて、最後のシビックフェリオのテールランプが視界から消えたのが夕方6時。地球時間で計11時間、VITAは忠実に動き回ってくれた。
 ここ数日、仕事中でも地下鉄の中でもVITAの中でもベットの中でもいつもUA「悲しみジョニー」を聞いている。しつこくこれ一曲をリピートするのでみんな本当に嫌がる。だから家中の単4の電池を一人で消費し、ウォークマンのイヤホンで耳が痛くなってしまった。そこまで努力しているのにかかわらず、電話の呼音に応答しないから迷惑だとか、横からの車のクラクションが聞こえないから危ないだとかでますます嫌がられる。誰もふしだらな幸せを全部くれないし、楽しい嘘も捧げてくれないし、だいたいいくら見上げても飢えた空は血にまみれない。まあ当たり前か。
 腹を空かせてエサの在処を探して廃墟の中をさまようジョニーをいくら夢想しても、昨日やってしまった事にはまったく自信が持てない。VITAをハイオク満タンにして、境内に入った事もない神社で20分で終わる集団祈祷に大枚収めて、会話もおぼつかない程スズキや子牛を腹につめ込んで、クレジットカードにさりげなくしかも大胆にサインして、礼儀の定石賛辞に礼儀で答えて、僕達はいったいどうしてこんな事をしているのだろう、ライフスタイルとはどうやって行使するものなのかと、子供をはさんで川の字で妻と話していると悲しみ深く海より深く誰かにはり裂けるまでなじってほしくなった。新しいVITAを見て誰もGOODとは言わなかったし、狭い室内でいかにも狭い顔をして乗っているし、なんで国産のもっと大きなヤツ買わなかったのとアレンジ無しで言われると一言、降りろを隠せなくなる。
 身分相応とは何か、質素とは何か。しかし、とおに青い時代は過ぎて熟れすぎてしまった僕らを錆びた雨はちっとも洗ってくれないとグチっているばかりだとバラ色の月曜日は始まらない。過ぎた事は出来心のあやまちとして反省処理して、今週からは日常に戻ってまともな時間を平服と平常食といつものVITA夜行で埋めて行こうとちゃんと朝食を抜いた頭で思った。
PS 街中あげてのOPELフェア、ちょっとしたデパートの前でもやっている。七五三の神社の途中でもやっていて、近くにちょっと止める用が出来たが万が一試乗にでも使われたらアホなので通り過ぎた。車に戻ったらお客とヤナセのセールスが僕のVITAで走り去ったなんて漫才だから。それにしてもOPEL特別1.9パーセントローンって確か9月いっぱいだったのになー、まだやってるよ、話が違う。昨日出光スーパーゼアス給油40.5L、360km走行で燃費8.89km/L。急がつく運転してないわりに少し悪い数字のような気がする。

●1997年11月11日/火
 ここ数年に渡り事務所と個人の会計を見てもらっている税理士がいる。僕の中学2年からの同級生だ。30年経った今でも同じだけど完璧な格闘技フリーク。中学・高校と同じ学校で何回コブラツイストの標的にされただろうか。新しい技を覚えると必ず僕に近づいて来る。何となく殺気を感じて離れる僕の肩に手を置いて、まあまあまあ、痛くしないから、ネ、なんて優しい言葉でしっかり痛くテゴメにする。僕もたまには股ぐらけっ飛ばして逃げたりするが、それ反則だろー、なんて言って追っかけて来てはヘッドロックかけて、はずして逃げてみ、なんて耳元で誇示するのである。僕もけっして体が小さい方ではないが、彼は僕よりも身長・体重共に5パーセント増しだ。残念ながらホモではないが、成人してからも勝ち負けが大好きで若い頃は地域の税理士会で過激な発言が多かったとかの噂。
 しかし(別にしかしでもない)大変な勉強家で、僕らが遊びほうけていた10代後半から20代半ばにかけて猛烈に勉強し、若くして堂々の試験組の税理士になってしまった。周知の通り税理士の国家試験とは大変な難関で、合格率も確か5パーセント以下だし、だいたいが税務署職員の経歴や大学院の学歴土台の試験免除の税理士が多いと聞く中で立派なものである、と言っておく。
 その彼が1カ月に一度の顔出しでさっきまで僕の目の前に座っていた。いつまで経っても頭髪に白いものが一本も出ないNONストレス人生してる人っているんだよねー、ここに。言いたい事言って、やりたい事やって、今でも胸の筋肉ヒクヒク動かして見せる彼を見ていると自分との永遠に縮まらない距離を感じる。
 彼と僕との永遠の相違点。まずは、彼は創作が嫌いである。小説とか映画はノンフィクションしか見ない読まない。それに比し僕は人が作ったもの、フィクションが大好きである。あと色々あるが省略して、特記たるものは車系だ。彼は車が好きにもかかわらず今だに免許が無い。若い頃、勉強と実務に手一杯で車の免許を取る暇がなかったと弁明するが、実は続かないのである。何が続かないかといえば教習所。仮免一歩手前まで、ある時は路上までは行く、しかしである、しかしいつも教官ともめるのだ。何でこんなの出来ないの、出来ないから来てんだろバカヤロー、でその場で車を放棄、歩き出してしまう過激な習性がある。そんな自分を知ってか30代は再挑戦の数を控えていた。しかしもう同じ40代。そろそろ角も取れたか、また教習所に通い始めたという。若い生徒、若い教官に囲まれてなんとか今回は行けそうな自信があると言っていたが....
 僕はパソコンには慣れていると思うが、ビデオ操作がまるっきしダメ。だから録画は必ず妻にやってもらう。不思議だけれどどうしても面倒で解らない。彼は超難関の税理士免許あるくせに、みんな持ってる運転免許がどうしても取得出来ない。実に人間とは異なものである。なんてどこかの爺さんのコラム風になってしまったのでとっても恥ずかしいけど、いいや。
 PS 昨夜のVITA夜行、僕の前の前がシルバーのメルセデス、前が赤のアウディ、そして僕のリオベルデのVITA、偶然なのか、潜在意識がそうさせるのか価格順に並んだドイツ車3台が70km/h位で片道1車線の夜のバス通りを列走。でも車間距離は各20m位はあった。突然の障害物で先頭のメルセデスのテールがカッと赤くにじむ。3台同時のフルブレーキングだったんじゃないかな、マジ危なかった。3台ダンゴになって止まったもんね。真ん中にいたアウディが一番焦ったと思う。しかし3台ともABS有り、その為なんだろうかスリップ音全然無しで真空状態のような制止でした。こんな時には体に染み付いたMT癖がちゃんと出るんですね、左足が形の無いクラッチ踏んでましたもんね。しかしこれ程強くブレーキ踏み続けたのは何年振りだろうか。数10年前の出始めABSって確かポンピングの間隔が体感出来る位カッカッカッってあったような記憶があるんだけど、最近のは1秒間にそれこそCPUクロックまでにはいかないにしても電子制御レベルなんですよね、確か。本当にABSが作動したのかどうかよく僕には解らなかったが。

●1997年11月14日/金
 トカゲとイモリとヤモリの違いが今だによく解らないが、それらに似た爬虫類が一つVITAの前輪近くにいるのを朝出勤時に見つけた。VITA夜行でエンジンをかけて駐車場を離れようとした時、フト朝の爬虫類を思い出しちょっと躊躇してアクセルをゆるめたが、確認しないでそのまま出てしまった。踏んだかもしれない。でも生きてたら朝から今まで同じ場所にいる訳がない。こういう事に代表されるような事、例えば頭にてんとう虫がついていたり.... だと、だいたい8割がた面倒でも逃がしてやっている。しかし後の2割、最近は記憶にないが、仕事がとんでもなく忙しくなったり、誰かと旨く行かなくなったりしている時かな、踏みつけたり、指の先でピンと強く弾いてつぶしたり。この2割の時期というか日、が結構僕にとっては恐い日になる事が多い。事故ったり、しなくていい怪我や言いがかりを付けられたり、飲みすぎたり。もしかして今夜かも。
 1つ先の駅の近くの踏切を渡ろうとしたら、斜め前の対向車線でお婆ちゃんがホームで停車している電車を見ている。もう最終に近い時間だし、車道に乗ってるから対向車からクラクションを受けている。M先生だった。びっくりした。
 M先生とは小児科の女医さんで、僕は子供の頃この先生に3回も命を救ってもらっている恩人先生だ。確か83歳の母よりもお歳のはずだ。腸重堰(こんな字?)という腸の中に自分の腸が入って消化されて詰まってしまう病気に幼い頃3回もかかって、3回ともM先生の敏速な診断と手配で大病院で即手術を受ける事が出来た。とにかく発見から手術まで急を要する病気で、たまたま執刀してくれた外科の先生自身の子供さんすら気づかず手遅れだったという悲談まであった。だから僕の腹上には肋骨の下からペニス(といえる程のりっぱ物ではないかもしれないが)の少し上まで2本の長い切開の跡が今でも残っている。娘には君はパパのお腹の中から生まれたのだ、これがなによりの証拠だと今まで言い続けて来たりっぱなキズである。そういえば三島系の人に切腹の跡とも言った事あったな、訳あって切腹を縦にしたと。
 M先生が気になって少し先にVITAを止めて徒歩で引き返した。その時は誰か家族の若い人に支えられて歩かれている後ろ姿だった。安心してVITAに戻ったが、あれもしかして徘徊かもしれない。アルツハイマーとか痴呆症の噂は聞かないが、お歳からしてもありえる体の動きだったように思える。やはり寂しい。
 先生の駐車場にはいつも白のメルセデス190Eが2台、ピチッと平行に止まっている。掃除はいつ見てもあまり行き届いていないが、毎日エンジンは2台ともかかる様子。たぶん同じ日に同じ車種を注文なさった2台だと思う。(しかしナンバーは似た数字だが1番違いという訳ではない)たしか息子さんが2人いたように記憶しているが、もしかして2人の息子さんに先生が買い与えたのかもしれない。もしそうだとしたら先生の趣味というか車の選択に昔の先生らしさが出ていてとても懐かしい。しかし2台の190Eを与えられた家族の中から色々な違う意見は出てこなかったのか、僕は私はBMWがいいとか..... と勝手に先生の家庭内の力関係と物欲を想像しながらいつも190Eの前を通っている。しかし白の190E、なかなか高年式でヤレていい味出してきた。これからのヤレが楽しみだ。売らないでね。
 3回の入院で2本の腹のキズ。あと1本はというとこれが笑い話で3回目は今でもよく覚えているのだが、明日朝から3回目の手術というので持久力をつけるためかリンゲルを打ちに看護婦2人が幼い僕の服を脱がした。重なる注射でリンゲルの針を刺す場所がなく確か足のツケネ近くに刺そうとして、驚いた僕はおもいっきり看護婦の何処かを騒ぎながら何回か蹴った。そしたら本当なんだけれど、腹の中の何処かでボソっとか感じて、重なった腸がはずれたか、その後飛んできた医師が数人で診断して、結局3回目の手術は見送りになってしまった。その時にもトカゲだかヤモリがベットの脇の窓に朝から張り付いていたのを覚えている。フクフクした白い腹を明日の手術の恐怖の中で朝から見続けていた。
 PS 長くVITAに乗った後はいつも腰が痛くなる。座高が長いせいでシートの高さ調節ノブはいつもめいっぱい下。そうすると尻だけが後ろに沈む感じになってどうも背骨と尾てい骨と足の関係がよろしくない。仕事が忙しくVITAになかなか毎晩乗れない。

●1997年11月17日/月
 まずはサッカーおめでとうございます。VITA系の方からも何通か祝メールを頂いた。なかにはVITAのHPを見て送りました、なんてのも頂いてVITAとどう関係あるんだ? なんて思ったりしたが、まあいいやよかったよかった。私、メシよりボール好きという程でもありませんが、あおられるとつい熱くなる。なんとかやりましたね。でも正直ブラジルやイタリアに生まれなくてよかったかな、なんて...
 仕事は忙しいし、娘の学芸会は見たいしで金・土とほとんど寝ずに仕事してCRT見るだけで肩コリコリで吐き気がする状態。日曜朝フラフラして起き上がって25年前のニコンに20年前のシグマ200mmズーム付けてTRY-X1600増感して(こんなの今時いないくて恥ずかしい)舞台上の娘の忍者姿カシャカシャしてたらいつのまにか体育館のマットの上で寝てしまった。あまりにも気持ちよさそうに寝ていたそうで配慮され、隅に移され毛布までかけられてしまう醜態。恥ずかしや。いい先生方とPTA方で穴があったら入れたいじゃなくて入りたい状態でした。
 昔懐かしい臭いの体育館の裏に出て目をこすっていると先生方、来賓の方々の車が勢揃いしていた。全て国産の小・中型車だ。端からゆっくり楽しんでいたらほとんど全車に一つだけ共通点がありました。必ず置いてあるティッシュ箱。しかもあの綺麗な先生のスターレットのティッシュ箱は可愛い布のカバーで包んでありました。
 世の中には別にどうでもいい、体制にはほとんど影響しない、他人には迷惑がかからない小さなダメがたくさんある。編集者Kさんは白い御飯がダメ、だからカレーライスやドンブリ物、定食物は食べられない人だと本人から聞いた。ちなみにチャーハンはOKだそうだ。変なの。友人の税理士は傘と前衛がダメ、けっこうなドシャ降りでもフランス人みたいに傘をささない。好意で傘など差し出すと、私は傘が嫌いなんで、とハッキリ断わる人。またフォービートのJAZZは毎日でも大丈夫なくせに、フリー鳴らすと、これ音楽なの? と反抗的言論がすぐ口から出る。妻はセーターと薬がダメ。氷の世界でも雪の世界にいても布物と革物だけで震えている。医者からもらう薬は笑顔で飲んだふりをするし、ごまかせない時は鵜飼いの鵜のように飲む。娘はスカートがダメで可愛いから無理してはかせると一日中陰気で危ない小学生にいとも簡単に化す。僕はというと、僕自身がダメ、僕自身がもう大嫌い、なんて悩めるセリフはいてデミダスカップで壁に寄りかかってコーヒー冷ましたいが、悲しいかな全然そうではなく、実は車のリアウインドから見えるティッシュ箱がダメなんです。あれどういうわけかやなんだよなー。それと電話やドアノブや便座のカバー類、これもやっぱやだ。だから可愛いキルトのカバーで包んだティッシュ箱がオペルのリアになんか乗ってる光景はなるべく見ないで生きていきたい。だからって乗っている人の感性疑うなんて過激になるほど僕の感性はたいした事ないし、たかがティッシュ箱やノブカバーをめぐって妻との大喧嘩なんて大人げない事はしないけれど。
 体育館の裏に駐車している車の中にティッシュ箱が乗ってない白い117クーペがありました。わかる人にだけわかる車。かの松田優作も映画の中で乗っていた走る芸術。なんたって走る芸術ですよ、当時の宣伝コピー。エルグランドの走る応接間とはわけが違いますよ。ヤレテヤレテ錆びもでている117の白いボディー。渋い。どんな先生が乗っているのだろうか、PTAに受けがいい色男の校長先生か、それとも虫も殺さぬ教頭先生か。(こんな事書いて見てないだろうな)バカな事考えながら運転席を覗くと、ステアリングにはちゃんとあのフワフワカバーがしてありました。
 PS アストラワゴンの主張しない、しかもエレガントなテールランプを前よりよく見かけるようになった。OPELシリーズの中で一番好きなテールだ。夜のネオン光で見たりするとつい発進を忘れてしまう程凝視してしまう。VITAよりも好きだ。今まである車の中で一番好きかもしれない。最近OPEL全体の登録車数が増えているような実感を受ける。しかし他のOPELのフロント・エンブレムってどう考えても2周り位大き過ぎるように思う。あんな主張しなくても解るって。

●1997年11月18日/火
 満足にVITAに乗れない日があまりにも続くので、朝出勤の時に雨の滴のついた表面張力だらけのVITAを舐めるように見ていたら妻が、いっそ食べちゃったら、と背後で言うのでそれもそうだなと思い今度の日曜日に親戚も呼んでみんなで食べる事にしました。焼くか煮るか蒸すか生かなんでしょうが.... なんて書くと僕もついに壊れた人になってしまった様でなかなかいい感じ。そうだ僕は最近少し変。トイレに行くだけで事務所の電気全部消して出てしまうし、VITAのドア穴に家のカギあててしばらくゴリコリして気が付かないし、疲れているととんでもない事をしてしまう。今日は一人の日で事務所のガスコンロつけっぱなしにして2時間外出してしまった。帰って来てなにか臭うと洗面所見たら、ヤカンの水はとうに無く、周辺の中性洗剤などはもうトロトロで原形とどめてない。マジに危なかった。火事なんて出したらこんな事もしてられなくなる。今日は早めに仕事終えてVITA夜行にたっぷり時間さこうなんて計画して、朝からお気に入りのCDをTAPEに落としながら仕事してたりしたが、今夜はあきらめておとなしく早く寝ようと真剣に思う。
 VITAを買ってから仕事に対する態度というか、生活全般に対して妙にラテン系入り始めちゃって、日本的資本主義的体制的に不真面目な人、ダメな人になっていく自身を遠目で感じている。現に今だって明日の昼位が納期の仕事が1つ2つあるのに夕食後往生際悪くこんな物を書いてる。(さっきのワンタン麺は絶品でした)VITAが来る前の僕には考えられない事で、真っ先に仕事をかたずけねば気にかかって家路にもつけない真面目な人、いい人だったのに、今では平気でヤメタとか言って仕事を残す。どうしたのかしら。いったい僕に何があったのかしら。かしらかしらかしら。
 確かにVITAは僕の車感とか物欲(一汁一菜から暖衣飽食まで幅広く)とか大小感(うまく言えないけど大きい物と小さい物の対比感とでもいうか)に大きな一念をくれて、しかも更正までしてくれるレンガを積み重ねる様に着実かつ微少な実感はVITAに乗る度にあるのだけれど。これまたうまく言えないのだが、非効率な参加者を社会から撤退させるような経済の仕組みというか、より効率的な時間の管理を強いられる世界に対してなんだかVITAを買ってから日ごとに反感を抱くようになって来るようで、もしかしてこれがラテンの血なのかしらなんてVITAをしげしげと朝見ていたのだけれど。おまえ隠れラテンなの? 確かVITAとラテンに関しての事誰かが言っていたが根拠については触れておられなかったようだし、でも製造されたのが仮にスペインかなんかでも中身はれっきとしたドイツ車だしね....
 とにかくこの車は僕に向かって実に多種多様な疑問や新たなる認識や概念を突きつけてくる娘のような存在で、知らず知らずのうちにVITAが導く人生のターニングポイントにベクトルを向けて歩き出す自身を今度は近目で感じる予感がしてならないのだが。しかも近い将来。おまえは信じられない車だ。
PS サッカーの視聴率が50パーセント超えて、山一がダメで拓銀が破綻して、気が付いたら新聞読んでない僕だけがVITAと取り残されていたなんて案外いいかも、なんてノアの箱舟の上で思えたらと思う。

●1997年11月20日/木
 神社の近くの古い民家に繋がれている犬は2匹。白と茶で、昼休みのOL達の中にはわざわざ遠くから触りに、撫でに、話しに来る人もいる。とにかく、カワイイ...の連呼で天気の良い日などは撫でる順番待ちが本当にできるほどだ。犬の方もモテ慣れしているからいつも平然と落ちつきはらって人間を品定めしている。妻も週の半分は事務所に出てくるので楽しみにしていて、昼飯の後は犬会いたさに遠周りしたりしている。幸運なオフィス街の犬だ。住宅地だったらこうはいかないだろう。カワイイカワイイで頭なで喉なでまくりだが、もしこの2匹、犬じゃなくて馬もしくは馬の様な大きな犬だったら、こんなにも人気は出ないだろうなーと思いながら僕も時々撫でて通る。
 2年位前に出来た大型学習塾の数人いる先生のうち毎日マイカー(結構この言葉今でも好きで使ってます)で出勤する若くもない先生2人。白のシビックフェリオと赤のアストラワゴン。2台しか置けないビル前の駐車スペースを白赤(65パーセント)もしくは赤白(35パーセント)の順でいつもこの二人で占領している。ここまで毎日既成事実作られると誰も割って止める勇気が出てこないのが不思議。だから艶消し紺のMINIで来る他階のお兄さんはいつも反対側の水道施設の壁にビッタリ駐車。ここでも毎昼行き交うOL達の間にカワイイが飛び交っている。僕もやはりこのMINIはカワイイと思うし、妻も同意見だといつも言われる。MINIのどこがカワイイのか尋ねるとほとんどの人がそのデザインじゃないかと言うが、もし2倍・3倍拡大のまったく同じ形の大きいMINIが同じ場所に駐車していてもこんなには人気出ないだろうなーと思いながらランチに出る度に低い運転席を覗いて帰る。最近MD付けたみたい。
 もちろん例えばの話ですが、将来30年連れ添った妻が死んで(勝手に殺すな?)3周忌も済んだ頃、郊外の妻の墓にVITAで出かけて行って、木陰にVITAを駐車させて、水をくんで買っておいた上等な白いユリを紙から出して、線香立てて煙を嗅いで手を合わせて。季節が変わるごとに違う花を持って会いに来るからね、なんて呟いて、約束どおり季節が変わるごとに旬の花を持って新しい服に着替えて出かけて行く。その時はもう仕事もなにもかもやってなくて、落ち葉集めて一日中眺めているような、吐いた煙草の煙目で追うような生活していて、人生いつ終わってもいいやどうせ君がいないんだったら、なんて数年前から投げているようでこれが生まれながらのジでいってて。映画ダメージのラストのように家族で歩いた過去の白黒写真大写しに壁に立て掛けながら、過去の美しい一点にこだわって生きて。ちょうどその頃世の中ひどい状態で大恐慌のまっただ中。だけど世捨て人はもちろん無関心で。憎んでいたり痛んでいた時間なんてほんのわずかで心から愛していた事ばかしが想い出されて、墓石抱いて崩れたい位過去に執着しているのに、どうして僕を置いて行ってしまうのか不思議な気持ちで悲しくて悲しくて。火が束ねた線香を完全に降りるのを待ってから歩き出し木陰で待つVITAの中でさらに1時間の時を止めて....なんて状況に使われる車は絶対に大きくないほうがいいと思うのだが。例えばVITAのように。(朝から聞いているので少しドリカム入りました)
 VITAを買ってVITAに乗って、VITAに教えられた大小にまつわる新しい感覚が今の僕にはある。(VITAで走っているでしょ、その横をセルシオとかメルセデスEとかセルボとかが走り抜けるでしょ、それだけでもいろんな大小感につまされる思いがある)つまる所はすべて大きさのような気がする。牛乳瓶のようなペニスぶらぶらさせて入って来てドンと腕組んで座るお方よりも、つつましく温度計なんかを気にしながらバスタオル捲いて、人に見せられるような品物ではありませんよ僕のはと言いながら小説でも読んでサウナの熱気に耐えている男の方がいい大きさの車に乗っていて、ちょうどいい大きさの人生を手に入れる様な気がするのだ。もっと具体的に言えればいいのだが。

次頁につづく


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