私のWEBにようこそおいで下さいました。

 どうも昔から通信にハマッてきたせいか、インターネットを仕事に使うのがつまらなくて、どうしても超パーソナルな自己満足的発想しか浮かばないのが本音です。http://www.abuu.comはせっかく国境がないInternetだから英語でやってみっかと試みている訳ですが、(だって世界中の回線にぶらさがるほとんどのパソコンCRT上には日本語なんて表示すら出来ないのだから)つたない英語力ゆえにどうしても日本語でしか表現できない事、じれったい事あるでしょ...(時間かければ、逆に英語だから表現できる事もあるのだけれど) だから日本語でも日記調の楽しんで書ける頁がほしかったのです。よく妻子や一部の(本当に一部)友人から自己満足バカ的な言葉を浴びますが、いいや見たい人がみれば、とひらきなおっています。しかし面白いのは自分の頁に自分でアクセスするのが一番楽しい。バカですね。
 いきなりですが、「日常」ってなんなのでしょうかね? たとえば、光速で宇宙空間を飛ぶ宇宙船の中でも「日常」を私達は感じとる事が出来るのでしょうか? 刑務所の中で、終身刑を背負って生きる彼らは「日常」という意味をどうとらえるのでしょうか? それとも非現実的状況下での出来事は「日常」とはもう言えないのですか? それとももしかして我々の生活のすべてが「日常」なのですか? 僕はカメラを手にするといつも、僕の頭のどこかに「日常」という言葉が現れ、頭の中の何かを、動作の源になるエネルギーの様な大事な何かを邪魔されるような気になります。小さい時から日常的に。停まってしまう感じ。
 「日常」の中で、僕は僕の状況を写真に切り取ります。とっても個人的な私の空間だけを。そして、けっこう楽しんでWEBに張り付けて、URLを添えて検索専門のサイトに世界中の注目を少し期待して登録をお願いします。しばらくすると、結果として色々な人々が僕のWEBを訪れ、眺め、評価して立ち去って行きます。中にはメールを活用してくれる人もいます。WWWの典型的な使い方です。もはや古典的? まあ、当分はこれでいいと思っています。インターネット上で人の先を行かなくてもいいし、特に目立つ行動をとる必要なんてありません。僕にはインターネット上で売る物もなければ、買う物も、まして捨てる物もありません。こんな使い方でいいのだと。(個人のきわめて個人的なHPなんて、資源という意味のトラフィックの無駄遣い? こんなもの無くても誰も困らないし。でも世の中のほとんどはそんなもんでしょ、きっと。経済の大半はそんなものに支えられているんでしょ?)
 東京の山の手、環状7号線と環状8号線の間位の狭い範囲で、僕は40数年フラフラ生きてきました。僕の「日常」を切り取るこの趣味って、僕の現実的な夢なのかしら? それとも極秘の人生の浪費かな? 楽しいのだからしょうかない。
 英語を先に書いて日本語にしたらこんなんになってしまった。なんだかよくわかりませんね、これじゃ。

about ABUU
(97/07/16改)

my family
(97/12/25改

from bedroom
(98/01/09改)

Etsukoのページ
(97/11/10改)

OPEL VITAの生活日記
(2・3日間隔で改)

about us


 

Apr1997
Mar1997
Feb/A//B/1997
Jan/A//B//C/1997
Dec/A//B/1996
Nov1996
Oct1996





E-Mailはこちら