●1997年11月22日/土
 電車にしようかVITAにしようか朝起きる前から迷っていて、土曜日でしかも雨降りだから憎き千代田区駐車違反取締隊も少しは湿気で気を抜くだろうと勝手に判断してVITAで仕事に出る事にした。購入してからもう2カ月位になるがVITAで事務所に来るのは初めての事だ。東京三菱(みんな合併後の名前ってなんでダサイの?)の赤いサインの前に止めて、助手席またいで右のドアから体ひねって出だら、前方を紺のVITAが走り去っていった。4ドアでリアの奥さんらしき女性と目が合った。とても美人に見えた。内股に赤黒いバラのTATTOOを2つもいれておられた。(もちろん最後のは想像です)
 昼が過ぎてレッカー移動が心配なので、外でも処理できる仕事を持ち出してVITAの中で格闘していると、どうせならもっと景観の良い場所に移動しませんか、とVITAが提案するので、ちょっと先を曲がって走って外堀通りの池の上に駐車。春満開の桜が今は紅葉しボンネットの上に1枚2枚と落ちて来る。池の向こうには黄色と朱色の長いJRが行き交い、その色合いが揺れて深緑の池に写る。ここで俵マチ(こんな名前?)なら一句出るところだが、さっきから出るのはマクドナルドで買ったコークのゲップだけだ。コーラなんて半年ぶりに飲んだ。なぜか数カ月に1度位のペースで無性に飲みたくなるのはなぜだろう。
 今はポケベルだとか携帯電話だとかカッタルイ小物があるおかげで離れていても事務所に連絡が入った事を知る術がある。さっきからポケベルが震えていて、ズボンの内股のへんがくすぐったくてしょうがない。もう2回無視しているが、ちょっと気にかかる事があるので3回目には携帯のスイッチを入れようと思う。
 今年1月から入院をしている15年来の友人がいるが、彼女の様態急変の連絡が入って、昨日朝一で世田谷の病院に顔を出した。4・5本の管を体内に入れて、1/2位に痩せてしまった彼女はなんとベットの上で腰掛けて、お金を入れてはじめて映る14インチで8チャンネルを見ていた。Photoshop大好きの彼女とMACとINTERNETの話をして、時代はどんどん変わりつつあるね、なんて未来の話題に故意にもっていく自分が辛くて動揺して、英語でもきっと会話できそうなくらい軽い話題に貴重な時間を使ってしまい、別れ際に、田中さんも体気を付けてね、なんて背中に言われ、おう、なんてバカな軽い返事して、涙で後ろを向けなかった。
 彼女の枕元には日記らしきノートが置いてあってまだ新しく、つけ始めてからそんなに日が経っていない様子で、なんとなく自分を悟っているにしてもそれ程まだ確信を持っている様子は無く、僕も最近VITAの日記なんてINTERNETでつまらない事してるんだ、なんて話そうかと思ったけれど、じゃあVITAに今度乗せて、ああ治ったらね楽しみにな、なんて定石とばしてまた未来の話題を一つ多くするのも勘のいい人なので不自然だと思いやめた。抗ガン剤などという極の単語を平気で口にする気丈な彼女を想うと、このようなVITAの生活日記なんて軽いものFTPして楽しんでいる自分がアンモニアの様に強い体臭を放つ生命力の強すぎる小動物のように思えて来る。彼女は僕より年下なのだ。
 辛い事には、真の辛い事と、楽しめる辛さがあると思う。いつもやってるVITA夜行で癒す辛さ、空間VITAの中に持ち込める辛さはナルちゃん入る楽しめる余裕の辛さだ。これは必要悪で少しはあった方がいいと思う。しかし今回はちょっと辛い。VITAの中でいつものUAなんて言葉の遊び聞きながら味わえるような類のものではない。だからギンギンロックTYPEかけて早めに帰宅して吉本でも見て早く寝ようと思う。

●1997年11月25日/火
 ここ数日VITA夜行はやめにする事にした。生死をさまよっている友人とVITAは僕の頭の中でやはりうまく共存できない様子。確かにこれはこれであれはあれだけど、ほっといたって人間はいつかみんな朽ちるのだけれど、あたなが感傷しても何も変わらないのだけれど、君に言われなくてもそんな事は解りますと違う自分に呟くが、まあ数日はやめる。どうしても無意識に考えてしまうから事故ったりしたら危ないだろ。

●1997年11月26日/水
 当然のごとく僕にも好きな人と嫌いな人がいる。いるはずだ。どこで好き嫌いのボーダーラインを引くか即決出来そうもない人も沢山いるが、しかし好きな人に比して嫌いな人の人数は明らかに少ない。と思う。なのになのに、意に反して心に占める割合で嫌いな人の像がとてつもなく大きくなる事が時たまある。嫌いな人には徹底的に不親切であり続けたいと大昔30歳の誕生日にもろもろの神に誓ったはずなのに、電話での僕はまるで二重人格者のように今日も明るい声を出す。たとえ仕事という昔から伝わる男の大義名分があろうとも、やっぱ自分の好きな性格ではない。これって子供かな?
 同じ事の繰り返しを車ですると、嫌いな車に限ってその所有者に気を使い、言葉の言い回しや過大な賛辞でつい心にもない事を口走ってしまい、大切な時間やBITを浪費して予期せぬ方向へと話題を進めてしまうのである。アレアレアレなんて思っているうちにとんでもない反対の結論に達して相手は満面の笑みで僕の前から退場なんて事にいつもなっている。例えば今日も、僕は本当はエスティマが嫌いなのだが、ルシーダとエミーナの違いをとことん質問したりして、走る天才タマゴを所有する大事なお客さんは、VITAの話題にはいっさい触れずにすんでほんとうに良かった、なんて一発抜いた後のような柔らかい笑顔をされて帰っていかれた。これは依存が多すぎるのか自主性が少なすぎるのかといった問題ではなく、なんだか僕には物事の90パーセントの真実を封殺しながら済ませてしまう美しい癖があるようで、この日記の随所に見られる煮えきらない好き嫌いのスタンスも実は僕のこのような封殺癖からきていると思ってもらってよい。
 先週、病気の友人を見舞った時、彼女にもちゃんと好きな人と嫌いな人がいたんだなー、と当たり前の事を改めて感じた。彼女の家族が彼女の意向に沿ってちゃんと知人を区別して連絡をとっている。特に女性の友人に対しては男よりも慎重かつ大胆に区別していたようだ。Aさんには来てもらいたくない、Bさんの顔は見たいがCさんも一緒に来たら嫌だ。ここまではっきり僕には聞こえてこないが、これに近い事はあったと思う。10数年前、同じオフィスで働いていた頃の彼女にはまったくといっていい程他人に対しての好き嫌いを感じなかった。とっても男性的でサバサバしていて、なんて周囲は言っていたが、男性的サバサバが女性特有の社内での混沌とした世界?を旨くすり抜ける有効な手段だったのかな、と昼休みバナナを食べながら妻に聞いてみたら、彼女は本当はとても女性的な人で、もちろん十分大人で、そんな事は女性界(こんな言葉ないですが)ではよくある知恵だと教えてくれた。
 こんなあんなを考えながら外の渋滞を眺めていると、僕もこれからはアメリカ人のようにスタンスをはっきりさせるぞと誰に宣言する訳でもないが、まあ言ってしまえ。ラウムとメルセデスAクラスが偉そうで嫌いだ。スパシオもお笑いで嫌いだ。セレナとステップワゴンは大好きだけど、ラルゴとエルグランドとエスティマは嫌いだ。なんだあのにぎり寿司のイカのようなフォルムは。エスティマを見るとひっくり返して醤油付けたくなるのは僕だけか?(僕だけだろうな)最近なんとNTTの営業車にもなっているレガシーは意外と女性的で好きだが、フォレスターはゴツゴツしていて自衛隊のようで嫌いだ。スペンサーが乗っている大型の4WDはほとんど嫌いだが、フォーク愛用のジャガーは大好きだ。実を言うとプントのリアランプも最近好きでなくなって来たし、アストラは大好きだけどベクトラとオメガは空気がいっぱい入っているオムレツのようで嫌いだ。そして実はこれが一番言えなかったのだが、VITAのリア全体、僕の乗ってるSwingより4ドアのGLSの方が格段好きになってしまった。買え替えちゃおうかな。
 おかげ様で、スポンジに水分を含んで、もうこれ以上含めない程ボタボタにして、一気に壁にぶつけた気分である。フィリップ・グラスやテリー・ライリーのようにエンドレスで繰り返すミニマル人生に重くのしかかる北ヨーロッパの低い暗い雲をテヤイと払いのけた気分だ。けれど今夜もVITA夜行は控えるつもりです。

●1997年11月28日/金
 打ち合わせの帰りに見た目白通りの渋滞の中に古いBMWが埋もれていて、中には60歳位の女性が二人シートベルトを締めてキチンと座っておられる。何やら楽しそうに会話がはずみ、まったく動かない渋滞も気にならない様子。へたすれば20年落ちの白の3シリーズだ。エンブレムがなかったので確認できないが、たぶん昔の318だろう。二人とも同じ色と形の地味なカーディガンを着けておられる。なんだかシスターが二人私服で外出という感じだ。とびぬけて上品で、クラッときてしまう。SMAPSMAPのマー坊みたいなお兄さんが彼女乗せてピカピカ洗車のBMW転がしているのとチョト違う。
 帰宅途中のゲーセンの前に限りなく山吹色に近い黄色のカルマンギアが止まっていた。塗装直後かテリテリの傷皆無。リアにまわるとクネクネのエキゾースト管がマフラーと共に後ろに露出している。カエルから腸がはみ出してるみたいでちょっと不気味だが、車全身から放たれる濃厚オーラに圧倒されてしまった。かなり金かけているようだけど、維持するの大変だろうな。僕だけじゃなくて、たまたま通りかかったバイク便のお兄さんも一時停止で眺めていた。きっとこの所有者、相当変なヤツなんだろうなー、でもいいヤツ。ゲーセンの中でどんなマシンと格闘しているのか。
 昼間も運がよかったけれど、夜も随分と楽しい。ひとつ手前の駅で降りてちょっと道草する。今さら少し道草したところで何の障害も生まれない言われない困らない人生。スペースシャトルで遊んでいる日本人のTVニュースがどうしても羨ましい。もうこの歳になると宇宙飛行士にもなれないし、野球選手になるからって仕事やめれないし、ましてや劇団四季にも小室ファミリーにも入れてくれないだろう。空を見上げながら、中学の何かに書いたNASAへの夢を思い出した。君の素敵な夢がかなうことを、とせっかくその気にさせてくれた担任の先生。15年後の電車の中で一升瓶かかえオオトラになってた時にはビックリしたなー。先生の夢も壊れたかなー。
 少し行くと、黒のVITAスポーツが見えてくるはずだ。いつもどこかの国の外車が入れ代わりしている不思議な空き地。メチャクチャに破壊されたポルシェの前に赤の現役メルセデス280E、その右が最近加わった新人VITAスポーツだ。そおーっと近づいてオドメーター見たが数字は暗くて読みとれなかった。そこからさらに500m位歩くと以前妻が発見した横浜ナンバーVITAの駐車場。いつの間にか我がVITAと同じ顔は姿を消し、今はなぜか古いカデット2台が直列に停まる。ここもミステリアスOPELゾーンだ。短いスパンで古いOPELが入れ替わる。そしていよいよ今夜の最終目的地。
 そこは銀行のようで工場のようでもある。200坪位の広大な土地に(都内の200坪ですよ)四角い鉄筋の建物が消極的にのっかっている。ハートの看板乗せたら銀行だし、ベルトコンベアーの音がしたら工場だ。レーンを入れたらボーリング場、煙突建てたら公衆浴場ってか。シャッター付きの入口に鉄格子の窓、大金庫がその奥には鎮座し、周りをせわしなくうごめく正体不明の中国人。はたしてその実体は? なんてどうでもいいんだけど、意外に普通の住宅なんですこれが。前の道路を奥さんが落ち葉掃いちゃったりする普通の邸宅。しかし真のお金持ちは建ぺい率ギリギリ建てたりしない。隣の屋根で朝日が当たらないなんて日照権振りかざしてセコイ裁判しない。有り余る地べたにベントレー並べたりもしないのだ。そこには確か先週までは青いPOLOと赤いマーチがいました。先日バスで通った時に、その赤いマーチが赤いVITAに変身していたのでわざわざ道草して見に来たのでした。ただそれだけなんだけど。メルセデスもない、ジャガーもない、レンジローバーもない広い庭にお互い向かい合ってPOLOとVITAがいるのだ。いたいた、今夜も向かい合ってニラメッコしている。子供のじゃなくて、夫婦で互いにかわりばんこで乗っていたら綺麗な物語になるのに。
 上記の内の数点を寝る前に妻に話して共感してもらった。代わりにといってはなんだが、妻のエゲレス人の夢の話と、娘が給食当番でウッカリミスをして隣の男の子にノートでたたかれムカッときた妻の心の葛藤を集中力を出して聞いた。イギリス人の事をエゲレス人と呼ぶ架空の場所の夢の話は結構面白かった。半分くらい作ったかもしれないが、そんな事はどうでもよい。川の字の幸福と弛緩が娘のトイキとは呼べない大イビキと共に漂って昨夜も寝る事ができた。フトンの下に向いた手のひらを上に返す。人底に残る昼の攻撃心が消滅する。いったい誰に感謝すればいいのだろう。僕の斜め下4m位にはVITAもいる。

●1997年12月01日/月
 ○○警察署のPULLともPUSHとも言わない傲慢なドアと格闘して暗い日曜日のカウンターの前を通り過ぎると、浅草ジャンパーの品の悪いお兄さんが、どちらへ、と聞いてくる。無視して階段駆け上がると、コラコラどこ行くんだ。これも無視したら、追っかけて来てバスケットのディフェンスみたいに手を広げて、どこ行くんだと聞いてるでしょう。フェイントかまして足踏んで股間蹴ってシュートしてやろうかと思ったけど、あなたみたいな制服じゃない人にそんな事言われてもねえー、2階の駐車違反の係りだけど、それが? すると、そうですかどうぞ、と言ってニャッとしやがった。ホオ、警官も人の子、人間の子、そう出たか、階段降りる背中に跳び蹴り一発指令出したが今日は肉体がいう事をきかない。
 妻の父、義父から「田中家のルーツを探る」という回顧伝小冊子の制作を頼まれたのが2年前。(妻の旧姓も偶然に田中という同じ姓、妻のフルネームは結婚しても変化なしで笑えます)ずっとほっとくも温厚な義父そろそろ限界。顔色変わってヤバくなりボチボチやって、やっと最近佳境に入ったので一気にかたずけようと親子3人で日曜出勤。写真のアタリ決めて、目次に最終頁数入れて、さあ印刷に回そうかなんて余裕してたら食料買い出し娘からの電話。どうしたの? 今パパの携帯で電話してるの。それで? VITAがないの、道路に字が書いてあるんだけど。エーー、うかつだった、日曜日で気が緩んでいた。VITA初めてのレッカー移動。なにももっていく事はないでしょう、持って行っちゃうことは、この空いてる日曜日に。
 道路のチョークの先は○○警察署。電話したら、お気をつけておいで下さい、おまえホテルか。○○警察署はなんと地下鉄で2駅先だ。しかも乗り換えあり。なんで、どうしてそこなの、と素直に問うと、おいでになる方法はお任せします、って冷たい。しょうがないので悪さして保護された娘引き取りに行く心境で地下鉄に乗る。「レッカー移動」と極端に小さく書かれた部屋に入るといきなり、車種は? と聞くから、VITA、と答える。はあー? ビ・ィ・ー・タ、とゆっくり言ってあげたら、中から2・3人婦警さん出てきて、ビータ? ビイイータ? ビタ? なんて言ってやがって、語尾上げる女もいて、おまえフランス人か? それにそっちのおまえ今Vで下くちびる軽く噛んだろー、おまえ隠れECCか? それともMILKのLで勝負するか? まあ結局ナンバー告げて解決して、出てきた書類の車種の欄には「緑のオパル」と書いてあった。
 レッカー移動代が12000円、駐車代が1620円、反則金が15000円、こんなもんしめていくらなんて合計出したくない。とりあえず隣の金庫番みたいな年輩警察官に大金13620円払ってVITAの現在地を丁寧にお聞きしたら、なんとこれも地下鉄で2駅先、しかも同じ乗り換えありだ。もし歩いて行かれるなら30分位かかります、地図もありますが、これだけでも充分切れる。そしたらトドメに、皆さんタクシーで行かれるようですが、だって。頼んだら提携タクシー呼んでくれそうな口調だった、おしぼり付きで。 その拳銃に弾入っているんですか?
 表に出て皇居に向かって歩き出したら後ろから謀ったように空車のタクシー。静まりかえった皇居の堀を見ながら指定された駐車場へと向かう。気持ちは煮えくり返っている、運転手も僕に何が起こったのか知っている顔をしている。僕が交通法を犯したにせよ権力ってなぜにここまでして平気かねー。警察署が遠いのはしょうがない、しかし保管場所まで歩いて行けない距離をなぜに選ぶ。イライラしながらVITAを連れて事務所に戻る。娘が江頭2:50の真似をして左右に倒れながら陽気に迎えてくれた。
 今日は月曜日。まだ反則金を払う気はサラサラ起こらない。ちなみに、もしよかったら○○警察署の○○を例えば麹町なんかに変えて読んでもらってもいいかもしれない。

●1997年12月03日/水
 久しぶりにCAR and DRIVER(日本版)を買った。時々図書館で借りて読んでいるのでいつも1・2カ月落ちの情報ばかり。だから久々のリアルタイムでやけに新鮮な気がする。中学生の時、金がなくて既刊を回し読みしていたPLAYBOYの最新号を買ってプールサイドで驚喜した事を想い出す。あいつらどうしてるか。
 いつも「ユーザーの不満と満足」だけは楽しみに本屋で立ち読みしているが、今回はVWゴルフ特集なのでたまには金を払わないと申し訳なく律儀に買ってみたのだ。それにしてもGLiのATの燃費がこんなに悪いとは知らなかった。以前の僕のCiはMTだったし都内でも確実に11km/Lはいってくれたので大満足していた。その前のディーゼルなんてもう20km/L越えちゃって東京から九州まで行ってもまだタンクに軽油残ってるし、もう冗談じゃなくいつ給油したのか忘れてしまう程だった。だからゴルフの燃費に不満を抱いている人がいるなんて信じられなく、今回のGLiの記事には少々ビックリしてしまった。(まあディーゼルは別格ですが)
 しかし、CAR and DRIVERの表紙を飾るスーパーリアル(今もこう言うの?)のイラストにはいつも感心してしまって細部までしっかり見てしまう。今回(97/12/26付号)のCAFEの窓際に肘をついた女性(男?)はいったいナニ者なのか? やっぱりラッキーストライクのCMのように意味なく旅の男に惚れちゃうのか? 誰でもあんなにもてるんだったら僕も仕事休んでハーレー仕込んで大陸横断してみっかな? なんてCAR and DRIVER一冊あれば色々と楽しい想像ができる。妻もさっきからバナナを食べながら勝手な設定を楽しんでいる。平穏な昼休みにはこの一冊だ。(近くの果物屋が最近安いコーヒー屋に変身してバナナのバラ売りを始めた、1本20円。180円のコーヒーとバナナとっても200円JUST。すばらしい店だ。なのに客足は今ひとつ、だもんでうるさくないので最近入りびたっている。妻いわくこの店のバナナとかけて僕の人生と解くのだそうだ。いつも甘い。)
 僕が知らないだけかもしれないが表紙のイラストを描く人は確か二人だけで、かわりばんこで担当しているようだ。その内の一人、今回の号のではない別のイラストレーターには昔VWゴルフで随分迷惑をかけた事実がある。申し訳ありませんでした。昔勤めていた会社の同僚の旦那さんがそのもう一人のイラストレーターで仕事場にもいつぞやおじゃました事があった。確かもう10数年前の話だ。その頃すでにCAR and DRIVERのリアルな表紙を書かれていて、スゲエーとか感心していたのだけど、とにかくその頃の僕はゴルフに入り込んでいて、やたら車購入の相談なんかされると迷わずVWゴルフを薦める押しつける天才だった。(現に何人もヤナセに紹介していた、もちろんマージンなんて要求しないピュアなファン)
 彼は僕の執拗な言葉にその気にさせられとうとうヤナセから購入してしまった。僕のゴルフは10年もの歳月一回たりとも故障なんてなかったのだが、それなのに、申し訳ない事に、彼のゴルフは壊れるために輸入されたような車になってしまい、高速のどっかの橋の上で急にエンジン止まったり、雨は漏るわ、ウインカーは変なつき方するわ、とにかく止まるわ、はずれるわ、漏れるわの連続で、本当に申し訳ない事をしたと今でも思っている。(もちろん紹介しただけで、僕がゴルフ作っている訳ではないのですが、それにしても)彼は確か短期間でゴルフからプジョーか何かに換えてしまった。当然だろう。だからCAR and DRIVERを手にとる度に僕は今でも反省の念を彼に感じる。こういうのって時々思い出してしまうのよね。最近は年賀状だけのお付き合いですが。
 いくら好きな物でも人に推薦する時には慎重にならざるを得ない事をいやという程その時学ばせてもらったはずなのに、最近はそんな事もハナから忘れて性懲りもなくまたまたVITAを薦める日々を送っている。特にモーターショーに行ってからは、小型車ではもうVITAの右に出る(みんな左を気がつかないうちに追い越していくだけかもしれないが)車は皆無のような気がして確信に近い薦め方をするものだから、周囲はあきれ果てて、友達なくすからやめろとか、しつこいとか、色々と僕の性格の芯にせまるありがたい忠告が絶えない。あんまり薦めると勘ぐられて、おまえ幾らかヤナセから貰ってるんじゃないの? とかマジで言われる。だから、一人紹介して6カ月点検無料、なんて冗談返して今日はマジに怒られてしまった。しかしまだ登録5カ月の新車VITAを手放す人もこの世にはいるんだから(P179)他人に自分の趣味のゴリ押しは本当に良くない事なのね、なんて本日ちっとも勤労意欲わかないものだから、気の向くままダラダラ駄文してもうやめます。
PS そうそう、アメリカではガソリンより軽油の方が高いのよ、と先日あるオレゴン在住の方に教えて頂いてヘエーと軽いカルチャーショック受けたばかり。それで思い出したのだが、MississippiのMeridian(とてもいい所です、行った事ないけど随分とお話は聞いたので)という町にお住まいのゴルフ命の高野さん(スポーツのゴルフを愛する先輩です)から以前ドライブスルーのお葬式というものをお聞きした事がある。マクドナルドのドライブスルーではありません。お葬式ですよ。アメリカの合理性って真に合理してるなーって。

●ドライブスルーのお葬式 http://www2.netdoor.com/~takano/offline-j.html#車社会

 
●1997年12月05日/金
 平日のVITAに全然乗っていない。夜行もこの所ずっとやめているので出勤時と帰宅時の一日たった計2回のご対面だ。いつも動かないVITAばかし眺めているので、本来の姿・役目を忘れてエクステリアのように家壁に同化してきてしまった。戦争に行けない兵士、火事がない消防士、犯罪がない国の警察官、ホモ横町の売春婦... と同類かなとも思ったが、なんだかそれは違う。ハイオクがなくなっても、走る道路が破壊されてもVITAはVITAなんだなあー、これが。なんて訳がわからない事ばかり書いているから、ちっとも車のメカに明るくなれないし、走行中のちょっとした故障の前触れにも気づかない。1000km点検にも行けなーい。
 色々のVITA乗り、車いのちの方からメールを頂く度に、貴重な僕だけで享受しておくのには気が引ける程大切な情報を頂く。その中には、VITAの欠点やそれを克服するための道具、場所等のハイレベルな情報もたくさん含まれている。有り難いとその都度思う。しかしメールは個人対個人の一方通行のトラフィックだ。だから貴重な情報も外部には漏れなーい、共有出来なーい。それなら頂いた情報をまるごと僕が日記の中で引用すればいいのだが、そればかりに没頭できるものでもないし、まず大変。そしていつしか僕も忘れてしまう。
 僕の日記はいつも私的な事ばかしで、話題もとてつもなく狭い駄文です。でも正直いうと、基本的には僕自身のフラストレーション解消の自己満足なので気にしてないが、FTPしている以上はそうつっぱってもいられない。若い頃はけっこうこれでもマニアックに車していて、サスがどうのとか、アンダーが出るとか、何とかチューニングとか色々うるさかったのだが、最近はどうもそこまで熱くなれないでいる。だから色々な方からVITAの技術的な情報を頂いても100パーセント理解出来ないで終わってしまう事や、逆に何かご相談をうけても適切なアドバイスを差し上げる力量に不足している自分がはがゆい。
 そんなこんなで、いたらない僕がせめてもの情報の有意義な伝達人、橋渡し、キュートなキューピットとして活躍できればとシコシコ悩んで、作りましたBBS。といっても、できあいのフリーソースをマンマでお借りしただけですが。[VITAのBBS]、もしよかったら書き込んで下さい。お願いします。例えば、こんな壊れ方をしたVITAの直し方、あそこにはVITAのこんなパーツがあるよ、効きが悪いクーラーはこうすれば良い、ヤナセよりあそこのディーラーの方が安いとか、VITAのここが嫌いとか、VITAでこんな女性(男)を射止めたとか(ダサイ?)、質問・疑問・愚問・肛門、まあなんでもありで結構だと思います。ただあまりのワイセツ系、犯罪系はちょっと困りますので。(本音はワイセツ系ちょっと聞きたい気しますが)あ、それと僕が専任で答えるのではありませんので、念のため。ただし、このサーバーちと問題児でして、日本の大プロバイダーのようにキチンと管理された仕事をこなしている訳ではありません。バックアップサーバーとかミラーサイトとかいった金襴贅沢品はいっさい設備しておりません。定期的にバックアップはとっていますが、データの管理は保証できませんのでその点お願いしたします。必要な文章はなるべく旬のうちにコピーなさって下さい。
 エクステリアのようなVITAにホコリがつもったり、そのつもったホコリに手跡がついていたり、落葉がワイパーにはさまったりしているのを丹念に除き、ふき取り、世話する僕を2Fから見ていた妻子が言いたい事はだいたい解っている。昨夜もクリスマス何が欲しいと聞いて、「真実の愛」と二人して冗談に口を揃えた表情にはほんの少しの真実とイヤミが込められていたように思えた。去年も同じでしたが。来週からそろそろVITA夜行も復活しようと計画す。
[VITAのBBS]使って下さい。お願いします。

●1997年12月06日/土
 世界の覗き穴とか窓とか色々な呼び方があるようだけど、INTERNETを使ったリアル映像にはかなり現実を忘れさせてくれる夢模様がある。ケンブリッジのコーヒーメーカーもINTERNETを始めたその昔随分とお世話になった。こういう映像は仕事の合間に異次元の想像を掻き立ててはくれる。かつて氾濫したアダルト画面も近いものあるが、脳の使う部分がだいぶ離れているような気がするので最近は除外。(脳は使わないか?)ここ一週間ばかしロンドンのOxford Circusを写しているが、5分おきに送られてくるイギリス車の流れは不思議なワープ心を僕にくれる。道路が空いている時は車速が早く車種を判別するのに手こずる。しかし手前の車線の渋滞の方が多いように思うのだが、車群が止まっていてくれる時の判別は案外と早い。MINIやメルセデス位ならなんとか見極める事ができる。新宿の伊勢丹前と言われればそうかなとも思ってしまう平穏な映像にもほんの時たまハプニングが起こり、中央分離帯近辺をさまようふとどき者の出現でなかなか渋滞が解消されない時が続いたりもする。これがまた楽しい。しかしこれとて毎日眺め続けて生活の一部に成り下がるともう斬新な感覚は生まれてこない。
 僕の隔日ペースVITA夜行、近頃は疲れているのでほとんどが近場にひよってしまっている。 ローカルな話だが、都内中西部には新青梅街道と早稲田通りが西武新宿線をはさんで三者平行に東西にはしる。その東西に伸びる3線を垂直に南北に切るのが大好きな中杉通りだ。阿佐ヶ谷駅周辺の並木を除いてはたいして見栄えもしないごくごく普通の上下1車線のバス通りなのだがたくさんの思い出が散在していて超個人的に離れられない。地味な生活を送った中学も高校もこの通り無しには語れない場所にあるし、水泳部の一直線仲間と通い詰めた練習後大盛りウドンも、憧れた女子先輩と苦いヒーコーすすった純喫茶もこの脇にかつてあった。(この水泳部の女子先輩、クロールの選手にもかかわらず脇毛を剃らない。周囲にどんなに言われても断固として剃らない。聞くと、生えるのが人間として当たり前、恥ずかしい事はないのだ、と純喫茶のけばいソファーの上でパフェひと口くれた後で言った。こういう事に代表されるものが「生き方」と呼ばれている抽象なのだとその時から僕は思い続けています)数年前まで子供をあずけた保育園も中杉通りを渡った所。小さい時にブリキで足を切り止血して運んでくれたガンコオヤジの豆腐屋もこの通りだし、小学時代の親友がテレビ見たさに父親の会社に急ぎ、電車にひかれてあっけなく死んだ踏切もすぐそこ。(友がひかれてからここに遮断機が設置された。それまでは警報機しか付いていない踏切だった。信じられない)僕の命をいつも救ってくれた女医さん宅と2台のメルセデス190Eも中杉通りから見えるし、いつぞや融資を断られて平常心を取り戻すまでに数時間かかった銀行もこの通りに未だに破局を免れて建っている。
 新早稲田通りに出て、中杉通りに左折、踏切渡って新青梅街道、そしてまた旧早稲田通りに戻る。この繰り返し。一周たったの5.3km。深夜まともに走ると10分かからない。残念ながらフォレスターではないが、大好きな自分、大好きな時間に帰る都合のいい対象なのだ。今の所は。しかしこれとて、バカみたいに日記にまでしてしまうVITAと共にあったとて、こんなに想い出が凝縮する地域とて、毎日眺め続けて走っているとロンドンのOxford Circusと同じ様な末路をたどるはめになる。日常に落ちて、飽きて、閉口して捨てられる。どんな熱いものでも悲しきかな反復すると冷え込むのも早い。もちろん我がVITAもその例外ではないのでしょうね、きっと。と思うと反復・繰り返し・溺愛が少々恐い。本当は、家や仕事やはては同居している妻子に対しての方が恐いのだが。今を選べないやな性格かもしれない。

●ロンドンのリアルタイム車姿 http://www.fujiint.co.uk/street/

次頁へつづく


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