●1997年12月09日/火
 昨夜から今日の朝にかけて、「そういう問題じゃないんじゃないの 」という台詞を妻から2回も聞いた。
 あんな寒い所に好きな人と行って鴨とクレソンの鍋でもつついたら誰だって、もう死んでもいいかな、なんて思っちゃうと思う。に対して妻いわく、そういう問題じゃないんじゃないの。もちろんそういう問題じゃない、そういう映画じゃない事は解っているが、やっぱり熱い国に行って、常夏のラグーンなんて見ながらトロピカルドリンクに薬入れてほしかったなーって。ヨットのカラフルな帆の間をジェットスキーが跳ねてる水平線見て、最低一週間はマホガニーのテラスセットでたたずんで、そこまでしてでも死にたいのなら、これはもう真実、誠の愛、大人の美学。90パーセント位に一般的で、70パーセント位充分にティピカルな究極の地が北国だったとしたら、あまりにも今の日本は素直に病んでいて、みんな同じで、どうりでみんなトヨタばかしを買う訳だなーって。少なくても正当派ヒネクレ輸入車乗りは寒い国で死んではだめなんじゃないかって、いつものアンロジカルに思った。(見たこともない稀少価値の車乗りの方からすればVITA位だと中途半端なヒネクレ屋さんかもしれない、ヤナセのバックボーンがあってのVITAだもんな)
 レンタルしてきた「失楽園」のラストシーンを見ていたら無性に雪の中を走りたくなった。もちろん暖かい車で手袋なんてはめないでだ。Duke JordanのFlight to Denmarkなんてジャケット写真想い出しながら古い音流し時々小動物の足跡を観察して車を止める。シンシンと降る雪を手ですくって、解け去る前に車内で待つ妻子に、シンシンと降る雪だよコレ、なんてマンマの表現しか出来なくて、そこに突然現れる対向車.... ABSの宣伝みたいになっちゃうかな。とりあえず今度の日曜日にオートバックスにチェーンを物色しに行こう。なんでも揃うオートバックスに。
 あいつと俺とどこがそんなに違うんだ? 目も二つついてるし、鼻も口も似たようなモンだし、サングラスも持ってるし。歳だってたった12才しか違わない。拳銃だってM16だって撃った事あるし、エキストラだけど映画にも出た事あるし、学生時代には宇崎竜童の前座でベース弾いてヘタクソって罵倒された事もあるぞ。に対して妻いわく、そういう問題じゃないんじゃないの。もちろんそういう問題じゃない、そういう世界に生きてない事は解っているが、例えば、俺がその昔、ワルだった時...(わかんねぇーだろうなー....じゃなくて)なんて台詞吐いたとして、あいつだったら目うっとりで、僕だったら蹴りが入る訳でしょ、きっと。
 妻も娘も、ルーフアンテナの事を未だにツノと言うし、メタリックの事をテリと言う。VITAにミリン塗って焼けばVITAの照り焼きだ。しかもやっと最近になってVITAとマーチの違いを理解したような連中が何故にブラッド・ピットと僕の小さな違いが解るかなー。朝のワイドショーで彼の長からず短かからずの中途半端な髪が彼の右手と左手で交互に小さく跳ね上げられる度に、60パーセント位に一般的で、50パーセント位充分にティピカルな究極の男がブラッド・ピットだったとしたら、やっぱり今の日本は素直に病んでいて、みんな同じで、トヨタばかしを買って、同じようなヒネクレ輸入車乗りの結論に達するのである。
 人と同じじゃヤダ、にも段階と種類があって、高価でなくちゃヤダとか速くなくちゃヤダ、エレガントでなくちゃヤダ、少し違うんじゃなくちゃヤダ、違うんだけど安心じゃなくちゃヤダ、安心出来なくても全然ちがうのじゃなきゃヤダ.... 色々あるけどVITAの位置は、安価で他と違うんだけど安心じゃなくちゃヤダの位置? そうすると共感はしないまでも、失楽園もブラッド・ピットも見て、なんでも揃うオートバックスにVITAで行く僕は極めて日本的な日本人で、日本的な輸入車を日本的にヒネクレていると思いこんで素直に選ぶ人だ。誰か「そういう問題じゃないんじゃないの 」と言ってくれればいいのだが....
 なんて結んじゃうと言葉の綾みたいなものを狙うようでヤダから、ハナから北国の美学にあこがれて、セブンに傾倒してイプサム買って、子供にもそういう教育を与えて毎日三食食べて、医者と銀行にちゃんと顔を出していれば何も悩まないで済むのにと思う。
PS. 下の写真は、「笑っていいとも」出演の画数判断のおじさんが僕の生まれ年のラッキーカラーは黄色だと言っていたので好んで黄色のジャケットを着て、いっそのこと黄色のアストラかマーチにしようかと悩んだ末に開き直って緑のVITAにしたら、先日、色判断にハマッている中学生の姪が遊びに来て、おじちゃん、黄色は不景気の色だから黒か紺を着ろ、と言われ当惑している自分を咄嗟に姪のために演出したら、妻にバカと言われた直後の写真です。

●1997年12月11日/木
 知らず知らずのうちに世間に感化されて師走モードに入っている自分に気づく。ワムや山下キヨシじゃなくて山下達郎が街にかかり出すともうこの雰囲気だ。この人たち一曲かかると幾ら入るのだろう。雨は夜更け過ぎに雪へと変わればーー、なんて語尾上げながら20年来の友人が久々に入って来た。ガタイが大きく顔もでかい。見かけは全然そのタイプではないので深くつき合わないと気が付かないが、躁鬱のウツが入ると結構長く続いてしまう人。毎年だいたいこの季節になると少し始まっちゃうみたいだが、どうやら今年は大丈夫のようだ。何か新しい事があったのかもしれない。また女が出来たのか? 今の業界にわけも分からず入いちゃった20代の僕を、ほんとうにやな顔二つせずに(一つはした)手とり足とり教えてくれた人だ。仕事の全てを何から何まで彼に教えてもらった。もちろんタダで。歳は同じだが仕事の経験は彼の方が長く、僕よりずっと社会にもまれてて頭も良くてしっかり者で頼りがいがある。と僕も思っているし、周囲も口に出してまで言う。僕を目の前にしても言う。ただちょっと飲む買う打つの、打つがちょっと僕より多いかな。けっこう多いかな。かなり多いんじゃないの。
 井上陽水聞いて中国茶飲んで少し待ってもらって居酒屋探しに出かけたら、街は喧噪につぐ喧噪。どこにいっても満員で入れない。胴上げあり、プロレスあり、ディープキスあり、何でもありの無法地帯と化していた。もう知らなかったのは僕だけ状態ですごい。普段はどこいってもガラガラなのにどうした事かラーメン屋まで一杯である。ボーナスだもんな世間は。(10数年前、彼といた20人の小さな会社で、暮れにシビレをきらして社長室のドアに棒とナスのスケッチ貼っておいたら怒られた怒られた。くれたけど)
 タコブツ大盛り刺し四人前も注文して気持ち悪くなった頃、彼が言うには、また車の免許を取りに行くのだそうだ。知り合いに毎回教官と喧嘩して未だ免許が取れない友人もいるが、彼の場合は教習所に通う最中に学費というか、資金が底をついてしまうのである。いつも入学時にはちゃんと全額用意して望むのだが、なんというか、いつの間にか走るサラブレッドやボートの券に化けてしまうのである。最近は地方競馬もさかんにイメチェン繰り返し小学生もゲームとして楽しむ時代なわけないが、彼のねぐらの目と鼻の先には東京シティ競馬の夜もやってる大井競馬場がドーンとある。開門と同時になだれ込む姿は仕事中の彼からはとても想像出来ないが、現場にいるとついつい金額がかさむのだそうだ。そんなこんなで未だ彼も免許を手にしていない中年組。しかし現実に車を運転している彼を何回も目撃している僕としては試験場での一発を薦めるがいつも自信のないような顔をしている。
 来年、年が明けたら早めに新しい教習所に通う予定だと言い、その時はおまえの車で少し練習させろ、ところで今何に乗ってるんだ? と聞くので空きトックリが並ぶ前方を見ながら久々の供宴に酔いしれた芝居してたら、しつこく聞くので、今はオートバイだ、なんて駐車場で待つVITAの勇姿を脳裏に想いつつ訳の分からない事を口走ってしまったら、なあーんだオートバイか、なんて事になって、どこのだ、なんて聞くから、適当にYAMAHAなんて答えたら、ロードとかオフロードとか僕には何だか分からない用語がいっぱい出てきて、収拾がつかなくなって、最後には、あれーHONDAかー? なんてバカづらかまして酒に頭やられた中年男の真似をしてしまった。だから彼の新しい名刺もらっても、当然僕のドメイン書いた名刺渡せるわけがない。INTERNETになんてアクセスされたら可愛いVITAの存在がばれてしまう。冗談じゃありません、いくら過去の恩人といえども、我がVITAに仮免練習中のダサイ紙札なんて貼れるわけがありません。ダンボール長方形に切り取って、黒のマジックかなんかで、ピンクの安いビニール紐を夜な夜な穴に通すなんて考えただけで悪寒が走ってしまった。
 余談だが彼は今でも独身で、彼の口から結婚なんて単語は聞いたためしがない。もちろん悪い事でもなんでもないが、僕の周りには40過ぎの独身男が数人いる。妻の友達の中にもバツイチも含めて独身女性が数人いる。今まで3年に一回位のペースで中年ネルトンを企画してきたが未だかって結ばれたカップルは存在しない。みんな充分に大人で楽しみ方を熟知しているから会は毎回盛り上がってくれる。常時3次会までは軽くいく。しかし誰も恋愛にまでは到達しない。妻の友達の中にはこの会のためにわざわざ東北から出てこられる女性もいる。綺麗で上品で知的な女性だ。ちなみに上記の彼はいつも男性人気ナンバー1だ。妻に昨夜の彼の様子を話したら、何で女はこんなに結婚したがっているのに、男はあんなに結婚したがらないのか、と疑問の声を上げていた。(もちろん僕の周囲の30〜40才台の男女に限っての話しですが)僕にもよく分からないが、一つだけ変だと思っている事がある。僕の周辺の独身男性の中には車を所有している人はいるが、車の話しを好んでする男はいない。寂しいかな誰もいない。関係ないかもしれないけれど。

●1997年12月13日/土
 VITAを購入した理由、その5。
 今更どのツラ下げて、VITAを購入した理由でもないが、今頃になって思い入れが強かった一発を想い出した。何ヶ月か前、地下鉄の中でVITA購入の理由を確か7つ想い出して、たまたまポケットに入っていたリファイル紙に走り書きをしておいた事がある。その後暫くはその紙は仕事机のMACの横にちゃんとくっついていたのだが、いつの間にかどこかにいってしまい、おかしいなどうしたかなと思っているうちにその紙の存在すらも忘れてしまっていた。だからVITA購入の理由の幾つかをどうにも思い出せずにいたら昨夜打ち合わせの帰りに向かいの飲み屋の前を通った時、フッと一つだけ二重丸を付けていたヤツを想い出した。いつも通り、自分以外の人にはたいした話しでもないと思うが。

 なだらかな景気回復という表現が無くなったにしてはどうした事か夜の街は人で溢れている。最寄りのJR改札口では3m四方に携帯で話しているヤツが5人もいたし、夜11時頃から最終にかけての地下鉄はのんびり雑誌広げて立っていられない。おまけに僕の前に座っている若夫婦はさっきから正月の予定でもめている。お父様とお母様の食べたい物もあるしー.... いいんだよ君の好きな物作れば.... でもお父様はお金持ちだからお口がこえていらっしゃるからー.... どうせ次の日はオヤジに金出させてさー.... マツモトキヨシで好きな物買ってくれるかしらー.... マツモトキヨシは嘘だが、バカヤロウだ。こちとらVITAのローンにもヒイコラ言っているのに鯛だ神戸牛だキャビアだホテルオオクラだぁー、アホンダラー。昨日から腕時計の電池が切れて新しくまるごと新品買うか、電池だけ入れ替えるか決めるのに貴重な昼休みのほとんどを費やしてしまった僕の立場と居場所はどうなるんだ。これだけの金融不安でも、ある所にはあるらしい一万円の束はちっとも僕の所にやってこないし、事務所に戻る道が今日はやけに狭く感じるのは何故? 心が狭くなっている訳ではだんじてないと思うのだが。
 近くにOPELが3台止まっていた。夕食の後、事務所のベランダに貰い物のドラやきをもって出た。(このドラやき通常の2倍はある)寒い。遠くにミュシュランの日本支社の明かりが見えて、その右遠くに自衛隊のヘリコプターが低空でチカチカしている。下を見ると飲み屋の前に紺のアストラと赤のVITA、そして少し離れていつもの学習塾の赤いアストラがいる。上から見るとアストラは3ナンバー位の大きさに見える。赤いVITAは時たま見かけるが紺のアストラは初めて見る顔だ。角の飲み屋からいつもの女性が出てきてVITAの中に色々運び込んでいる。ネギや白菜の一部が箱から飛び出して見える。女性が出入りする度に自動ドアが開き中の喧噪が耳に入る。その中にひときわ声が通る女性が一人いた。 金曜日の女、かもしれない。この夏に僕が勝手にそう呼んだあの女性かもしれない。
 夏になるとこの酒場は道に面した窓とドアをすべて開け放ち、フランスのカフェ風に道路に机と椅子を何脚か出す。夏の6時はまだ明るい時間、しかしこの頃になるとカップルやサラリーマンが外の椅子にボチボチ陣取り始める。かけつけ一杯の生ビールの頃は上品に社会一般の話題を通説に沿って軽くジャブ。時計が8時・9時を回ると夏の宴たけなわ。出るわ出るわ会社・上司の話し。俺はネ、聞いて俺はネ....なのにあの課長ときたら常務の山本と組んで...今日廊下で会ったのよ、そしたらあの野郎.... あの人ちょっとイヤミじゃなーい、私と山田さんが飲み会の時、係長に進言したなんて言うのよチョット、許せない私.... 
 僕の4Fの事務所も当然ながら夏は窓を開け放って仕事をしている晩の方が多い。だから聞こうと思えば 隅から隅まで憎っくき課長・係長のお姿を想像する位の情報は漏れる会話から容易に得られる。独立してここで仕事を始めた頃はまだ僕も会社員の心情が完璧に抜けていなかったのだろう、あまり関心がなかったし、むしろ酒場で繰り広げられるグチ合戦には嫌悪をも抱いていた。しかし2年・3年と時が経つにつれ、一人で孤独に夜を過ごす特殊な状況に飛び込んで来る夏の酒場の喧噪はついに僕の危ない楽しみの一つになってしまったのである。
 金曜日の女はこの夏、毎週金曜日になると下の酒場に数人の男と現れる。2・3度見たが要するに業界の女だ。美人である。何とかという珍しい冷酒を好み、酒が進むに比例していわゆる下品になる。その夏の金曜日にも赤のVITAは店前に停まっていた。もちろんカウンターの中で働く、おそらくオーナーの家族であろう30歳位の女性が所有しているいつも洗車が行き届いているVITAだ。そしてその日はVITAの前にピッタリと濃緑のジャガーのコンバーチブルが駐車していた。持ち主はたぶん隣ビルの航空写真で食べている会社の誰か。
 同席の男達の車の話題に加わった金曜日の女もしきりに輸入車について話している。コストパフォーマンスの高い日本車で充分と主張する男に対して、長く乗れるから、高く売れるから決して高い買い物ではないと反論する外車派だ。腐っても鯛でしょ、それに腐っても外車よ、だって。そのうち目前にある2台の話しになる。ねえねえ、あのジャガーの屋根無し1台で、あの小さな何とかっていう車(男がVITAだと教える)何台買える? もしあの2台が衝突したら保険の案分はジャガーが損なの? 昔ジャガー持ってた男とつき合ってそれが違うBMW男にバレて。ところであの小さいの何て言ったっけ?(男がVITAだと再度教える)そこまで言うか、嫌な女だ。隣のビルの4Fにまで聞こえるのだ、大きな店ではない、中で働くVITAの持ち主にも聞こえているだろう。
 暫くして夏の雨が降ってきた。外のテーブルで飲んでいる連中はみんな足元を気にしているが、上には天幕が延びている。しかしジャガーのホロはいっこうに誰も閉じない。ジャガーのインテリアに雨が弾けるのが4Fからも見える。金曜日の女はそれを見てはしゃぎまくっている。コンバーチブルなんてカッコつけるからよ、という内容を婉曲に上品に伝えようとするが酒が入っているから余計嫌われる表現になる。その時、客の中からVITAの女性が向かいのビルに走ったのが見えた。暫くすると男と戻って、男は向かいの酒場の複数の視線の中でジャガーにホロを張って、それをVITAの女性も機敏に手伝ってジャガーは夏の夜の最悪を脱した。男はVITAの女性に礼を言って、向かいの客達を一瞥してビルの中に消え、夏の夜のちょっとしたハプニングは終わってしまった。
 それからかなー、僕の心もなんとなく潜在的にVITAに傾き始めたというか、必然的にVITAを注目するようになっちゃって、一週間に1・2回の割で赤いVITAは酒場の前に夕方から停まり、所有者は相変わらず機敏にVITAのハッチバックと店の中を往復し、数個のダンボールにつめたられた食材は赤のVITAにとても良く似合い、特に緑系の野菜なんてもうお似合いで、なんだかヨーロッバにいるような大袈裟な気持ちに満たされた夏の日が続いた。近くの神社のセミの声を聞きながら先の角を曲がるとそこにあるVITA、こんな光景を反復的に見せられ、僕は夏の終わりにきっと催眠術的にVITAを注文してしまったのかもしれないと今になって思う。これが、VITAを購入した理由その5、である。
 ちなみにジャガーのコンバーチブルは今も健在で、土曜日になるとだいたいが同じ場所に鎮座している。とても失礼かもしれないが、4Fの上から見るとなんだか大きな弁当箱のような気がして、あの夏の夜に感じたイギリスのエレガントさという感覚からは程遠いものとなっている。先日たまたまエンジンルームを覗く機会にめぐりあったが、エンジンというよりも、水道施設というか、小さな重工業設備が入っている様子だった。いつも小さなVITAの心臓を見慣れている僕には、何だコリャー、という印象しかなかったのが少し残念だ。そしてもっと残念なのが、僕の緑のVITAが我が家に着た秋頃には、酒場の赤いVITAも女性の所有者の姿も前ほど頻繁に見かけなくなってしまった事である。
 余談だが(まあ僕の日記すべて余談ですが)会社員だった頃は、マジに仕事に取り組めば取り組む程に周囲との摩擦量も増え、毎晩の酒の量もグチの量も比例して増えていた。しかし独立してからは会社員時代の人間関係がそっくりなくなってしまい、酒を飲んでも気持ち悪い程綺麗な時間が過ぎるようにはなった。考えれば対象になる上司や競争相手がいないのだから当たり前といえば当たり前。しかし、その分楽しい酒の肴も当然ないのでどんどん酒の量は減ってしまった。2・3年すると酒の必要性がなくなって、まるで酒に弱い男となってしまったが。今となってみれば酒場のOL・OMの喧噪が懐かしく、羨ましくもある。何だかんだいってもつまる所楽しそうだ。最近は酒だけではなく、人との接触時間も少なく妙に人疲れしてしまい、打ち合わせ等が長引いて事務所に戻ると自分でも気がつかない間にたまった疲労がどっと出てくる始末である。だからINTERNETなんてバーチャルな世界がなんとなく居心地が良く思えてしまう危ない人となりつつある。この傾向は自分に向いているのかもしれないが、良くないと思う。
PS. 今日は夕方から妻と二人だけの忘年会だ。娘には嘘をついて母に預けた。ゴメン。木場の新しい美術館に行くというので七五三の時に買ったネクタイをしてきた。VITAに乗らない土曜日は確か初めての事だ。

●1997年12月16日/火
 死ぬほど食べたいとか、死ぬほど寝たいとか、死ぬほど死にたいとか.... 死ぬほどが付く渇望を死ぬほど感じた記憶が最近に無い。しかし一昨日の日曜日は夜明け前から死ぬほどVITAに乗りたくてベットの中でウズウズしてたら、娘を見に来てくれていた82歳の母が朝8時までに家に返りたいと早朝言ってきた。(83歳だと推測するが本人82歳だと言い張り、長い教員人生のせいか責任とか義務とかいう全てに弱い)8時から町内会の何かがあって、役員していて責任があると言う。忘れていたと焦る母に83歳の責任を問う者はいないと説得するが聞く耳なし。まあ丁度よかったので、僕に似ず頑固一徹の母を右席に乗せ朝6時の駐車場を弾丸のごとく弾け出た。
 6時に出て、妻子が起き出す前、8時20分に帰宅。走行距離137km。途中給油10分、母の家に10分いたので、費やした時間正味2時間。たぶん6・7割は関越高速だ。この一発走りでやっと1000kmを越えた。長い長い1000kmだった気がする。他のVITA乗りの方のメールなどを想い出すと1日に400・500kmと乗り詰める方がいらっしゃる。そんな方からすれば信じられない数字であろう。なんだかやっとこれで一人前になった様な気分だ。はれて男になったか。
 久々の高速道路。高速での安定感というか僕にとっては安心感といった方が近い感覚はやはり満足に値する。下りは早朝にかかわらず割と混んでいて80km前後しか出せなかったが、帰途の上りは130km前後にアクセルを保てた。相変わらず車全体が車道の起伏に沿って上下にフワフワするが、左右の振れなどの心配はまったくない。ハンドルに少し手を触れたままの状態が続きすぎる位に続く。ハンドルに不要な振動もなければ、町中ではほっておくと車が微妙に左に寄ってくる動きを打ち消すハンドル操作のないまま、なにも動かさない、なにもいじらない時が過ぎる。楽だ。こんなんに慣れちゃっていいのかしらなんて罪の意識さえ感じる。でも最近の車はみんなそうなんでしょうか? 今まで130km以上出してハンドルに少しの振動もない車になんて乗った事がない、知らない僕にとって一言、心底から出てきた言葉はluxury.... こんな楽な道を歩んでいいのだろうか? たえず茨の道を選択する気骨な反骨精神には申し訳が立つのか? まあ、立つ。座って半畳、寝て一畳、はどうした? まあメルセデスに乗っかっている訳ではないのだから...(あっちこっちの工場にアライメントとかの調整を頼んでも高速のハンドル振動が消滅した事は他の車で過去に一度たりとない)上下のフワフワ感はみなさん3000km位で消えるとおっしゃっていたので今回も見逃す事にした。
 高速感もさる事ながら、2時間20分の朝のVITAの中で僕をいかしてくれるのはいつものステアリング感とエンジン音。ほんの少し柔らかくて、ほんの少し太いステアリングにずーと虜である。(俺変かな)もうステアリングフェチを通り過ぎている。高速でなにもしなくていいステアリングを上から左右にさすり下ろす、下までさすると上からもう一度だ。未知の秘め事を一つ一つ解き明かすがごとくVITAの一部に触れる。アクセルを踏み込めば加速の音が聞こえる。電動モーターのうねりの様な金属系エンジン音。まったく豪快ではないVITAの小さな可愛い心臓の回転の音だ。朝陽の中に向かって疾走するVITAの濃密な時間に僕は正しく惑溺してしまった。もっと多くの注意と観察と感知が欲しい。そうすれば薬も酒も音楽もいらない。VITA一台ですべて三昧出来るのにと思った。
 PS. BBSで燃費の話題があるが、11月10日の前給油では8.89km/l、今回は277km走って41.9L給油、という事はなんと6.61km/lしかいってない。いつも都内ばかしを走っている僕だが...(16Vでスーパーゼアス)満タンから満タンにも随分誤差があるでしょうが。まあ僕にとってのVITAは100パーセント趣向品だからいいとするか。それにしてもね。

●1997年12月18日/木
 JR中央線には荻窪という駅があり、いつもの青梅街道沿いには荻窪という街がある。その駅と街の総称も荻窪で、僕がS・マックイーンのカーチェイスを初めて観て、帰りの自転車で暴走したのも、成人映画の暗闇に初めて身を潜めたのもここ荻窪。この駅の閉口する程長い階段を北口に上がるとバスターミナルの前に焼き鳥・豚の立ち飲み屋がある。前を無心に通り過ぎるつもりが昨夜の我が肉体はどうしても言うことを聞いてくれなかった。しょうがないから鴨ネギ2本と熱いお酒頼んで手短に済まそうと思ったが、それでもこいつは帰ろうと言わない。こんな事はめったにない事なので繰り返し付き合っていたらその内ちょっとクラクラしてきた。ハッと振り返るとすでにバスターミナルの照明は消えている。タクシー乗り場には50mも続く人の列。諦めて青梅街道の横断歩道を歩いて渡る。 いつもVITAで一時停止の横断歩道だ。今夜はなんだか新鮮な気分なのだ。
 他人の日記を見るのは楽しい。特に同じVITAを選択した人となるともっと楽しい。表紙のページにリンクをさせて頂いている方々のホームページを見ていたらなんだか新鮮な気分になってきてしまった。KさんのHPにはVITAからTOYOTA MR2に乗り換える少々寂しい話題もあったが、プリウスが好きだ、少しくたびれた小型のヨーロッパ車が止まっていると周囲の風景すら「5割増し」に見える、という2つの記述に妙に心が惹かれた。それにもっと惹かれたのは、indexの一番目立つ場所に「雑誌にでてたんだけど、俺このこ好きー」なんてキャプションのついた女の子の写真が貼ってある。たぶん本当に、雑誌にでてたんだけど、だけの関係だろうと思うと楽しくて、どれどれなんてCRTに目を近づけてしまった。
 SさんのHPにはバックにクリスマスツリーのマニメGIFがチカチカしていて肝心の文章がほとんど読めないみたい。しかし読めないと思うと余計読みたくなるのが僕のいけない癖で、テキストに落として読む。地方都市の1アパートの1室からしょうもない日記を書きたくなったのもvita に乗っていたからだ、とおっしゃるSさんの記述の中の、vita は何人の方も日記を書いているので、(僕も入っているのかな)少なくとも日本に於いてはただの足車ではなく、ペットというか何か親しみのあるものであると思います、には同感である。僕も1雑居ビルの狭い1室からしょうもない日記を書いている同類であるからして相哀れんだりはしないが、気持ちが分かる。
 Kさんも、Sさんも学生の方だ。最近はメールの交換をご無沙汰している。こういうタイプの人たちがVITAを好きになって、こういう人達に支えられてVITAは日本に浸透しているのか。具体的な現実の例としての彼らのHPから、僕は色々な事に気付き、色々な場所に戻る事ができる。40歳を過ぎて自分の事を放り投げて、他社・他人の広告物やHPばかりを作る仕事で日常の大半を費やしていると、彼らの持っている力がとても新鮮に映る。VITAに乗る前までは、もしタイムマシンで戻れるのだったら32歳位には戻ってみたいと思うも、20代、ましてや10代の自分には戻れても戻りたくないと決めていた。しかしVITAを購入して、VITAのHPを渡り歩く内に学生生活にまでワープした自分とVITAの重ね絵をいつしか想像するようになった。
 こんなVITA乗りの優しいHPを思い出しながらニタニタ飲んでいるから歩く羽目になってしまう。青梅街道を渡って第一勧銀の角を曲がったら黒のアストラが壁にピッタリと吸い付いて駐車していた。下を見るとアスファルトとタイヤが1本の白いチョークの線で結ばれている。雨はなかなか消してくれそうもない。酔いが回ってフラフラしてアストラをどうにか避けたら、今度は後ろからゴルフワゴンにどけと言われた。何でモルツは美味しいのだろう、なんでゴルフワゴンの赤はあんなに赤いのだろう。
 深夜、黒と白と赤がちらつく多めのアルコールの中で新鮮に寝入る事が出来た。今朝、起床するとあまり全てが新鮮ではなかった。酒の力が多大に影響する歳になったといつも思う。
PS1. Kさん、Sさん、記述を勝手に引用してごめんなさい。
PS2. BBSでオイルの質問をしたら、リンクをさせて頂いているやはり学生のIさんに色々アドバイスを頂いた。そしてIさんのHPに行ってみたら深層にOpelTalkというBBSのリンクを見つけた。早速行って見る。なんだあるんじゃん、こんな所にとってもいいOpelのBBSが。50位の発言にざっと目を通した。ウロコの記述が山程ありそうだ。しかし学校のサーバーって面白そうだ、そっと侵入したくなる。

●OpelのBBS OpelTalk http://www.sfc.keio.ac.jp/~t94262tt/opel/opeltalk.cgi?


●1997年12月20日/土
 昨日の午後は仕事の打ち合わせで翻弄される半日だった。1つの打ち合わせを済ませて次の打ち合わせに向かう。予定は夕方の5時だ。さっきから地下鉄にずっと潜っていてポケベルが役に立たない、携帯も通じない。こういう時のPHSだが、アステルもDDIもとうの昔に解約してしまって今はない。(気まぐれですぐ飽きる、その度に厳しい娘のチェックが入る)4人に1人が携帯もってる時代なのになんでこんなにみんな公衆電話に並ぶかなー、事務所の留守電を確かめると30分延ばして5時30分にしてくれとの要請あり。後ろの列を気にしながら、もう30分延ばして6時でもいいですよ、と極めて寛容に申し出た。彼は、すいませんお願い出来ますか、と言って丁重に電話を切る。
 たぶん20代だろう、良い青年だ。彼の会社は4500人の従業員をかかえる誰でも知ってる大企業。それをどの程度肩で感じているかは知らないが、個人単位に見ても良い青年である。しかも頭が良くて、ハンサムだ。僕の知らない秘密の習性などなければ、女性に間違いなくもてるだろう、と思う。それにこんなタイプ。例えば、デパートの入り口によくあるような、押しても引いてもどちらにも開く透明なガラス扉があって、扉の向こうから近づいてくる人がガラス越しに見えて、僕の手と向こう側の手がほとんど同時にガラス扉を押し開けようとする。こんな時、率先してというか能動的に扉を先に開けようとする人と、ちょっと遠慮ぎみにというか少し待って相手に扉を開けさせる人がいると思う。彼はまちがいなく前者のタイプ。積極的で自立的で責任の取り方が旨いタイプ。だからまちがいなく女性にもてる。少なくても7割の男はこういう男が女性にも男性にも人気が高いと思っていると思う。僕も基本的にはそう思っている。ちなみに彼の公私2つのサーバーには毎日50通のEメールが届くという。そんな彼と話していて変な所が気になってしまった。まるで台所仕事か畑仕事が長く続いた様に手首から下全体の皮膚が異常に荒れていた。もちろん不快感なんてないが、職業柄とても不自然に見える。彼の指は平均よりもはるかにしなやかに長く美しい、だからよけいに目立ってしまう。もしかしたら僕の思っている様な女性にもてる、社会にもてるタイプではないのかもしれない。4500人の会社権力の4500分の1も背負ってないかもしれない。それもいいかもしれないが。
 ここが終わって次ぎは8時の待ち合わせ予定。留守電聞くも変更の連絡なし。次の彼の携帯へ電話をかける。社内にいてもかならず携帯常時ONだ。3回コールできちんと出る。機能的なノリで冗談は言わない。今度は少し早めに時間を変更してもらった。この彼もたぶん20代だろう、良い青年である。やはり頭が良くて、僕の知らない危ない遊び癖などなければ、女性に間違いなくもてるだろう、と思う。それにこんなタイプ。ルーチョ・フォンタナが描く「期待」という絵画はピンクのキャンバスにカッターで切り傷をつけただけのもの。フランソワ・モルレが描く「重なりと透過」(なんなんだこの題は)は、ただの白い2つのキャンバスを重ねただけのもの。無数に存在する制作に手間暇かけた絵画の中でも、こんなタイプの絵をこよなく愛するタイプ。経験・熟練を軽視するとは言わない、想像力と斬新なアイデアでフッと大道をかわしてしまう、そんな100人抜きが大好きなタイプ。先にやったもの勝ちを信条として、一過性の評価に炎を燃やす。かっこいいからこれまた女性にもてる。少なくても9割の男はこういう男が特に女性に人気が高いと思っていると思う。僕もどっかで9割そう思っている。 ちなみに彼にも毎日30通のEメールが届くという。みんな信じられない量だ。 ドトールで会って狭いテーブルに資料を広げたら彼のガムシロップが少しこぼれてしまった。僕がハイハイハイなんて言いながら指で拭ってなめている間に彼は店員から濡れたタオルを2枚も借りてきていた。もしかしたら僕の思っている様な、特に女性にもてる、業界にもてるタイプではないのかもしれない。僕の知らない絆や責任をどこかで背負っているのかもしれない。
 昨日会った青年2人、両名とも僕の大好きな青年である。青年、青年となんだか優越色漂う単語を使ってはいるが本当の所、僕の中では成長年齢的にまったく同列、または僕以上である。僕にとって影響を受ける青年タイプ。だいぶ前であるが、どちらの青年かは内緒だが、ネクタイの結び方に異常に影響を受けた。正確に言うと、結ぶ方法ではなくて、くたびれた服装下での結び加減だ。これにはまいった、降参。これを実行するといつも妻の顔が曇る。僕はブラッド・ピットではないという意味のお叱りを強く受ける。そしてこれは最近だが、どちらの青年かは同じく内緒だが、彼は僕の影響を受けてというか、続く執拗な進言を避けてアストラワゴンの中古を仕入れた。横に乗る特別な女性がいるのかいないのか知らないが、そんな浮いた話題をまったく出さない仕事漬けの青年2人だ。
 しかし打ち合わせばかりで実際に作業する時間がとれない、どうしよう。VITAにも乗れないし、明日は昼から娘の学童クラブの会、その後は義理の姉宅でクリスマス会だ。そっと新宿駅から蒸発しちゃおうかな。
 尚、上記の彼ら二人の性格・タイプに関しての事は僕のまったくの主観の想像ですので、実際とは大きくかけ離れているかもしれません。本人がもしこれ読んだらごめん。ぶって。

●1997年12月22日/月
 神保町の交差点近くに白のSクラスがハザード出して駐車している。そのリア脇に札束を握った男が立っている。高価な革のコートを着ている。黒じゃなく紺で色は好き。次から次に集まる男に100万円の封帯を引きちぎっては10万・20万単位で渡している。特にちゃんと数えているフシもない。アバウトのドンブリ勘定だ。渋滞している車中からのたくさんの視線、僕の様な通行人が見ぬ振りをしながらしっかり見て通り過ぎる。何なんだ、あれは。足元に置いてあるコンパックの赤いロゴ入り紙袋にはまだまだ100万円の束が残っていそうだ。どこからともなく若いのから年輩まで、男どもが寄って来て小さなノートの様な物を見せる。するとうなずくように手から手へ現金が渡る。白昼、交差点の脇である。いいなー、僕もリファイル出して並ぼうかと思ったが、これまで10本大切にしてきたどれかの指がなくなってしまいそうで湧き出すツバキをゴックンと飲み込んだ。なんの金なんだろうか。僕が昨日PATに献金した有馬記念の周り回った金かもしれない。
 年賀状の絵柄でさっきから妻との意見の合意が得られないままでいる。自分の意見が通らず少しムカつく表情を見せる妻がイヤミで、あなたのハダカの写真を載っけたら離婚? と聞くから、そんな事では離婚しない、と答える。じゃあどんな事なら離婚なの? VITAに穴でも開けたら。そうネじゃあ離婚したい時にはVITAの上に植木鉢でも落とせばいいんだ。その前におまえをVITAでひくけどね。ひかれる前にあなたを道路に首だけだして埋めるってのは? 殺したいんなら他の簡単な方法があるだろ。埋めるだけだったら、ひいた車の責任になるじゃん.... 昼間のウィンディーズにしてはクレイジーな会話。いつしか声が大きくなって、フライドポテトに付けるケチャップの量も増えている。塩分採り過ぎ。
 事務所の近くに、昼の12時を境に一方通行の方向が逆転する道路がある。午前中と午後では車の向かってくる方向が違うから横断に注意を要する道だ。この近辺を熟知している僕でさえも数年前に捕まった事がある反則金徴収率高位の道。誰もが他に続く車がない時などフッと一方通行をつい逆行してしまう。すると直ぐに御用の笛がなって、スタスタ若い警官が嬉しそうに駆け寄ってくる姿がミラーに写る。昼前後、信号を待つ僕の目の前に今日のお笑いの犠牲者がいた。車の中には若者2人。どちらも男で一般の理屈をハイそうですかと理解してくれる服装をしていない。しきりに栃木弁のようなイントネーションで警察官をおちょくる様に、僕たち・田舎モノで・道・全然わからなくてー。もう一人が、もう東京・出てきた・ばかしでー、お巡りさんどこの人? これじゃお巡りさんも怒ります。応援無線で呼んで、直ぐに2人来て、その中のガッシリしている負けないお巡りさん、じゃあ・君たちー・申し訳ないけどー・車から降りてー・ところでこの品川ナンバーのー・シーマは誰のかなー? ってみんな、つぶやき四郎になっちゃって。
 師走もそろそろ佳境に入ると訳の分からぬ人、壊れる人が街に溢れてくる。僕自身も気が付かない内に平常モードが破壊されていく。事務所の1Fの扉を開けて外に出ると、いい課長さんが若い女性の部下に、課長さーん、なんて呼ばれて、カトちゃんペッ、なんて電柱に向かってやっている。しかもそれを見ていた僕にまで受けていると勘違いして再度やる。都民全員がスポーツモードで回しているように爆走する夕方以降、なるべくひっそりと事務所にこもるも誰かしら階段の足音が絶えない、電話の呼音も絶えない。しかもすべてプライベートではチョットの人だ。たえずスクランブルがかかっているような時間が流れ落ち着かない事きわまりない。師走はただでさえ人の気持ちを惑わすのかもしれない。今朝発売のFLASHを買ってきて読んだが、死に急ぐ様な記事ではなかったように思う。誰かが言っていた「お葬式」のミニクーパーの場面をもう一度見たくなった。(一番好きなカットはマイクロホンのコードを追うカメラワークだったが)
 PS. 気が付かない内に、右前のホイールキップのキズが増えている。円状にガキガキのキズが反幾何学的に無数にある。縁石や塀などにこすった記憶は皆無なのに何故かキズだけが深くなる。幾ら鈍感な僕でさえもこれほどまでに付くキズの衝撃を見逃すはずがないのに。しかし信じられないけれど現実のキズが僕の師走の腑抜けた実体を複写している。信じられない。夢遊病か二重人格のようだ。 

次頁へつづく


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